#118 少女は走り、二人は火花を散らす


 『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…』


 青色の巨大な竜が断末魔をあげながら地面へと墜落していく。その身体の端からポリゴンへと変化していくのを見上げる二人のプレイヤーは、大きく息を吐いて地面に倒れ込む。


「あ゛ぁ゛ーーーーーー!!!つ゛か゛れ゛た゛!!いやマジでエリアボスなんて二人でやるもんじゃねえ!!ただでさえ堅いボスだし、俺しかまともにダメージ出せねえし!!よくあいつら二人でこのボス倒したよなー……。こんな苦労するぐらいなら暇そうな奴呼べばよかったよ……厨二とか」


「……ヘルプとはいえ厨二だけは嫌」


「……お前、結構厨二嫌いだよな」


「……恩を売るとひたすらダル絡みされそう、だから嫌」


「あぁー……確かに。納得」


 紫色の髪を揺らす少女が眉をそっと寄せると、もう一人のプレイヤーである串焼き団子は頬を引きつらせながらため息を吐いた。


「……ちなみに試合はどんな感じ」


「あー……今から行って間に合うか…?かなりヒートアップしてるからそんなに長くないかもな」


「……これで間に合わなかったらここまで来た意味がない」


 紫髪の少女は立ち上がると、そのまま出現した出口に向けて走り出す。


「あ、ちょ、おい!?」


 慌てて地面に倒れ伏したまま手を伸ばす串焼き団子を背に、少女は洞窟を駆け抜けていった。





 ―――駆ける、駆ける、少女は駆ける。


 その瞳に映すのはいつか見た、遥か頂きに煌めいている輝きの象徴。

 仕事柄お世辞にも時間が普段から余っているとは到底言えない少女は、いつも画面越しにしかその勇姿を見ることが出来ない。

 そんな彼女が今、ようやく自分の眼であの輝きを目にすることが出来る。


「……お願い、、粘って」


 紫色の髪が風に揺れ、髪の色と同じ紫紺の瞳が揺れ動く。

 普段、あまり感情を吐露しない彼女にしては珍しく口元はキュッと閉ざされ、その表情は焦燥に駆られている。

 

「まだ、試合を終わらせないで――――」


 勝利を疑わないからこそ少女は呟く。

 憧れを、憧れのまま見届けたいが故に――――。




(スキル生成システムだと!?)


 走りながら、俺は思わず声を上げてしまいそうになるが慌てて口を抑える。

 【スキル生成システム】の戦闘中での使用。

 一応視野に入れていなかったわけではない。だが、スキル生成権がまだ残っていたこともそうだが、まさかこの場面で使ってくるとは思いもしなかった。

 

(明らかにリスクが高すぎる。俺も確かに戦闘中にスキル生成をしたことはあるが……)


 脳裏に浮かび上がるのはゴブリンジェネラルとの戦闘。

 あの時は状況を打破する手段が無かったから仕方なく敢行したことだったが、あくまでゴブリンジェネラルの視界から逃れている時だったのだ。

 今は自分がライジンを一方的に捕捉しているのにも関わらずにスキル生成を行おうとしている。


(それほど余裕が無い?……いや、違う。不意打ちの【フラッシュアロー】で視界も聴覚も潰れていても全力で逃走すれば俺も成す術はない)


 続けて矢を射出。位置バレを避けるために跳弾経由で攻撃し続けるが、ライジンはシャドウを消す気配はない。


 と、その時。


(……野郎)


 俺は、木々の合間からライジンの顔を見て全身が泡立つ感覚に陥った。


 


 自分が不利な状況で、観客からすれば圧倒的な絶望の淵で。

 どうしようもなくゲームを楽しんでいるのだ、ライジンは。


 そして、徐に抜刀されるのは青い冷気を纏った二振りの剣。準決勝の時に見た、ライジンが鬼夜叉氏のトドメの際に使用した双剣だ。

 薙ぎ払われる剣閃は、何を持っていなかった先ほどよりも速度を上げて正確に矢を撃ち落とした。


(目が見えずとも、耳が聞こえずとも俺の攻撃を対処してやるってか!)


 ああ、本当にこれだから化け物ゲーマーは。

 厨二もそうだが、ライジンの得意分野ホームグラウンドであるMMORPGという世界は、俺が想定しているよりも遥かに身体が馴染んでいるようだ。

 それこそ、自分が生きる現実世界よりも、遥かに。


(空気の振動、風の揺れを肌で感じて位置の特定……?とことん人間辞めてやがるなあいつは……!)


 どう見てもライジンからはスキルを発動しているようには見えない。

 その超人染みた芸当も、素の状態――――ライジンの今まで築き上げてきた経験があるからこそ成せる技なのだろう。


(……それなら、お前が予想も付かねえ位置から顔面を吹き飛ばしてやるぜ、ライジン!)


 だからこそ。

 超える目標がいる、乗り越えないといけない壁がある、どうしても勝ちたいライバルが居る!!


 それだけで、ゲーマーという生き物はモチベーションがフルスロットルにまで加速する!!


射撃準備セットだライジン、俺の弾丸はお前が反応できる程トロくねえ」


 弓を構え、ゆっくりと引き絞る。

 集中する。【アロー形状変化トランス・フォーム】を発動。イメージするのは一瞬で敵を穿つ遠い世界の相棒。

 【爆速射撃ニトロ・シュート】を発動。弓を構える腕がジュウ…と音を立てて燃え始める。

 いつも許容量をオーバーしないように調整してはいるが、今回は大盤振る舞いだ。

 加速度的に炎は燃え上がり、一気に体力を減らしていく。

 そして、【彗星の一矢】の発動。切り札に必要なエネルギーを充填する。

 

 じわり、じわりと【チャージショット】の効果で発光し始めるのを見ながら、自身の切り札の詠唱を始める。


「――――《我は狙撃手スナイパー》」



 1st TRV WAR決勝の、一つのターニングポイントが今、始まろうとしていた。





「……試合が大きく動きそうだね」


 観客席で、厨二――――銀翼は呟く。

 村人Aは【終局ゼロ・の弾丸ディタビライザー】の発動、ライジンは状況を打開するためのスキル作成。

 ここが試合の結果を左右するであろうターニングポイントであることは誰の目から見ても明らかだった。


「そうですね……!村人君のあのスキル、ライジンさんはどう対処するんでしょうか……?」


「正直ライジンのスキルであれに対抗できる可能性を秘めているスキルは無いんじゃないかな?ポンの【花火】ですら相殺どころか貫いた村人君の必殺技だからね……」


 厨二はそう言うと、腕を組んでその上に顔を乗せた。


「だからこそ、この必殺技をライジンが対処出来たとき、彼の評価を改めないといけない。…楽しみにしているよ、ライジン」


 片目を閉じ、厨二は笑みを浮かべる。

 その横で食い入るように試合を眺めるポンは、そっと呟く。


「村人君、ライジンさん、頑張れ……!!」


 


――――夜の帳が下りるまで、後二十分。

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