#143 ナーラと村長


「あの島が守護神……?」


 俺の言葉に、ナーラさんが頷く。


 ちょっと待て、あのサイズの敵と戦う?

 第五の街への道を塞いでいるであろう巨大な壁である(かもしれない)【龍王】といい、取り敢えずサイズをデカくすればいいって話じゃないだろう。てっきりヴァルキュリアぐらいのサイズ感がデフォだと思ってたけど、もしかして実はデカい方が多かったりする感じなのか?

 確かあの黒ローブの話だと種族の頂点的な存在もいるって言ってたような気がするし、そうなると

 ……一応物語の進行上、倒さないといけない敵だから倒せる、よな?


 俺が険しい顔をしながら考え込んでいると、ナーラさんは慌てたように。


「正確にはあの島そのもの、島に住まうもの、海底に住まうものなど、色々な仮説がありますがね」


「あ、ですよねー」


 良かった、本当にあのサイズの敵と戦うなんてなったら被害の規模がとんでもない事になってたぞ。裁き云々の話になってきたらそれこそ、この島の一部を呑み込むレベルの空間の裂け目を作ってきてもおかしくはない。そういった意味でも俺達プレイヤーが手を出す方が正解だろう。最も、被害が村人に及ぶ可能性がないとは言い切れないが。


「ただ、私はあの島そのものが守護神様だと思えて仕方ないのです」


 そう言い切ったナーラさんの目は真剣そのもの。まるで、その結論こそが正しいと確信しているかのように。


「どうして島自体が守護神だって思うんです?」


「――――時折ですね。歌が聞こえてくるのです」


「歌?」


 歌ってsingの方の歌だよな。それと守護神になんの関係があるのだろうか。


「遥か彼方まで星々が見える夜に、のです。尤も、島に近付かなければ聞こえてこないのですがね」


「またあの島に近付いたのか!?お前と言う奴は本当に……!」


 ナーラさんの言葉に、村長がガタッと慌てたように立ち上がる。非難するような目をナーラさんに向けるが、ナーラさんの表情は険しいままだった。


「ごめんなさい、義父さん。でも、どうしても本当の事が知りたくて……!」


「……ラミンの事は諦めろと言っただろう。どのみち、あの娘が居なくなってから三年が経つんだぞ。それ以降、一切接触が無いことから見ても生存は絶望的だろう……」


「それでも、私は……」


 恐らく、ラミンという人物は先ほどナーラさんが話した妻の事だろう。確かに、空間の割れ目に巻き込まれて姿と言う事は、生きている可能性を信じたくもなるのかもしれない。だが、それ以降音沙汰無しという事が、事実を物語ってしまっている。


 村長はゆっくりとソファへと腰を掛けると、深くため息を吐くと震える声音で呟く。


「――――ラミンは私の大事な愛娘だ。当然、心配だってしている。あの日から、一日たりともあの場で救えなかった事を後悔しなかった日はないからな。だがな、もし守護神様の仕業だとして、その真相に触れようとする段階で神の逆鱗に再び触れてしまったらどうする?私はラミンの親である以前に前任の村長にこの村を任された村長だ。私の勝手な行動で村に危害が及んでしまったらどうするというのだ」


「それ、は……」


「……ナーラには次期村長の座に着いてもらうつもりなんだ。そろそろ、村長としての責務も、責任も理解してくれ。一人の命と、村の皆の命。村の長として選択するべき方はどちらか、お前も十分に分かっているだろう」


 村長の言葉に、ナーラさんは悔しそうに歯を食いしばりながら黙り込んでしまう。

 なるほど、確かに正論だ。だが、その言葉は生存を信じて待っているナーラさんにはこく過ぎる。

 だからこそ、ここは部外者である俺の出番か。


「まあ待ってください。まだ、ラミンさんが死んだと決まったわけではないじゃないですか」


「……先ほどの話を聞いていたのか?三年前に空間の裂け目に呑み込まれてそのまま」


「そんな超常的な現象を起こせる存在だからこそこうも思いませんか?『空間に呑み込まれたままそのままの状態で保存されている』かもしれない」


 俺の発言に、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を見せる村長。

 対して少し目を見開きはしたものの、すぐに理解したらしきナーラさんは「なるほど」と呟く。


「……確かに、一理ありますね。ただ、それでもその確証は」


「確証だのなんだのつべこべ言う前に行動を起こしましょうよ。最初からあり得ないことが起きてる時点であり得ない事で助かっている可能性はゼロじゃないんです。突拍子も無い事が、事実になり得るかもしれない。だから、信じる気持ちだけは絶対に捨てないでください」


 そう言って笑うと、ナーラさんも少しだけ安堵したかのように息を漏らす。

 検証厨にとって先ほどの言葉は聞き逃せないからな。最初からと決めつけて何も行動を起こさないのは愚者のやる事だ。可能性が限りなくゼロに近かろうが、ゼロではない以上結論が出るまで挑み続けるのが検証厨だ。

 何百回も何千回も挑み続けて、それでも尚結果が出なかったのなら初めて「駄目かもしれない」と定義付けるべきだと俺は思う。


 ……それに、諦めるって言葉が嫌いなだけだ。俺は、不可能って言われる程燃えるタイプだから尚更な。


「と、いう訳なので守護神とやらの討伐と並行してラミンさんの捜索も請け負いましょう」


「……無償の善意にしては虫が良すぎる気もするな。何か打算的な意味でも?」


「やだなあ、そんな邪な考えを持ってるわけないじゃないですか。でもそうですね、もし何かその件で報酬を要求するとするならば……」


 俺の言葉に、村長とナーラさんが身構えるのを見て、思わず苦笑いしてから。


「漁獲祭で取れた美味い海産物でもご馳走してください」


 思わぬ発言だったのか、顔を見合わせる二人。その様子を見て、くすりと笑う。


「……そういう事でしたら、是非協力いたしましょう。ただ、事情を話すにしても少し場所を変えましょうか。……義父さん」


「……何度も言わせるな。勝手にしろ、と先ほどそこの旅人に言ったのだ。もしもお前が協力しようが、私は、私は知った事ではない」


 ナーラさんがおずおずと言った様子で村長に向き合うと、村長はくるりと振り返り、突き放すようにそう言った。

 ともすれば、見放されたと見て取れる態度だが、はっきりと分かった。


「……すまない。ラミンの事、頼んだぞ」


 部屋から出ていく寸前、掠れた声で村長がナーラさんにそう投げかける。

 大事な娘を、心配しない親なんて存在しない。放り出していたと思い込んでいた俺の親だって、そうだったのだから。





 村長の部屋から出てすぐ隣の応接室に入ると、テーブルを挟んでソファに座っていたポンとミーシャさんが談笑していた。

 部屋に入ってきたこちらの顔を見るや、ポンの表情も真剣な物になる。


「あら、話し合いはもういいの?なんかお父さんの機嫌、かなり悪かったみたいだけど」


「それはもう大丈夫さ。それよりもミーシャ、君にも協力してほしい。ラミンを助ける手助けをしてもらいたいんだ」


「ラミ姉を!?一体、どんな話の流れになったらその話題が……」


 ミーシャさんが驚いて思わず立ち上がったのを手で静止すると、柔らかい笑みを浮かべる。


「取り敢えず聞きたい事は色々とありますでしょうが、まずは情報を整理しましょうか。ナーラさん、貴方が持っている情報を隅から隅まで教えて下さい」


 さて、ここからは俺の領分だ。有益な情報を引き出して、代行者討伐へのリードを頂こうじゃないか。

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