番外編⑤ 勘違いトライアングル side渚&紫音その二


「すげえな、全員捌いたのかよ」


「……ぷろは気前の良さも大事。さいんを欲しがるふぁんが居たら対応するのもぷろの仕事」


「いやプライベートでそれしてたらキリがないだろ。それに……」


 疲れたように肩をぐいっと伸ばす紫音を見ながら、一言。


「お前、足が生まれたての小鹿みたいになってるぞ」


「……人酔いした、気持ち悪くて動けない。助けて」


 うーん、この言いようである。……ふむ、普段からこいつの無茶ぶりに悩まされてるし、少し懲らしめるとしよう。

 

 そう思い至った俺は、そのままゲームセンターから出ようと立ち上がり、出口へと歩き始める。


「……? ……!?待って、待って待って悪かった。本当に駄目だから」


 遠退いていく俺を見て、俺のやろうとしている事を察した紫音は顔を真っ青にしながら手を伸ばす。それを見てため息を吐くと、再び紫音に歩み寄っていく。


「だから調子に乗るなっての。重度の人見知りなんだから無理すんな」


 小突く程度に紫音の頭にげんこつを落とすと、小さく「あう」と悲鳴を漏らした。

 小突かれた頭をさすり、半分涙目になりながら、紫音は唇を尖らせる。


「……普段はにぃが付いてるから平気なんだもん……」


「その串焼き先輩は今日居ないだろ。ったく、俺もあんまり人混みは好きじゃないんだ。これで懲りたら少しはだな――――」


「……分かった」


 あれ?今日は何かやけに聞き分けが良いな。


「……ちょっとこの具合の悪さで身体動かすゲームはきつい。……クレーンゲームか何かしよう」


「分かったよ。でも、荷物かさばると大変なんだが」


「……最近は景品を取り過ぎた人用に郵送サービスがある。……気にせず乱獲するといい」


 はー、最近どんどん便利になってるんだなぁ。クレーンゲームなんて久しぶりなんだが。


「……それとも、景品取れなくて情けない姿を晒すのが嫌?」


「は?やってやろうじゃねえか。見てろよ、お前の度肝を抜かせてやるよ」


 まあ、クレーンゲームは得意な部類だし、折角だからその腕前を見せつけてやろうじゃないの。





「……ねぇ、傭兵」


「タグの付けてる位置が甘いんだよ!こんな舐めプで景品が取られやしないと思ってるのか?ふははは、これで七個目のぬいぐるみだ、そら紫音。袋詰め頼んだ」


「…………取り過ぎ」


 紫音がそう小言を漏らしたので思わず後ろを振り返ると、紫音がライオンやらゾウやらのぬいぐるみを詰める事が出来ずに埋もれていた。

 しまった。ついやりすぎてしまった。


 ジトッとした目をこちらに向ける紫音は、ぬいぐるみを鷲掴むと。


「……このぬいぐるみ、どうするの?傭兵が持つにしてもふぁんしー過ぎて引く」


「どうせゲームしたいだけだからいらんわ。記念に一個は持っておくけど後はお前にやるよ。余った分は紺野さんとかに分配すればいいだろ」


「……後先考えないからこうなる。店員さんがさっきからこっちを訝し気に見てるからそこら辺で自重」


 えっ、マジ?

 そう思って辺りを見回すと、確かに店員さんがこちらをガン見していた。ワンクレで確実に一つはぬいぐるみを乱獲しているから不正を疑っているのだろう。

 残念ながら正規の方法で取ってるから何もやましい事はしていないが、このままだと出禁になってしまう可能性もある。ここら辺でやめておくか。


「取り敢えず俺はこの銃持った猿?チンパンジー?のぬいぐるみで良いや。取り敢えず郵送するために紫音の住所聞いておきたいんだけど」


「……私が自分の住所言えると思う?」


 どや顔をすんなどや顔を。仕方ない。串焼き先輩にメッセージ飛ばしておくか。



『串焼き先輩、紫音が自分の住所分かんないって言うんで住所教えてほしいんですけど』



 まあ、確か串焼き先輩は今日はRAGRunAndGunの大会らしいし、返信が来るまで気長に……。

 と、すぐに返信来たな。今は試合じゃないのだろうか。



『は!?!?え?ちょ、なんで紫音がお前と居るの!?』


 

「おい待て紫音、今日ここに来るって串焼き先輩に伝えてないのか!?」


「……いえーい」


「いえーいじゃない。ピースをすんなピースを。ちょっと待て、不安要素が増えたんだが……」


 ただでさえ紫音がライジンを振り向かせるためとはいえボディタッチが多いというのに、この現場を串焼き先輩に見られでもしたら確キルされるぞ。


「一応聞いておこうか。RAGの大会が終わるのはいつだ?」


「……今日一日は拘束されてるはず。ただ、にぃの事だから途中抜けする可能性もある」


「お前の兄ちゃんどうにかならんの!?」


 マジで命の危険を感じるから勘弁してほしいんだが!?

 串焼き先輩の紫音に対する感情は兄妹の域を越えてるから!溺愛しすぎてガチで人殺しそうだから!!いや本当にマジで!!


「にぃに言ったら確実に止められる。だから黙って出てきた」


「まあそうだろうけども……。待て、通知が止まないんだが、このままだとあの人、本気で大会抜けてくるぞ」


「……傭兵、傭兵」


「あ?」


「……ピース」


 そう言って紫音は俺の傍に寄ると、写真を撮る。そのまま素早い動作でARデバイスを操作すると、【送信】と書かれたログが表示され、むふーっと満足気に吐息を吐いた。


「……にぃに写真送った。楽しい気持ちは共有すべし」


「お前本当に何てことしてくれんの!?!? 俺はとても悲しい気持ちなんですが!?!?」


 もう終わった。串焼き先輩に確実に殺されるぞ。父さん、母さん。先立つバカ息子をお許し下さい――――。



 ピロン。



『お前、後で、コロス』



「…………と、申しておりますが」


「……ふぁいと!」


 他人の不幸に満面の笑みを浮かべんじゃねーこの野郎!! いや俺だってお前の立場ならそれする自信しか無いんだけどな!!

 紫音の肩をガクガク揺さぶると、あうあう悲鳴を漏らしながらされるがままになる。

 手を離し、慌てて串焼き先輩にメッセージを飛ばす。


『いや別にそう言うんじゃなくて、郵送でゲーセンで取ったぬいぐるみ送りたいんで住所を教えて欲しいだけなんです』


『いやいらねえよかさばるし置くところねえよ』


 メッセージアプリを覗き込んでいた紫音は、串焼き先輩のメッセージを見てシュンとした顔になると、ポツリと。


「……このぬいぐるみ欲しい」


『紫音は欲しいって言ってますけど』


『取り敢えずリビングにあるテレビとか邪魔だな!この際だから大規模に断捨離すっか!!』


 こいつぬいぐるみの置き場確保のためだけに電化製品捨てるとか言い出したぞ。どんだけ藤崎家における紫音の優先順位が高いんだよ。もはや狂気だわ。


「……お前、愛されてるな」


「……それほどでも」


 こいつ程人生がイージーモードな人間はいないのではないだろうか。少しだけ羨ましく思ったけどやっぱり串焼き先輩がいるから嫌だわ。

 ぬいぐるみを袋に詰め終わり、一仕事終えたように額を拭う仕草をする紫音は、辺りを見回すと。


「……ほかにもゲームコーナー回る?」


「やー、もういいんじゃないか?疲れた。特に心が」


 ゲーセン入る時に五つ記録更新するまで出ないとか言ってたけど無理だわ。心がしんどいもん。大体外的要因なのが解せないけども。

 すると、何やらつついてきた紫音が騒がしい方を指差した。


「……音ゲーコーナーが騒がしい。気になるから少し寄りたい」


「……多分だけどお前も知ってる知り合いが無双してるだけだと思うぞ」


「……つかもっちゃん?」


「そ、塚本先生だと思う。休日は大体あの人ゲーセンに入り浸ってるみたいだし」


 俺のクラスの担任の先生である現代国語の教師、塚本先生。

 音ゲーの才能がずば抜けており、全国大会でも優勝してしまう程の腕前の持ち主だ。

 おっとりあらあらうふふな性格なのに音ゲーになるとその腕前なのだから驚きだ。一度そっちを本職にしたら?と聞いてみたら「趣味と仕事は分ける主義なんです~」とおっとり躱された事もある。


「多分やってる音ゲーで新曲か何か追加されたんだろ。初見フルコン理論値でも出してりゃそりゃギャラリーも湧くさ」


「……人間?」


 人間だぞ。あの人のプレイ動画見ると手の動きが凄まじく早くて恐ろしいし、正確過ぎて怖いぞ。ちなみに界隈では人力ミシンとか言われるレベルでノーツを捌いてる。


「つか、もう飯食う時間じゃね?サクッと飯だけ済ませてイベント待機しようぜ」


「……がってん。郵送準備出来たら食事」


 あ、結局串焼き先輩から住所聞いてねえじゃん。



 場所は変わってフードコート。



「あー……」


「……じじくさい」


「誰のせいだと思ってるんだ。マジでもう帰りたいレベルで疲れたんだが……」


「……傭兵は楽しくない?」


 ファストフードを貪り、満腹感に満たされた俺が座っているソファにもたれかかると、不安そうな表情で紫音がそう聞いてきたので、首を振って否定する。


「いや楽しいけど心労の方が上回ってるんだよ。というか俺二徹だぞ二徹。今は何とかテンションで乗り切っているけど多分家ついた途端死ぬぞ」


「……付き合わせてごめん。今度はしっかりあぽを取る」


 本当に申し訳なく思っているのか、頭を下げる紫音。


「まあいいよ。俺もゲームばっかりで外出てなかったし。こうやってたまには外出ないと身体が本当になまっちまう」

  

「……ちょろい」


「おい待て今なんつった」


 こいつ本当は何とも思ってないんじゃないか?

 はあ、とため息を吐きながら周囲を眺めると、どこか見覚えのある風貌の人影を見かける。

 陽射しに反射する程透き通った亜麻色の髪。白いワンピースがよく似合う白磁の肌。

 多分、間違いないだろう。


「……あれは、紺野さん?」


 そう言えばハウジング戦争の打ち合わせの時に明日買い物に行くって言ってたっけ。ここでたまたま会ったのも何かの縁だし、挨拶ぐらいはしておくか?


「……あれがポン?」


 と、俺の言葉に反応した紫音がひょこっと顔を覗かせる。そのままじっと紺野さんを眺めていると、目をぱちぱちさせながら驚いたような表情を見せる。


「……え、本当に可愛い。なんであの見た目でAimsのアバターが筋肉質なおっさんなの」


「それな」


 まあある程度事情を知ってる俺は何となく理由は分かるけども。

 

「……でも、あれだけ可愛いのもあってというか、男連れなんだね」


「…………は?」


 紫音の言葉に耳を疑う。

 紺野さんが男を連れまわしてるって?いやいやそんなまさか……。


 にわかに信じがたい感情を持ちながらよく見てみると、手にトレイを持った彼女の隣に、短く髪を刈り上げたスポーツマン風の青年が立っていた。

 仲良さそうに談笑しながら歩いている様子を見るからに、親しい間柄なのだろう。


「本当じゃねーか!?」


「声、声」


 はっとしてつい大きな声を出した事を後悔し、口を両手で塞ぐ。

 思わず羞恥で顔を赤くしながら、顔を俯かせる。


「……なんで顔を隠す」


「いや、なんか知り合いが楽しそうにデートしてる時に会うのって気が引けない?」


 え?最高に気まずいんだけど。嫌だわあ、なんか本当におうち帰りたい。

 というか紺野さん彼氏いたのに俺の家に料理作りに来てくれてたのかよ……。流石に彼氏さんに悪いし、今度もう来なくていいと伝えなければ。



 こうして、割とテンションが下がったまま、ライジンのトークイベントに臨む羽目になったのだった。

 

 

 

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