#147 開戦の時は近い


「こっちだよ、お兄ちゃん!」


「コラ待てここで転げ落ちたら洒落にならないぞ。そんな急がなくても墓は逃げないだろ」


 やけに身体能力の高いアラタに連れられて、慌てて岩場を駆け上がっていく。

 木々が生い茂る森林地帯という視界の悪さに加え、凸凹した岩場の上という立地の悪さが故に中々見つけることが出来なかった。

 ある意味、アラタにここで遭遇することが出来て良かったというべきか。


 さて、当の本人の彼はと言うと、先ほどの白蛇討伐ですっかり心を許してしまったらしく、滅茶苦茶笑顔で接してきてくれている。

 うーん、少し複雑な気分だが、まあ子供の心情の変化なんてこんなもんか。


 ある程度登ると、小洞窟があり、その中を抜けていく。

 そして洞窟を抜けた先に――――。


「ついたよ!」


「――――わあ」


「――――すげえ」


 思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう程の絶景が広がっていた。

 青空の下に広がる、エメラルドブルーに彩られた一面の水平線。

 その崖の先端に、一つの大きな墓があり、それに連なるように小さな墓がいくつも並んでいる。


 アラタは俺の手を掴むと、急かすように引っ張ってくるので、苦笑いしながらついて行く。


「ここだよ。この一番手前の墓が母ちゃんの墓。よく父ちゃんはここまで来て墓参りしてたんだ」


 そう言ってアラタは墓の前に立つと、何処からか小さな花を取り出して、置いてあった小瓶にお供えする。

 両手を合わせて静かに黙祷し始めたので、それに習って黙祷する。


「さて、ご先祖様達の墓参りは終わり!母ちゃんはまだ生きてるかもしれないしね!」


 そう言ってこちらへと振り返るアラタ。それに対して笑顔で応じる。


「ああ。ナーラさんとも約束したしな。俺と、そこのお姉ちゃんに任せろ」


 ドン、と胸を叩くとアラタの顔がパアッと明るくなる。

 その期待の視線を裏切らないべく、再び決意を固めたのだった。




 ――――雷人の自室。



「さて、取り敢えずはこんなもんかなっと」



 一人、暗い部屋でARデバイスでキーボードを操作していた雷人は、一作業終えたらしく、Enterキーを押すと座っていたリクライニングチェアにもたれかかった。

 酷使した目を親指と人差し指で揉み込むと、ゆっくりとテーブルの上に眼鏡を置く。


「対【龍王】に必要そうなメンツに召集は掛けた。後は厨二と串焼きさん、それに、にも声を掛けておかないとな」


 そう呟くと、雷人は再びARデバイスを開いて、ゲーム関係のフレンドリストを開く。そのリストの中で煌々と照らされている文字を見て、おっと声を漏らす。


「串焼きさん、厨二と行動してたのか。それに、この人は―――?」


 顎に手を当てて、思案する雷人。

 【非公開】の文字列を見て、思わず首を傾げてしまったが、『まあ厨二の友人かな』と断定して厨二に対してのチャットを開く。


「『代行者討伐の話が来てるんですが、参加しますか?』っと」


 情報に耳聡い厨二の事だ。こちらから情報を掛ける前に、大衆に流した情報を掴んでいる可能性は高い。

 だが、万が一に備えて一応メッセージを飛ばしておくと、すぐに返信がくる。


『【龍王】の事かな?』


 流石厨二、とくすりと笑うと、そのまま『そうだ』と返信を送る。


『参加はすると思うけど、多分別行動になるかもねぇ。ちょっと介護したい人いるしぃ』


「ん?あいつが渚と行動したがらないなんて不思議だな。まあいいか、多分この介護したい人ってのもこの【非公開】のプレイヤーだろうし、リアフレとプレイしたいときぐらいあるか」


 取り敢えず、【龍王】と戦ってくれるのであればそれでいい。

 間違いなく厨二の実力は現時点での、このSBOというゲームにおけるトップをひた走る人間の一人だ。

 そのレベルの戦力が抜けてしまえばサーデストを防衛することが出来ず、壊滅してしまう恐れがある。まあ、MMOというコンテンツにおける一人のプレイヤーの影響力には限度こそあるが、それでも少しでも戦力はあった方が良いから。


「渚の話だと、あの会社容赦なく街一つ壊すって話だしなぁ。文字通り壊滅だったらプレイヤー達の大事な拠点が無くなる可能性もあるし、用心しておくに越したことは無いか」


 そう呟くと、再びキーボードを弄り出す雷人。

 先ほどアップロードした動画のコメントを眺めながら、返信が必要な物を取捨選択し、適宜返信を行っていく。


「そういえば、村人達は……?どこだここ、海鳴りの洞窟近くの森林地帯?……何か情報を掴んだのか?まあ、後で聞きだせばいいか」


 ふぅ、とため息を吐いてから欠伸をする雷人。

 ここの所、寝る暇を惜しんでSBOに打ち込んでいたのもあり、そろそろ疲労が限界に達しようとしていた。

 少し仮眠しますかね、と呟くと、雷人は自室のベッドへと歩いていった。





 ――――とある火山地帯。



「串刺し君、そっち行ったよ!!」


「串焼き団子だっつの!!ったく、人使いが荒いな!?パワーレベリングって聞いてたから厨二が介護してくれるって思ってたんだが!?」


「そんなんじゃゲームは上手くならないからねぇ、まあボクはサボってても上手くなるけど」


「そういう所が腹立つが事実その通りだからなんも言えねぇ!畜生!やってやらぁ!」


 半泣きになりながら、液状になったかと思えばすぐに固形へと変わっていく黒いモンスターと戦闘を繰り広げる二人。

 そして、それを遠くで眺める人影が一つ。


「つかあれか!?俺のパワーレベリングじゃなくて、あいつのパワーレベリングだって事か!?」


「お、ご明察。君はもののついでなんだよねぇ」


「言い方!言い方ってもんがあるだろ厨二さんよぉ!」


 そう喚き散らしながらも、半泣きになっていた狩人――――串焼き団子はモンスターへと正確な射撃を行うと、そのままポリゴンへと変わっていく。


「これから代行者と戦おうとしているのに低レベルで戦えるなんて思ってないからねぇ。そういう縛りを設けるってんなら話は別だけど、生憎そんな余裕はぶっこいてられそうにないからネ」


 と、いつもヘラヘラ笑っている厨二の顔が真剣な物に変わる。

 彼の脳裏に思い起こされるのは、【水冥龍リヴェリア・セレンティシア】との戦闘。圧倒的な上位存在との戦いに、時間稼ぎ程度の戦いしか出来なかった事が彼にとって屈辱だったのだ。

 しかも、【水冥龍リヴェリア・セレンティシア】は二つ名モンスターですらない存在。もし、それよりも強大な存在と戦うというのならば、実力を上げる必要があると認識させられてしまったから。


 普段、あまりそう言った表情を見てきていなかった串焼き団子は「ふーん」とだけ呟くと、笑みを浮かべる。


「なら、ここでアホほどレベル上げて、傭兵達の度肝を抜いてやろうぜ!」


「あ、ある程度レベル上がったら一人で勝手にやってネ。本命君じゃないし」


「辛辣すぎやしないか!?」




――――【龍王】が目覚めるまで、後六日。


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