#134 ファースト・オーダー


「粛清の代行者について……だと?」


 粛清の代行者。

 現時点でその詳細を知る者はプレイヤーの中に居ないという謎多き存在。今現在発覚している情報は、先ほどの発言からトラベラーの記憶に関係している存在である、という事だけ。

 そして、その粛清の代行者として判明しているのは現状、【戦機】ヴァルキュリアと【双壁】の二体だけだ。

 実際にエンカウントしたのは【戦機】のみの為、しかも出現して即座に戦闘に移行してしまったので殆どその正体について分からないと言っても良い。


 そんな粛清の代行者について――――重要な情報が得られようとしている。


 間違いなく、SBOというゲームの物語が大きく動き出そうとしている。

 その当事者であることに内心喜びを感じながら、それでも聞かねばならない事を聞いてみる。


「それは、いったいどういう風の吹き回しだ?」


 粛清の代行者について教えるという予想外の発言を訝しみ、静かに黒ローブに問いかける。

 PVPの大会の上位入賞者に渡すという招待状といい、としている、そんな予感がしてならないから。

 遠まわしな詮索は、確かな言葉となって帰ってくる。


『これから君達には私の手足として動いてもらうつもりだからだ』


 やはりそれが目的なのか。

 

 粛清の代行者――――その実力の程は未だ天井知らず。

 かの【戦機】ヴァルキュリアの攻撃は正しく神速と言っても過言では無い。その速度から繰り出される恐ろしいまでに練り上げられた剣技と、息を吐く暇さえ与えない程の圧倒的な攻撃性。

 生半可な実力の者が挑んだところで、一蹴されるのが関の山だ。

 だから、トラベラー同士を戦わせて――?


「――――?」


 待て、前提から考え違えていた?

 1st TRV WARは単なる強さを争うだけの大会だったわけじゃない、としたら?


 先程黒ローブは自分の事を好戦的なと言っていた。

 トラベラーは何者なのかをこの黒ローブは知っている。知っている上で、競わせた。

 粛清の代行者と戦わせる為の使い捨ての手駒として。

 と呼んだカテゴリの中でも、優秀な者を炙り出す為に。

 


「――――ッ」


 脳内でパズルのピースがハマっていくような感覚を覚える。

 なら、あの招待状は運営が大会の報酬として意図して送った物では無い?

 ゲームの適用外からのアイテム、だからバグ扱いの文字化けが発生していた?

 いや待て、それならなぜ運営はノーコメントだったんだ?本当に


 ああくそ、考えれば考える程話がどんどん繋がっていくし、次の謎が出てくる。

 だが、まずはこの場での情報収集が最優先だ。


 焦る気持ちを抑え、拳を握る。


「もしもその提案を拒否する、と言った場合は?」


『別に構わない。これは強制でないからな。だが、拒否した場合は粛清の代行者についての情報も渡せないな』


 強制じゃない?訳が分からなくなってきた。強い奴を求めているのなら、この場で俺とライジンを引き込むのがベストの筈だ。

 いや、待てよ?


 ――――そのための、1st


 そうか、俺達が仲間になろうとなかろうと、数だけは増やす事は可能だよな。

 承諾しなければ、を開催すればいいだけの話なのだから。


 2nd TRV WARを。を。


「そういう事かよ」


 静かに一人ごちると、顎に手を添える。

 その話は後で考えれば良い。

 これまでの話を統計すると、『別に話を聞く分には損はない』という事だろう。

 となると、やっぱり……。


「粛清の代行者について教えてくれるなら質問の順番を変えてくれても良かったじゃねえか……」


 粛清の代行者について教えてくれるのなら、俺の質問権は完全に無駄以外の何物でもない。

 ライジンも無意味に消費してしまったから、あまり有益に質問権を使用する事は出来なかった。

 思わずジト目を向けるが、黒ローブはどこ吹く風だった。畜生こいつ!!やっぱり黒じゃねえか!!いやこいつ全身黒だけども!!


 脱線しかけていた話の流れに、黒ローブは一つ咳払いすると。


『まあいい……話を戻そう。それで君達は手足となって働く気はあるか?』


 まあよくないんですけども。

 でもここでいちいち突っかかってたら話は進展しないよな。

 ライジンに目配せすると、ライジンもこちらの意図を汲み取ったように頷いた。


「ああ……了解だ。取り敢えず話を聞こうじゃないか」


「俺もだ」


 このまま代行者について有益な情報を得られないまま帰れば、後で後悔する羽目になる。

 なら、黒ローブの正体が善か、悪かなんて言っている場合じゃない。

 俺とライジンが承諾すると、黒ローブは笑みを浮かべる。


『快い返事を聞けて何よりだ。では【粛清】と言う単語に聞き覚えはあるか?』


 粛清……ね。一応いつだったかのアプデで遥か昔に【大粛清】と呼ばれる戦争があった、という話がこの世界の住民から聞くことが出来るようになっていた。昔の話、という事で話半分に聞いていたが、先日のPVでその内容がユースティア帝国と呼ばれる帝国が滅んだ時の出来事という話が新たに出てきて、そこに結び付いた。


「粛清……大粛清と言う単語なら」


『そこまで知っているのなら話は早い。大粛清こそ、が行った所業の中でも最も邪悪にして凄惨な所業。あの世界に住む人間を誰彼構わず皆殺しにしようとした悪夢にして、の名だ』


 ……ちょっと待て、


「粛清って、ユースティア帝国の人間が一掃された出来事じゃなかったのか?」


 あのPVでは、確か創世神とやらが出てきて『作った世界を荒らすやつは許さねえ!』的な感じでユースティア帝国軍を蹴散らした、とかそういう話だったはずだ。

 だが、今目の前の黒ローブは帝国軍はおろか、誰彼構わず皆殺しにした悪夢と称した。

 そう言えば、確かその後に偽りの神話とも言っていたな。まさか、それこそが偽りの神話だと?


『それはが都合の良いように改竄した人々の記憶だ。実際には帝国軍だけでなく、多くの人間が犠牲になったのだ』


 目の前で語る黒ローブの声音は至って平坦。嘘を付いているにしても、そうは思えない程の落ち着きようだ。もしこれで嘘を付いているのなら、感情が無いか、とんでも無い大ほら吹きだ。

 それなら、本当にこの黒ローブが言っている言葉は本当なのだろうか?

 いや、まだだ。信用するには早すぎる。判断材料が少なすぎる。

 ……もっと、情報を引き出さねば。


「改竄したって、誰が?」


 心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。この話は、【大粛清】を行った黒幕について触れようとしているのだから。

 黒ローブは、目を閉じ、静かに口を開いてその名を告げる。



『■■■・■■■■■』



 だが、聞こえてきた単語は不愉快な機械染みた音声となっていた。

 恐らくだがあの女という存在による干渉だろう、黒ローブの表情も苦虫を噛み潰したような表情になっている。


『やはり核心を突く発言は駄目か。敢えて制限されないようにここまで立ち回ってきたというのに、あの女の監視も相当執念深いな』


 ち、と小さく舌打ちをする黒ローブ。

 先ほどまでの質問の際の、曖昧な返答はこれが理由か。でもそれを質問の時にしないで欲しかったんだけどなぁ。実はこの黒ローブ性格悪いだろ、絶対。

 まあいい、取り敢えず話を戻さねば。


「――――で、【粛清】って結局なんなんだ?」


『【粛清】とはそもそも、あの世界に生きる者全てを抹消する事を指す。文字通り、粛清――――。あの世界をありのままの状態、生物が存在せず、自然だけが存在する状態まで戻す事を意味する』


 黒ローブの言葉に思わず、はは、と乾いた笑いが漏れる。

 世界をありのままの状態に戻す?そうなったら、このゲームとしての世界はどうなる?

 この世界を生きている住民であるNPCが一人もいなくなり、ただ不死性を持ったトラベラーだけが残される未来?

 そうなったら、それこそとしか言えないだろう。


 ライジンの元へと近寄り、耳の傍で。


(ライジン、そうなった場合、このゲームはどうなるんだ?)


(本当にそうなるなら、運営が極限の状態で止めるか、ロールバックするかもしれないけど――――ゲームそのものが詰む可能性は、無いわけじゃない。シナリオ重視のゲームなら、尚更)


 ライジンも顔を引きつらせながら、小声で呟く。

 MMORPGとして致命的な気がしないわけでもないが――――それはそれでそそる物があるな。(黒い笑み)


 黒ローブは、こちらの事を気にすることなく話を続ける。


『粛清の代行者はあの世界における生態系の頂点である生物達、あるいは人の手によって生み出された邪悪の結晶、あるいは星の海から零れ落ちた異物まで、幅広く構成されている。その行動原理は個体によってさまざまだ。主に世界の監視や、不要な存在の排除。またはか』


 ……遊び場?なんだ、遊び場って。明らかに不自然過ぎるだろ。


『ただ面白そうだから、という理由で奴と契約している輩も居るが……もし奴が再び目覚める時、その意思に一切関係なく、一斉に牙を剥いて世界を粛清しにかかるだろう。それこそが【】の【】の存在意義なのだから』


 なる、ほど。粛清の代行者、それは文字通り粛清を手助けする者を指すという事か。

 黒幕が居て、その黒幕が手引きする集団――――それが【代行者】。


『――――君達にはその来るべき時が来るまでに、少しでも代行者側の戦力を削いでもらう必要がある。今後、私の手足として代行者の討滅に奔走してもらおう』


 確かに話の筋は通っている。黒ローブの発言が本当ならば、この黒ローブは敵というよりかは味方に偏っているのかもしれない。だが、その思惑すらも考慮した嘘だとすれば、と考えたが。


『……粛清を防ぐことが出来なければ、滅ぼされるのはあの世界に生きる生物だ。何としてもそれだけは防がなければならない』


 黒ローブはそのまま後ろへと振り向き、手を伸ばしながら空を見上げる。


『私はそう約束したのだから。志を共にした、仲間と』


 黒ローブの呟きは、途方もない後悔が込められているように感じた。

 約束とは、と聞ける雰囲気ではなかった。それほどまでにその黒い背中からの寂寥感を感じ取り、喉を詰まらせてしまった。

 本気で、この黒ローブはあの世界の事を憂いている、そう思えたから。


「分かった。なら、俺達はまずどうすればいい?」


 この時、本当の意味で、黒ローブの下に就くことにした。

 口約束でない、確かな契約として。

 黒ローブは振り返り、俺の表情を見ると少しだけ驚いたような表情になり――――すぐに薄く笑みを浮かべた。


『君達の名はこれから個体ライジンアルファ、個体村人Aブラボーと命名する。既に個体Rosaliaチャーリーと個体鬼夜叉デルタには動いてもらっている。これから、よろしく頼む』


 あれぇ、そこは語呂的に俺がアルファじゃないのね、やっぱり単純な順位順かぁ……。

 村人Bブラボーに改名しようかしら……。なんだその常に賞賛されてるような名前。


 というかやっぱりRosalia氏と鬼夜叉氏は承諾してたんだな。まあ攻略最前線クランなんだから当然か。


 黒ローブは一つ咳払いをすると。



『さて。アルファ、ブラボー。早速だが最初の命令オーダーを与えよう』



 そのフードの内に秘める赤い眼を輝かせ、手をこちらに向けてかざす。

 


『次に目覚める粛清の代行者の名は龍族の祖にして頂点、【】。アルファ、ブラボーに与える最初の指令は【龍王】の撃退を行ってもらおうか』



 

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