番外編① 勘違いトライアングル『プロローグ』
「ありがとう、唯ちゃん。買い物に付き合ってくれて」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ!梓さんにはお世話になってますし!」
炎天下の中、街を歩く男女のペアが居た。
一人は活発的なのであろう、短く刈り上げた髪とは対照的な、落ち着いた服装の男性で、もう一人は肩より少し先まで伸びた、亜麻色の髪を揺らす、白いワンピースを着た女性。
熱い夏の日差しを浴びて額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら、女性――紺野唯は男性に問いかける。
「それにしても……良かったんですか?いくら従兄妹とは言え、彼女さん以外の女性と二人きりで買い物なんて」
「うん、彼女にサプライズでプレゼントしたいからね。それに、別に気にしないって言うと思うよ。彼女割とそこらへん適当だし」
「あはは……確かに梓さん、大雑把ですからね……」
「とはいえ、助かったよ本当に。去年彼女の誕生日プレゼントに和菓子送ったら微妙な顔されたから今回こそは彼女に喜んで欲しくてね……」
「梓さんもそれだけ優斗さんに愛されているのなら幸せ者ですね」
唯が優斗と呼んだ男はその言葉に、照れくさそうに指先で頬を掻きながらはにかんだ。
ふと、何か思ったのか優斗は唯の方を向くと。
「そういえば唯ちゃんって彼氏とかいないって話してたけど気になってる人はいないの?」
「えっ、い、いや……え、えっと……」
優斗の言葉に、ぽぽぽ、と急激に頬を染めて、たじろぐ唯。
その様子を見て、ほほうと優斗が何かを察して指を顎に添えて、笑みを作る。
「唯ちゃんは凄く優しいし、多分その男の子も攻めれば落ちるんじゃないかな?」
「も、もう!別にそんな人はい、いな……ううう……」
羞恥に顔を赤らめる唯を見て、優斗は微笑ましい目線を向け続ける。
そんな優斗の様子を見た唯は、ぷくっと頬を膨らませると、そっぽを向いた。
「そんな発言ばかりしてると梓さんにまた怒られますよ?また女の子たぶらかしてるって」
「そんなつもりはないんだけどな……。それに、俺は梓一筋だし。悪いけど他の女の子を恋愛対象としては見れないかな」
そうですか、と呟いて唯は苦笑する。
(渚君も、もし付き合ったりしたら優斗さんみたいに夢中になってくれるのかな)
ふと、そんな事を思ってみるが、すぐにそれは無いなと思い至り、やんわりと苦笑する。
彼は恋愛に夢中になるようなタイプではない。どちらかと言うとゲームの中で楽しくプレイする人だから現実はそっちのけになる可能性が高いだろう。
優斗は唯をじっと見つめると、口を開く。
「なんか唯ちゃん、最近明るくなったよね」
「え、なんですか急に?」
「いや、なんか親戚の集まりで顔を見ても、表情を作ってるというか、どことなく余所行きな顔だった印象だったからさ。でも、今は凄く充実しているのが良く伝わってくるよ。……唯ちゃんが気になってる男の子のお陰かな?」
「べ、別にそんなんじゃ……」
口では思わずそう言うが、脳内で思い人の事を浮かべると、頭が真っ白になって、頬が熱くなっていく。
あれ?あれぇ?と言葉を漏らしながら頬を両手で抑える唯。
その様子を眺めながら、優斗は優しく笑うのだった。
◇
「そういえば今日ってこのモールでイベントがあるんでしたっけ」
二人は買い物がてらショッピングモールを歩いていると、ひと際大きい歓声が聞こえてきて、唯はこてん、と首を傾げた。
「ああ、確かゲームのイベントにゲストで人気配信者のライジンが来てるって話だけど」
「あ、SBOのイベントでしたよね。そういえばライジンさんが出るって言ってたなぁ……」
唯はつい先日公式のSBOの販促イベントにゲストで参加すると公言していたのを思い出す。
その言葉を聞いて、優斗は少し驚いたように目を見開いた。
「あれ?唯ちゃんってライジンと面識あるの?あの人超有名人だから中々お目にかかれないと思うんだけど……。あ、そういえばなんかのゲームで同じチームなんだっけ?」
「ああ、はい。Ruin gearっていうゲームで少々。とはいっても実際にリアルで会ったのは一回しかありませんけどね。ゲームでご一緒するのはしばしばありますが」
「へー、そうなんだ。唯ちゃんはライジンに興味持ったりしないの?彼、凄い女性ファンが多いって聞くけど」
ライジンに対する人気は凄まじいものだ。
国内外の動画チャンネルの総登録者数は1000万を超えるモンスター級の配信者だけあり、10代から20代の女性動画視聴者の大半がライジンを認知している。
男性視聴者はゲームをプレイしている時の圧倒的な技術に惹かれる者が多いが、女性視聴者はリアルの姿である甘いルックスと優しい声音、どこか庇護欲がそそられる少年然とした微笑みを見てライジン沼に引きずり込まれる者も多い。
それを聞いて、唯は腕を組むと、悩みこむように。
「うーん……どちらかと言えば人柄は好ましいですけど、別にそこまで興味は惹かれないですね……」
「となると、やっぱり気になる子一筋なんだ?」
「も、もう! 違いますって! からかわないでくださいよ!」
手をぱたぱたさせて慌てる唯に、優斗はくすくす笑う。
もう!ともう一度言うと、ふと、階下のイベントブースに視線を向けると、どこか見覚えのある風貌の少年が居る事に気付いた。
「あれ?あれってもしかして渚君……?」
ライジンが上がったイベントブースから遠く離れた観客の端っこで、その人は視線の先に居た。
隣に少し背が低い妹のような女の子を連れて。
(あれ?でも、渚君って一人っ子って言ってたような……?)
胸中で言いようもない不安感が渦巻く。
自分のように親戚と一緒にこのショッピングモールに買い物に来て、その後SBOのイベントを見に来たのだろうか、それとも。
「――――ッ」
隣にいる女の子が、渚の腕に腕を絡ませ、甘えるように頭を擦り付ける。
彼は少しだけ困惑しているようだったが、その女の子の行動を特に咎める事は無く、優しく女の子の頭を撫でると、その状態のままトークイベントを眺めていた。
「もしかして……渚君の、
「唯ちゃん……?」
サァ、と一連の流れを見ていた唯の顔が青ざめていく。
隣にいる女の子は、身長こそ低いが、恐らく彼と同年代に違いない。
先ほど女の子が渚に向けていた表情は、恋する乙女そのものだったのだ。
急速に世界が遠ざかっていくような感覚に陥る。するりと腕からショッピングバックが滑り、地面に落としてしまったが、そんなことが気にならない程、視線を彼らから放すことが出来なかった。
「どどどどどどどど、どうしよう――――!?」
変人達の、勘違いと嘘に塗れた長い一日が幕を開けようとしていた。
◇
【補足】
【秋田優斗】(あきたゆうと)
紺野唯の従兄妹。ふわふわした性格で、優男風の雰囲気を纏っているので割とモテる。
だが、既に彼女が居るので、知らずに近寄ってきて玉砕した女性は数知れず。
一回付き合うとゾッコンするタイプで彼女を大切にしているが、プレゼントのセンスは致命的。
【東雲梓】(しののめあずさ)
優斗の彼女。正確は大雑把でサバサバしている。
実はSBOをちゃっかりプレイしていたりするが、性格上パーティが組めないので殆どソロでプレイしている。マンイーターは何度もアタックして何とかソロ討伐出来た物の、流石にレッサーアクアドラゴンをソロ討伐はキツイと考え、優斗をSBOへ誘っている。だが、振り回されると分かっている優斗は首を中々縦に振ってくれないのが最近の悩み。
ちなみに最後に優斗からプレゼントされたのは木彫りの熊。当然怒った。
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