番外編 終幕 あふたー・ぱーぷる


 勘違い事件から数日が経った深夜の事。


 リクライニングチェアに腰かけた紫音は、とある人物とビデオ通話していた。


「……しんぼる、相談したい事がある」


『あら、またお兄さんと喧嘩したの?』


「……違う、友達との事で相談したい」


 紫音の画面の向こう側に映っているのは紫電戦士隊の公式イラストを担当しているしんぼる――本名新保留依しんぼるい――という名義で活動している女性だった。

 留依は、紫音の言葉に心底驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせる。


『友達って言った?……あの超人見知りの紫音に、友達が!?』


「う、うるさい。……そう、友達」


 紫音が顔を赤らめながら、そっぽを向く。

 そんな紫音の様子を見た留依は口元を和らげながら、感慨深そうに何度も頷いた。


『良かったぁ、同性の友達が少なすぎて心配してたんだよー。ただでさえチームメンバーぐらいしか仲の良い人居ないんだから、その友達大切にしなよー』


「……う」


『……あのさ、紫音?一応聞くけど、その出来たばかりの友達と喧嘩したとかじゃないわよね?』


 留依が訝し気な目でじぃっと紫音を眺める。紫音はその視線を受けて居た堪れなくなり、冷や汗を流しながら視線を逸らした。


「……え、えっと……勘違いして、凄く酷い事をしてしまった」


『何やっちゃってんの!?ただでさえ貴女は勘違いされやすいんだから早く誤解は解きなさいよ!?』


「……一応、誤解は解いた、けど……」


 バツが悪そうに紫音は掠れ声を漏らす。


「……その友達は、私の事を許してくれた。……けど、やった事が事なだけに凄く気まずい。……わたし、こんなの初めてでどうしたらいいか分からない。……しんぼる、助けて」


 泣きそうな声で紫音がそう呟いたのを聞いて、留依は本気で紫音が悩んでいるという事に気付く。

 兄である串焼き団子ではなく、仕事柄長い付き合いの留依にこの相談を持ち掛けている時点で、何となく察しは付いていたが。


 留依はペンを置いてゆっくりとリクライニングチェアに身体を倒すと、そっと息を一つ吐く。


『……分かったわ。でも、話が何も分からない以上提案のしようもないわ。話、聞かせてもらえるかしら?』


「……うん、えっと……」


 それから、紫音はつい数日前に起きた勘違い事件の全貌を話したのだった。



 


『……えっとね、紫音。はっきり言わせてもらうわよ?』


「……はい」


『最大限に擁護したとしても、貴女が百パーセント悪い』


「……はい……」


 留依のはっきりとした物言いに、紫音はしゅんとした表情で俯いた。

 留依は手に持っていた電子ペンでコツコツと机を叩きながら。


『貴女がライジン君にベタ惚れな理由は分かるわよ?貴女にとっての正しくヒーローだもの。けど、いくら恋愛経験ゼロだからって気の引き方が下手くそ過ぎない?不器用にも程があるわよ?』


「……で、でも、あれぐらいしないとライジンは振り向いてくれないって思って……」


『それが傭兵君と疑似デートを見せつける事で嫉妬させるって発想になる時点で貴女の恋愛力はゼロよ。一度見つめ直した方が良いわ』


 はぁ、と心底呆れた様にため息を吐く留依。うーん、とひとしきり唸ると留依は指を立てて。


『あのね、それで嫉妬するのは創作の世界だけよ。私もその手の漫画を描いた事はあるけど、現実味が無くて即没にしたわ。……もし仮に、ライジン君が紫音の事を好きだと仮定したとして、傭兵君とのデートを見てどう思う?』


 留依の言葉を聞いて、紫音は頭の中で想像すると、顔色を真っ赤にする。


「……えっ、えっ、ライジンが、私の事を好き?うぅ……えっと……既に彼氏持ち……諦める、とか?」


『なんだ、分かるじゃない。そうよ。よっぽどガツガツした男の子でもない限りその時点で諦めるわ。あ、私はNTRは本気で受け付けないからそんなガツガツした男は勘弁だけどね』


「……あ!し、しんぼる、どうしよう……!?」


 紫音が顔を真っ青にしてワタワタし始めると、留依はまた一つため息を吐いた。


『後先考えずに行動するからそうなるの。一応、誤解は解けてるのよね?なら、その点については心配する事は無いけど……まあ、ライジン君には良く思われてないだろうね』


「……う。そ、そうだよね……」


 紫音は目尻に涙を溜めながら、ぽつりと呟く。

 留依はそんな紫音を見て泣かない、泣かないと苦笑いしながら言うと。


『ま、それはこれから先何とかして挽回する事ね。……じゃあ次、傭兵君とのこと。彼も根は凄い良い子なんだけどね~……ライジン君絡みになるとつい悪ノリしがちだから』


 留依と傭兵A……日向渚については、彼のSNSのアイコンのイラストを描いていたりして無償で提供する程の仲だ。

 それは彼女の夫が変人分隊のメンバーであるが故の絡みだが。


『今回唯一ストッパーになり得たのが彼だから、彼も悪いわね。うん、夫からも後で言ってもらおっと。それで……傭兵君の事が好きな女の子の前で、付き合ってるふりを続けた鬼畜な紫音ちゃん?どうしてそんな状況になったのかしら?』


「……い、言い方に悪意を感じる……。……ポンはあの時、男の人といた。私、その男の人の事をポンと付き合ってる人って勘違いしてて……」


『……嘘!?ポンってあのグレポン丸よね!?あの人、女の子だったの!?』


 留依は思わず身を乗り出して通話画面に顔を近づける。


「……あ、え、えっと、他言、無用で……」


 ネットリテラシーガン無視でやってしまったと顔を引き攣らせた紫音が慌てたようにそう言うと、留依は「分かってるわよ」と苦笑する。


『いや~まさか【花火】の伝道師様が女の子だったとはねぇ。そっか、なるほど。紫音が絡めるようになったのも納得だわ。……というか、あのなりで傭兵君に恋してたって中々シュールね』


「……ん。でも、ポンは凄く可愛い子だった。……私なんかよりもずっと」


『あら?それは私に対する嫌みかしら?『冷血の美少女』、紫音ちゃん?』


「い、嫌みのつもりで言ったわけじゃ、ない……」


『もう、冗談よ。話の腰を折って悪かったわね。それで?』


「……ライジンのイベント中にポンを見つけた時、凄い暗い顔をしてた。……一緒に居た彼氏と喧嘩したんじゃないかって勘違いしたの。……だから、ポンと仲が良い傭兵なら、傷心中のポンのケアも出来るんじゃないかと思って……」


 あぁ……と留依は嘆息すると、続けて深々とため息を吐いた。


『……その結果、最悪の状況になった訳ね。ライジン君と合流する事になったから、付き合ってるフリを続けなければならなかった。でも実はポンちゃんはその男の人と付き合ってない所か、傭兵君の事が好きで、結果として紫音と二人きりでデートしている所を見せつけられる羽目になったと』


「……その通りです……」


『……なんというかまあ、誰も幸せにならないわね、それ。ライジン君の気を引けてると考えてる紫音だけのメリバよ。……ああもう、なんでそれをする前に私に相談しなかったのか』


 私が間に入っていればもう少し上手く出来たのになーと愚痴をこぼす留依。

 紫音は唇を噛んでいると、ぽつりと。


「……でも、ポンが傭兵の言葉で涙を流した時、全て分かった。……上手く行ってると勘違いしてほわほわしていた頭が、急速に冷えた。……私は、取り返しのつかない事をしていたんだって。……ああ、って」


 紫音がそう呟くと、瞳から涙が零れ落ちる。嗚咽を漏らしながら、紫音は涙を流し続ける。

 留依は黙ってその様子を眺めていると――柔らかい声音で、優しく告げる。


『紫音。……確かに、今回の事は貴女が悪いわ。……でも、貴女は自分のやった事に対して悪い事をしていたって気付けた。きちんと反省出来た。……それを、ポンちゃんもきっと分かっているはず』


「うん……」


『だから、ポンちゃんも許してくれた。貴女がこれ以上傷つかないように。……違うかしら?』


「……うん……」


『きっと、ポンちゃんは友達思いの凄く優しい子なのね。初対面だった紫音に対してそこまで気を遣える人間なんて、そうそう居ないわ。……折角仲直り出来て、しかも友達になろうって言ってくれたんだから、ちゃんと大事にしなさいな』


「うん……!」


 鼻をすすりながら、力強く頷いた紫音に対し、留依はそれで良し!と満面の笑みを浮かべた。


『じゃ、私のお説教は以上。さて、ここからは盗み聞きしていたうちの旦那からも何か言ってもらおうかな』


「……え?」


 留依が悪戯めいた笑みを浮かべると、紫音は呆けたような表情になる。留依が手招きすると、頭を掻きながら一人の男性――彼の夫である新保俊明しんぼとしあきが顔を見せる。


『よ、紫音。その様子を見ると――元気かって言い辛いな?』


「……ボッサン?」


 紫音は映り込んできた男性の声で気付き、目を見開く。

 一応、留依の夫がボッサンのリアルであるという事は留依を通して知ってはいたが、実際の姿を見るのは初めてだった。

 紫音は慌てて目尻を擦って涙を拭うと、俊明はくすりと笑う。


『ま、話を聞いてた限りだとお前さんが悪いな。それは俺も同意見だ』


「……うん、それは身に染みて分かってる。……えっと……」


『あ、ちなみにポンのリアルの姿とかは一応知ってるから安心しろよ?傭兵の事を含めてあいつにずっと相談を受け続けてきたのは俺なんだぜ?だからさっきの話を聞いた時は思わずマジかって声が出ちまったけどな!』


 がっはっはと豪快に笑う俊明。

 俊明――ボッサンは変人分隊の中でも常識人枠の人間だ。確かに、相談する人間として選ぶ人選としては一番適しているとも言える。

 紫音はぱちりと目を瞬かせると、納得したように「なるほど」と呟く。


『……話を戻すぜ。ポンはリアルが嫌でゲームに現実逃避してきた側の人間だ。留依からお前さんのは聞いてるけどよ、言っちまえばあいつはなんだよ』


「……同類?……ポンと、私が?」


 紫音が首を傾げると、俊明はゆっくりと頷いた。

 

『だからきっとポンは、お前さんに対してどことなく親近感を感じたんだろうな。お前さんが絶賛するぐらいだ、ポンのリアルもお前さんと似て整った容姿なんだろうよ。……優れた容姿があれば必然的に人は寄ってくる。良い意味でも、悪い意味でも、な』


「……それは……確かに、そうかも」


 その言葉を聞いて、紫音は胸がずくりと痛んで手を胸に添える。

 忘れもしない、紫音が一度になった時の記憶を思い起こし、冷や汗が出てくる。

 紫音の異変に気付いた俊明は、「悪い、大丈夫か?」と問いかけると、紫音は頭を振って「大丈夫」とだけ呟いた。


『俺が言いたいのは、似たような境遇を経験してきたお前らなら必ずウマが合うだろうって事さ。色々話してみると良い』


「……えっと、例えば?」


『ポンだって年頃の女の子だ。共通の話題でもありゃあ、自然と会話に花が咲くだろ。例えばそうだな……恋バナなんてどうだ?』


「ふふっ……!」


 にやりと笑みを浮かべながらそう言った俊明に、紫音は思わず噴き出した。

 俊明は眉根を寄せると、唇を尖らせる。


『おいおい、笑う事は無いだろ。良い案だと思うんだけどなー、恋バナ』


「だ、だって……ボッサン、その顔でその台詞は、反則……!!」


『おいこら紫音、流石に怒るぞ。ナイスガイと言えナイスガイと」


 つぼに入ったように紫音が笑っていると、俊明は口元を緩める。


『……そう、そんな風に笑ってポンと話すと良い。お前さんはいつも表情が硬いから、それだけで誤解を招くからな』


「う……気を付ける」


『うん、それでいい。ポンだって楽しそうにしてる奴と居た方が居心地が良いだろうからな。……おっと、そろそろ用事があるから、最後に一つ、助言だ』


 そう言って俊明は言葉を区切ると、真剣な表情になる。


『一度出来てしまった関係の亀裂を埋めるのは確かに難しい。けどな、それを埋めようと向こうが持ち掛けてくれてるんだから、お前さんがずっと気に病む必要は無い。……それにな、人間ってのはな、嫌な事があってもいつか忘れられるから前に進めるんだよ。きちんと自分のした事と向き合って、それを呑み込んだら前に進め。それを繰り返していけば、人生なんて満点で終えられる』


 その言葉を聞いて、紫音は脳裏にある言葉が浮かび上がる。


(だから、こんなつまらない事で紫音さんとの縁が切れてしまうのは嫌なんです。もう終わった事をうじうじと悩むよりも、これからの事を考えたいんです)


 それは唯に謝罪しに行った時に、唯が言った言葉。

 嫌な事があったのにも関わらず、彼女はすぐに立ち直った、ように見えた。

 きっと、彼女は『嫌な事』を忘れるために、これからの先の事を考えようとしていたのだと思い至る。


(もっと紫音さんの事が知りたいな。こうしてリアルでも会えたのだから、今日少しだけ離れてしまった距離を埋めて、もっと仲良くなりたいな)


 だから、俊明が言った言葉が紫音の心に染み入るように、すっと入ってきた。

 自分勝手で我儘な自分と違って、彼女は誠実で真面目でとても大人びていて――凄く眩しく感じた。


 ――ああ、私もこんな人になりたいと。心の底から、そう思えた。


『出た、ボッサンってたまーにだけど良い事言うよね』


『茶化すな茶化すな。ま、伊達にお前らと比べて一回り歳取ってるだけあるからな。年の功って奴さ。……ん?』


 留依と俊明がじゃれていると、ぽろぽろと、呆けた表情のまま涙を流し始めた紫音。

 それを見た新保夫婦は――――画面の前でパニックになる。


『ああもうボッサン、変な事言うから紫音泣いちゃったじゃん!』


『お前さっき良い事って言ってなかったか!?音速掌返しやめろって!?』


「……ひっぐ、違う、よ……」


 紫音は嗚咽を漏らしながらも、言葉を紡ぐ。


「……私、恵まれてるなぁって……。しんぼるが居て、ボッサンが居て、ポンが居て……。傭兵も、ライジンも……にぃも居て。みんな、我儘な私を許してくれる。間違いを優しく諭してくれる。……こんなにも、幸せな事って無いなって思ったら……涙が」


『……そっか。ま、若者なんて間違えてなんぼよ。紫音も私からしたらまだまだ若い。ボッサンなんて、紫音の二倍ぐらいの年齢なんだよ?』


『ちょ、おま年齢バレは……まあ、良いけどよ。ま、そういう事だ。間違った事を諭してやるのも大人の務めって奴だ。だから、困った時はバンバン頼れ。相談じゃなくても良い、愚痴を吐き出すだけでも、随分楽になるからよ』


「うん……!」


『よーし、じゃあ俺は『魔法少女ミスリル☆ビューティー』のリアタイ視聴をしないといけないので失礼する!』


『私もそろそろ作業に戻らないと納期がヤバいからここら辺で切り上げかなー』


「……うん。二人とも、最後に一つだけ言わせて」


 改まって姿勢を正した紫音は、深呼吸してから。


「……相談、聞いてくれてありがとう。しんぼる、ボッサン。……大好き!」


 満面の笑みを浮かべながら紫音がそう言うと、留依と俊明は顔を見合わせてから――歯を見せてサムズアップした。

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