#133 質問は一つだけ


『一つだけ質問を許可しよう』


 黒ローブは靄の中の赤い瞳を揺らしながらそう言った。


 一つだけ質問を許可すると来たか。

 この黒ローブは公式PVで出てきた事から、SBOというゲームにおけるストーリーの重要人物なのはまず間違いないだろう。この人物から情報を引き出す事が出来れば、トラベラーの記憶に関わる情報に繋がるのかもしれない。


 だが、質問は一つだけと来た。ここで変な質問をしてしまえば、今後のゲームプレイに影響が出るかもしれない。情報戦では間違いなく他プレイヤーよりも進行できる重要な要素になり得るからな。


 さて、どうするか。


「ライジン」


「ああ。分かってる」


 ライジンへと顔を向けると、静かに頷いた。

 どうやら黒ローブはこちらの発言を待ってくれているようだ。それなら、この場における最適解を何とかして導き出すしかない。

 下手に発言して質問する権利を消費したら目も当てられないし、ライジンの質問に合わせて俺も質問内容を変えるほかないだろう。

 そう考えて、ライジンの発言を待つ。


 考える事数分。ライジンはよし、というと口を開いた。


「……ではまず私の質問から。あなたは誰ですか?」


 ライジンが選んだ質問は、この黒ローブの正体について。

 最初に選ぶ質問としてはこれ以上無い質問だろう。この黒ローブが何者か知ることが出来ないと質問内容も限られてくる。

 黒ローブはふむ、と一言呟くと。


『私の正体、か。確かに素性を明かさない事には分からない事が多いだろう』


 よし、これは好感触。さて、この情報から根掘り葉掘り聞きだしてやるぞ……!!


『だが、すまないな。私はあまりそちらの世界との干渉を控えるようにあの女から言われている。私の正体についてはしかるべき所で知ると良い』


 だが、黒ローブは首を振ると、申し訳なさそうな声音で告げる。

 そのあんまりな回答に、俺とライジンは面食らったような表情で固まってしまう。


「……は?」


 ちょっと待て、まさかそれで質問権消滅か?あまりにも無慈悲過ぎる!

 というか絶対に選ぶであろう質問の返答がこれとか初見殺しにも程があるだろ!?


 では次、と言わんばかりにこちらに視線を向ける黒ローブに対し、ライジンは一歩前に出ると。


「ちょっと待ってください。せめて、ヒントだけでも」


『そうか。確かに質問を許可すると言ったが、この返答はあんまりだな』


 その回答に、思わず安堵のため息をこぼす。


 よ、良かった。何とか理不尽展開を回避する事が出来た。

 というかこの黒ローブ、意外と物分かり良いな。これで全く話が通用しない奴だったら確実にアウトだったぞ。

 逡巡するように黒ローブは空を見上げると、やがてぽつりと呟く。


『そうだな……君達トラベラーに関係する存在、という事だけ伝えておこう。それならばあの女も干渉してこないだろうからな』


 トラベラーに関係する存在……って、大して話が進展してないような。

 というか、ストーリーに関係してくる以上、トラベラーに関係する存在って分かり切っているんだが……。

 ライジンもそう思ったのだろう。その瞳に困惑の色を浮かべながら。


「もう少し、何か教えていただけませんか?」


『それならば、あのを目指せ。代行者を討滅せしめればあの女の気分も変わるかもしれないからな』


 そう言って黒ローブはこの漆黒の空間を照らすように輝き続けるあの光り輝く領域を指を指す。

 ライジンはその返答に対して何か言いたそうに口をもごつかせるが、やがて静かに後ろへと下がると、顎に手を添えて考え始めた。

 その様子を横目で見ながら、こちらも考え始める。


 先ほどから黒ローブが口に出している『あの女』という単語が気になる。

 この領域に足を踏み入れた時に黒ローブが発した声が一部ノイズ染みていたのは、『あの女』という存在が干渉していると言っていたし、この領域の主か何かなのだろうか。

 そして、恐らく『あの女』という存在が、過度に情報を流させない為に口止めをしている、というのが妥当か。


 では、何故情報を外に出してはいけないのか?

 推測するに、情報が外に漏れる事で不都合が生じるからといった所か。

 そして不都合が生じるのは『あの女』と呼ばれる存在なのだろう、そうでなければ口を封じる意味が無い。


 では、俺がするべき質問はただ一つ。


「じゃあ、俺から質問しても良いか?【粛清の代行者】というのはどういう存在だ?」


 『あの女』という存在の気が変わる条件で挙げられた、【粛清の代行者】。

 この質問の意図は、この世界における粛清の代行者とはどういう存在か。そして代行者とトラベラーの関係性についてを知る為。

 少しでも情報が得る事が出来ればそこからまた『あの女』という存在に関わる別の情報が浮かび上がってくるかもしれない。


 黒ローブはまたしても考える素振りを見せると。


『代行者は、君達が滅ぼさなければならない存在だ』

 

 そう言って、黒ローブは再び黙り込んでしまう。

 あまりにも端的すぎる回答にぽかんと口を開ける。


 ちょっと待て。本当にこの黒ローブの野郎、情報を教える気があるのか?

 少し苛立ちを覚え、こめかみを押さえながら言葉を続ける。


「……なんで滅ぼさなければならない?」


『質問は一つだけと言ったはずだ』


 こいつぅ!!マジで喧嘩売ってるだろ!?一々返答がアバウトすぎてなんも収穫がねえ!!


 攻撃したら何が起こるか分からないので、武器を振るう代わりに鋭く睨みを利かせると、黒ローブは静かに赤い瞳を閉じる。


『だが……良いだろう。粛清の代行者……あちらの世界ではとも呼ばれているな。奴らは君たちが滅ぼすべき明確な指標であり、その討滅こそがトラベラーの存在意義。本来君達があの世界に居るのは奴らの暴虐を止める為なのだから』


 黒ローブの言葉を聞いて、目をしばたたかせる。

 あくまで予想に過ぎなかった、ライジン達との考察であった粛清の代行者=二つ名の仮説が完全に裏付けられた。それに、トラベラーの存在意義までいっぺんに知る事になるとは。


「暴虐を止める為、か」


 粛清の代行者という存在は、今現在明らかになっている粛清の代行者の一角、【戦機】ヴァルキュリアの行動原理を見る限り『悪即斬』の印象が強いから、圧倒的な力を思う限り振るう暴虐とはかけ離れた印象を持っていたのだが。

 俺の言葉に黒ローブは頷くと、力強い声音で。


『そうだ。偽りの世界を正す為、トラベラーは存在していると覚えておくといい』


 どうしてだろうか、その言葉にはこれまでどこかふわっとしたイメージの黒ローブからは強い決意のような物が感じられた。

 黒ローブの纏う空気が変わり、思わず身構えるが、黒ローブは靄の内側で口元を緩める。


『……粛清の代行者については、この場所にわざわざ呼んだ理由でもある。少し、代行者についての話をしよう』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る