#116 鬼ごっこ


「いくぞ村人!【灼天・鬼神】!!」


 ライジンが高らかにスキルを宣言すると準決勝で見せたあの狂化状態へと変貌していく。

 身体に纏う炎は、猛々しく禍々しい黒い炎へと変化していき、身を焦がしながら渦巻く。

 獲物を傷つけるためであろう鋭い爪が長く伸びていき、牙を剥き出しにして昏く笑う。


「いKuゼェェEEEEEEEEEEEE!!!!!!」


 ドゴォ!とおよそ地面を蹴ったと思えない程の爆砕音を響かせ、ライジンは急激に迫り来る。

 すぐさま後ろへと振り返り、矢を装填した。


「ッ、【バックショット】ォ!」


「おSeえよ」


 木々を踏みしめた衝撃で破砕音を響かせながら、跳躍、跳躍、跳躍。

 アクロバティックな動きでこちらの射撃をさせまいと翻弄してくるのを見て、小さく舌打ちを鳴らした。

 ライジンに向けて放った矢が木を虚しく跳ねると、その次の瞬間。


「あぶねぇ!?」


 五度目の跳躍の後に爪を構えて一直線に襲い掛かってくる。

 かろうじてサイドステップで回避してから、矢を装填してライジンへと構える。

 だが、矢を構えたその先には既に姿はなかった。


「野郎、動きが素早すぎるんだっての…!!」


 再び周囲の木々を跳ね続けながらこちらの隙を伺うライジン。

 とんでもない速度で移動し続けて、ヒットアンドアウェイを続けるつもりか。

 なるほど。高速機動で翻弄して計算の隙を与えない、それが奴のこの試合における俺への対策なのだろう。


「確かにFPSで対戦するのは超人染みた能力を持ってるわけじゃねえ人間ばかりだ。だからこそ高速移動する相手に対しては対策の仕様がないと睨んだんだろうが…」


 俺は高速移動を続けるライジンに弓を構えるとにやりと笑う。


だぜ、ライジン!」


「ッ」


 俺の言葉に、一瞬息を呑むような音が聞こえた気がした。


 Aimsにおける戦闘機は弱体化ナーフの連続を食らった負の遺産とも言うべきコンテンツだ。

 未来という世界観が付きまとうせいでアホみたいな性能で戦場を横断する悪魔の兵器。

 やれワープドライブだの高性能ブースターエンジンだの高精度ホーミングミサイルだの頭の悪い要素を詰め合わせた集大成とも言うべき存在。

 実装当初は戦闘機が出現するゲームモードではそりゃあもうアホみたいに戦闘機が使われていたものだ。

 勿論今となっちゃ産廃、動く鉄塊だの高速移動式棺桶だのなんだの言われてこそいれど、対処法を知らないプレイヤー相手なら全然通用する。


 そんな戦闘機相手にこっちは砂一本で全盛期の戦闘機のパイロットを狙って撃ち落とし続けてきたのだ。

 たかが早いだけで調子に乗られても困るなぁ!?


「ハイそこぉ!!」


 三手先を読んで駆け抜ける木々の合間で予測した位置に矢を放つ。

 計算通りならその位置に移動してから襲い掛かってくるだろう!!


「戦闘機ハ、直角にハ曲がれねえDaろうが!」


 だが、ライジンは至って冷静に対応してくる。

 確かにその位置に移動しようとしたが、寸前で【空中床作成】を発動。ガンッ!!と金属音のような音を響かせて着地すると、思い切り踏みしめると、加速して襲い掛かってくる。


(ッ、間に合わねえ!)


 矢を放った瞬間にすぐに横っ飛びに飛んで予測位置から回避しようとしたが、ライジンが寸前で抉るように肩を貫通して、そのまま力任せに、爪を食い込ませたまま薙ぎ払われる。


「ぐぅッ!?」


 肩から赤いポリゴンをまき散らしながら地面を転がっていく。そのまま転がり続けると木に叩き付けられて勢いが止まるが、危険を察知してすぐにその場を飛び退く。入れ替わるようにライジンが木に突貫し、俺の数瞬前に居た場所に爪を突き立てて貫通させた。


(くそ、思った以上に


 肩を押さえながら立ち上がると、すぐさま走り出す。


 状況を整理しよう。

 

 準決勝で見たときはかなり理性が飛んでいるように思えたが、今この状況におけるライジンの様子を見る限り思った以上に冷静だ。


(どういうことだ?今のライジンの行動は俺の言葉で対応を変えてきたように思えた。つまり、奴は正気を保ちながらあのスキルを使っている?)


 思考が加速していく。段々と景色がスローモーションになるような感覚に陥る程、思考に没頭する。


(準決勝の時とは明らかにスキルの使いこなし方が違う、戦闘終了後にスキルレベルが上がりでもしたか?その線も一応考えられるが――――多分、違うな)


 ライジンの動きを隈なく観察しながら木々の中を駆け抜けていく。


。なるほど、供給する日光の量を調節しながら立ち回りさえすれば理性を完全にそぎ落とすまでも無く安定して【灼天・鬼神】を使いこなす事が出来るって算段か)


 日光に入ってはすぐに離脱し、また木々の中に戻る。高速移動しているから気付きにくいが、明らかに異質な立ち回り方をしている。


(くそ、とはいえライジンが【灼天】で焼いた区画まで逃げ込むにしても、完全に理性を飛ばしてパワーアップしたライジンに対応できずに終了がオチだ。あいつ、その事を分かった上でこの立ち回り方をしてんのか)


 厄介極まりない。何が厄介って、どちらの選択を取ったとしても有利不利が覆りそうにないって点が非常にいやらしいのだ。相変わらずプレイに隙がねえな、全く。


「OKOK、逆境こそゲームの醍醐味!!ありとあらゆる手を尽くさせてもらうぜライジン!!」


 【フラッシュアロー】を作成、弓に装填すると即座に射出する。

 それを見たライジンはピクリと眉を動かす。


「目くらMaシか」


 対するライジンは炎を一点に集中して一斉に炎を放出した。

 覆い尽くすように【フラッシュアロー】を燃やし尽くすと、閃光が弾ける。


「まだまだ行くぜェ!!」


 続けて【フラッシュアロー】を作成、作成、作成!!明らかに不必要なまでの量を大量生産し、その片手間にウインドウを操作してMPポーションを取り出して飲み干す。


(取り敢えず当面の目標は【灼天】の解除を優先!!あの状態では多分【電光石火】の発動は無理だろうから、攻撃しても構わないが……【灼天】解除と同時に使われちまったらたまったもんじゃねえ。なら今は目くらましで俺の行方をくらませる!!)


 【フラッシュアロー】を射出し続け、炎に触れると同時に閃光が弾ける。

 目を焼き焦がす程の強い光を背後に浴びながら、可能性が薄い事を知った上で逃走を敢行する。

 

(【野生の心得】!!)


 スキルを発動したことでミニマップ上から自分のアイコンが消える。

 気配を絶つこのスキルは、存在感をかなり薄めてくれるお陰でプレイヤーからの認識阻害も発動される。

 この森というフィールドにおいて、かなり有用な【狩人】専用スキルだ。


(楽しい楽しい鬼ごっこの始まりだぜライジン。おまえの集中力が切れるか俺の痺れが切れるか、我慢比べと行こうじゃねえか!)



 夜の帳が下りるまで、後三十分。

 

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