#119 死力を尽くして


 ――来る。


 ライジンはスキル生成システムを起動しながら直感で村人Aが仕掛けてくる事を予測した。

 空気がひりつくような緊張感が、自分の身体を蝕む錯覚となって再現される。


(間違いない、村人の【終局のゼロ・弾丸ディタビライザー】だろう)


 正真正銘、自身を葬り去るつもりで放たれるであろう一撃。

 視覚と聴覚を失っている今、彼の洗練された技術から繰り出される射撃を避ける手立てはない。


(今の状態で真っ向から立ち向かうのは自殺行為だ、確実にパワー負けする!)


 そう考えたライジンは空を仰ぐと、片手を突き出して構える。


「【灼天・焔】!!」


 全身から噴き出る火炎が一点に収束し、一気に放出される。

 唸りを上げて巻き上がる炎。その炎は頭上を覆っていた木々を一瞬で燃やし尽くす。

 そして、遮るものが無くなり、夕暮れの暖かな日差しが頭上から降り注いだ。


(今はなりふり構ってらんねぇ、ちと理性はトぶかもしれねえがこれしか手が無い!)


 日光を浴びると同時に身体から生えていた歪な棘が、更に生えそろっていく。

 グロテスクな音を響かせながら、禍々しさを増していく。

 思考は赤く染まっていき、少しずつ正常な思考が出来なくなる。


『スキャニングが完了しました。スキルをご確認下さい』


 と、その時シャドウによるスキル生成が完了し、ウインドウが表示されるが、ライジンは微かに残る理性でウインドウを見ずにYESをタップ。

 そのまま効果を正確に把握していないスキルを起動すると同時に、火炎が急速に燃え盛る。


「Huuuuuuuuuuuuuuuuuu……!!」


 間に合った、とライジンは安堵する間もなく意識を明滅とさせ、ぐらりとふらついた。

 【灼天・鬼神】というスキルの代償。強靭な肉体と、凄まじい火炎を生み出す代わりに支払う理性。

 狂化スキルの影響は、ライジンの理性を容赦なくそぎ落としていく。


「Gururururururururu……!」


 その形相はもはや獣そのもの。

 歯を食いしばり、目を血走らせながら虚空を見据えると、地面に四つん這いになる。

 迎撃するための準備。理性が飛ぶ直前まで、村人Aが放つ射撃に備えて意識を極限まで集中する。


(狂化……スキル自体は……悪いもんじゃねえ……!時には……獣の本能に……頼る事も……しなくちゃな……!)


 獣本来が持つ、

 その一点においては、咄嗟の判断をしなくてはならない人間の思考では到底追いつけないだろう。

 だから、ここで敢えて理性を飛ばし、極限まで野生の勘を研ぎ澄ませる。


(さあ来い……村人。お前の……力を……見せてみろ…!!!)


 そして火炎を一気に噴出しながら跳躍。欠片に残った理性はそこで途切れ、視界が真っ赤に染まる。

 ライジンはこの時、完全な獣となり果てた。





「《我は狙撃手スナイパー、射貫き仕留めて積んだ屍は山なり》」


 想像するは凪のように一面波一つ立たない水平線。目の前の標的に意識を集中していくと、やがて周りの物は目に入らなくなっていく。


「《我は死を齎す存在、狙う獲物に死を運ぶ者なり》」


 視線の先に立っているライジンの近くにシャドウが近寄っていく。恐らくスキル生成が完了したのだろう。そのままライジンは手を上げたかと思うと、手先から火炎を放出する事で頭上に存在する木々を焼き払っていく。

 そして彼の頭上から降り注ぐ太陽光。容赦ない、直接の日差しを浴びたライジンの身体から禍々しい棘を生やしながら、火炎の勢いを増していく。


「《我が宿敵に血の薔薇を献上しよう》」


 ゆっくりと矢を引き絞っていく。手により一層力が込められていく。光が収束していき、矢は白く包まれていく。

 対するライジンは、【灼天・鬼神】の代償で理性を飛ばしているのが目に入る。


(【灼天・鬼神】の本来のフルパワーで対抗するってか!良いぜ、見せてみろ!お前の全力を撃ち抜いてやる!!)


「《穿ち、貫け》!!!」


爆速射撃ニトロ・シュート】の過剰発動。ライジンの【灼天】に負けず劣らずなほど腕は燃え盛り、その射速に更に磨きを掛けていく。

 そして、これは射速に限った話ではない。【終局のゼロ・弾丸ディタビライザー】の発動条件の一つであるHPの調整も兼ねている。

 【チャージショット】の威力が最大限にまで高まると同時に、HPバーが二割を切った瞬間。


「【終局のゼロ・弾丸ディタビライザー】!!!」


 エネルギーが収束し、矢が放たれる。

 ゼロ・ディタビライザー特有の鼓膜が破れそうなほどの鈍い重低音を響かせ、放たれた矢は白い輝きを纏いながらライジンへと迫り来る。


「くらえライジン!これが今俺が出せる、全力の一撃だ!」


 白い弾丸はそのまま木を跳弾し、縦横無尽に駆け回りながらその威力を高めていく。

 ライジンの目に光が灯る。【フラッシュアロー】の効果切れだ。

 だが、ライジンは弾丸に一瞥もくれることなく、迷いなく跳躍した。


(そうだよな、地上にいちゃあ予測が付きにくいから上空に逃げれば射撃にある程度予測が付くよな……だが!)


 白い弾丸は最後の跳弾を終えると、上空へと飛び上がったライジンを追うように飛んでいく。


(逆に選択肢が絞られるからこそ予想が付きやすい!逃げ場はねえぞ、ライジン!)


 ライジンは弾丸へと視線を向けると、全身から夥しい量の火炎を放出させる。


「なっ!?」


 地上に居て、距離を取ってなお凄まじい熱を感じる程の圧倒的な熱量。

 それほどまでの超高出力なら、一瞬で全身が燃え尽きてもなんらおかしくはないというのに。

 ライジンも、文字通り全身全霊で対抗するつもりなのだろう。


 ライジンはその夥しい量の火炎を足の一点に集中すると、俗に言うライダーキックの体勢を取る。

 手から火炎を噴出してブーストを掛けると、その体勢のまま【終局のゼロ・弾丸ディタビライザー】と激突した。


「ぐぅっ!?」


 吹き荒れる激突の衝撃波。

 超高密度の炎を纏った足は、【終局のゼロ・弾丸ディタビライザー】に貫かれる事無く、そのまま拮抗する。

 加えて、ライジンの炎は日光がある限り燃え尽きる事は無い。むしろその勢いを増しながら激突していく。


「だが、無駄だライジン!【終局のゼロ・弾丸ディタビライザー】は貫くというただ一点においては何者にも阻まれることはねえ!」


 ポンの【花火】のように、超高火力をぶつけた所で競り負けるのはライジンも知っているはずだ。


「そうだな、村人」


 凄まじい激突の最中で、本来なら聞こえないであるはずのその声は、やけに明瞭に響いた。


「だから、俺はを取らせてもらう事にした」


 ライジンの言葉の後に見た光景に、思わず目を見開いた。


 白い弾丸は、超高密度の炎を浴びて、軌道を僅かに変えたのだ。

 そして、ライジンの片足はそのまま激しい火炎によって燃え尽きる事で朽ち果てると、その何もなくなった空間を弾丸は通り抜けていく。



 ――――やられた!


 ゼロ・ディタビライザーという銃の弾薬は、のだ。

 その弾の本質は超高密度なエネルギーそのものであり、その影響で物理法則を無視する弾丸となる。

 これが実体を持つ鉛の弾丸であれば逸らす事は不可能だっただろうが、ライジンはこの性質を理解していたからこそ、正面からぶつかったのだろう。


「風圧だけでこの威力とはいやはや恐ろしいな。これが掠っていただけでも死んでたかもな」


 ライジンはそのまま地面へと高速で落下していく。

 ズンッ!と地面が隆起し、一気に粉砕する。荒れ狂う火炎が周囲に燃え広がり、容赦なく森を焼いていく。


「マズイ、HPポーションを!」


 【爆速射撃ニトロ・シュート】の代償でボロボロになった片手でウインドウを操作し、高品質のポーションを取り出すと即座に割ることで中の液体を浴びる。

 一拍遅れて叩きつけてくる暴風に身を構えるが、すぐに足元が浮き、そのまま吹き飛ばされる。


「ぐあッ!?」


 勢いよく木に叩き付けられ、ズル、とその身体が落ちていく。

 強く頭を打った影響で、視界は明滅し、意識が遠のいていく。


(く……そ……!意識が飛んだら……俺の負けだ……!!)


 必死に飛びそうになる意識を手繰り寄せるが、システムによる影響には抗えない。


 黒くなっていく視界の先、爆心地のように赤黒く溶かされた中心で佇む男がこちらへと視線を向けるのを、俺はただ黙ってみる事しか出来なかった。

 

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