番外編④ 勘違いトライアングル side渚&紫音


 ――――時は少し遡る。



「おい、紫音。ガチでこれで行く気なのかよ」


「……ん。これが最適解。……ライジンを振り向かせるにはこれぐらいの事をしないと」


「とは言ってもこれは流石にやり過ぎだろ。最悪あいつに殺されるかもしれないんだけど」


「……それはそれで面白い、かも」


「おいふざけんな」


 我が自宅から電車で移動し三十分。最近オープンしたばかりのショッピングモールに着いた俺達は、SBO公式イベントが開催されるまで、ゆっくりと買い物をするつもりだった。

 だが、ショッピングモールに着くなり紫音の奴は俺の腕に、自分の腕を絡めてきた。


 どうしたもんかね、これは。


「……まあ良いか。どうせ傍からみりゃあ良くて兄妹、悪くて姉妹だし。それに、紫音じゃあこれっぽっちもそういう感情を抱かないからな」


「……流石に失礼。年頃のれでぃーにそう言う発言は許されない」


「あだだだだだ!! 許してください紫音さん!!」


 脇腹を鷲掴みにされ、意外な握力に悲鳴を思わず上げる。

 畜生、こいつ日頃からフルダイブに入り浸りな癖になんでこんな鍛えてやがる!!


「……ぷろは身体能力の衰えを感じる事は許されない。……日頃からの筋トレが大事」


「なにこわエスパーかよ。なんでお前俺が思った事に返事してんの?」


「……そういう顔をしてた。……昔から傭兵は顔に出やすいから」


 そんなに俺の表情って分かりやすいのかしら。今度雷人と紺野さんにも聞いてみよう。

 眠そうな顔で腕時計を眺めていた紫音が、こちらへと顔を向ける。


「……イベントまで時間がまだまだある。どこかで時間を潰そう」


「あのなあ、時間は有限っつったのは誰だっけか? 極力無駄を省く為にイベント五分前に着いた方が効率良いだろうが」


「……出た出た効率厨。……そういう所がモテない原因だという事を自覚した方が良い」


「うぐッ、自覚あるから何とも言えねえ……」


 こいつ的確に人の嫌なところを抉ってくるな! FPSは対戦相手の嫌がる行動を取ることで有利に立ち回れるけど、その弊害で現実まで影響及ぼしてんじゃねーか。


「大体、早く来る意味なんてあったのか? ファッションセンスは俺もお前も皆無だろうから服屋なんて行く意味ないし、飯を食おうにも時間は早いぞ?」


 そう言って紫音に顔を向けると、紫音は顔を僅かに朱色に染め上げて、俺の服の袖をキュッと握った。


「……たまには私も、現実リアルでも友達と遊びたかった」


 ……くそ、不覚にも可愛いと思ってしまった。たまにこうやって甘えてくるギャップがあるから紫音が好きって雷人が力説してたけども、確かにこうしてみるとその気持ちが分かる気がしないでもない。

 少しだけこっぱずかしい気持ちになりながら、頭を掻く。


「……あー、それなら行きたい所はあるか?あんまり満足はさせられないかもしれないが」


「……ん」


 そう言って目をキラキラさせながら紫音が指を指したのはショッピングモールの中に設営されているゲームセンターだった。

 それを見て、思わず苦笑を漏らす。


現実リアルでもやっぱりゲームがしたいのな」


「……フルダイブゲーも良いけど、たまにはレトロなのもあり」


 まあ気持ちは分かるけどさ。俺も、SBOに触れてみて別ゲーも結構良いかなって思えるようになったし。


「じゃあ行くか。イベントまで後何時間あるんだっけ?」


「……三時間弱。その時間であのゲームセンターの記録を何個更新できるか勝負」


「おっ良いね、面白い提案するじゃねーか。目標は三つな」


「……甘い。目標は五つ。しばらくその記録を抜かれないように既存記録と突き放す」


 シオンの瞳に静かに炎が宿る。その顔を見て、その熱が俺にまで伝播してくる。

 良いぜ、久しぶりのゲーセンと洒落込もうじゃねえか!!





「……傭兵動きが甘い、撃ち漏らしが複数」


「だぁ、調子乗ってSRスナイパーライフルなんて選択しなきゃよかった! ゾンビゲーだから無難にARアサルトライフル選択するべきだったよ畜生!」


 DEAD OR ALIVE。

 通称デドラと呼ばれる古き良きゾンビゲーであり、元はアーケードと呼ばれる筐体でプレイされていたゲームだ。今は最先端のAR拡張現実技術によって、周りの景色が投影され、360°のゲームプレイが可能になった。今も昔も、その操作性とリアリティ、そしてワンクレで最終面まで行きやすい比較的優しいゲーム性から根強いファンが付いている。

 そのタイムアタックに挑んでいる最中だったのだが、SRスナイパーライフルで良いだろと思い込んでいた俺に、紫音からの苦言が飛んできていた。


 手に持っているSRスナイパーライフルに嘆きながらも、AR拡張現実によって投影されたゾンビ達を撃ち抜いていく。普段からフルダイブゲーをしている影響で身体の動かし方は完璧だ。むしろ、シンクロ率なんてものが存在しないお陰で想定通りの動きが出来るので幾分か楽だ。

 だが、やはり無制限に身体を動かせるVRと違い、体力に限界があるのがきついところか。少しずつ息が上がりながらも正確にゾンビ達の頭蓋を捉えてトリガーを引く。


「ん、SMGサブマシンガン拾った。傭兵、パス」


「お、サンキュー!これで紫音に煽られずに済むぜ!」


 紫音が放り投げてきたARを掴み取ると、すぐにゾンビ達にエイムを定め、トリガーを引いた。そのおかげで処理の速度が格段に上がり、タイムボーナスのスコアがどんどん伸びていく。


「……流石に良いエイム。また腕を上げたね」


「そっちこそ、撃ち漏らし無しのパーフェクトじゃねえか。流石プロゲーマー様、レベルが高え」


「……当然」


 そう呟くと、紫音は残りのゾンビ達を一匹残らず掃討していく。その様子を見ながら口笛を鳴らすと、ARアサルトライフルのマガジンをリロードする。

 そして、今のゾンビ達が倒れた事でアラームが鳴り響いた。全身が歪な形に変形している巨大ゾンビが出現し、目の前に立ち塞がる。


「……このゾンビは頭部じゃなくて鳩尾が弱点」


「あいさ、キャプテン!」


 地面に転がっていたSRスナイパーライフルを拾い上げ、即座に発射。鳩尾を的確に貫き、そのまま巨大ゾンビは爆散して消滅する。

 その光景を見て目を少しだけ丸くした紫音を見て、思わず口角が吊り上げる。


「……びゅーてぃふぉー」


「はっはー!やっぱ砂選択していて正解だったな!今ので相当タイムボーナスが入るぜ!」


「……気ぃ抜かない。次、最終面。……ここから大体のプレイヤーは振り落とされる」


「おっ気合の入る事言ってくれるじゃねーか。この調子で突き抜けようぜ!」


 さらにテンションを上げながら、目まぐるしく変わっていく戦場を駆け抜ける。

 先ほどの面とは比較にならない程大量のゾンビ達を正確に処理しながら、ハイスコア目掛けて猛進していったのだった。





「いや~楽勝楽勝!当分抜かれないだろ!」


「……二位と十万すこあ差はやり過ぎた気もする。……このゲーム、あんまりわんくれでくりあできる人居ないからこの記録を抜くのは難しいと思う」


 煌々と照らされるハイスコアの数値を見て、満足気に息を漏らした紫音。釣られて俺も笑みが自然と湧いて出てくる。

 ARデバイスと筐体の接続を切ると、周りの景色が黒一色な殺風景な物へと変わった。

 疲れたなーとぼやき、肩を回しながらDEAD OR ALIVEのゲームコーナーの天幕をめくると。


「……いつの間にかギャラリーが」


「……マジかよ」


 DEAD OR ALIVEのゲームコーナーから抜け出ると、モニターに映し出されていた映像を見ていたゲーマー達がこぞって観戦していた。出てきた俺達二人にギョッとした表情を浮かべるギャラリー達を見て、苦笑いする。


「……目立ちすぎたな」


「……自重しよう」


 もっとごついプレイヤーが出てくると思っていたのだろうか、こちらへと向けられる視線は意外そうなものが多かった。

 と、観戦していたゲーマーの中から、一人の青年が歩いて出てくると、紫音に詰め寄った。


「……もしかして、パプウォのシオンさんですか!?」


 パプウォ……紫電戦士隊パープルウォーリアーを示す単語。目をキラキラさせている事を見るからに、紫音のファンか何かなのだろう。

 だが、彼女は肩を震わせると、俺の後ろにそそくさと隠れてしまう。


「あー……その、なんだ。今はプライベートだからそっとしておいてくれないか」


「あ……ごめんなさい。まさかこんな所でお会い出来るなんて思ってもみなかったので……」


 しゅん、と暗い顔をする青年。どうやら厄介そうな人物では無さそうなので一安心する。

 こういう所から厄介ごとに巻き込まれてしまうからな。トラブルは事前に避けておきたい所だ。

 だが、当の本人は後ろからひょっこり顔を出すと、口を開いた。


「……私のふぁん?」


「え?ああ、そうです!実は、シオンさんと串焼き団子さんに憧れてFPSを始めたもので……」


「……ん、何か書けるものある?」


 紫音がそう言って青年に手を伸ばす。それを見て、思わず首を傾げた青年。


「言葉が足りないだろ。多分サイン書いてあげるから何か書けるものはないか?って事だと思うぞ」


「え!?え!?良いんですか!?え、どうしよう、やった!えっと、このシャツにサインしてもらっても良いですか!?」


 興奮気味に自分の白いシャツに指を指した青年。その様子を眺めていたギャラリーも、駆け寄ってくる。


「あの!黒いペンならあるので俺にも書いていただけませんか!?」


「私も欲しいです!お願いします!」


「わああ待て待て、一人ずつ並べ!紫音は一人しかいないんだから!」


 にわかにここら辺一体が騒がしくなり、一気に列が作り始められる。まいったな、これ相当時間かかる奴だぞ。

 どうしたもんかねーと頭を掻いている俺を余所に、紫音は満足気な笑みを浮かべながら一人ずつサインを書いていくのだった。

 

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