#146 アラタとの約束
「すっげー!今のどうやったのお姉ちゃん!魔法?魔法なの!?」
草むらから飛び出してきたアラタは、どうやら戦闘の様子を見ていたらしく、走ってこっちに寄ってくるとポンへと詰め寄った。
「え、ええと、あの……」
助けを求めるようにこちらへと視線を泳がせるポンに苦笑いすると、アラタの服の首根っこを掴んで持ち上げる。
「わっ!?」
「ようチビッ子、こんなモンスターがわんさか出る所に居たら危ねえじゃねえの、おい?」
「は、離せー!」
必死に掴まれた手を振りほどくべく、空中でわたわた忙しなく動くアラタ。
だが、所詮は子供の力。さほど強い抵抗を感じる事無く、ゆっくりと地面に下ろすと暴れ疲れてしまったのかへたり込んだ。
「な、なにするんだよ……」
「なにって、悪ガキにお仕置きしただけだ。ナーラさんも心配してたぞ?」
ナーラさん、という単語を出した途端、露骨にアラタの表情が変わる。
口元がキュッと結ばれ、顔を背けると、ぼそりと。
「うるせえやい……」
「ずいぶん早い反抗期だこって」
見たところ五歳か六歳って所だしなぁ、この子。
俺の時はこんなに早くグレてなかったんだけどな……。まあいい、取り敢えず。
「さて、聞きたいことは色々あるんだが……なんでこんな所に居るんだ?」
大方、ナーラさんの予想通り歴代巫女の墓に向かってる最中に俺達と遭遇したのだろう。
ただ、母親の事は旅に出ている、という話は伝えてあるにしても、一直線に巫女の墓に向かうって事はどこかでこの子の中で察しがついていたのだろうか?
だが、問いかけてもアラタはこちらへと顔を向けようとせず。
「僕は強い人にしか興味ないもん、教えない」
「んなっ」
「村人君、どうどう」
生意気な口ぶりでそう言ったアラタに愕然としていると、ポンが俺の事を宥めてくる。
オッケーオッケー、心は平穏そのものだから安心したまえ。煽り耐性が強くなきゃFPSなんてとてもじゃないがやってらんねえからな。
「このお兄ちゃんは私よりもずっと強いんですよ。だから、答えてあげて?」
アラタの頭に手を添えて微笑みかけるポン。うーんポンさんマジ聖母。
「……本当?」
「はい。私よりもずっとずーっと強いんですよ」
「嘘だ。そうやって大人はすぐに騙そうとしてくる」
ぷいっと再び顔を背けるアラタ。
なんだこの悟りを開いてる五、六歳児。人格者なナーラさんの息子とは到底思えないんだが……。
流石のポンも、困ってしまったのか苦笑いする。
「あー、なんだ。実際に見ないと、信用しないってか?」
「うん。父ちゃんも、強いって聞いてたのに大した事無かったもん」
ナーラさん!!あなた自分の子供に馬鹿にされてますよ!!!
……しかし、なんで強い人に固執してるのかねえ、この子は。
「すまん、ポン。頼んでも良いか?」
「分かりました。こうなってしまっては梃子でも動きそうにないですしね」
こう都合よくさっきのモンスターよりもド派手なモンスターがPOPしてくれれば手っ取り早いんだが、中々そう上手く湧いてくれそうにないしなぁ。
大会を経てレベルもかなり上がったし、ここら辺のモンスターなら瞬殺できそうな感じはするんだけど。
ポンは再びアラタの方へと向くと。
「アラタ君。君は何でここに居たの?」
「母ちゃんのお墓参り」
その言葉を聞いて、思わずポンと顔を見合わせる。やはり、この子は勘付いていたどころか、知っていてこの場所に来たという事か。
「それはいつから知っていたの?」
「昔から。三年前、僕の目の前で母ちゃんが何か黒いのに吸い込まれたのだって知っているよ。でも、父ちゃんは僕がそれを知らないと思ってるんだ」
小さい時ほど記憶が朧気になる物だが、まさか知っていたとは。
確かに、真実を知っていてそれでもずっと嘘を付き続けられるのはアラタにとってはこの上なく辛い物だっただろう。それこそ、自分の親に対して信用が出来なくなってしまう程に。
「父ちゃんの後をこっそりついていったりして、ここに何度も来てたから何となく本当にいないんだって分かった。じゃなかったら、父ちゃんあんなに泣かないもん」
……なるほど、それで今日あの話を盗み聞きして、更にその確証を得てしまったというわけか。
その行動力を賞賛すべきか、それともモンスター蔓延る森林地帯に付いてきたのを叱るべきか。
それを聞いたポンは表情を暗くすると、アラタの頭を撫でる。
「……そうですか。それは、今まで辛い思いをしましたね」
「やっぱり、大人なんて大嫌い。嘘ばっかり吐くし、自分だけ傷つけばいいと思ってる。僕も大人になったらああなっちゃうのかな」
「ああ、なるぞ。間違いなくな」
「村人君!?」
アラタの言葉に思わず口をついて言葉が出てしまう。
だが、一度吐き出してしまった口は、止まる事は無い。
「その嘘は、本当にアラタを傷つける為の嘘だったのか?」
「えっと……その」
「違うだろ。アラタが寂しい思いをしない為に、ナーラさんが吐いた優しい嘘だ。いつか帰ってくるって思えば、寂しい気持ちを少しでも減らせるからだろ」
間違いなく、ナーラさんの判断は正しかった。本当の事を共有してしまえば、アラタという少年の心は擦り切れてしまっていたかもしれない。本当は違うかもしれないと、確信を抱かせない事で一筋の細い光を保つことが出来ていたのだ。
俺の言葉に、アラタは鋭く睨みつけてこちらを見上げる。
「だけど!嘘は良くないじゃん!大体、何かを出来る強さも無いのに、神様を倒そうだなんて!」
その時だった。地鳴りが響き、木々が揺れ動き始める。
その衝撃に驚いた小動物たちが一斉に逃げ出すと、反対方向から巨大な白い蛇が視界に映った。
『フシュルルルルルルルルルルルルッ!!』
大方アラタの大声に釣られてやってきたのだろう。こちらへと威嚇するように大きく口を開け、長い舌を伸ばしてくる様相は中々の迫力がある。
まさしく蛇に睨まれたカエルの如く、青白い顔で硬直してしまったアラタは、辛うじて呟く。
「【
「知ってるのか?」
「村の大人達が怖がってるモンスターだよ。早く、逃げないと」
そう言うアラタの足はガクガク震えたまま動く気配が無い。
「ま、ちょうどいいや」と呟いてからアラタの前に出ると、弓を構え、矢筒から矢を抜き取る。
「な、なにをしてるの?無理だよ!逃げないと!」
「【チャージショット】」
さて、見た所こいつはこのエリアでも中々強そうな部類だ。だけどな、こちとらあの洞窟で巨大な竜と遭遇してるんだよ。あの尋常じゃない殺気に比べたら、こいつは遥かに格下だ。
矢を引き絞り続けると、やがて矢が黄色く輝いていく。
それを見て警戒していた【
「【彗星の一矢】」
ディアライズから迸る青白い光。それが急速に収束を始め、矢へと凝縮される。
そして限界まで引き絞られた矢が放たれると、凄まじい勢いで獲物の元へと飛来していく。
『――――――――』
ズドン!というすさまじい衝撃と共に、白大蛇の頭部がごっそりと抉り取られた。
頭部が消し飛んだ影響で断末魔も上げることなく白い大蛇は身体を硬直させると、地響きと共に崩れ落ちていく。
その光景を、茫然と眺めていたアラタは、「え?」とだけ呟きを漏らした。
「じゃあ約束しようアラタ。俺が、お前の母さんを連れ戻してきてやる。だから、もうナーラさんに心配を掛けさせるんじゃない」
弓を担ぎ直し、ゆっくりと納めるとアラタは「うん」とだけ頷いた。
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