#158 ポンの相談
「ごめんなさい、突然相談したいなんて言って」
場所は変わって俺のリアル自宅。紺野さんがラフな格好で訪問してきたのでリビングへと連れていく。
「気にすんなって。前に紺野さんも言ってただろ。『どんな些細な事でも相談する』って」
紺野さんをソファに座らせると、キッチンへと向かい、冷蔵庫から麦茶を取り出した。テーブルにコップを二つ並べ、コップに麦茶を注ぎながら紺野さんの方へと顔を向ける。
「それに、少し嬉しかったんだ」
「え?」
「紺野さんはAims引退する時に理由を教えてくれなかっただろ?一人で悩みを抱え込むんじゃなくて、こうして悩み事を打ち明けてくれるのがさ」
そう言って口元を緩める。
グレポン丸に対するインターネット上の誹謗中傷が原因で、彼女は一度大好きなAimsを引退するまでに追い詰められていた。普段彼女はそんな気配を微塵も出していなかっただけに、引退すると聞いた時には酷く驚かされたものだ。その理由を聞いても、『リアルが忙しくなってしまったので』の一点張りだった物だから、リアルの都合なら仕方ないと割り切っていた。
大会であの話を初めて聞いた時にはそれを察する事が出来なかった自分の不甲斐なさを心底悔やんだものだ。
「渚君……」
そう言って破顔する紺野さん。その笑顔に当てられて少し恥ずかしくなり、思わず顔を背けてから。
「さて、相談の内容は何だ?俺か?ライジンか?厨二か?はたまた紫音か串焼き先輩の事か?」
「えっと……私自身の事なんです」
「紺野さん自身の?」
そう言って首を傾げる。
何かしら人間関係ないしはそれ関係の相談かと思っていたようだが、どうやら違うようだ。
紺野さん自身の相談か……。うーん、俺に解決できるだろうか。
数秒して、意を決したように、「よし」と呟いた彼女はこちらへと顔を向けた。
「私……もっと強くなりたいなって思ってるんです」
紺野さんが真面目な顔でそう言うものだから、思わず目を瞬かせる。
「強くなりたい……?」
「あ、『もう十分ポンは強いじゃないか』って感じの回答は無しでお願いしますね。お世辞でも嬉しいですけど、現状満足しきれていない状態なので」
まさしく今言おうとしていた事を言い当てられ、口を閉じる。
さて、これはどっちの話なのだろうか。
「それは精神的な面で?それともゲーム的な話?」
「ゲームの方ですね」
「ゲームか……」
紺野さんがそう答えるので、顎に手を添えて熟考する。
強くなりたい、ね……。かつての俺も悩んだものだ。どうしたらプロゲーマーである両親を打倒する事が出来るかどうか必死に試行錯誤して、上手いプレイヤーの動画も沢山漁って研究したし、それ以上の時間ゲームで実践を重ねてきた。
だが、そんなありきたりな回答をしたところで彼女は満足しないだろう。ゲームの実力は時間をどれだけ割いたかどうかで決定するなど、誰にでも分かる一般論だ。
「その、私……『花火』ありきのプレイヤーって思われがちなのが嫌なんです。あ、別に『花火』が嫌いな訳じゃないんですよ?ただ、『それが無いと平凡なプレイヤー』って評価されがちで……」
「……まーたネットの情報を鵜呑みにしちまってるのか」
そう言うと、紺野さんが「あっ」と声を漏らして、誤魔化すように苦笑いする。
気にするなと言うべきなのだろうが、彼女の性格上、気にしてしまうのだろう。俺だって他人に完全に興味が無いわけではないから、エゴサしたくなる時ぐらいある。
「少なくともSBOのプレイヤーの中で、ポンに対する悪い意識を持った人間は限りなく少ないと思うぞ?本気の俺にだって十分渡り合ってたし、それだけの実力があるって評価されてると思うぜ」
「でも、このままじゃダメなんです。この前のAimsでも、Ashleyさん相手に時間稼ぎすらさせて貰えませんでした。今回のハウジング戦争だって、ルゥさんにあっという間にやられちゃいましたし……」
そう言うと、紺野さんはシュンとしたように顔を俯かせる。
なるほど、自分の強さに対して疑問を抱いたキッカケはそういう事か。
「Ashleyは世界トップクラスのAimsの実力者だぞ?俺だって、1on1やったら数回に一回勝てればいいぐらいの割合だと思うしな……。あの人の動画見ると分かるけど、全武器種合計キル数世界一位の称号は伊達じゃないぞ。1v3は勿論、1v6ぐらいなら余裕で対処できる程の腕前だからな」
HOG……『Hands of Glory』のメンバーは一般人はおろか、他のプロプレイヤーとは一線を画す実力者達が集っているプロチームだ。それと同等の実力を望むのは努力以上に才能の壁が立ちはだかる。
一時期HOGのスカウト枠の目に留まろうと頑張っていたから分かるが、死ぬほど努力してきて跳弾技術を磨いてきても、それでも目に留まる事は無かった。
完全に俺の上位互換であるSnow_menの存在が大きいのもあるだろうが、それでも届かなかったのは中々に悔しかった覚えがある。
「でも……。渚君から任せたって言ってもらえたのに、全く仕事させてもらえなかったのは変人分隊のメンバーとして悔しかったというか……」
「いや、あの時は正直負け覚悟だったからそこまで負い目を感じる必要は無かったぞ。大体、明らかに俺らを狙ったスナイプだったし……。……?あれ、なんでスナイプされたんだ俺ら?」
あれ?今更ながらなんでHOGの主要メンツがカジュアルマッチで初動ほぼ被せてきたんだろうか。偶然なのかもしれないが、なんか引っかかるな。
まあいい、取り敢えず今は紺野さんの相談の内容が最優先だ。
「じゃあ、グレポン丸としての紺野さんの弱点を言ってやろう」
強くなる上で重要な事は、自分の立ち回り方を見直す事。
敗北の原因、自身の弱点を見つめなおす事で、改善できる事もある。
そう言った意味を込めて、人差し指を立てる。
「まず一つ目。ポンは基本的に前準備をあまりしないタイプのプレイヤーって事だ」
「前準備……ですか?」
「そう。俺みたいに割れてる情報はガチガチに分析してから臨むタイプと正反対のプレイヤーなんだよ。ことSBOには『スキル生成システム』っていう概念がある以上、対プレイヤーの場合初見殺しがあまりにも多すぎる。だから、しっかり分析するのは大事だ」
他のゲームみたいにある程度決まっているスキル構成ならともかく、このゲームはスキル構成の自由度が高すぎるが故に初見殺し特化のスキルが横行してしまっている。
ポンがルゥ氏に一瞬で距離を詰められたスキル、【縮地】。これも一度知識として知って居さえすれば警戒出来るし、対応も可能だ。
「例えばルゥ氏の場合、距離を置いていても対象物があれば一瞬で詰められるスキルである【縮地】の発動から、【抜刀・居合】のコンボは非常に強力だけど、それを封じるだけで一気に戦闘力は落ちる」
「……と、言いますと?」
「実はルゥ氏って1st TRV WAR本選で一回戦で負けてるんだよな。対戦相手の【モンク】、『リンダZ』氏はそのコンボを使わせない為に距離を詰めて戦っていた。その猛攻に押し切られてそのまま負けてたから、ポンが取るべきだった行動は距離を置く事じゃなくて……」
「ルゥさんが来た時点で、一気に間合いを詰めておくべきだった……」
「そういう事」
とはいえ近距離戦が強いRosalia氏がその場に居たから、それが最善策とは一概には言い切れないが。
「そのプレイヤーのスタイル、ないしはスキルを知っておくことで有効な立ち回り方も見えてくるって話だ。プレイヤー一人一人を調べるのは流石に不可能だけど、持っている武器や見た目からジョブを割り出して、そのジョブの強力なスキルを頭に叩き込んでおく事で相手が初見でも十分対応できるからな」
「なるほど……」
「メモメモ……」と言いながら紺野さんはARデバイスを操作して透明なキーボードを叩く。
その様子を見ながら、指をもう一本立てる。
「二つ目。ポンは想定外の事態に弱すぎる」
「えっと、例えば……?」
「うーんと……ごめん、紺野さん」
「へ」
前もって謝って置いてから、紺野さんの肩を軽く押す。
「きゃ」と可愛らしい声を漏らして倒れ込んだ紺野さんを覆うようにソファに手を突いた。
すると、紺野さんは数秒間茫然と俺を見つめると、みるみる顔を真っ赤にさせて慌てだす。
「え!?ええええええ!?な、渚君ッ!?」
「と、こんな感じだ。今、紺野さんはこうされた時点で俺を突き飛ばすなり蹴っ飛ばすなりするべきだ。……いや本当にごめん、咄嗟に思いついたのこれぐらいしかなくて」
「そそそそ、そうですよね!?び、びっくりしたぁ」
すぐに体勢を直してソファへと寄りかかると、おそるおそると言った様子で身体を起こす紺野さん。
真っ赤に染まった顔にぱたぱたと手で扇ぎながらあははは……と気まずそうに笑う。
「今、俺に押し倒された時思考が止まっただろ?それがポンの弱点だ」
「思考が止まったというかびっくりしたというか……」
「もっと怒っていいんだぞ?紺野さんはちと優しすぎるからもう少し他人に厳しくしよう。それも弱点だ」
「……善処します」
そこで善処で止まるのが彼女の優しい部分なのだろうが、俺だったら仲良いとは言え彼氏彼女の関係でもない人間に急に押し倒されて襲われそうになったら反撃するだろうな。具体的には金的……うっ、やだ、ひゅんってなったわ。紺野さんが優しくて助かったわ……。
ごほん、と一つ咳払いしてから。
「俺はどんな時も常に動き続ける事を意識している。思考停止で立ち止まった時が相手からしたら一番の隙だからな。ポンは非常事態や想定外の事に関して困惑してしまう癖がある。それを排除さえすればまた一回り強くなれるようになるはずだ」
「確かに私は想定外の事が起きるとパニックになっちゃいますね……なるほど、勉強になります」
そう言って、彼女は真面目にメモを取り続ける。
天井を見上げて、他にあったかなあと悩んでみる。ポンは右詰めの癖があるがそれは些細なものだから気にする必要は無いだろう。
まあ、ただ弱点を言い続けるのも本人が伸び悩む原因に繋がるし、ここは一つアドバイスしておくか。
「とまあ、大まかな弱点はこんなもんかな。……最後に一つだけ」
「?」
三本目の指を立てて、紺野さんに柔らかく笑みを向ける。
「ポンは、俺達変人分隊の中でも突出して、誰にだって負けない物がある。それを見つける事が、自分の自信に繋がるはずだ」
「ちなみに聞くのは……駄目なのでしょうね。私自身が見つけないと、意味が無いと」
「そういう事。大丈夫だ。俺が知ってるって事は、ポン自身が絶対に分かっている事だから」
困ったように笑う紺野さんに、サムズアップして答える。
彼女は「分かりました」と一言呟くと、ソファから立ち上がった。
「渚君」
「ん?」
「やっぱり相談して正解でした。自分で悩み続けるだけじゃなくて、誰かに聞いてもらうとこんなに胸のつかえが取れるものなんだなぁって、実感させられました」
そう言って彼女は胸の辺りに手を当てながら微笑んだ。
「それは良かった。俺で良ければいつでも相談に乗るから、気軽に言ってくれ」
「ありがとうございます。……それでは、また後で」
そう言って、彼女が玄関に向かっていったので、後ろをついて行く。
ペコリと律儀にお辞儀していった彼女を見届けてから、再びSBOにダイブしたのだった。
────
【おまけ】
その後、部屋に帰ったポンの話。
自分の部屋の扉を閉めて、扉に寄り添うように座り込む。
脳裏に浮かぶ、先ほど押し倒された時の光景。
彼の真剣な表情に見惚れていて、すぐに反応することが出来なかった。
(渚君は、私の事どう思っているのかな)
ぎゅ、と胸が締め付けられるような甘く苦しい感覚を覚えて、胸に手を添える。
顔が熱くて仕方がない。彼は私の悩みについて、真剣に考えてくれていた。
その真剣に考えた結果、あの行動に出たのだろうが、あの時私の意識はすっかり逸れてしまった。
ぽふっと頭を脚にうずめる。
(仲の良い女の子ぐらいにしか思ってないのかな……少し複雑だなぁ)
少しは意識してくれているのかな。
もっとアピールしないと振り向いてくれないのかな。
そんな考えが頭をよぎる。
(でも、だからこそ渚君は私に下心無く接してくれている。……今まで私に好意を向けていた人達は、皆下心を持って接してきていたから)
あくまで友達として、真剣に相談に乗ってくれて、悩んでくれているのが堪らなく嬉しかった。
相談する相手に彼を選んで正解だったと、心の底から思えた。
(でも、あんまりただの友達として見られ続けるっていうのも……少し嫌だな)
彼に女の子として見てほしいが……今の関係が壊れてしまうのも怖い。
好意を向けても、あまりにも鈍い物だから、少し怒りたくもなるが。
でも、焦る必要は無い。少しずつ、ゆっくりと関係を深めていけば、きっといつか。
そこまで考えて、再び顔に熱が昇っていく感覚を覚える。
胸の高鳴りを感じながら、この熱の正体を口にする。
「やっぱり、好きなんだなあ」
脚にうずめていた顔をほんの少しだけ出して、熱い息を漏らす。
そのまま、顔の熱が引くまでその体勢で座り込んでいるのだった。
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