#145 失敗
「ティーゼ・セレンティシア?」
俺がぽつりと呟いた単語に、ポンがピクリと反応する。
「あの、洞窟で会った女の子ですか?」
「ああ、考えてみると割と当てはまる部分が多い。この村における巫女という存在、彼女とトラベラーが邂逅したのが三千年前、現在の形と異なるオリジナルの『船出の唄』。そして、彼女を救おうと足掻く二人の話……」
もし、ティーゼ・セレンティシアが過去にこの村の『巫女』だったとしたら。
三千年という長い年月を掛けて変化していった『船出の唄』のオリジナルを知る存在。
過去に何かがあり、人ならざる者へと変貌したらしい【双壁】が守護神だとしたら、いままでの一連の話の裏が取れている。
「……これだけの情報があれば間違いない。守護神は【双壁】で確定だ。ただ、巫女を執拗に狙う理由がティーゼ・セレンティシアと誤認しているという何とも言えない理由になってしまいそうなのがな……」
何となくだが、そんな理由で【双壁】が動いているようにも思えない。
もっと正当な理由がありそうな気はするんだが……。
「ええと、三千年前からティーゼさんを助ける為に足掻いている、って話でしたよね?それだと、尚更【双壁】さんが見間違えるなんて事は無いと思うんですけど……」
「やっぱりポンもそう思うか。それならそれで人違いでしたって元の場所に戻せばいい話だから、違う理由があるんだろうなぁ……」
うーん、これ以上の話はもう聞ける事は無いだろうし、ライジンの意見も聞いておきたい。
取り敢えずはここらで一旦お暇するとしようか……と腰を上げる。
「取り敢えず一度整理してきます。また何か情報があれば連絡をしますね」
「分かりました。その時はまたこの家にまで来てくださればこちらにご案内します。……私から言うのもあれですが、ラミンの事……よろしくお願いします」
そう言うと、ポンも立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
帰ろうと外へと足を向けると、ガタン!と部屋の外から音がした。
すぐに部屋の外から顔を出して確認すると、そこには先ほど村の入り口でナーラさんと引き合わせた少年が、家の外に向かって走り抜けていった。
「ナーラさんの……息子さんか?」
「アラタ!?」
慌てたような表情で、こちらへと寄ってくるナーラさん。
その様子を見て、何となく事情を察した。
「……アラタには、母親の事情についてあまり教えていないんです。漁獲祭で謎の亀裂に呑み込まれた事も、それとなくぼかす為に母親は旅に出ていていつか帰ってくるとだけ伝えてあるんです。だから、もし聞き耳を立てていたら……」
決して打ち明ける事の出来なかった事実を、たまたま知ってしまったという事か。
だが、ここで後悔した所でもう遅い。早急な対応が必要になってくるだろう。
と、ポンが真剣な表情でナーラさんの方へと向く。
「アラタ君が普段行きそうな場所でどこか心当たりがある場所はありませんか?」
「え?……いや、私が行きます。この件は私の失態ですから」
「……多分、今アラタ君の心の中は複雑でしょう。自分の肉親であるナーラさんに大きな嘘を吐かれていたと知ってしまい、心の拠り所を失ってしまっているかもしれないです」
「それ、は……」
「今、ナーラさんが行くのはきっと逆効果です。なので、ここは部外者である私達に任せてください」
そう言って柔らかい笑みを浮かべたポンはドンと胸を叩くと、こちらへとウインクしてくる。
確かに、その通りだ。余計なお世話かもしれないが、俺達が出ていくのが一番無難だろう。
「……アラタが普段遊んでいるのは海岸か、村の広場です。……もしかしたら、あの子は歴代巫女の墓に行っているかもしれません。ラミンの建前上の墓も……そこにありますから」
「その歴代巫女の墓はどこに?」
「海鳴りの洞窟の近くに、海を一望することが出来る小高い丘があります。その丘の上に、歴代巫女の墓場があります。……ごめんなさい、何から何まで頼んでしまって」
ミーシャさんも揃って頭を下げてくる。それを見て首を振ると、力強く。
「……こんな言い伝えをご存知ないですか?『時折この世界に人が迷い込んでくる。その人達は記憶を失っているが、非常に強力な力を持ち、決して死なない丈夫さを兼ね備えている。困ったときは彼らを頼ると良い。きっと、彼らはあなた達の力になってくれるから』」
いつだったか、モーガンさんから聞いた言い伝えの内容をそっくりそのまま言うと、ナーラさんは驚いたように目を見開く。
「まさか……あなた達は」
「俺達は
そう言って笑うと、心なしか二人の表情が和らいだ、そんな気がした。
『二つ名クエスト【双壁は星を眺め旅人を待つ】の進行状況を更新します』
◇
場所は変わって海鳴りの洞窟付近。
厨二作の鬼さんこちら看板が既に取り払われた樹海の中を歩いていく。
「確かナーラさんの話だとここら辺のような気がするが……」
お手製の地図を元に歩いているが小高い丘とやらが見当たらない。海を一望できるって言ってたし、海岸から歩いていった方が良かっただろうか。うーん、空間認識能力には自信があったんだが少し自信が無くなるな……。
「ここは木が多くて周囲の地形が把握し辛いですからね……。もう少し、散策してみましょうか」
と、周囲を見回していると、ガサゴソと草むらが揺れ動いた。
「……ポン」
「私がやりましょうか」
短くやり取りをかわすと、草むらから勢いよく巨大なカブトムシが飛び出してくる。
対するポンは【
「【爆裂アッパー】!!」
ドドドン!と連鎖するように爆発が巻き起こり、アッパーでかちあげられたカブトムシは、そのままポリゴンとなって霧散する。
一連の洗練された動きを見て、口笛を思わず鳴らした。
「流石ポン。もうこの世界の身体にはすっかり慣れたみたいだな」
「元々このゲームのシンクロ率が高いっていうのもありますけど、アバターが現実の物に近いので動きやすいってのもありますねぇ」
「違いねえ。俺もこっちの世界の方が現実と近い分動かしやすいからな。まあ、Aimsの時と比べて身長や体格を変えたからまだ本調子ではないけども」
そう言って拳を開閉してみる。現実と遜色ない動きが可能なこのゲームは、こういった地味な点でも本当に細かく作り込まれている。ゲームのシンクロ率自体はVRデバイスのハードである程度向上させることは出来るが、あくまで最終的なゲーム内での動きはそのソフトに依存されるからな。
「それであの大会を勝ち上がれたのだから本調子になった村人君はどれだけ強くなってしまうんですかね?」
「はは、まああれ以上のパフォーマンスを出すのは現状無理だ。いつかライジンの野郎を一泡吹かせるためにも、このゲームをやり込まないとな」
正直限界を超えてた部分はあるからな。本選試合は殆ど紙一重での勝利だったし、厨二に至ってはあいつが油断している部分があったから勝利をもぎ取る事が出来た。そう考えると、まだまだ俺の実力は足りてない部分はあるだろう。
やはり成長を感じ取れるのは良い事だな。この感覚が堪らなくてゲームをやっているまである。
「現状に満足せず、もっと高みを目指すところが、渚君の魅力なのかもしれないですね」
「……それ、俺はどういう反応をすればいいの?」
この子はまーた無自覚に人を褒めてきて羞恥心を煽ってくるんだから。
お兄さん照れちゃうわよ?
ポンがそわそわしている俺の様子を見て、くすりと笑みをこぼす。
「思った事を言ったまでですよ。……私も、もっと強くならなくちゃ」
「……?ポンはもう十分強いと思うけどな」
「いいえ。私なんてまだまだです。……――――から」
ポンがぼそりと何かを言った次の瞬間、再び草むらが揺れ動く。
「またエンカウントしたか!今度は俺が……!」
「いえ、待ってください、あれは……!」
矢を構えた俺を、ポンが静止する。
草むらをかき分けて出てきたのは……こちらへとキラキラした視線を向けるアラタ少年だった。
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