#141 漁村ハーリッド


 帰宅後即SBOにログイン。ポンと合流してからセレンティシアへと飛ぶと、見知った顔が視界に入ったので思わず声を掛ける。


「お、厨二。ログインしてたのか」


「年がら年中ゲームに出没してるからねぇ。とはいえ、こんな所で会うなんて奇遇だねぇ。あら、ポンと一緒とは。真夏の海デートカナ?」


「ででででで、デートじゃないですからね!?」


 くすくすと笑う厨二に対し、ポンが顔を赤くして詰め寄る。

 確かにセレンティシアは見渡す限りの水平線を始めとした景色が非常に美しく、デートするにはもってこいの場所だろう。本来金の無い学生なら尚更、この環境を味わえるならゲーム内でデートするのも有りだろうな。

 と、柄にも無い事を考えていると、厨二に聞きたかった事を思い出す。


「そういえば厨二、【双壁】についての情報ってどうなった?」


「あの後少しだけ調査して、大した情報は得られなかったよ。教えるまでも無いかなぁって感じだねぇ。ボクの情報よりも実際に聞いた方が良いかな。村への道は教えるねぇ」


 そう言うと厨二は徐にウインドウを開き、指を動かすとマッピングデータを渡してくる。

 それをありがたく受け取ると、内容を確認して思わず目を見開く。


「マジで厨二やり込んでるな!?【星海の海岸線】全域埋めたのかよ!?」


「時間だけはあるからねぇ。ラスト・スタンドのアタッチメント厳選も終わったし、しばらくはこっちに集中するつもり」


 SBOにおけるマッピングデータの取得方法は二種類ある。

 一つ目は今のように、既にマップが埋まっている人からデータを取得する方法。

 これはマッピングデータを既に埋め終わっている人からコピーさせてもらう、という方法なので、情報屋と称したロールプレイをしているプレイヤーが販売している事が多い。

 二つ目は自力でそのマップを隅々まで歩く、という原始的な手段。

 何事も、先人が一番苦労をすると相場が決まっているのだ。


「まあ大会までに地形は全て把握しておきたかったからねぇ。……天下の傭兵A君としたことがリサーチ不足だねぇ?」


「くっそ腹立つけどデータはありがたいからなんも言い返せねぇ……!!」


 煽るように笑ってくる厨二に思わず愛の鉄拳制裁☆をかましたくなるが握るだけで我慢する。

 自制自制……ここがAimsなら速攻で喧嘩を売りに行っていたが。


「あ、そうだ。折角だし、厨二もハーリッドに行かないか?」


「悪いけどこれから待ち合わせしてるんだよねぇ。また今度にさせてもらうよ」


 おや、厨二が誰かとプレイするなんて珍しい。こいつ、変人分隊以外の人間と一緒に行動する事なんて全くないのに。

 厨二が気に入っている人物ってだけで少し興味がそそられるな……。聞いてみるか。


「ちなみに誰かとか聞いても?」


「ボクの昔からの友人だねぇ。いつかは会うと思うよ。……そういう因果関係なのサ」


 はいはい戯言戯言いつもの

 というかドヤ顔すんな、対してカッコ良くねーから。

 しっかし昔からの友人か……。こいつにも友人が居たんだな(超失礼)。

 厨二がくすりと笑うと、人差し指を立てて。


「門前払いされないように気を付けてねぇ……。どこかの誰かさんが村人達にとってそれはもう大事な大事な洞窟を爆発させてたから気が立ってるんだよねぇ……」


「あああああすっかり忘れてた!!!」


 やべえそういえばそうだった。1st TRV WAR予選で、海鳴りの洞窟を爆破した事で地下迷宮を見つけたんだった。しかもその爆破を行った張本人が……。


「あー……もしかして私、行かない方が良いですかね?」


「ワンチャンシステム判定で好感度がマイナスに振り切ってる可能性もあるから気を付けてねぇとしか言えないかなぁ」


 ポンが苦笑しながらそう言うと、厨二もまた苦笑しながら答える。

 つうか唆したのはてめーじゃねえか。

 まあこういうときはゲーム内のNPCに聞いてみるのがベストだよな。というわけで。


「シャドウ、カモン」


『お呼びですか主人マスター


 俺の呼びかけに応じて空間が揺らぐとそこからシャドウが出現する。

 俺の言葉を待っているシャドウにふと違和感を感じたので聞いてみる。


「あれ、今日は機嫌悪くないんだな」


『私を何だと思っているのですか。私は貴方のように過去に囚われない性質タチなのです』


「ゴリゴリ気にしてんじゃねえか!!」


 露骨からさりげなくに変わっただけでこいつぅ!!

 まあいい、喧嘩をしている場合ではない。用件をてっとり早く済まそうか。


「あー、良いか?えっとだな、そこのトラベラーのハーリッドの住民達からの好感度って分かるか?」


『その程度の事でしたらお安い御用です。トラベラーネーム『ポン』。貴方の情報をシャドウを介してスキャンさせていただきます』


「え、あ、はい」


 ポンが困惑しながら許可を出すと、ポンの周囲をライトで照らしながら漂い始める。

 うーん、というかシャドウって本当に万能だな。過去には道案内もしてくれたし、もう少し頼っても良いのかもしれない。

 数秒間漂っていると、スキャンが完了したのかこちらへと近付いてくる。


『スキャンが完了しました。……正直に申し上げますと、潜在的な友好値は最底辺です。ただ、それは事実が発覚した場合の話ですので、行動次第でどうにかなるかと』


「あちゃー……やっぱりそうか。でも行動次第でどうにかなるってのは?」


『要はバレなきゃ犯罪じゃない、ってやつですよ』


「身も蓋もねえな!?」


 犯罪を助長させるようなセリフはやめろ!!隠し通したとしてもカルマ値上がるだろ絶対。


「まあこんな人畜無害そうな愛嬌のある顔をしてて洞窟を爆破した凶悪犯とは結び付かないだろうからねぇ。ポン次第って所かな」


「誰が凶悪犯ですか。いや確かに爆弾魔ですけども……」


 うーん、取り敢えずはバレなきゃ平気って事か……。なら、問題は無いだろう。コミュ力は明らかにポンの方がダンチだろうからな。ライジンが居れば話は別だが、奴は【龍王】の情報を発信する準備で忙しいはずだ。それに、いつまでもあいつに頼り切るわけには行かないからな。


「了解、じゃあハーリッドに向かってみるわ。厨二もまた今度」


「うん、連絡待ってるねー」


 人懐っこい笑みで厨二が手を振って送り出すのを尻目に見ながら、軽く手を上げるとそのまま漁村ハーリッドに向けて歩き出した。





「あれが、漁村ハーリッド……」


「なんというか、賑やかな村だな」


 セレンティシアを離れて十分ほど。砂浜を歩いていくと、やがて人々の会話の声が聞こえてくる。

 そのまま歩を進めると、村の入り口に設置されていた大きい看板が目に入ったので見てみると、漁村ハーリッドと表記されていたのでここがハーリッドで間違いないだろう。

 村の造りは、木造の家が立ち並ぶシンプルな様式だ。露店が立ち並び、新鮮な魚介類や果物を販売していて、そこを行き交う人の数も多い。セレンティシアという大きな街があるというのにここまでの盛況を見せているのも興味深いな。


 しばらく遠目で村の様子を眺めていると、浅黒く肌が焼けた少年がこちらに向けて指を指すと、こちらに駆け寄ってくる。


「あれーっ?父ちゃん父ちゃん、また旅人さんだよ!」


「こら、迷惑をかけるんじゃない」


 こちらに向かって走ってきた少年は、父親らしき男に向かって「えーっ」と不満そうな声を漏らす。

 少年はそのまま父親の元へと寄ると、こちらの様子を伺うように後ろから覗き込んでくる。


「ようこそ、漁村ハーリッドへ。私はこの村の住民のナーラと申します」


「ああ、ええと村人Aと申します」


「……どこかの村に住まれているので?」


「いや、こういう名前なんです申し訳ない」


 そうだよなぁ……そうなるのが普通だよなぁ……。

 俺がぼんやりと虚空を眺めていると、ナーラさんは口元に手を当てて笑う。


「名前が明かせないんですね。そういった複雑な事情を抱えている方も度々訪れているので大丈夫ですよ」


「ア、ハイ」


 しまった、気を遣われてしまった。まあいいや。丁度いいし情報収集でもするか。


「初めてこの村を訪れたんですが、かなり賑わってるんですね。いつもこんな感じなんですか?」


「いや、そろそろ漁獲祭が近いのでその影響ですね。普段はここまで賑わっていませんよ」


「漁獲祭?お祭りか何かがあるんですか?」


「村の男が総出で沖の方まで船を出すんです。その出航の願掛けと言いますか、漁師たちの無事を願う為に盛大な祭りをするんですよ」


 なるほど、その準備でここまで人が行き交っているのか。

 でも、無事を願うとはどういう事だろうか。

 首を傾げていると、ポンが横から話し始める。


「沖の方は危険なんですね?」


「ええ。ここらの浅瀬に居るモンスターならまだしも、沖の方に出没するモンスターはかなり凶悪でして。それこそ総出で出なければ太刀打ちできないような」


 ああ、そういやここRPGの世界だもんな。普通の世界なら嵐とかの環境的な問題はあれど、モンスターは出没しないもんな。危険が多く潜んでいてもなんらおかしくはない。


「最近は漁師不足なので人手が足りなくて……。旅人の方にも、協力を募っているのですよ。もちろん謝礼は出しますので、参加して頂けると助かります」


 ナーラさんがそこまで言うと、ウインドウが表示される。

 

≪ユニーククエスト【漁獲祭】を受注しますか?≫


【YES】【No】


 うーん、ユニーククエストねぇ……。ユニークとかそういう単語を聞くとゲーマー魂が疼くから勘弁してほしいものだ。

 でも、取り敢えず優先しなければいけない事は決まってるから、Noをタップする。


「取り敢えず保留でもいいですか?」


「ええ。危険を伴うので、躊躇するのも無理ありません。下手をすれば命を落としかねないですから」


 あれ?漁村ハーリッドはトラベラーの話を知らないのだろうか。サーデストの鍛冶師、モーガンはトラベラーが不死性をもっていると知っていたのに。

 まあ、聞いた話だと言っていたから、知って居なくても不思議ではないか。


「ちなみに漁獲祭は三日後の満月の夜に開かれます。私は正面に見える大きな建物に大体居ますので、参加する意思が固まったら返事を伝えに来てください」


「分かりました」


 そう言って会釈するナーラさん。漁獲祭でもしかしたら思わぬ報酬があるかもしれないから現状は参加と言う方針にしておこう、うん。

 とと、折角村の住民から話しかけてくれたんだ。本来の目的を忘れるわけにはいかない。


「あの、ナーラさん。実は私、この村の伝承に興味がありまして……。考古学とか、そちらの方面で詳しい方をご存知でないでしょうか?」


「伝承、ですか?それなら村長が詳しいかと。村長の家まで案内しましょうか?」


「ぜひお願いします」


 俺が静かに笑みを浮かべていると、ポンが驚いたように目を見開いていた。


「なんか村人君、意外と話術が上手ですね?」


「意外とはなんだ。Aimsで鍛えたからな、交渉事は割と得意さ」


「それ大体ナイフ持って脅してませんでしたっけ?」


 細かいこたぁ良いんだよ。


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