#122 君に届け


「まさか決勝戦っていう大舞台で泥臭い肉弾戦とはねぇ……」


「でも、厨二さんならこういう展開好きそうですけど?」


「うん♪勿論だとも、大好物サ!」


 心底楽しそうに笑う銀翼を見て、ポンは思わず苦笑する。


 1st TRV WAR 決勝戦。互いの切り札を惜しげなく投入していく大激戦。

 プレイヤーとして、人間はここまで出来るという光景をまざまざと見せつけられ、観客達の心模様は様々だった。

 その他の追随を許さぬほどの実力に羨望、嫉妬、感銘。

 そして、何よりもこの瞬間に立ち合えている事に喜んでいた。


 ――――絶対王者、ライジンが堕ちるかもしれない。


 それも、FPSを知らない人間からしたら無名の一般プレイヤーの手によって。

 遥か頂に鎮座する玉座から引きずり降ろそうとしているのは、自分と同じ土俵の人間なのだと。

 その認識に違いこそあれど、その事実は観客を大いに沸き立たせていた。


 それは、彼の事を良く知る彼女達でさえ同様であった。


「本当に、凄い。ライジン君もそうだけど、村人君も、本当に」


 まるで宝石箱を眺める無垢な少女のように、ポンは目を輝かせていた。

 憧れの存在は、今この瞬間にも成長を続けている。

 その事実が、彼女の心を掴んで離さなかった。


 隣に座る銀翼ですら、自分の試合で無いというのに満足気に試合を眺める。


「正直ボクは村人君がライジンを超えるのは無理だと思ってた。それはライジンの居る次元が、まだ村人Aでは届かない次元であるからサ。でも、彼はそれでも喰らいついた」


 銀翼はそう言うと、指先を合わせて。


「偶然のハプニング頼りじゃない、彼自身の実力によって、ね」


 その目に映るのは、全力でゲームを楽しんでいる二人の姿。

 拳と拳を合わせ、一撃に思いを込めて、力強く殴り合っている彼らは、ひたすらに笑顔で。

 眩しい物を見るように銀翼は目を細めると、穏やかな声で続ける。


「……羨ましいとすら思えるよ。ああやって対等に殴り合える友は、ボクには居なかったからね」


 少し寂しさを交えた声に、ポンは同意するように頷く。

 ああやってお互いの事を分かり合っている友は、自分には居なかったから。

 羨望の目線を向けると、彼女はにこやかに微笑んだ。


「ふふ、二人とも本当に楽しそう!」



 優しく微笑む少女のその隣を。



「――――間に合った」



 紫色の髪を揺らす、一人の少女が駆け抜けていった。




 

「「おらァ!!」」


 互いの拳が、互いの顔面を捉える。

 鈍い音を響かせながら、赤いポリゴンをまき散らし、ぐらりと大きく揺らぐ身体。

 だが、力強く開かれた眼だけは相手の事を射抜いたまま離さない。


「おうおうおう、どうしたライジン、もうへばっちまったか!?もう地面でぐっすり朝までおねんねコース堪能しちゃうか!?」


「馬鹿野郎、まだまだ序の口だっての!!」


 減らず口は減るどころか増えるばかり。

 日は沈み、静かに月が登りゆく中で行われる拳と拳の応酬は、勢いを緩める事は無い。


「うぐ……お……!」


 正直なところ、口では強がってこそ居たが、村人Aに余裕は無かった。

 いくら【狩人(弓使い)】に割り当てられるSTRが高いとは言え、ライジンは近接職。

 STRはライジンの方が上なのだ。些細な数字の違いが、この殴り合いに差を産んでいた。


「ぐぅ……!」


 だが、それはライジンとて同じ。

 回復行為による試合の遅延。本選が始まる前に、禁止事項として挙げられたその制約が、彼の心に焦燥を産んでいた。

 試合時間は、そろそろ一時間を経過しようとしている。

 灼天の発動条件である太陽が沈んでから二十分。

 ひたすらに拳の応酬を重ねて、HPが少なくなったら拳を止めてHPの回復に努める、その繰り返し。


 いくら決勝とはいえ、そろそろ大会の運営も痺れを切らす頃だろう。

 一度後ろへと飛び村人Aの拳を避けると、一つのポーションを取り出した。


「……村人。そろそろ終いにしよう。こいつが正真正銘、最後の回復手段ラスト・ポーションだ」


 そう言ってライジンがHPポーションを放り投げると、それを村人Aが受け取る。

 村人Aはライジンが言わんとするその意図を組み取り、にやりと不敵に笑った。


「……了解。負けても文句言うんじゃねえぞ」


「こっちの台詞だ!」


 そのまま、HPポーションを同時に呷る。

 減っていたHPが全回復するのを見てから、ポーションを放り投げる。

 そしてポーションが地面へと落ちて割れた瞬間、二人は力強く地面を蹴り飛ばした。


「【加速アクセラレイト】!!」


「【集中コンセントレーション】!!」

 

 駆け出した二人は同時にスキルを発動。

 ライジンはその肉体的な限界を超えて加速し、村人Aは目から赤い線を迸らせる。


「「おらァ!!」」


 ライジンの強烈な蹴りを、村人Aは腕で防ぐ。

 そしてそのまま空中でライジンは体勢を変えると、再びもう片方の足で蹴りを繰り出す。

 それを村人Aはしゃがんで回避すると、片腕で足を掴み取った。


「ッ!」


「いらっしゃいませぇ!!!」


 振り払おうとするライジンをそのまま力ずくで地面に叩き付ける。


「ガハッ!?」


「もういっちょお!!」


 地面を跳ねたライジンを村人Aの蹴りが強襲するが、ライジンは両手を突いて後ろへと加速しながらサマーソルトキックを村人Aの顎に叩き込んだ。


「ぐぁッ!?」


 そのままバク転しながら距離を取るライジン。

 顎をかちあげられたままの、仰け反った体勢の村人Aはゆっくりと体勢を戻すと、赤いポリゴンを振りまきながら笑った。


「今の攻撃は痛えが……ポンの爆速蹴り程じゃねえ」


 そう言うと再び駆け出す村人A。ぴくりと眉根を動かすライジンは、迎撃態勢を取る。


「うおおおおおおッ!!」


 村人Aは跳躍すると、飛び膝蹴りを敢行。

 ライジンはそれをいなして躱すと、カウンターの肘鉄を村人Aの脇腹へと叩き込む。

 

「ゴフッ!?」


「脇が甘えぞ、村人!」


「……ゲホ、やるな、だが!」


 続く拳を村人Aはギリギリで回避し、地面を滑る。

 すると、村人Aは間髪入れず再び跳躍。鋭い回し蹴りをライジンの頭部に叩き込む。


「ガッ――!?」


「Aims流!!ガバエイムばかりで萎えたときの必勝戦法!!」


 会心の打撃を叩き込まれたライジンの身体を踏み抜き、村人Aは更に高度を上げると。


形に囚われない困ったら取り敢えず格闘術近接に頼っとけ!!!」


 ズドンッ!!


 全身全霊を込めた踵落としを、ライジンへと叩き込んだ。


 目の焦点が揺らぎ、ライジンの身体が村人Aの打撃に耐え切れずに地面へと沈む。

 村人Aは息を吐きながら地面へと降り、ライジンを見下ろすと。


「俺の、勝ちだ」


 そのまま、村人Aは蓄積してきたダメージで後ろ向きに倒れ込んだ。




「「く……ふふふ……ははははは!!」」


 満天の星空の下、文字通り全身全霊を込めて戦い抜き、倒れ込んだ二人は静かに笑う。

 村人Aは、口元に笑みを携えたまま、ライジンに問いかける。


「どうだ?少しは昔みたいに楽しめたかよ?」


「ああ、楽しかった……本当に。……本当に久しぶりだよ、こんなにゲームが楽しいと感じたのは」


 普段の大人びた仮面を脱ぎ去り年相応の笑みを浮かべるライジンに、そうか、と短く返す村人A。

 

「ゲホッ、なあ、ライジン。……まだ動けるか?」


「はは、あんだけ強烈な蹴りを脳天にお見舞いされたんだ、無理に決まってんだろ。……お前は?」


「かろうじてなら、まだ動けるぞ。お前にトドメを刺すぐらいの余力はあるさ」


「そうか……」


 村人Aはボロボロになりながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 その姿を見たライジンはゆっくりと目を閉じ、満足気に吐息を漏らした。



(ああ、村人。お前になら――――)



 負けてもいいかもしれない。

 全力で戦い、ゲームを楽しみ、それでも越えられなかった男。

 そんな彼に尊敬の念を抱き、最後の瞬間を――――。



『どうした、君の実力はそんなものか!!』



 ――――迎えようとした、そんな彼の心を強く穿つ声が轟いた。



 視線を声の聞こえてきた方向へと向けると、あり得ない人物がそこに居た。

 FPS以外のゲームにあまり興味を示さず、誘っても頑なに拒んでいた彼女が。

 ライジンだけでなく、村人Aまでも思わず目を見開き、口をあんぐりと開ける。



「――――!?」



 紫電戦士隊パープルウォーリアーの副リーダーであるシオンが。

 ライジンにとっての思い人が、決死の表情でそこに立っていた。





 ああ、思わず叫んでしまった。


 紫髪の少女――――シオンは声を上げてからすぐに後悔した。

 声を上げた事によって自身に向けられる周囲の好奇の視線に、顔が赤くなっているのを感じる。


 誰がどう見ても、今自分がしている事は試合への妨害行為。激戦を繰り広げていた両者の顔に泥を塗るような行為をしてしまった事に、シオンの胸中に罪悪感が渦巻き始める。


(……ごめん、傭兵、ライジン。……真剣勝負に、水を差すような真似をして)


 しかし口に出てしまった以上、もう引き返しようがない。感情を押し殺しながら、驚いたような表情を浮かべているライジンへと視線を向ける。


(……でも、どうしても許せなかった)


 シオンはライジンという人間の生き様に、憧れを抱き続けてきた。


 常勝無敗、天下無双。


 どんな困難な状況でも、どんな強敵が現れようと、最後は必ず困難を乗り越え、勝ってきた。

 そんな彼の姿に、シオンは勇気付けられてきた。


(……なんで、そんな顔をしている……!)


 だからこそ、叫んでしまった。

 という事実を、認めたくなかったから。


(……なんで、……!)


 憧れを、憧れのまま見届けたい。

 これはシオンにとってのただのエゴでしかない。

 だけど、見てしまった。見えてしまった。


 一瞬だけ浮かべた、彼のが。


(……そんな悔しそうな顔をするぐらいなら、!)


 だから、彼女は叫ぶ。


 自分の心に嘘を付こうとしている思い人ライジンの代わりに。

 

 観客席の手すりをあらん限りの力で握り締め、彼女は思いの丈を迸らせる。



 ――――立ち上がれ、と。





『私が見た君の姿は、いつだって最後まで勝利に向かって貪欲に食らいついていた!!!』



 離れていても、鮮明に聞こえる、その顔が見える。

 普段冷静さを欠かさない彼女が、見た事も無い程取り乱しているという事実が。

 瞳を潤わせ、心の底から叫ぶ声が、身に染みるように聞こえていた。



『地べたを這って、もう動けないからと勝負を諦める!?ふざけるな!!!』



 遥か頭上、観客席を投影するモニターが、思いの丈を迸る彼女を注目フォーカスする。

 いつか遠い他の世界で見た特徴的な紫色の髪を振り乱しながら、彼女は言葉を続ける。



『まだその手に僅かでも拳を握る力があるのなら!!!』



 その激烈な声援に、力が入らなかったはずのライジンの手に力が込められる。

 地面を抉るように掴み、目の前に立つ満身創痍の村人Aを睨みつける。



『まだその目に最後まで食らいつく闘志が宿るのなら!!!』



 完全に戦意喪失していた瞳に、再び烈火の如き闘志が宿る。

 目の前の存在を打ち倒せと、彼女が望んでいるから。自分自身がそうあれと望んでいるから。



『立って!!!私に証明して見せてくれ!!!』



 腕に力を込め、震える身体を叩き起こす。

 力強く大地を踏みしめ、立ち上がる。



『俺がナンバーワンなんだと言う所を、見せてくれ!!』



 シオンは一つ呼吸を置くと、喉が潰れても構わないとばかりに、高らかにその名を叫んだ。



!!!』



 それは、観客席から轟く、一人の少女が尊敬する人物へ送る声援エール


 熱烈なまでの声援を聞いた男は目が爛々と輝きだす。


「――――ああ、そうだよ」


 バチィ、と何処からともなく音がする。

 既に限界を超えて死を待つだけだった身体が操り人形マリオネットのようにぎこちない動きをし始める。


「――――俺は、皆の憧れでなければならない」


 その身体に、電気が帯電していくのを感じながら、ライジンは力強く地面を踏みしめる。



「――――俺は、



 かつて夢見た勝利の象徴ヒーロー

 そんな存在に憧れたライジンは、その思いを、信念を貫いて立ち上がった。


 勝つ為に。自分を認めてくれる人々に、その姿を見せつける為に。


『――に十分な膨大なマナ粒子を観測。ただいまより――――を開始します』

 

 そんな時、満身創痍のこの状況を打開するべく、一つのが舞い降りる。

 そしてその祝福を告げるべく、ライジンの相棒であるシャドウが姿を現す。


主人マスター


「いや、言わなくても分かってる。行くぞ、シャドウ。お前の助力、確かに受け取った」


 ライジンはそう言うと、一つ深呼吸をしてから


「――――《月のもとに轟くは天の咆哮こえ。紫電が空を駆け抜ける》」


 それは、突如として起こった奇跡の産物。

 絶対に勝利して見せるという思いと、この状況を打開するための明確なイメージと、数多の要素が重なって起きた変化。


「《天より出でし雷帝よ、ソラを灼け》」


 【灼天】というスキルを作成した際、ライジンはスキルにある指向性を持たせた。

 一つのスキルが幾重にも派生していく、という新しい試みに挑戦したのだ。

 多数に枝分かれした力の、その中心に位置する【灼天】という根幹から新たに発生した、一筋の派生。

 その派生は、ライジンの強い願いによって、その性質を劇的に変化させた。

 


「【灼天・】ッッッ!!!!」



 雷鳴が轟くと、一筋の雷がライジンの身体を呑み込んだ。

 地面へと直撃した雷撃の余波で起こった突風に、村人Aは腕を構えて耐える。

 凄まじい閃光と衝撃に、細目を開けてその姿を目視した村人Aは、口元を引きつらせた。


 まるで雷の化身。全身が青白く発光し、身に余る程の電気を周囲に振りまき続ける彼は、新たに手にした力の名を宣言する。



「【夜天やてん雷神ライジン】ッッッ!!」



 ――――


 いまだ明確な進化方法が明らかになっていないそれを、ライジンはこの戦いの場で引き起こしたのだ。



「漫画の主人公ヒーローかよ……!!」


 村人Aは、苦笑しながらもその姿に魂を震わせた。

 どう見ても満身創痍の状態からの覚醒。長くは持たないであろうその状態で、彼は自分という障害を乗り越えるために、新たな力を手にしたことに。

 だが、その心の内は、ワクワクしていて仕方が無かった。


 まだ戦える、まだ競い合える。


 窮地を乗り越えるために更に強くなったライバルを前に昂らないはずが無い。


「強くなれるのはお前だけじゃねえ」


 ライジンはそう言うと、地面に転がっていた剣を拾い上げ、切っ先を村人Aへと向ける。


「俺だって、どこまでも成長する。お前が追いつけない程のスピードで駆け抜けてやる」


「最高だ、ライジン!それでこそ乗り越えがいがある!!!」


 村人Aは【水龍奏弓ディアライズ】を取り出すと、力強く握り締め、最後の力を振り絞る。



「「行くぞ!!!」」



 1st TRV WAR本選決勝。本当の最後の決戦ラストバトルが、幕を開けた。

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