#117 オペレーション『反響』


(やはり気付いたか、村人)


 火炎を飛ばして【フラッシュアロー】を打ち消し続けるが、やがて処理が追いつかなくなり、徐々に閃光が眼を焼いた。

 自分が圧倒的な熱量を振りまいている影響で、【フラッシュアロー】を浴びても熱を感じる事は無いが、この閃光はかなり厄介だ。


 一時的な視覚の消失、そして耳鳴りを億劫に感じながらライジンは一旦動きを止め、地面に降り立つ。


(そうやってすぐ状況を判断し、その中での最適解を出して行動に移すことが出来るのがお前の強みだよな。……全く。それでこそってもんだ!)


 近くに存在を感じていた村人の気配が薄れていくのを感じる。恐らく【狩人(弓使い)】の専用スキルである【野生の心得】を使用したのだろう。

 一旦姿をくらまして形勢を立て直すつもりか。


「面白イ。鬼ごっKo、いや。カクれんBoか?どこマデ耐久出来ルカ見もNoだぜ村人」


 視界が回復する。耳鳴りが消え、聴覚も正常に戻った。

 そして静かにその場にしゃがみ込み、目を閉じる。


(……足音は既に消している。走れば方角がバレると踏んでの行動だろう。Aims必須の歩行術か、良いね、良いぞ。お前の技術を全部見せてみろ。それを全てねじ伏せてこその完全勝利だ)


 口元には薄い笑みが浮かべられる。

 ああ、楽しい。強者との戦いはいつだって心躍る物だ。自分が負かされてしまうかもしれないという緊張感が、それを乗り越えたときの達成感が、そして更に強くなれると感じることが出来る充実感が、いつだって俺を突き動かす。


「逃げ続けるだけじゃNaいんだロう?……お前No策を見セてKuれ」




(呼吸だって位置を特定する重要なファクターだ。数多のゲームをクリアしてきたあいつなら、ステルスゲーだって存分にやってきただろう。足音、呼吸、それこそ気配に至るまで、感知できる能力は相当に高いはずだ。油断すれば、すぐにやられかねない)


 口元を押さえ、ゆっくりと息を吸って、吐き出す。

 そして腰に下げている道具袋から一つ石を取り出すと、地面にそっと置く。


 至近距離で閃光を浴びたときの失明と聴覚消失の効果時間は約二十秒。そしてライジンとの位置関係から割り出して、ライジンの眼が焼かれてから失明と聴覚消失が発生し、回復までの時間は約十三秒。

 十二秒経過時点で急速にブレーキし、そこからはAimsで鍛え上げた上級者御用達の歩行技術で足音を極限まで消しながら、少しでもライジンとの距離を取り続ける。


(あいつは双剣士。距離さえ保って一方的な攻撃に持ち込みさえすれば相性的には悪い相手じゃねえ。恐らく、あいつは探知系のスキルを持ち合わせていないだろう。基本的な双剣士の立ち回りは、相手を逃がさずに圧倒的な手数と火力で押し切るのがセオリーだからな)


 奴だってスキル生成権の貴重性ぐらい理解しているはずだ。そんな索敵スキルを作成するぐらいなら他の火力特化スキルにその生成権を回すだろう。


(それにしてもおかしいな。奴はとっくに【フラッシュアロー】の効果からは回復しているはず。何故さっきの場所から動きが無い?)


 訝し気に思いながらも、一定の距離を保つと、ライジンの周囲を回るようにして、歩き続けながら石を置いて回る。

 索敵に集中力を割いているのだろうか。だが、動きが無いという事は位置の判別が出来ていないという事に他ならない。

 どうせ逃げ回った所でライジンが全力で暴れまわったりでもしたら、森が焼かれてすぐに位置がバレてしまうだろう。

 取り敢えずは俺が今考えた策で時間を稼ぐしかないか。


(オペレーション『反響エコー』、開始だ)


 先ほど撒いていた石と対になっている青く光る石――――『呼応石』を取り出す。


 それを矢に括り付けると、弓を深く構えた。


(攪乱目的ではあるが、最初の一発が肝心だ。射撃音を聞かれでもしたらすぐに位置がバレちまう。だから……!)


 石を置く過程で置いてきたボムが時間差で爆ぜる。そして爆発を引き金にして音吸水晶が衝撃で起動。凄まじい音が響き、そのタイミングで矢を放つと完全に射撃音が消える。


(後は起動を待つだけ……!)


 矢が木々を跳弾しながら暴れまわる。ライジンを放った射撃は、見事目的を達成する。


(問題はライジンが撃ち落とすかどうか、だが……。集中力は完全にかき乱した上に、あいつの今いる位置からだと確実にあの矢は撃ち落とせねえ)


 そしてこちらに向けて飛来する矢。それを見切って掴み取ると、手から赤いポリゴンをまき散らしながらもその勢いを完全に止める。

 そして矢に取り付けていた、青く光りを放ち続ける『呼応石』を取り外すと息を吸い込む。


(さあ、ここからがオペレーション『反響エコー』の本領だ、存分に楽しんでくれよ、ライジン)





 爆発音と、それとは違う、咆哮に似た凄まじい音が鳴り響き、俺の鼓膜を打ち鳴らす。

 村人が何かしたのだろう、恐らく咆哮に似た音はポン戦で使っていた水晶だろうが…。


「なるHoど、射撃音の攪乱か」


 だが、いつまで経っても矢が飛来してくる気配はない。確かに空気を割くような風切り音が聞こえはしたが……いや、これは……?


 俺の耳がおかしくなったのだろうか。


(新手の音バグか?……いや違うな、確かにあいつはAimsにおける運営キラーではあるがバグ報告を大会でやった試しはねえ、普通に反則負けするからな。……となると、これはスキルか?)


 風切り音が唐突に消え、何かを掴み取るような音が響く。

 そして、息を吸い込むような音が聞こえると、すぐに聞き覚えのある声が聞こえてくる。


『『『『『あー、あー。マイクテス、マイクテス。聞こえてますかー?』』』』』


 驚くことに、村人の声が四方八方から響いてきたのだ。

 突然の現象に困惑していると、恐らくにこやかに微笑んでいるであろう、上機嫌な村人の声が続いて聞こえてくる。


『『『『『よぅし感度良好、想像以上の出来栄えに村人君にっこりです。さぁてライジン君、私は今どこにいるでしょうか?』』』』』


 走る音と、弓を射る音が鳴り響く。だが、四方八方から音が聞こえてくるせいで正確な位置がつかめない。

 なんだこの攪乱作戦は、どうやってこの現象を引き起こしている!?


 先ほどの射撃音から数秒が経つと、急速に自身に迫る弓矢。

 それを爪で弾き返すと、続けて矢が飛来してくる。


 気を散らす為か知らないが愉快そうな村人の声と、音がそこら中から聞こえてくるせいでいやらしい位置から飛んでくる矢のコンボに少しずつ精神的に揺さぶられてくる。


(くそ、煽りはあいつの得意分野だ。あいつの調子に持っていかれるわけにはいかねえ!)


 内心焦りを感じながらも矢が飛来してきた位置から逆算。

 場所をある程度特定すると、火炎を飛ばして攻撃する。


『『『『『残念はっずれー!!お前が跳弾の挙動を読める事には驚かされたけど、それでも跳弾限界付近の跳弾逆算は無理だろう?俺もお前が嫌がる事を全力でやってやるよ、覚悟しろ』』』』』

 

 その言葉の後に縦横無尽に迫り来る矢の数々。一つ一つを正確に撃ち落とし続けるが、このままでは完全に奴の掌の上だ。時間だけ掛けられて【灼天】の解除まで時間を稼がれるだろう。


「Naるほど、面白イ」


 何かしら策は打ってくるだろうとは思っていたが、想像以上だ。これほどまでに厄介な策を即座に出してくるとは。

 

(ひとまずは状況の整理だ、恐らくあれは村人のスキルじゃない)


 もしスキルであるとするならば、そもそもこの事態を想定して作成したスキルという事だ。本選開始前にある程度スキルの効果を把握するのが普通だろう。

 それを奴は『想像以上の出来栄え』と評した。という事は今取ってつけで考案した作戦という事。


(という事は俺の知らないアイテムで、この現象を引き起こしている。…多分だが、どうやら跳弾し続けている矢の音を拾ってるわけではない。つまり、村人近辺の音を拾っているという事だ。…無線機みたいなアイテムか)


 どこでそんなアイテムを手に入れたのか気になるところだが、それはこの試合が終わった後に問答すれば良いだろう。


(そして、走る音が聞こえているという事は逃げている?だが、逃げるだけなら時間稼ぎにはなるはずだがこの作戦の意味が薄い。……無線機の位置の調整?いや、そもそもこの無線機はいつ起動した?)


 と、思い当たる節を思い出し、苦虫をかみつぶしたような表情になる。


(最初の射撃か!……と言う事は、起動には矢に何かを仕込んでいて、それがトリガーになってこの無線機が起動したのか?)


 思考し続ける間にも飛来し続ける矢。

 舌打ちを一つ鳴らすと、火炎を飛ばして焼き切る。


(なんにせよ、このままこの場に留まり続けるのは得策じゃねえ、移動を……)


 背後から飛来した矢の一つを撃ち落とすべく反射的に振り向きざまに撃ち落とすと、その矢は光を放って爆ぜた。


「ぐうuuuuううううッ!?!?」


 矢の中にさりげなく仕込まれていた【フラッシュアロー】に手を出してしまい、再び眼が焼かれる。

 そのまま片膝を付くと、矢がその身体に突き刺さり、HPバーを減らしていく。


(【灼天】が解除されるのを待つまでも無く俺を倒すつもりか!!そうなったら、俺もいよいよ手札を切らざるを得ない!)


「……!!!」


 ライジンが叫ぶと、何もない空間からゆらりと機械生命体が出現する。

 中心にある目がゆっくりと焦点を灯すと、静かに起動した。


「はい主人マスター



「【】、起動だ!」



 形勢逆転され、村人有利となった状況で、ライジンの一手が戦況を大きく動かそうとしていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る