#156 ハウジング・ウォーズ! その五
ノーモーションから繰り出される刺突を、双剣を叩きつけるようにして受け流す。
二度、三度剣戟を繰り返し、大きく後ろへ飛んだ【戦機】ヴァルキュリアは赤いオーラを身に纏った。
『ヴァルキュリアシステム、
その言葉を告げた途端、【戦機】ヴァルキュリアの攻撃が格段に速くなる。
ライジンは、攻撃を回避しながら、部位欠損修復ポーションを左腕に振りかける。
(やはり来たか、【戦機】ヴァルキュリア。【灼天】の余波で関係ないプレイヤーを大勢巻き沿いにしてたからな。もし俺が負けてても、【
スゥ……っとライジンは目を細めると、【戦機】ヴァルキュリアの攻撃を警戒する。
(いい機会だ、少しばかり検証と行こうじゃないか)
粛清の代行者、【戦機】ヴァルキュリア。その実態は謎に包まれている部分が多い。
現状、カルマ値を上げ過ぎると出現するお仕置きMobとしての立ち位置であるという事がプレイヤー達の共通認識であるが、それ以上の
(村人からの情報で、あいつの正体について気になる所がある。それを確かめるためにも、少しばかり耐久しないといけないな……)
武器を構え直し、足に力を込めると疾駆する。
「オラァ!」
口で固定している双剣が振るわれ、レイピアとぶつかり火花を散らす。
すかさずライジンは身体を捻ると蹴りを繰り出し、その顔面を捉えようとする。
が、瞬く間にその姿が掻き消え、レイピアを深く構えてライジンへと襲い掛かる。
「ぐ、おお!!!」
左手で持っていた双剣で受け流すとギャリィィン!!と金属音が鳴り響き、レイピアが虚空を貫く。
ライジンの身体が【疾風回避】の効果で緑色の輝きで包まれ、その動きが加速する。
「【クリティカルゾーン】!」
ライジンを中心に黄色いエリアが浮かび上がり、双剣が淡く輝く。
ヴァルキュリアと交わし続ける剣戟。火花を散らし、一撃一撃に全身全霊を込めるが、ヴァルキュリアは無機質な瞳でこちらの攻撃を受け流し続けるばかり。
(野郎、吠え面かかせてやる!)
一度も攻撃が通らない事は元から想定していた。だが、ライジンのプライドがそれを許さない。
双剣の片割れを口から放すと、アイテムストレージに放り込んでからスキルを発動させる。
「【空を灼け】!【灼天】!!!」
業火が巻き上がり、ヴァルキュリアに襲い掛かるが、レイピアを振るだけで強烈な風圧が発生し、火が吹き飛ばされる。
舌打ちを一つ鳴らしたライジンは太陽から供給されるマナを補填し、そのまま火力を上げ続ける。
(もって、三十秒!!それまでに、一ドットでもダメージを与えてやる!)
この場に村人Aが居たら「土地は?」と聞かれそうなことは、脳の奥に押し込みながら、ライジンは駆け出した。
「【灼天・焔】!!」
ライジンが纏う炎から鞭が射出され、ヴァルキュリアへ襲い掛かる。そのどれもが、ヴァルキュリアが軽くレイピアを振るうだけで弾かれてしまい、そのまま消え去ってしまう。
だが、その作った隙で右腕の修復が完了した。双剣を再び装備すると、地面を踏みしめる。
「おおおおおおおおおおおおお!!!」
火の粉をまき散らしながら愚直に突っ込んでくるライジンに対し、ヴァルキュリアは短く嘆息すると、刺突の体勢を取る。
『死ね、咎人』
神速で繰り出された刺突が深々とライジンを貫くと、その姿が煙となって掻き消えた。
それを見たヴァルキュリアの瞳が、初めて揺れ動く。
「上だぜ、お間抜けさん」
【灼天・陽炎】の効果でヴァルキュリアに幻覚を見せていたライジンは、加速しながら無防備なヴァルキュリアを斬り払う。
すんでの所で避けたが、そのシミ一つ存在しない真っ白な肌に、一筋の赤い切り傷が走っていた。
恐らく、まともなダメージにすらなっていないただの切り傷だ。されど、初めて圧倒的な実力差のある粛清の代行者に対して傷を付ける事が出来た確かな証。
しばし茫然とヴァルキュリアはその傷に手を添えて黙り込んでいたが、小さく笑みを浮かべた。
『なるほど。どうやら、
その表情を見て、ライジンはゾクリと肌を粟立たせる。
(……想定してはいたが、本来の実力を見せてすら居なかったわけか)
最初に遭遇した時は村人Aも串焼き団子も低レベルの時にこいつと渡り合えていた。実際には避ける事に全力を捧げていたのでとても戦えているとは言えないが、本来エンドコンテンツで対決するであろうこいつに立ち向かえるはずが無い。瞬殺されるのが関の山だろう。
では、エンドコンテンツに匹敵する程の本来の実力とは?あの赤いオーラ、『ヴァルキュリアシステム』という物の実態を知れていない以上、行動を予測する事が出来ない。
じり、と武器を構ながら警戒を続けていると、ヴァルキュリアは静かに目を閉じた。
『
数字と文字が不規則に羅列した魔法陣がヴァルキュリアを包み込むと、纏うオーラの色が金色へと変化する。そしてレイピアが粒子となって解け、解けた粒子が手元で収束していき、その細身の身体に似合わない無骨な深紅の大剣が生成されて手中に収められる。
(武器チェンジからの行動変化か!?奴が行動を起こす前に動かないと……)
「【
次いで、ヴァルキュリアが黄金の瞳を開眼すると、周囲一帯に波動のような物が放たれ、空気が震える。波動が通り過ぎると、心臓が強く脈打ち、ライジンの動きが完全に停止した。
圧倒的な
(これ、は……)
ドッと片膝を突き、全身を縛り付ける重圧に成す術もなく倒れ込む。
HPバーの横に点滅している状態異常を示すマークをフォーカスすると、そこに表示されていた状態異常は【恐慌】。そして初めて見る状態異常である【畏怖】が付与されていた。
その効果時間は……前代未聞の
(強制敗北かよ……!?二つ名クエストの時はこいつと戦わないといけないんだろ……!?)
額から汗が零れ落ち、手が震える。それはシステム的な物であるが、実際にそうなってもおかしくないレベルの重圧がヴァルキュリアから放たれ続ける。
そして倒れ込んだまま【戦機】の姿を見上げると、大きく振りかぶった姿勢で力を込めていた。
『【
空が、割れた。
ヴァルキュリアが神速とも言える速度で大剣を振るうと、空気を震わせながら強烈な斬撃が襲い掛かる。ヴァルキュリアから放たれる致命の斬撃を回避するという選択肢が取れないライジンは、そのままポリゴンとなって砕け散った。
その衝撃波で周囲一帯が吹き飛ぶと危惧されたが……ライジンがポリゴンへとその姿を転じた瞬間に、何事も無かったかのようにピタリと大剣が止まる。
『対象の消滅を確認。ヴァルキュリアシステム・
ヴァルキュリアが深紅の大剣を地面に突き立てると粒子となって解けていく。黄色いオーラが収束し、目の輝きが輝かしい黄金から元の蒼色へと戻った。
そして冷めた瞳で天を見上げると、瑞々しい唇が動く。
『何故、罪を繰り返すのか』
ぽつりと一言言い残すと白鎧の女騎士はその場から姿を消した。
────
【補足】
【
それはかつて大陸を脅かした厄災を振り払い、平和をもたらした英雄が纏っていた覇気。
その圧倒的な存在感の前に立つことが出来るのは英雄の資格を持つ者だけである。
効果:レベル100未満の生物に【恐慌】【畏怖】の永続付与(死亡で解除)
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