#121 お前は誰だ


 その時、俺は確信した。


(ようやくか。遅すぎるぜ渚)


 こちらに向かって浮かべた純粋無垢な笑みを見て、思わず口元が緩む。


(ここまで長かった、だ)


 厨二戦で見せた、あの圧倒的なまでの集中状態もとい、ゲームを楽しんでいる姿。

 そのポテンシャルは、比類なき実力者である厨二と同等以上の立ち回りを見せていた。

 本選二回戦、村人VS厨二の試合を見ていた時に、あの村人の姿を見たときから鳥肌が止まらなかった。


 もしかしたら、と一瞬でも感じさせられた事に。

 あの場に立てているのが自分で無い事に、悔しさで拳を握りつぶしそうになってしまった。


(この瞬間をずっと待ち望んでいた)


 俺とて、FPSというジャンルにおいて優秀な成績を残しているわけではない。

 一応Aimsでは変人分隊として日本最強に君臨してはいるものの、それはチームメンバーのおかげであって、個人の戦果ではない。

 ある意味傭兵A――――日向渚との付き合いがあったからこそ得た成績であり、唯一無二の実力者足らんと活動を続けていた俺にとって、他人の力で成績を勝ち取るというのは今まで積み上げてきた人生から生じたプライドが許さなかった。


(ここで、渚を超える事は俺にとっての転換点だ)

 

 ただ自分の独壇場で渚を圧倒したところで、それは超えた事にはならない。

 ならば、対等で戦える条件なら――?

 だが、FPSというジャンルで一つのゲームを極めた男とMMORPGというジャンルを遊びつくした男が対等に戦える条件とは、一体?


 そう悩んでいたある日、このゲームの存在を知った。


 自分が思い描くスキルを生成して、自由なプレイスタイルで戦うことが出来るという名目のゲーム。

 このゲームなら、今まで自分が積み上げてきた経験を使って対等に戦うことが出来る――そう確信して。


 それからの行動は早かった。

 MMORPGというジャンルにさして興味を示さない渚を、どうやって誘うか。

 聞くところによると、このゲームはAimsと同じゲーム会社が開発しているゲームらしい。

 開発元が同じならば誘う理由にもなる、と考えはしたが、交渉材料としては少々乏しい。

 ならば、貸しを作るのが手っ取り早い。


『Aimsの日本大会、どうせ人が足らないんだろ?今年も俺が手伝うよ』


 そう言った時、渚は目を輝かせて二つ返事で承諾してくれた。

 俺はその時罪悪感が胸中に渦巻いたが、自身の浅ましい計画の為に感情を殺した。


 まあ、まさか優勝後の賞品選択時に、渚がSBOの景品に食らいついたのは想定外だったが。

 ここぞとばかりに力説してしまったが、結果としてはそれが良い方に行ってくれた。


 しかも、俺が思った以上に渚はこのゲームにハマってくれたおかげで、その後の流れも滞りなく進んだ。


 大会参加条件であるサーデスト到達も悠々と乗り越え。

 プレイ時間の差で生じたレベルの差も、予選の思いがけないハプニングを経てどうやら俺と同じレベル近くまで上げる事が出来たようで。

 対等に戦うのに十分すぎるぐらいの戦力を整えて。


 俺も、PVPの大会に備えて入念に準備をしてきたつもりだ。

 【灼天】というスキルの修練、純粋な装備の強化、対村人戦の戦略。

 ただ一度の勝利の為に、これまでゲームをプレイしてきた中でも一番執念深く取り組んできた。


 俺はそれほどまでに日向渚という人間を買っている。

 個人的な付き合いでも非常に居心地が良く、良い親友だと認識している。

 だからこそ、超えたい。超えて、自分という存在を証明したい。

 ライジンという存在は、日向渚という存在を超える事で、また一つ頂きへと近付くだろうから。



「どこ見てんだよ」



 ハッと思考状態から回復すると、右腕の違和感を感じた。

 目を後方へと向けると、自身の腕が宙を舞っているのが映り込む。


「勝利を確信しての慢心か?らしくねえな、ライジン。もっと楽しもうぜ」


 村人はそう言うと、再び年相応の屈託のない笑顔を浮かべる。

 その笑顔に、形容しがたいうすら寒いものを感じた。


(これは虎の尾を踏んだ、か?)


 全く攻撃の気配を感じなかった。確かに笑みを浮かべて突撃してきたのは視界に入ったのだが、これまでの強烈な敵意を感じず、対処に遅れてしまった。

 ようやく足の修復が終わったと思えば、すぐに片腕を欠損してしまった。

 自分の慢心ぶりに腹を立たせ、修復された足の感触を確かめながら後方へとバックステップする。

 

 村人は地面を踏みしめると、跳躍して両手に持った短剣で切り掛かってくる。

 冷静に残った片腕で弾き飛ばそうと剣を振るが、片腕だけでは流石に弾き返す事は出来ず、そのまま拮抗する。


「ぐっ!?」


 村人の全体重を乗せた一撃にズン、と足が地面に沈み込む。


 マズイ、このままだと押し切られる――――!


「【氷結刃・乱舞】!!」


 すぐさまウェポンスキルを発動。先ほど吹き飛んだ手が握る剣と今拮抗している剣を起点に、氷が咲き乱れる。

 対する村人はスキルを発動した瞬間に勘付いたのか、武器から手を離し、短剣が自由落下を開始した。


「もらった――――!」


 武器を手放した村人に剣を大きく振りかぶり、攻撃を加えようとした瞬間。


「おっと、足元がお留守だぜ」


 世界がぐらりと大きく揺れ動いた。

 自身の身体を回転させての高速の足払いに対処出来ずに身体が宙に浮く。


「――――ッ」


 すぐさま後方の木へとフックショットを飛ばして、続く攻撃をすんでの所で回避する。


「ちっ、流石に避けるか」


 口調では悔しそうな物の、連撃が上手くいったのを喜ぶような表情を浮かべる村人。

 そして宙を舞っていた短剣を手に取ると、すぐさまこちらに向かって放り投げる。


(投げてきた!?)


 近接戦闘を挑む上で、確実にあの短剣が無ければ俺と打ち合うだけのポテンシャルを秘めている武器は持っていないだろう。

 何故――――と考える暇も無く、すぐさま村人はウインドウを操作すると、大量の【ゴブリンの手斧】が一気に取り出される。


「やっぱ脳死弾幕こそ正義だよな」


 村人がそう言うと、取り出された大量のゴブリンの手斧を回転させながら放り投げる。

 斧なのに木に突き刺さらないという不可思議な挙動を起こしながら、木々を反射してくる手斧。


(適当に見えて、なんて精度してやがる!)


 【ゴブリンの手斧】は【跳弾】スキルの効果で跳弾回数を巧みに変えながら飛来してくる。

 同じ方向から連続して、三方向から同時に、など処理に困るやり方を選びながら。


(くそ、処理が間に合わない!)


 ちらっと後方に転がる片腕を見る。

 本来あの腕があれば悠々と対処が出来たであろう攻撃も、受け流し切れずに傷が増えていく。


(こうなったら速攻を仕掛けて――――!)


 ダン!と足を踏みしめると【加速アクセラレイト】を発動。勢いよく加速しながら急速に村人へと迫り来る。


「《天を灼け》!」


 口ずさむはこの試合最後になるであろう切り札の詠唱。身体が熱を帯び、煙を吹き出し始める。


「【灼天】!!」


 ゴウ、と火の塊を身体からまき散らしながら、勢いのまま村人を呑み込もうと襲い掛かる。


 村人はこちらを真っすぐ見つめ、大きく腕を振りかぶると。



鉄・拳・制・裁この手に限る!!!」



 強烈に、頬を殴打する感覚が伝わってきた。


 勢いが乗っていた分、ただの殴打ですらそれなりの火力が出て。

 気持ちが良いほど俺の身体は軽々吹き飛び、そのまま木に叩き付けられて地面にへたり込む。


「ふぅー!やっぱこのギリギリの瀬戸際を楽しむスリリングこそ至高!あれ、調子に乗ってぶん殴ってみたけど、腕使いもんになんねえや」


 一歩間違えばその時点で決着が付いていたかもしれないと言うのに、先が焼け落ちた腕をプランプランさせながらにこやかに笑う村人。

 

「どうした?ライジン。そんな豆鉄砲食らった鳩みてえな顔して。たまにはこんな脳死プレイも刺さるってもんよ」


 木に叩き付けられ、激しくせき込む俺は顔を酷く歪めていた。


 知らない、こんな村人は、知らない――――。


「お前は、誰だ」


 思わずそんな言葉を口に出してしまう程、俺は困惑していた。

 常に計算高く、必要最小限のリスクに抑える手段を選び取り、最適解を出し続ける男。

 それが俺の村人への評価であり、そんな彼を尊敬し、ライバルと認めていた。

 だが、今俺の目の前に立っている男は自身に迫るリスクなど度外視でただ脳死で攻撃を加えてきた。

 どう考えても背負う必要の無いリスクを選択し、あり得ない行動を取っている。

 単に逃げ切れなかったからではないだろう。この男は、あの手この手でのらりくらりとかわす男だから。


「当たり所が悪かったか? 俺は正真正銘、君のベストフレンドの村人Aさ」


「――――勝つ事を、諦めたのか?」


 冷めた目で村人を見つめる。

 返答次第では、そのまま試合を終わらせてやるという思いで口に出すと、彼は首を振り。


「いいや? 勿論勝ちたいに決まってるじゃねえか」


「だったら――――」


「少しお前も肩の力抜けよ、そうしなきゃ見えない景色があるぜ」


 気楽に笑う村人に、いらつきを覚える。

 俺が、この場での戦いをどんな気持ちで臨んでいるかも奴は知らずに――――!


「そう、その顔。お前、?」


 そう言われて、顔に手を触れる。

 きっと、村人を強く睨みつけていたのだろう。歪んだ顔に気付いて慌てて配信者フェイスいつもの顔に変える。

 そんな俺の取り繕いを見て、村人は深くため息を吐いた。


「ただ淡々と感情を殺して俺を倒した所で、きっとお前は満足しない。……虚しいだけだ」


 そう言ってこちらに向かって指を指す村人。


「感情殺した作業ゲーで得た勝利に字面的な功績はあっても意味は無いからな。ソースは俺」


「作業ゲーなんかじゃねえ、こっちは真剣に……!」


「その真剣にやった結果が、ゲームを楽しんでいなくても、か?」


 村人の言葉に、思わず言葉を詰まらせる。

 ゲームを楽しんでいない?いや、そんな事はない筈だ。俺はこの時の為に入念に準備を重ねてきたのだ。

 村人を倒すというただこの時を待ち望んで居たから――――。


 いや、ライジンという存在の昇華?

 村人を倒す事は、自分が思う頂きへと至る為の通過点?


――――いつから、俺は


「俺はさ、ライジンの強みは楽しそうにプレイしている姿にあると思う」


 ぽつりと村人は呟き、こちらへと歩きながら言葉を続ける。


「色んなゲームをプレイして、それを楽しそうに配信する姿は俺の憧れだった。Aimsの暗黒時代、勝つ事に固執し過ぎてゲームを楽しんでいなかった俺にとって、その姿が眩しかった」


 村人はそう言うと、自分の身体に部位欠損回復ポーションを振りかける。

 そして俺の目の前で立ち止まると、俺の頭にその余りを振りかけてきた。

 先ほど村人が斬り飛ばした腕の修復が始まったのを感じながら、彼へと視線を向ける。


「知ってるか、ライジン?俺、お前と知り合う前にお前の配信でコメントしたことあったんだぜ」


 村人の独白に、目をしばたたかせる。


「『昔のように素直にゲームを楽しめないのですが、どうすれば良いですか?』。今ほどじゃねえが爆速で流れるコメント欄で、たまたま俺のコメントを拾ったお前の言葉は今でも覚えてるんだぜ」


 知っている。俺が有名になってきた頃、雑談配信の時に返答したコメントだ。確かあの時――――。


「『自分がゲームを始めた頃に、何を楽しいと思ったのか。それを思い出せば自ずと答えは出ると思うよ』。まるで投げやりだったけど、お前のその返しは当時の俺によーく響いたもんさ」


 自分も、素直にゲームを楽しめない時期があった。それは色々ゲームをやり込んだ上での結論であり、毎度毎度似たような作業を繰り返していたからこその飽きであった。

 だが、そんなときはいつも初めてゲームをプレイした時の感動を思い出していた。自分が現実として生きる世界とはまた違った色づいた世界に目を輝かせ、日々新しい発見に心を躍らせる。

 そんな何気ない事が、今日までゲームをプレイさせてきた自分の経験から出た言葉。


「俺が思い出したのは、今の実力じゃかなわない相手にどうやって戦うか、それを試行錯誤する事だった。実力を身に付けた後じゃそんな強敵に出会う事はあんまりなかったけど、そうやって色々工夫をして楽しむ心を思い出す事が出来た」


 結果的に、その言葉で行きついた先こそ違えど、彼と言う一人の人間を救っていた。

 村人はそう言うと、満面の笑みを浮かべる。


「お前は俺の恩人なんだぜ、ライジン。……サンキューな」


「……村人」


「さーて、恥ずかしい公開告白も終わり! いつまでそこでぼんやりしてるつもりだ?」


 恥ずかしさを隠すように彼は頬をかいてから。


「立てよライジン。……そういやお前と口論にはなっても拳同士での殴り合いなんてしたこと無かったな。……たまには変なプライドなんて捨てて、馬鹿やってみるのも一興だと思うぜ?」


 村人は手を差し出して俺に立ち上がるように促してきた。


「折角の機会だ、拳で語り合おうぜ。親友」


「――――ああ!」


 迷いなくその手を取り、勢いよく立ち上がる。


 そして俺はあろうことか剣を放り投げ、素手になった。

 本来であれば絶対に選択しえない愚行、だが、俺はライジンで居る事よりも桐峰雷人として、日向渚の提案に乗る事を優先した。

 きっと、



 その先に言葉は無く。



――――太陽が最後に強く地上を紅く染めた瞬間、拳と拳がぶつかり合った。



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