#155 ハウジング・ウォーズ! その四


 鋭く繰り出される刺突を、すんでの所で回避する。

 実際に【戦機】ヴァルキュリアと相対した事は無いが、実際はこれ以上の速度と威圧感を伴って攻撃してくるのだろう。


(……凄い)


 刺突を回避し続けながら、ポンは目の前のRosaliaへ羨望の眼差しを向ける。

 一体、この世界に来てからどれぐらいの研鑽を重ねたのだろうか。SBOのサービス開始から一ヵ月も経っていないのにも関わらず、彼女の動きはその短い期間で築き上げてきた物とは思えない程非常に洗練されている。正直、回避するのにやっとで攻撃に繋げるチャンスが無い。

 

(だけど、それが負けて良い理由にはならない)


 ポンは強く拳を握ると、一度体勢を立て直す為に大きくバックステップする。

 Rosaliaはその隙を逃す事無く追撃をしようとしてくるが、それも回避した。


「どうした、攻撃しないのか?」

「……反撃するチャンスを伺ってます。そこまで余裕があるわけではないので」

「なるほど、正直者だ」


 じり、と慎重に様子を伺うRosaliaを見ながら、ポンは短く息を吐いた。


(Rosaliaさんを越えられるようで無ければ、あの人の背中はまた遠ざかる)


 瞼を閉じると、その脳裏には自分の最も尊敬する人物……村人Aの姿が浮かぶ。

 そして、続けて先日のAimsでの世界最強チーム、HOGとの直接対決の光景が浮かんだ。結局、『Ashley』には赤子の手をひねるようにあしらわれてしまった。自分の実力がまだまだ足りてない証拠だ、とポンは目をうっすらと開くと、静かに集中力を高めていく。


(私はもっと強くなりたい。あの人の隣に立っても恥じないレベルにまで)


 あの後、彼の生放送のアーカイブを見直してみた。スナイパー対決で、神業的な跳弾で彼は敗北していたが、あの最強のスナイパーであるsnow_menに手痛い一撃を浴びせていた。

 自分はAshleyに一気に間合いを詰められてなす術なく蹂躙されていたのだから、その差は大きい。


(置いてかれるのだけは嫌だ。だから、私は変わるんだ!)


 目を開き、目前まで迫り来ていたRosaliaの不意の一撃を回避する。

 まさか回避されるとは思わなかったらしいRosaliaは、目を見開いて、すぐさま距離を取る。

 短く息を漏らすと、ポンが


「ちょっと、荒々しくなりますよ。私の今の実力で貴女にどれだけ通用するか試させてもらいます」

「ああ、来い」


 その瞬間、Rosaliaはポンの表情を見てゾクリと肩を震わした。

 普段の温厚な彼女からはとても考えられない程冷たく、鋭い眼光を光らせながら【爆発推進ニトロ・ブースト】で急加速した。


「ッ!?」


 ズパァァァァン!と派手な音を立てて、ポンの鋭い蹴りがRosaliaの顔面に向けて放たれた。ギリギリ腕でガードはしたが、左手が完全に痺れてしまい、使い物にならなくなる。


「いきなり顔面とは、容赦無いな」

「こちらも余裕はないですから!」


 Rosaliaはウインドウを操作してHPポーションを取り出しながらバックステップするが、ポンはそれを逃がさない。立て続けに蹴りを乱打し、じりじりとRosaliaのHPバーが削られていく。

 舌打ちを一つ鳴らしたRosaliaは、スキルを発動させた。


「【ガーディアン・ナイツ】!!」


 途端、Rosaliaの姿が二重、三重にぶれて分身が出現する。その分身がどれも明確な意思を持ってポンを取り囲む。

 それを見たポンは【爆発推進ニトロ・ブースト】で空中に一気に加速しながら跳躍した。


「なっ」

「村人君との戦いでは、貴女は空中戦に対する回答を見せませんでしたから。……一方的に攻撃させていただきます!」


 そのまま空中を移動しながら、アイテムストレージからミニボムを大量に取り出す。それを見たRosaliaは顔を思わず引きつらせ、撤退すべきか逡巡する。

 だが、その悩んだ隙を逃さず、ポンが動き出した。


「【集束爆弾クラスターボム】【油脂焼夷爆弾ナパームボム】」


 ポンがスキルを発動させると、ミニボムが赤く輝き、そのまま降下を開始する。落ち始めたミニボムは、そのまま花開き、小型爆弾となってRosaliaへ降り注ぐ。

 対して、空中戦に特化しているスキルを持ち合わせていないRosaliaは思わず歯噛みする。


「ぐっ、卑怯な」

「卑怯ですか、それで結構です。FPSでは、相手が嫌がる事を選択し続ける事こそが常勝の秘訣ですから。甘えた考えは捨てた方が良いですよ!」


 落下地点を予測して動くRosaliaの逃げる先を潰すべく、先んじてミニボムを放り投げる。

 【集束爆弾クラスターボム】が落ちた先から小爆発を起こし、【油脂焼夷爆弾ナパームボム】の効果で火炎が周囲一帯に広がっていく。

 Rosaliaも同時に分身全部を避けさせる事は出来ず、火に包まれた分身に【火傷】の状態異常が発生し、それが他の分身に共有される。


(村人君との戦いを見てたから分かる。あの人のスキルの状態異常共有は、分身にだって共有出来るから……一つずつ、潰していけばいい)


 現在、【火傷】の状態異常を負った分身が二体、残る正常な個体が五体。

 最後に【火傷】にならなかった個体こそ本体……と言いたいところだが。


(だけど、それで騙されていたのは忘れていない。あの人はとても慎重なプレイヤーだったって村人君が言っていたから……見極める必要がある)


 爆撃機と化したポンに成す術無く逃げ惑うRosaliaをじっと見つめる。どれが本物でもおかしくはない。分身の中に本体を紛れ込ませる戦法を取っていた彼女の事だ、一番最初に状態異常を共有した個体が本体であってもおかしくない。


(なら、一か所に集中して集めよう)


 そう判断したポンは広範囲にミニボムをばら撒く。万が一、逃亡されるのを許してしまわないように火炎で覆い尽くす。

 そして集めた一か所で大技を……とポンが思い至った次の瞬間。


 地上から放たれた斬撃が、ポンに向かって飛来する。


「ッ!?」


 急旋回する事で初撃は回避したが、そのまま二、三度斬撃が飛来してポンの身体に直撃して体勢を崩してしまった。


「うっ……!?」


 HPバーが一気に減少を始め、七割まで減った所で減少が止まった。

 慌ててポンは視線を攻撃が飛んできた位置へと向けると、そこに居たのは刀を抜刀している女性だった。

 その姿を見たRosaliaがぱっと顔を明るくする。


「ルゥ!間に合ったか!」

「クラマスはすーぐ突っ走る癖があるんですから……またボコボコにされて幼児化する所だったじゃないですか」

「よ、幼児化してないもん!!苦戦してないもん!!」

「はいはいワロスワロス。あ、戦闘中の所水差して悪かったねー。でも、邪魔しないと本気でクラマス危なかったから許してね」


 ごめんね!と苦笑いしながら片手を立てて謝罪してくるルゥ。


(あの人は確か……黒薔薇騎士団副クランマスターの……)


 滞空しながらHPポーションを使用し、再度先ほどの攻撃が来ないか警戒を続ける。

 ルゥは眠そうな瞳でポンを見上げながら、一つあくびをした。


「でもさ、こっちもタイムリミットを抱えている身でね。君が大暴れしてくれたおかげで30番地に寄りつこうとするプレイヤーは少ないけど、手早く終わらせないと土地が取られそうなんですわ」


 そう言いきると、ルゥは刀を納刀し、深く構える。

 シィィィィと何かが漏れ出るような音がルゥから聞こえてくるのに嫌な予感がして、ポンはすぐさまミニボムを構えようとする。


「だから、悪いけど死んでね」


 ダン、とルゥが石畳を割りながら地面を踏みしめると、姿が掻き消える。


「【縮地】」


 スキルを発動させたルゥが突如として目の前に出現する。完全に不意を突かれたポンはミニボムを直撃させようとするが、反応が遅れてしまった。


「【抜刀・居合】」


 刀身が赤く輝き、鞘から抜き払われると同時に繰り出される剣閃。

 ポンの首筋を完璧に捉えた最速の抜刀は回避のしようが無い。

 

 ザンッ、と斬撃音が周囲に響き渡り、ポンの身体はポリゴンとなって砕け散った。

 

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