#123 one-minute overflow
(ライジンも無理矢理あのスキルを発動させただろうから、HPが少ない今、あの状態が持つのも後一分ってところか)
満身創痍の状態からの覚醒。
まるで漫画かアニメの主人公のように復活を遂げたライジンを見ながら思考を巡らせる。
(さっきは身体が動かないと言っていたから、あの電気で無理矢理筋肉を弄らせて動いているんだろう、どこか動きがぎこちないしな)
立ち上がった時の、まるで
HPポーションを使えば身体を動かせるようになるだろうが、これ以上使用しないという契約がある以上、ライジンはHPポーションを使う事は無いだろう。
だが、俺ももう残り少ないHPで戦わねばならない。
幸いな事に後半は肉弾戦のみ行っていたから、MPは余っている。
この余ったMPでいかにスキルを用いた攻撃を当てるかがこの勝負の分かれ目だろう。
(多分だが、発動条件は【灼天】の真逆。月からの供給を受けてあの異常なまでの電気を生み出している、のか?)
くそ、隙もありゃしねえ。昼は炎を纏って夜は雷を纏う?確かに攻撃手段や運用方法は大幅に変わるかもしれないが、どっちにしろ厄介な事には変わりはない。……なんとか時間稼いで【灼天】を封じてやったのに『成長進化』するのは想定外すぎる!
(確かポンが言っていた成長進化の条件は……分からないと言ってたから、偶然の産物?それともライジンは知っていて意図的にこの状況を作り出した?)
そうだとするならば、試合終了後にライジンには問い詰めなければなるまい。
成長進化は他の進化と違ってその振れ幅は大きいらしいから、その進化手段さえ知っていれば今後のゲームプレイに大いに役立つだろう。
ええと、確か状況を打開するためにシステムが判断して進化を行う、だったか?
(あれ、仮にそうだとするなら俺に勝ち目はないんじゃないか……?)
状況の打開。それ即ち負け確定の状況を覆す為の切り札を生み出したという事。
システムがどういった理屈でどこまで判断しているのかは分からないが、状況的にマズイのには変わりない。
思考が悪い方にどんどん向かっているので首を振って考えを正す。
(いくら進化したとは言え、スキルが進化したばかりで何が出来るかなんてあいつだって分かってないはずだ、そこを突けば勝ち筋はある!!)
一縷の望みでしかないかもしれないが、ゼロパーセントで無いならば、それを無理矢理百パーセントに持ってくのがゲーマーの腕の見せ所だ!
(あいつだって限界を超えたんだ、なら俺だって限界を超えてやろうじゃねえか!!)
俺はあるスキルを作成してから、未だかつて成功していない、
◇
【灼天・弐式】の能力の一つ、【夜天・雷神】を発動させたライジンは、スキルの力を使って身体を動かしてみる。
(電気の量を調節すれば普段通りの動きが出来るな。ここをこうして、こうすれば…。オッケー、大体要領を掴んできた)
数多のゲームを経験して得たゲームセンスで、あっという間に身体の動かし方のコツを掴んだライジンは、この場から離れていく村人Aを見据えながら双剣を握る。
(やはり逃げるか、そりゃそうだよな。俺の身体ももう持たねえ、逃げ切れば【灼天】の効果で勝手に自滅して俺の負けだしな)
HPバーの減少具合からして、残り時間は恐らく45秒。まさに最後の足掻きではあるが。
「45秒もありゃ十分だ。行くぞ、村人!」
ライジンは地面を踏みしめると、その踏みしめた地面を灼き焦がしながら疾走する。
二秒ほどで走っている村人Aへと追いつき、ライジン自身もあまりの速さに目を剥いた。
「はっや!?マジかよ!?」
村人Aは突如として真横に出現したライジンに対して矢を放つが、ライジンが地面を再度踏みしめると更に加速して難なく回避する。
(【電光石火】よりもスピード出てるじゃねえか……!残り40秒、早くこの感覚を掴め!!)
ライジンは想定以上のスピードが出た事に驚き、口元が引き攣る。
確かに早い事は便利ではあるが、それ故に加速するときのスピード感に慣れない。
地面に手を付いて急ブレーキすると、再び村人Aへと向かって突貫する。
(恐らくこのスキルの発動で得られる効果は常時【電光石火】状態と変わりねえ、なら、あのスキルが発動できるはず!!)
ライジンは双剣を納刀すると、掌を村人Aへと構える。
「【疾風迅雷】!!!」
「あっぶねぇ!?」
ライジンの掌から電気が迸り、村人Aを凄まじい電撃が襲い掛かるが、確実に追撃が来ると踏んでいた村人Aは木を盾にしてやり過ごす。
電気を迸らせながら中程が焼け落ちた木は、木の葉をまき散らしながらスキルを放ったライジンの方向へと倒れ込んできた。
「やべ、マズッ……!?」
凡ミスした、とライジンは一瞬焦りを覚えるが、地面を踏んだ足はその速度を衰えさせる事は無い。地面を踏み抜くと、そのまま加速して倒れ込んだ木を悠々と回避する。
地面を雷で焼き焦がしながら、呼吸を短く吐き続けるライジンは、口元を手で押さえた。
(【電光石火】の効果が切れてない!?月が出ている限りは永続状態なのか!?)
ズゥン、と倒れ込んだ木は砂ぼこりを立たせ、周囲一帯に広がっていった。
自分でも驚く程の【夜天・雷神】の効果に、ライジンは思わず動揺するが、すぐに冷静になる。
(【疾風迅雷】が乱射できるのは良い事だが、後二発も撃てば先にMPが切れて【夜天・雷神】も切れちまう。【夜天・雷神】が切れれば自傷ダメで死ぬことは無くなるが、もうスキル無しじゃ指一本動かせないからな。動けなくなったらその時点で詰みだ。……使うタイミングを見極めないと!)
残す機会は後二回。【灼天・焔】のように自在に炎を扱えるようなスキルがあれば良いのだが、生憎この【夜天】という状態のスキルは持ち合わせていない。
となると、このスピードを生かして双剣でぶった切るか、【疾風迅雷】の効果で灼き尽くす他あるまい、とライジンは意気込むと、砂ぼこりに紛れて姿を消した村人Aの姿を探す。
(後、三十秒!!)
◇
「あぶねえあぶねえあぶねえ!?何も出来ずに死ぬとこだったぞ!?」
森林を駆け抜けながら心拍数が跳ね上がったまま止む気配の無い胸を押さえる。
まさかあそこまでのスピードを出してくるとは思わなかった。せいぜい【電光石火】ぐらいのスピードだろうと踏んでいたから、対処が遅れてしまって倒す機会をみすみす逃してしまった。
(それにしてもあいつ、もう動かし方覚えたのかよ!?化け物過ぎるだろ!?)
この短い時間で使い方を覚えたのか、とライジンの圧倒的なゲームセンスに思わず嫉妬する。
だが、今はそんな嫉妬をしている場合ではない。
これからやろうとしているのは、前人未踏の領域。そんな挑戦をしようとしている時に、この精神状態では確実に成功できまい。
足を動かす速度を緩め、徐々にスピードを落とすと、先ほど走ってきた方向へと振り返る。
「……よし。ここらで良いか。さて、こっから先は
すぐに周囲の地形を把握すると、水龍奏弓ディアライズに矢を装填する。
(逃げ切った先の勝利なんてしょうもない真似はするつもりはねえ、俺が出せる最適解で真っ向から迎え撃つ!!)
ゆっくりと矢を引き絞り、使い慣れたスキルを発動するべく備える。
【チャージショット】、【跳弾・改】、【
そして仕上げに……あのスキルを使用する。
(さあ来いライジン。絶対にこの矢だけは外さねえ、これが正真正銘、ラストショットだ)
深呼吸を一つすると、視界が明瞭になっていく。
目標はこちらへと迫り来るであろうライジンへの矢の命中。
目には目を、歯には歯を。スピードにはスピードをぶつける他あるまい。
(さあ、幸運の女神よ微笑め! 今後しばらく全く運が無くなっても良い!! 今この瞬間だけ、その微笑みを俺にだけ向けろ――――!)
次の瞬間、森林を突っ切ってライジンが凄まじいスピードで迫り来るのが視界に入る。
俺がライジンへと矢を放てるまで、残り後三秒。
目測で、ライジンの攻撃が俺に着弾するまで後、
「【疾風迅雷】!!!」
ライジンが放った【疾風迅雷】は腹部へと命中し、一拍遅れて電撃が身体中に伝わる。
勝利を追い求めて放たれた容赦ない一撃は、電撃が迸ると胸から下を焼き切ってそのまま上空へと吹き飛ばした。
心もとなかった体力バーは一瞬で真っ黒に変わり、勝負に負けた、と認識してから目を閉じると。
「第一関門、突破」
残り時間、二十秒。
◇
「タッチの差で俺の勝ちだ、村人」
掌に伝わる、確かな手応え。確実に当てた。村人は幻覚系のスキルを持ち合わせていない。
地面ギリギリを飛んで行った下半身は一瞬でポリゴンへと還元された。
上空へと吹き飛んだ上半身も、間もなくポリゴンへと変わるだろう。
そう思い、ゆっくりと空を仰ぐと、ライジンは薄く笑みを作る。
「――――なんて、言わせてくれないんだろうな、お前は」
VITスキル、【ド根性】の発動によるHP0状態での延命。
話に聞いたレッサーアクアドラゴン戦と言い、厨二戦と言い、
勝利を諦めないその瞳は、未だ煌々と闘志を燃やし続け、矢を引き絞り続ける。
「これは対ポン戦の
大技である【花火】を先に放ったポンを追い抜く程の凄まじい速度で飛来する【
数瞬の逡巡。ここで選択肢を間違えば、その時点でゲームオーバー。
死と生の瀬戸際の攻防で、ライジンはその表情を崩すことなく、
(いや、違うな。あいつはまだ何か
限界を超えた俺を踏み台に、自分も限界を超えようとしている。
自分の身体がポリゴンへと転じるその瞬間まで、ゲームを楽しもうとしている。
そう考えたライジンは足を一歩踏み出す。地面を蹴り飛ばし、そのまま木々を蹴り飛ばして加速しながら、【疾風迅雷】で吹き飛んだ村人の元へと駆け寄っていく。
「面白い! お前の奥の手で、俺を倒せるものなら倒してみろ!!」
正真正銘、最後の応酬で、ライジンの言葉を聞いた村人Aは勝ち気な笑みを浮かべながらスキルを放った。
「【彗星の一矢】、――――!!!」
◇
俺が最後の攻防で選んだスキルは【
その理由は2つある。
一つ目は、【
HP二割以下などの条件自体は満たしているが、単純にスピード特化のライジンに、スキルを放つ前に潰されてしまうのがオチだからだ。
二つ目はこれから放つ地味スキルが【
俺の手の内をほぼ全て見せている以上、このスキルの存在はライジンにとっての不確定要素であり、俺にとっての最後の切り札だ。使わない手は無いだろう。
だが、この奥の手を発動する上での問題点もある。
一つは、
HPも少なく、高く跳躍するだけのスタミナも残ってないこの身体では、この条件を満たす事は難しかった。
だから、
この条件は幸運の女神が微笑んでくれたおかげで見事達成した、が。
もう一つの問題点。
これは単純に俺の技量不足だ。今の俺では、理論上では可能であるがこんな
だが、ライジンに勝つ為にはこのアドリブに頼る他、方法が無い。だから!
「【彗星の一矢】、――――!!!」
本来地味なスキルだが、【彗星の一矢】と
残り時間、十秒。
◇
恐らく最後の攻撃であろう矢が放たれた。
見た所、至って普通の【彗星の一矢】。
その矢を放った村人Aは【彗星の一矢】を放った反動で、空中で勢い良く吹き飛び、回転しながら落ちていくのが見える。
放たれた矢は、村人Aにしては珍しく、ライジンへと向かって一直線に向かってきている。
(やはり【彗星の一矢】か!だが、奴は何と言っていた?彗星の一矢の後に続く、何かしらの言葉が続いていたのは間違いない。……罠の可能性もある)
だが、迷う暇は無い。
(ダッシュで【彗星の一矢】を回避する事は不可能、ならば!!)
真っ向から立ち向かう事?否、それは負け筋だ。きっと、村人だってそんな結末は望みはしない。
そう思い、ライジンは剣を口に咥えると、掌を後ろへと突き出してスキルを発動する。
「【疾風迅雷】!!!」
【彗星の一矢】を相殺する事無く、移動として用いた最後の切り札。
ライジンはまるでポンの【
【彗星の一矢】はライジンのギリギリを通り過ぎて地面に着弾するとそのまま跳弾し、上空へと昇っていってかき消えていった。
(MPが切れるまで、3、2、1、今!!)
最後の【疾風迅雷】を使うと、MPが減っていき、【夜天・雷神】の効果が切れかける。
そして、効果が切れる瞬間に全身の力を脚だけに集中すると、そのまま大跳躍した。
「これで、決着だ!村人!!!」
「望むところだ!!ライジン!!!」
弾丸の如き勢いで遥か上空へと加速していくライジンを、村人Aが迎え撃つ。
ライジンは加速した勢いのまま、村人Aへと口に咥えた剣で刃を向ける。
対する村人Aは矢筒から矢を取り出し、急速に肉薄してくるライジンへと鏃を向けた。
二人の視線が交差する。
離れていた距離はあっという間に埋まっていく。
――――残り、五メートル。
「「おおおおおおおッ!」」
――――残り、三メートル。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」
――――残り、一メートル。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」」
――――残り、零メートル。
一瞬の交差だった。
接敵した瞬間、村人Aの矢がライジンの身体を突き刺すと同時に、ライジンは村人Aの首を抉り切った。
止まなかった歓声は、二人が交差した瞬間にぴたりと静まり返る。
ほぼ同時の接敵。どちらが勝ったのか、実況のアナウンスを固唾を呑んで待つ観客達。
『……遂に決着!!!!』
静まり返った戦場に、実況のアナウンスが響き渡る。
一時間近く行われた決勝戦。その、最後の結末を静かに聞き届ける。
『1st TRV WAR 本選決勝!!!長きにわたる大激戦の末!!見事、頂点の栄光を掴み取ったのは!!!』
一拍置いて、勝利を掴んだプレイヤーの名が告げられる。
『ライジン選手だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああッッッ!!!!』
次の瞬間、会場に割れんばかりの大歓声が響き渡った。
まさに紙一重の戦いで勝利を掴んだのはライジン。
名前を呼ばれたライジンは、ほっとしたような笑みを浮かべて目を閉じると、ゆっくりと自由落下を開始した。
――――そんな彼を、地上から一つの光が照らす。
◇
満天の星空の下、敗北した少年は粒子を散らしながら、空に手を伸ばすと、口を開く。
「――――まだ、届かねえか」
ぽつりと呟いた声は、観客による大歓声によってかき消されてしまう。
悔しそうな声音とは対照的に、その表情は満面の笑みを浮かべていた。
最後に放った射撃。ライジンはそれを回避し、その決定打を逃したから、村人Aは敗北した。
結局、最後の最後まで隠していたスキルも、役に立たなかったのか。
――――否である。
「
その射撃は、彼にとって非常に満足のいく射撃であったと、後に語る。
ゆっくりと粒子を散らしながら落ちていく村人Aを、地上から
「
最後に村人Aは、ポリゴンとなって掻き消えていく指で銃の形を作り、遥か上空に居るライジンへと向けると。
「
――――【彗星の一矢】、【
一射目の射撃の反動に乗じてほぼ同時に放たれたもう一本の【彗星の一矢】。
空中で【彗星の一矢】を放つと反動に耐え切れず身体が回転するという仕様を活かし、一射目を犠牲に二射目を偽装し、ライジンに悟られず放たれた神業染みた射撃。
まさしく限界を超えた射撃が、ライジンの身体を確かに穿つのを見届けてから、村人Aはポリゴンへと還元されていった。
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