#142 星海の守護神
ナーラさんに連れられて漁村ハーリッドの正面入り口から見えた大きな民家に入る。
入り口を入ってすぐの所にカウンターがあり、そこに居た若い女性が「あら」とこちらに気付いて視線を向けた。
「ナーラ、お帰りなさい。後ろのお二人は?」
「ついさっき入り口で出会った旅人さんだよ。考古学について知りたいって言うから、それなら義父さんの専門かなって」
淡い青色の髪を揺らしながら、女性は顎に指先を当てて悩むようにうーんと声を漏らしてから。
「確かにお父さんはこの村の村長だし、代々村の伝承を継承してきてるからこの村の歴史に詳しいけども……でも最近
「ああ……だからミーシャに頼みたいんだ。正直俺が言っても、義父さんは聞いてくれそうに無いからさ」
「はぁ……。まあいいわ。でも、外の人だとお父さんが相手してくれるかは分からないわよ?」
そう言うと、ミーシャさんはちらりと意味ありげに視線を向けてくる。
ふむ、どうやら伝承に詳しい人とやらはナーラさんの父親の事だったらしい。しかも村長というおまけ付き。たまたま出会った人が村長の息子でラッキー、という訳にもいかないみたいだな。
……外の人に対して、気が立っている原因ねぇ。
いやー何が原因なんだろうね?(棒読み)
「もし相手にされないようでしたら引き返しますよ」
「そういう事ならまあ……話だけしてきますね」
そう言ってミーシャさんは奥の方にある部屋に向けて憂鬱そうなため息を吐き出してから歩き出した。
うーん、流石に少し申し訳ない事をしたかな……。
すると、おずおずといった様子でポンがナーラさんの前に出ると。
「あの……差支え無ければ教えていただきたいのですが、村長さんの機嫌が悪い原因って……」
あのー、ポンさん?多分というか殆どの確率であなたが原因よ?
「あぁ……。この村が昔から奉っている祠がね、いつの間にか爆破されていたんだ……。住民がそんな事をするはずが無いし、最近この村を訪れる旅人さんが増えてきたから、犯人は旅人達の中にいるんだって決めつけちゃって、少しヒステリック気味になってしまってね……」
ですよねー!知ってた!
ちょっと待ってポンさん、あなたやらかしたみたいな顔してますけど気付いてなかったので?
流石
とと、現実逃避している場合じゃない。なんとかリカバリーしなければ。
「そうなんですか……。それは残念です。祠ともなれば貴重な情報の宝庫。文明の歩みが記されているであろう物が失われてしまったのは私としても心が痛いですね……。もっと早く、この村を訪れていれば」
「大方守護神様に捧げている財宝目的の輩が踏み入ったのでしょうが、あなたのような人にこそあの祠は訪れてほしかったですね……」
そう言うと、申し訳なさそうな顔で苦笑いするナーラさん。
ちょっと待て、財宝とか初耳だぞ?さては厨二、あいつ一人占めしたな?……後で問い正さねば。
まあいい、さりげなく好感度稼ぎは成功したからよしとしておこう。ナーラさんも俺が爆破犯の共犯とは思うまい。……思わない、よな?
さて、ボロを出さない内に村長さんと話し合いに行きたいところだが……。
「お父さん、話だけは聞いてくれるってさ」
丁度いいタイミングでミーシャさんが奥の部屋から顔を出す。
良かった。これで門前払いを食らっていたら、また一から情報を探さないといけないところだった。
「それは良かった。村人さん、どうぞついてきてください」
「あ、えーと私は……」
「ポンは待っててもらって良いか?」
申し訳なく思いながらにポンにそう言うと、ポンは察したのか「はい」と一言だけ呟いてミ―シャさんに連れられて別の部屋に入っていった。
ポンは真面目だから爆破についての話を問われた時にうっかり口を滑らせそうだからな。ここは戯言ほら吹き何でもござれの俺が適任だろう。
ただ、気が立っているとの事なので、あまり神経を逆撫でさせないように配慮しないとな……。
廊下を歩いて奥の部屋へと進んでいき、ナーラさんはドアをノックする。
「義父さん、お客さんだよ」
「……入れ」
「失礼します」
ドアを開け、室内へと入る。
村長と聞いていたので、それなりに調度品で装飾されている物だと勝手に思っていたが、内装は意外と質素で華美に装飾されているわけではなかった。物珍しげに見ていた視線を中央に戻すと、白髪交じりの壮年の男性がソファに座り、腕を組んでこちらへと冷ややかな視線を向けていた。
目が合ったので軽く会釈すると、ふん、と鼻を鳴らして返される。
えっ、感じ悪っ。
「……何の用だ」
「義父さんならこの町の伝承を代々受け継いできてるだろ?この旅人さんはこの村の伝承に興味があるからって連れてきたんだ」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。どうせ片田舎のこの村の文化を馬鹿にしに来たに違い無い。その手の輩は昔から多かったからな」
うわあ、これかなり情報を得るのが難しそうだぞ……。
村長はジロリとこちらに鋭く睨みを利かせながら言葉を続ける。
「大体、急に訪れたと思えばこの村の伝承に興味があるだと?……つい最近、どこの誰とも知れん馬鹿が守護神様を奉る祠を爆破しおったのだ。あまりにもタイミングが良すぎはしないか?」
完全に警戒されちまってるよ……。取り敢えずどう返した物か……。
これ俺が何言っても逆効果な気がするんだよなぁ……。
「義父さん、初対面の人にその態度は……」
「誰が祠を破壊したのか分からないのだ。警戒するのも仕方あるまい?」
まあ、疑う気持ちは分かるし、なんなら間接的に俺も関与しているからなんも言えねぇ……。
だが、村長は鋭い目つきから一転、腕をさすりながら。
「……どちらにせよ、この村はもうおしまいだ。祠を破壊した事で守護神様の怒りに触れてしまった。……ああ、今にも裁きが下るぞ。
そう言うと、村長は顔を青ざめ、乾いた笑みを漏らして全身を震わせる。
先ほどまで強気な態度との変わりように違和感を覚え、首を傾げる。
「また、とは?」
「それはですね……」
一瞬、ナーラさんは口を噤んだ。恐らく、言いづらい事なのだろう。
しかし、意を決したかのように頬を打つと、口を開いた。
「過去に、この村が今の位置に移動する前の話です。漁獲祭のメインイベント、『船出の唄』と呼ばれる出航の際の演奏を行っていた人間が、姿を消す事件が相次ぎました。……最初は偶然だと思っていました。ですが、決定的だったのが、三年前の漁獲祭当日にそれが起きたのです」
ナーラさんが、苦虫をかみつぶしたような顔で言葉を続ける。
「漁獲祭の当日に消えたのは、私の妻です。漁獲祭の出航の際、突如として空間が抉り取られたかのように真っ黒な亀裂が出現し、瞬く間に妻を呑み込んでしまいました。あまりにも一瞬の出来事で、何が起きたか理解するのに時間が掛かりました。――――その後、妻を見た者はいません」
「空間が、抉り取られる?」
なんだその恐ろしい現象。
「はい。ガラスにヒビが入るが如く、破砕音と共に空間に亀裂が出現したのです。そんな大がかりな魔法は聞いたこともありませんでしたし、一個人……常人が振るえる物では到底ありえませんでした。それで、村の皆々は神の裁きだと推定しました。……恐らく、何かしらが原因で神の逆鱗に触れてしまったのでしょう」
そう呟いたナーラさんの顔色も徐々に青色に染まっていく。
「今は、そういった出来事は無いのですか?」
「ええ。村を大陸を跨いで真反対の位置に移動してからは、神の裁きが下る事は無くなりました。漁獲祭はただの行事ではなく、村の生命線。漁獲祭無くしてこの村が存続することはできませんから。そういった意味でも、前の位置から移動した意味はありました」
「以前と比べて漁獲祭を気軽に開催することが出来なくなったのが実情だがな。それに、祠も爆破されてしまった事もあって、いつ再び裁きが下ってもおかしくない」
あー……確かにタイミング的には最悪なタイミングであの祠をぶっ壊しちまったわけだ。
そりゃあ、村長の心労は計り知れない物だろうよ。
村長の言葉に、ナーラさんはそっと目を伏せたのを見て、顎に手を当てて黙考する。
要するに、神とやらの存在が邪魔で、村が実質的に存続の危機を迎えている状態であるって事か。
それに、守護神であるはずの奴が信仰している村人に危害を加えてる……か。
そんなの、解決策は一つじゃねえか。
「なら、神をぶっ倒せばいいじゃねえか」
あ、思わず素の口調が出ちまった。まあいいや。
俺のその発言に、顔を険しくした村長が立ち上がる。
「何を馬鹿な事を!!人の身で、神に抗おうというのか!?」
「あんた達が敬っているのはあくまで守る神の事だろう?守るべき存在に害を為している時点で守護神でもなんでもねえよ。ただの
村長に指を指しながらそう言うと、ぐっと言葉を詰まらせる。
心のどこかでは、そういった意識もあったのだろう。
しばらく沈黙を貫いていたが、やがて村長の口が開く。
「【
つい先日、どこかで聞いたような単語が村長の口から告げられる。
「守護神様の伝承として代々村長の座の者に継承されたのはその一文だけだ。大方、守護神様に歯向かおうとした愚かな人間達の話だろうよ。……そもそも、神に反抗する事自体が間違っているのだ。我々は、庇護を受けながら細々と暮らしていくしかないのだ」
そう言って村長はソファに腰を落とし、悔しそうに歯を食いしばりながら俯く。
その言葉を聞いて、一歩前に出ると。
「なら、村の人間とは無関係な旅人である俺がその神とやらを打倒しよう。それなら、村の人には危害が及ばないだろう?」
「無理だ。……と言っても聞かないのだろうな。好きにするが良い。だが、協力する気は無いぞ。もし協力した事でその矛先が我々に向いたら、どうなるか」
「それは構わない。さっき得られたものだけで充分すぎる情報だったからな。後は自分で探してみるさ」
星海の海岸線の守護神。人間に害を為す性質を持つ、神の類。
守護神に関する伝承に出てきた、【双壁】と言う単語。
間違いなく、守護神とやらは【粛清の代行者】の一柱だろう。
ただ、どうやってその【双壁】の場所を特定するかだが。
と、俺が悩んでいると、何やら思案顔で黙っていたナーラさんが口を開く。
「本当に、神を倒すおつもりで?」
「ああ。もしかしたら自分のルーツについても知れるかもしれないしな。今は実力が足りないかもしれないが、いずれ――――」
「――――では、村人さん。貴方はセレンティシアから見渡す事が出来る巨大な二つの島を知っていますか?」
そう言ってナーラさんが指を指したのはセレンティシアの方角。確か、ポンと約束を交わしたあの場所から見えたな。確か一つの島のサイズがこの大陸より少し小さいぐらいの島が二つ横並びに並んでいたはず……。
「え?ああ……見たことはあるけども……」
俺の言葉にナーラさんは頷くと、信じられない言葉を口にした。
「
「ッ!?」
その言葉を皮切りに、シン、と室内が静まり返る。静寂に包まれた部屋には、海岸に波が打ち付ける音だけがやけに明瞭に響いていた。
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