#132 未知との遭遇


「よ、村人お待たせ」


 ライジンが軽い調子で手を上げて挨拶してくるので「おう」とこちらも手を上げて応じる。


 場所はサーデストの一角、商店街エリアの路地裏。


 ライジン曰く『あまり人の寄り付かないところだから』という事でこの場所へとやってきたのだが、道中周囲からの視線がかなり強くて逆に目立ってしまっていた。中にはストーカーらしきプレイヤーがいたのでわざわざ【野生の心得】を使う羽目になり、何とか撒くことに成功した。これなんてステルスゲー?

 まあ、こういう多人数が参加するMMOという分野において大会で優秀な成績を残すとこういった形でツケが回ってくるのはよくある事だ。Aimsでもそうだったしな。

 とはいえあまりストーキングされても今後のゲームプレイを考えても困る。俺だって四六時中監視されてる状態では素直にゲームを楽しめないしな。近々フルフェイスの防具を買おう、そうしよう。


 俺は手を下げると、ライジンの顔を見ながら。


「この話はリアルの方が良かったんじゃないか?」


「それでも良かったんだけどね。けれど、さっきも話しただろう?『招待状』を受け取ったプレイヤーは『鬼夜叉』と『Rosalia』のみだ。俺達の会話を聞いても理解出来る可能性の方が低い」


「それにしても良く聞きだせたな?」


「二人に直接聞いたからな。一応、何があったかは聞いてみたが『自分の目で見てこい』との事でな。あまり勿体ぶるのもあれだし、なるべく早く知りたかったんだよ」


「あー、なるほどな」


 てっきり俺はお得意の諜報部隊リスナー兼フレンドを使ったと思っていたが、まさか連絡手段を持ち合わせていたとは。伊達に数多のMMORPGに手を伸ばしているだけある。


 ライジンが件のアイテムである『招待状』を具現化して手に取ると、訝し気に眺め始める。


「……この招待状、一体誰が送ってきたんだろうな?」


 見た目はシンプルな白い封筒に、蝋で封が施されている洋風なデザインだ。ただ、おかしな点を挙げるとすればその封筒が所々にポリゴン状に変質している所か。

 大会の上位入賞者の報酬と考えたとしてもこれは明らかに異質過ぎる報酬だ。流石に報酬がこれだけでは無いにしろ、こんなものを受け取って怪しまない筈が無い。


 ――――そもそも、これは何の招待状だ?


 一応アイテムの詳細を確認するべくウインドウを操作してみるが……。


「うわ何だこれ、文字化けしてやがる」


 並んでいた文字列は明らかにゲームのバグか何かで取得できるようなアイテムによくある、奇天烈な文字列が並んでいた。とても正規の手段で取得出来るアイテムには思えない。


 固まったままの俺を見て、ライジンは一つため息を吐く。


「やっぱり村人もか」


「これ本当にちゃんとしたアイテムなのか?なんか所々がポリゴンになってるし……運営の配布ミスとか」


「一応俺も運営に問合せてみたんだが、まさかの。取り敢えずゲームに悪影響を及ぼすわけではないみたいだから使ってみるのが手っ取り早い」


 うーん、運営公認ならまあ大丈夫か……?

 これで使用したら不正アイテムの使用による垢BANとかされたらAimsに引きこもるぞ、しばらく。一応このゲームもそこそこ愛着が湧きつつあるからここまで育てたキャラをロストするのは辛い。


「あ、もしかしてこの招待状の送り主が運営だったりして」


「それは無いだろ」


 俺の言葉にライジンが苦笑する。

 でもそれ以外に考えられないんだけどなーと頬を掻いていると。


「運営だったら流石に説明あるだろうし、文字化けさせる理由が無い。そういう演出って事もあり得るかもしれないけど、流石にね」


「それもそうか」


 では、この招待状は本当にストーリーに関わってくるものなのだろうか?

 明らかに上位勢しか独占できないコンテンツというのも少し違和感があるんだが。


「まあ、考えるよりも実際に開けて見る方が早いさ。……準備は良いか?」


 ライジンの言葉に、首を縦に振って応じる。

 そして一つ深呼吸をして、よし、と気分を落ち着けた。

 手に持っている招待状の封を留めている蝋を剥がすと、封の中身が輝き出してたちまち周囲を包み込み始める。


「ッ、!?」


 光に包み込まれた身体が浮き始め、その性質そのものを還元してポリゴンへと変化させる感覚は転移の前兆そのもの。

 俗に言うテレポートが発動した事にライジンが狼狽えるが、何となくそんな事が起きそうだと思っていた俺は密かに笑みを作る。


「鬼が出るか蛇が出るか、実際にこの目で確かめてやる」



 ほんの少しの不信感と、それ以上の期待感を持って、その光へと呑み込まれていった。









 ――――僕の領域へようこそ、トラベラー。










 そこは、真っ暗な空間だった。




 音も無く、風も無く、ただ深淵の如き闇が広がるだけの空間。

 思わず身が震えてしまうような漆黒は、先ほどの期待にあふれていた心を真っ黒なインクで塗りたくっていくように心の内をざわつかせる。


「なんだ、ここは」


 口に出してみるが、ぞわぞわした感覚が身体から離れる気配が無い。

 視線を周囲に巡らせてみる。見渡す限りの漆黒。

 視線を上下させてみる。落ちているわけでもなく、浮いているわけでもない。

 ただただ足元が存在せず、そこにいるだけ、という表現が正しいのだろうか。

 普通の感覚では到底理解する事が出来ない違和感の塊が、どうしようもなく不安という感情に染められていた。


「……ライジン?どこ行った?」


 ふと、一緒に招待状を使用したライジンの姿が見当たらない事に気付く。

 ライジンだけ別のエリアに飛ばされたのだろうか?


 ――――まさか、本当にバグエリア?


 そう思ってしまう程にこの場所には何もない。

 いや、よく見てみると遥か彼方に塔が見える。楽園のような花園に、林檎が実っている街路樹。この暗闇の空間の中で、唯一明るい領域。

 不安になる心の内から出た反射で、思わずその明るい空間に手を伸ばした瞬間、は出てきた。



『よく来てくれた、トラベラー』



 と、その時霧のような暗闇が少しずつ晴れていき、足元が一面の星空で彩られる。

 思わず驚いてしまうが、先程と同様に特に落ちる事も無く、ただ背景が変化しただけのようだ。


 そして視線を前に向けると、暗闇の中にビキリ、と破砕音が響いて空間に亀裂が入り、その亀裂の中から黒いローブを身に纏った男が出てくる。


「お前は……」


『ここは君が居る世界とは別の次元。一応、あの女から貸し出してもらえる領域はここだけだったからな。ここは――――。ああ、ノイズが混じるな、あの女の影響か』

 

 突如として出現した黒ローブは、こちらから疑問を問いかけるよりも先に言葉を紡ぎ出す。

 この黒ローブは敵か、味方か。

 思わず弓に手を掛けようとするが、そこに頼れる相棒は無く、手は空を切った。

 黒い靄のようなもので覆われたフードの内側で、赤い目が揺らぐ。


『おっと、余程好戦的な個体なようだ。現世で目覚めて自我を持った個体の中でも2番目に強い個体なだけはあるな』


 黒ローブは言葉こそ焦っているように見えたものの、その実全く動揺していない。まるで、俺がこの場で攻撃しても即座に対処出来ると言わんばかりに落ち着き払っているのだ。

 俺がゆっくりと手を戻し、目の前の黒ローブの言葉を飲み込みながら、ジッと睨みつける。


「お前は、誰だ?」


『そう、事を焦るんじゃない。まずは君の連れを呼ぶとしようか』


 黒ローブが指を鳴らすと、突然隣にライジンが出現する。向こうからもそう見えたらしく、ライジンは目を見開いてこちらを見ていた。


「村人!?無事だったか!」


「何とかな」


 ライジンはそう言うとホッとしたような表情を浮かべる。どうやら向こうもこの謎の地に飛ばされて不安に思っていたのかもしれない。

 ステータスバーを見てみると、いつのまにかかなり強めな【恐慌】状態が付与されていた事に気付く。

 先ほどの過度な不安はこれが原因か。


 黒ローブは俺達が落ち着くのを確認してから。

 

『まずはこの場所に赴いてくれた事に感謝しよう。ここは、その。この地点はまだ末端であれど、この地に足を踏み入れた者は極少数だ』


 最果ての地?この単語、何処かで聞いたような気がする。それも、ごく最近。


 ――――あの、PV


 よく考えれば、あのPVに出てたやつじゃないか……?この黒ローブ。

 本当に、あの仮説が正しかったのか?


『私の事やこの領域の事など色々と聞きたい事はあるだろうが』


 黒ローブは一つ呼吸を置くと、その靄の内側でこちらの困惑を楽しむように、うっすらと笑みを浮かべて。


 

質問を許可しよう』


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