#130 標的撃破


「ふぅん、伊達に日本最強なわけじゃないってことね」


 snow_menは空中で爆ぜた弾丸を見て感嘆のため息を吐いた。

 そして無言の後再び引かれるトリガー。砲声を上げて放たれる弾丸は、再び空中で爆ぜた。その光景を見て少年は思わず口笛を鳴らす。


「お、スノーが褒めるなんて珍しい」


「……僕だって褒めることぐらいあるさ。それこそ、彼の事は僕も一目置いているからね」


 Ashleyの言葉にsnow_menは心底楽しそうに、笑みを浮かべる。エイムを定め続けながら、snow_menは口を動かす。

 

「跳弾限界……アップデートの度に回数は減っているけど、僕はまだその高みに届いたことは無い。単純に練習していないってのもあるけど……彼ほど高速で計算できるわけじゃないからね。……凄いな」


 金髪の少年は、興奮と高揚感の入り混じった瞳でスコープを覗き続ける。

 それはまるで、


「……あー、なるほど、それでスナイプしたわけか」


「いいじゃないか、僕だって個人的な感情ぐらいあるさ」


 snow_menの言葉に、Ashleyはその意味を察して納得したように頷く。


として、有名人に会いたいのは当然の感情だろう?」


 そう言うとsnow_menの口角が吊り上がる。目を爛々と輝かせながら、楽しそうに笑う彼に、Ashleyはほぅ、とため息を吐く。


「冷徹な処刑人とまで呼ばれたお前が人間の感情を持ち合わせていたとはな……」


「あっ、僕を何だと思ってるのさ!確かに私情を持ち合わせる事は少ないけどさ!」


 思わずスコープから目を離し、憤るsnow_men。すぐに顔を背けてスコープを再び覗き込む。


「僕よりも強いしれないスナイパーなんて、心惹かれるのにそれ以上の理由はいるかい?」


 世界最強のスナイパー。その名を手中に収めた少年にとって、自分に食らいつく実力を持ち合わせる存在というのは非常に興味深かったのだ。一度別の機会で対戦をしたことがあったが、その時に光る原石を感じ、こうして成長を続けている。もしかしたら……と胸に期待を膨らませる理由としては十分だった。


 再びはるか先から放たれる弾丸。その弾丸を見て、少年は眉をピクリと動かす。

 こちらに向かっているにしては少々狙いが外れている弾丸。双眼鏡で見ていたAshleyも、訝し気に眉をひそめた。


「ん?なんだ、集中力が切れたのか?」


「……そらきた、アッシュ」


「どうした?」


 snow_menの言葉に、Ashleyは首を傾げる。金髪の少年は冷え切った声音で言葉を続ける。


「右に半歩、


「ッ!?」


 snow_menの端的な言葉の後に、銃弾が壁を跳ね返りながら蹂躙する。Ashleyの立っていた位置は弾丸が暴れ狂いながら通過した。後一秒動くのが遅ければ彼の身体はタグとなって地面を転がっていただろう。

 冷や汗を流しながら飛び退いたAshleyは、顔を引きつらせながら。


「あっぶねぇ!?どういう精度してやがる!?」


「あは、彼の本領を発揮してきたね!……燃えるなぁ!傭兵クン!」





 思考を回し続ける。どうすればsnow_menを仕留められる?

 俺に出来るのは常人離れしたエイム力、演算力。ことこのゲームに関しては俺の長所を最大限に発揮できる。

 だが、それは彼も似たような物、どころか完全に俺の上位互換だ。

 卓越したエイムも、跳弾も、全て彼に憧れたからこそ学んだ技術であり、それを超える事は極めて難しいだろう。

 

「でもな、それが負けて良いって理由にはならねぇ」


 静かにそう呟いてリロード。エネルギー弾用のマガジンから液体が抽入され、ゼロ・ディタビライザーに淡い青い輝きが戻っていく。

 駆動音が響き、次の弾丸が装填される。静かに息を吐き出し、エイムを定める。


(スノーマン相手に跳弾で挑んでも、恐らく回避されるのがオチだ。今しがた放った弾丸は隣に居たアシュレイに向けて放った狙撃だったが、回避されたのはスノーマンの告げ口だろう。……くそ、もう警戒されちまってる、不意打ちの一発が頼りだったんだがな……)


 考え続けろ、俺がsnow_menを超える為に必要な要素を。


「……待てよ」


 ふと、とある事を思い至る。

 跳弾。それは俺のアイデンティティではあるが、オンリーワンではない。だが、その跳弾の中でもオンリーワンな要素は存在する。


 正確無比な、


 この要素においては、俺はあの世界級のスナイパーに匹敵、もしくは超えるほどの実力を持ち合わせている。

 もしかしたら彼も可能ではあるのかもしれない。だが、それを主にした射撃としたのは聞いたことは無いし、見たことも無い。


 ――――もし、これが俺に出来る逆転の要素であるとするのならば。


「思いついちまったのならやるしかねぇよな」


 ただその可能性が一パーセントに満たないとしても。

 コンマ以下の世界にすら何度だって挑戦し続けるのがゲーマーってもんだ。


 銃を動かしながら狙撃ポイントを探す。ソルトシティの構造物はそんなに多くないが、小物が多いため比較的跳弾ルート自体は確立しやすい。

 このマップの構造物は頭の中に全部叩き込んである。叩き込んだ理由は単なる魅せプの為だったのだがこんな所で役に立つとは。

 あとは如何に障害物を駆使して射撃をして、snow_menを仕留めるか。


 スコープで相手サイドの様子を覗きこんでいると、こちらに向かって走ってくる人影が視界に入り、口を開く。


「ポン、遊撃頼めるか」


「……?狙撃と関係が?」


 ポンは双眼鏡から目を放し、こちらへと顔を向ける。


「多分だが、Ashleyがこちらに向かってくる。その相手をお願いしたい」


「…ッ、了解!」


「頼りにしてるぞ」


 さて、あのキルスコアお化けがこちらに向かってくるまでに終わらせられるだろうか。いや、違うな。その前に終わらせてポンの援護に回る、それが理想だ。

 ポンが階段を駆け下りていくのを見届けると、狙いを澄ませ、トリガーを引き絞る。


「まずは一射目!」


 ゼロ・ディタビライザーから放たれる弾丸。凄まじい銃声を響かせ、エネルギー弾が放たれる。

 すかさずコッキングレバーを引き、次弾が装填された瞬間に再び射撃。

 すると、こちらに向かって飛んできていた弾丸は空中で爆ぜる。


「Reloading!」


 エネルギー弾のマガジンを抜き取り、即座に装填。コッキングレバーを引き、ブン、と駆動音が鳴った瞬間にトリガーを引く。

 再び弾丸は重低音を響かせてsnow_menの元へと飛来し、その勢いを増しながら突き進むのを見届けると。


「第一段階、完了!次の段階に移行する!」


 そう呟き、俺はゼロ・ディタビライザーを担ぐと、階段へと向かって走り始めた。

 




「ホーク」


「分かってるよ、2回目と16回目だろう?少ししゃがめばこの通り」


 エネルギー弾が荒れ狂いながら襲い掛かってくるが、snow_menとHawk moonは顔色一つ変えずにやり過ごす。

 先ほど我慢の限界を迎えたAshleyが飛び出していったが、それも想定内。

 このマップに放置されているバイクを使って彼らの元へと向かうだろう。


「さすがだね、僕と長年コンビを組んでるだけある」


「君とコンビを組んでいなくとも、この程度、分かるさ」


「へっそうですかい、絶対にその面、いつか歪ませてやるからねーっだ」


 snow_menはべーっとベロを突き出しながら生意気な態度を取るHawk moomを睨みつける。

 そんな彼の態度にも顔色一つ変えないHawk moon。やがて反応の無い彼を見て諦めを覚え、一つため息を吐いてからネクサスのマガジンをなぞる。


「あー、ネクサスの弾尽きそうだなぁ、無駄撃ちし過ぎたかも」


 ちら、と暗に「弾拾ってこい」とHawk moonに告げるが、どこ吹く風。

 そして銀髪の青年がふっと笑うと口を開く。


「それなら、もう勝負を決めるしかないな」


「はあ、絶対そう言うと思ってた。了解、タイムリミットも近いしね。本気で行かせてもらおうか」


 マガジンに残る弾丸は後二発。この弾丸を外してしまえば、傭兵Aを仕留める手段は無くなってしまう。そうなったら、そこから先は1on1を楽しめる状況では無くなってしまう。

 そして先ほどからの射撃を見てある一つの意図を読み取り、snow_menはほくそ笑む。


「確かにそれなら僕を倒せるかもね、でもさ、それを僕がしてない筈が無いだろう?」


 先ほどの射撃の影響で崩壊している床を見てから、snow_menはネクサスを強く握る。


「残念、は君の専売特許じゃないのさ」





 階段を駆け下りていく。

 息が切れ、心臓の鼓動がうるさいが足を止めるわけにはいかない。


(早く次の射撃をしねえと、俺の策略に気付かれちまう!)


 絶好の狙撃ポイントである屋上から駆け下りているのには理由がある。

 それは、あの場所では俺の今回の作戦を完遂出来ないからだ。


(さっきの二射は上手くいった、なら後はを撃ち抜けば……!!」


 と、その時爆発音が外で鳴り響く。ミニマップを確認すると、音のした方角にはポンが居た。


(もうかち合っちまったか!)


 Aims現キルスコアランキング、堂々の一位。

 HOG主力の一人、Ashley。まさに凸プレイヤーの申し子である彼を止める実力はポンは持ち合わせていない。だから、ある意味のように送り出してしまったが。


『頼りにしてるぞ』


 そう言って送り出してしまったからにはこちらも負けるわけにはいかない。彼女が稼いでくれる時間を有効に活用して、試合に勝てずとも奴には絶対勝って見せる!!


「よぅし到着ゥ!さて、覚悟しろ……!!」


 ようやく目的の階に到着。ダイブする形で窓際まで行き、背負い投げの如くゼロ・ディタビライザーを扱い、ガラスを割ってそのまま立てる。

 響くガラスの破砕音。これでAshleyにも位置は気付かれただろう。だが、その前に決着をつける!

 狙い澄ますは先ほどの射撃によって崩壊した床の穴……ではなく。


「仕上げだ、食らいやがれナンバーワン!!」


 トリガーを引いて銃口から弾丸が迸る。向こう側からの弾丸は飛んでこないようだ。

 そして俺の放った弾丸はそのまま目的の物を撃ち抜き、そのまま暴れ狂う。


 そしてマガジンに残る最後の弾をコッキングで装填し、最後の射撃を行った。





「とと、振動が凄いな」


 snow_menはパラパラと落ちてくる瓦礫を鬱陶しく感じながら、先ほど弾丸が放たれた方向へと銃口を向ける。

 階下で暴れまわっている銃弾の影響は階上に居る彼らの元まで影響を及ぼしていた。


「スノー」


「分かってるさ、彼の意図ぐらい」


 ちらりと見るのは先ほども見た、先ほどの二射で崩壊した床。

 それを見てへっと鼻で笑う。


「大方跳弾限界でさっきこじ開けた穴から狙撃してくるつもりだろう?知ってるさ、彼はそう言うのが得意だからね」


 だが、いつまで経っても弾丸が飛来してくる様子はない。まさかエイムがズレたか、と金髪の少年が起き上がった瞬間、ぐらりと地面が揺れる。


「――――どうやら、狙いは違うようだぞ」


 静かに目を閉じていたHawk moonが片目を開き、snow_menに告げる。

 その意味をすぐに理解し、snow_menは歯を食いしばる。


「この建物のを、撃ち抜いたって言うのか……!!」


 先ほどの二射はsnow_men達の居る階の支柱を撃ち抜いた、という物。

 そして最後の射撃は、自分の下の階の支柱を撃ち抜き、建物自体を倒壊させる目論見で放っていたのだ。

 彼のオンリーワン技術、跳弾限界射撃で、


 そして地面に亀裂が入り、そのままボゴンッ!!と地面が崩壊するとそのまま崩れ落ちていく。

 浮遊する身体。青色の瞳は、遥か彼方より飛来する弾丸を見据えると、薄い笑みを作る。


「傭兵A。君の思惑にまんまと踊らされたわけか。……ふぅん」


 空中に浮いたまま彼は目を細め、目の前から迫る弾丸に目を向ける。


「これでも僕は負けず嫌いでね、少しでも思考の先を行かれたことが気に食わなくて仕方ないのさ」


 スコープに目を当てず、肉眼のまま少年は銃を構える。


発射fire


 ネクサスから放たれる弾丸。それを見た後、ネクサスを放り投げて弾丸に当て、軌道を僅かにずらす。僅かに軌道が逸れた弾丸は容赦なくsnow_menの右腕を吹き飛ばした。

 ずくりと疼く鈍い痺れ。久方ぶりのスナイパー同士の対決による被弾の味をゆっくりと味わいながら彼はそのまま瓦礫と共に落下していった。





か」


 最後の射撃を終え、スコープ越しに結果を眺める。

 目論見は成功、だが、最後の射撃で彼を仕留めきる事は出来なかった。

 ――――世界最強に、手痛い傷を負わせることは成功したが。


 そのままスコープから目を離し、敗北の余韻に浸る。


「はー世界は広いな、本当に……」


 眼下で繰り広げられていた銃撃戦は既に終わっている。そして、ポンが爆破したAshleyが乗っていたであろうバイクの残骸に何かが飛来してくるのを見ると、その意図を察して静かに笑う。


「負けっぱなしは癪だ。今度はこっちからスナイプしてやるから覚悟しておけ、世界最強!」


 そう言い残すとそのままsnow_menの放った弾丸がバイクを起点として、一直線に飛来して、俺の身体は粉々に砕け散った。





標的撃破エネミーダウン


 既に瓦礫と化した建造物の跡地で。

 キルログの表示を見て金髪の少年はそう告げる。

 そして、ゆっくりと上半身を起こし、銀髪の青年の方へと振り返ると、にやりと笑みを浮かべた。


「……ね、彼、どう思う?」


「……やはりそれが狙いか。薄々勘付いては居たが、をするならすると一言言え」


「すいませーん。でも、相当素質あると思うんだよ。……どうかな?」


「まだ甘さが目立つ、本来試合に影響しないスノーとの対決に終盤戦に備えるべき貴重な時間を割いたという所が大減点」


「あっちゃー、やっぱ厳しいねえ」


 銀髪の青年は厳しい言葉を吐くと、金髪の少年はあららと苦笑いする。


「だけど、見込みはある。機会があれば、是非この手で手合わせしたいね」


 だが、興味をそそられたのか、銀髪の青年はわずかに頬を緩める。

 普段あまり他人に対して興味が湧かない彼の珍しい発言に思わず目を見開くsnow_men。


「お?もしかしてその気はある感じ?」


「もしそうなった場合は君はリストラだけどな、スノー」


「そんなぁ!?待ってくれよぅホーク!見捨てないでおくれ!」


「大の大人がそんな情けない声を出すんじゃない。全く、冗談だ。……時間だ、終わらせるぞ」


「ほいほいキャプテーン!」



 よっと、と飛び起きて既に歩き始めている銀髪の青年の後ろを鼻歌交じりに付いて行く。

 彼の射撃の影響で粉々になった建築物を横目で見ながら、彼はふふっと笑うと。



僕の勝ちだよ、傭兵クン。だけど今回は完全に小手調べだから――――」



 最後に意味深な呟きを残して、金髪の少年と銀髪の青年は試合を終わらせるべく歩き出した。





「――――次は公式戦で、ね?」

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