#144 船出の唄
ソファに深く腰掛けると、ナーラさんが口を開く。
「まずは、先ほどざっくりお話したこの村の事情について詳しくお伝えしましょう」
「ラミンさんのお話、ですね」
「その通りです。ただ、まずその話題に触れる前に、『船出の唄』という伝統行事について補足しておかないといけない事があるので、そちらから教えましょうか」
ミーシャさんが持ってきた飲み物を一息に飲み干すと、ナーラさんはふぅ、と一つ息を吐いてから言葉を続ける。
「『船出の唄』というのは、大海原に出航していく勇敢な者達へ向けた贈り物というだけではなく、この村が先祖代々受け継いできた【儀式魔法】なのです。起源を辿ると、遥か昔にこの村を訪れた吟遊詩人が授けたと言われている魔法らしく、決められた旋律を鳴らし続ける事で発動する魔法です」
【儀式魔法】?そういえばこのゲーム、スキルばっかだと思い込んでたけどちゃんと魔法もあるんだな。
首を傾げていた俺の様子を悟ってか、となりに座っていたポンがちょいちょいとつついてくる。
「ええと、ライジンさんの動画の受け売りですが……このゲームにおける魔法と言う存在は、スキルと似て非なる物、という扱いらしいです。マナと呼ばれるこの世界特有の非視認性の物質の使い方によって分類されているみたいですね」
「なるほど」
そう言えば決勝戦の時にマナ粒子が云々ってライジンのシャドウが言ってたような気がする。
詳しく聞き出すと長くなりそうだからそこらへんの話はまた今度本人に聞いてみるか。
「それで、その【儀式魔法】にはどのような効果が?」
「魔除けの加護と船に対する衝撃の緩和。この二つが大きな効果です。その他にも船員の士気高揚などもありますが、主な恩恵は先ほど挙げた二つの効果ですね。この魔法無くして、【漁獲祭】が成り立つ事は無いと言っても過言ではありません。事実、『船出の唄』を行わずに漁獲祭を行った際の結果は凄惨たるものでした」
簡単に言えば大規模にバフを巻く事が出来る魔法か。沖の方は危険って話だったし、バフが無いと相当厳しいのだろう。
そこまで言うと、ナーラさんは表情を曇らせ、俯く。
「船出の唄を行わなかった時があったのは、守護神と関係があったり?」
「その通りです。ラミン……私の妻を含め、姿を消した者達が空間の裂け目に呑み込まれた原因を考えて行き着いた結論が、『船出の唄』の奏者たる『巫女』の座に付いていたという事でした」
『巫女』、か。また重要そうな単語が出てきたな。
「ですので、原因が『巫女』であると推定した私達は、『船出の唄』を執り行わなかったのです。その結果空間の裂け目は出現せず、無事に出航することが叶いました。ですが、『船出の唄』の恩恵を受けなかった船員達は……」
「あの時は酷かったわよね……。船に乗っていた大多数の人間が少なからず重傷を負っていたし、中には帰らない人も……」
「ああ。……もうあんな過ちは二度と繰り返してはならない」
ナーラさんが顔を顰めると、古傷があるのか脇腹を押さえる。
なるほど、話をまとめると漁獲祭を行わなければ食料関係で村が詰む。でも漁獲祭を行おうとすれば必然的に『船出の唄』を行わなければならない。結果、『巫女』が空間の裂け目に呑み込まれて『船出の唄』自体を執り行うことが出来ないっていう負の連鎖か。
しかし、なんで仮定守護神はそれほどまでに『巫女』に対して強い恨みを持っているのだろうか。
「話を続けましょう。『巫女』の座に付くのは、齢15を越えた女性……それも、歴代の村長の家系の者が引き継いでいます。そして、今の代の巫女が……」
「――――私、なんです」
そう呟いたのは、ミーシャさんだった。
だが、彼女はこうしてここにいる。今もなお健在という事は……。
「どうにかして、巫女に被害が及ばないように模索した結果、双子島が見えている位置ではなく、島によってその姿が見えなくなる現在の村の位置まで移動する事で巫女への被害は無くなりました。村が崩壊する一歩手前まで来て行った苦渋の決断でしたが、結果的には上手くいったのです」
そこまで聞いて、少し考えてみる。
『巫女』に対する強い執着心があるという事は、これまでの会話で分かる事だ。
何故双子島から見えない位置へと移動する
うーむ、今の状態だとまだ情報が足りないな。
「……ですが、今の平穏もいつまで続くのかは分かりません。守護神様の気分を害してしまえば、どんな位置にいようと『巫女』が襲われてしまうのかもしれない。一刻も早い解決策を講じなければならないのですが、それも手詰まりで……」
実際の所、俺達がその問題について回答するのは簡単な話だ。彼らに今住んでいる地域を捨ててファウスト、セカンダリア、サーデスト等が存在する本土の方へと移り住めば良いだけの話。
だが、それをしないのは遥か昔からの伝統があり、住み親しんできたこのハーリッドという村を捨てる事が出来ないからなのだろう。だから、根本的にこの回答は間違っている。
「なので、直接守護神様にお願いが出来ない物かと、私は行動を起こしました。守護神様の伝承は少ない物ですから、祠を調べたり、古い文献を調べたりなど、手探りの状態でしたがね」
そう言ってナーラさんは手記を取り出すと、こちらへと差し出してくる。
その手記を手に取り、中身を拝見してみると、ナーラさんなりに調べ上げた情報の数々が記載されていた。
これは【双壁】に関する重要な情報だ。高速スクショで中身を一気に保存保存ッと……。後でライジンに貸し付きで送っておこう。
怪しまれない内に手記を置くと、ナーラさんが話を続ける。
「行動し始めて、数か月経ったある晩の事です。昔、こちらに移り住む前に村が存在していた海岸を歩いていると、どこからともなく歌が聞こえてきたのです」
ここで出てきたか。星々が遥か彼方まで見える夜に聞こえるという歌の話。
「最初は幻聴か何かだと勘違いもしました。ですが、その後も何度も足を運んでみると、やはり歌と共に旋律が響いてくるのです。かすかに聞こえてくるその音が鳴る方角に目を向けてみると、そこには海原を挟んで二つの巨大な島がありました」
当時の事を思い出したのか、ナーラさんは苦笑する。
「まさか、とは思ったんですがね。その後、試しに私は小船を用意し、独断で島に近付いてみました。すると、島に近付くに連れて、音は大きくなる一方で。あの時は肝が冷えましたよ。明かり一つ無い島から、音が聞こえてくるのですから」
確かにそれは怖いな。完全にホラゲーの演出じゃねえか。
「ただ」と一言呟くと、ナーラさんの表情が真剣な物に変わる。
「私は、幼い頃から漁獲祭の演奏を聞いてきましたのですぐに気付きました。あの島……守護神様が歌っていたのは間違いなく『船出の唄』だったのです」
「つまり、守護神が『船出の唄』を知っていて、なおかつ演奏していると……?」
「今受け継がれていて、実際に漁獲祭で演奏されている物とは違う旋律でしたがね。ただ、明らかにあちらの方が洗練されていて、思わず聞き惚れてしまうぐらい美しい旋律だったのです。恐らく、長い年月を掛けて継承する上で、異なった形へと変化していったのでしょう」
確かに、漁村ハーリッドは相当昔からあるようだし、継承する上で何かしら不手際が生じてもおかしくない。それこそ、本物は今よりもずっと魔法としての効果が高いのかもしれないな。
と、そこまで聞いていたミーシャさんが眉をピクリと動かす。
「あら、それは私の演奏が不完全な物だとでも?そんなに私の演奏が下手かしら?」
「そ、そういうわけじゃないんだ!ミーシャの演奏は歴代でもかなり高いレベルだよ。ただ、それでもあれと比較するのはおこがましいというか……」
「よーし今度私の演奏練習を朝から晩まで付き合ってもらおうかしら?」
あはは、と場の空気が重い空気から一変して和やかな物になる。
だが、何か引っかかりを覚えた俺はそんな三人を置いて、顎に手を添えて熟考する。
「巫女、船出の唄、守護神……」
この村に昔から存在している、巫女の存在。
『船出の唄』の、長い年月を掛けて継承していく上で異なった形へ変化していくという話。
巫女を執拗に狙う守護神と、その行動原理。
その三つを結び付けて浮かび上がったのは、たった一人の少女の存在。
「
きっと、今回の話の鍵はそこにある。
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