#112 見えた光明


「ライジンが、勝ったか」


 目の前で繰り広げられた激戦の幕切れを目撃し、俺は深く息を吐いた。

 この攻防を評価するのなら、鬼夜叉氏の技量はライジンに及ばなかった、と評価せざるを得ないだろう。

 それほどまでにライジンの実力は圧倒的であり、多彩な攻撃手段を持ち合わせているからこそ、予選で【彗星の一矢】を正面から叩き折った鬼夜叉氏ですら攻勢に転じる事も出来ず、殆ど一方的な展開に持ち込まれていた。


 先程のライジンの戦いを見ていて、ひと際目立ったスキルが【灼天】。

 ライジンがそう称したスキルはまるで汎用性の塊だ。

 炎を自在に操り、それを攻撃にも防御にも応用できる。

 中でもライジンが出し渋り、俺との対戦に備えようとして控えていたスキル、【灼天・鬼神】。

 十分に満足できる絵を提供――違う、理性を飛ばす代わりにとんでもない馬鹿力を発揮するスキル。

 どちらかと言えば技術面で戦うライジンにしては珍しい脳筋スキルだ。


 他プレイヤーでも扱いやすいスキルを固める事で一般プレイヤーの星と賞賛されるライジンのプレイスタイルからしたら考えられない程しているスキル。

 それがどういう意味を秘めているかは――思い当たることは先ほどの試合の中でポンが呟いた言葉。


「野郎、自分の矜持プライドもかなぐり捨てて俺に挑むつもりか」


 これで確信した。元々のプレイスタイルも、何もかもをかなぐり捨てて自分がもてる全力の、で戦うつもりらしい。

 上等だ、返り討ちにしてやるよ。


 さてさて数多のゲームを色んな手段で遊びつくしてきたいわばゲーム超人相手にどう立ち向かいますかねぇ。


「……目下の目標はスキルの攻略に専念、だな。【灼天】もそうだが、【電光石火】、【疾風迅雷】も十分に俺に取っちゃ即死級のコンボだ。対策を立てなければならない」


 先ほどの録画映像をもう一度再生する。鬼夜叉氏の攻撃を回避して【疾風回避】のバフを重ねてそのまま【電光石火】を発動、その雷エネルギーを全て還元して繰り出すのが【疾風迅雷】という事は理解できた。

 鬼夜叉氏の場合は大振りの斧で攻撃していたからこそ、【疾風回避】のバフを重ねずに済んでいたが、それに比べて俺は【狩人(弓使い)】であり、手数が多いのが特徴の職業だ。

 その為、火力特化の一撃を放つとなると隙を多く晒すハメになってしまう。安定した火力こそ難しい職ではあるが…本来なら双剣士に対して相性が良い、筈だ。


「本来の狩人(弓使い)の戦い方は戦場を駆けまわって相手と一定の距離を保って射撃がデフォだからなぁ……。双剣士は必死になって追いかけ回すはずなんだがライジンの場合が違い過ぎる」


 双剣士のプレイヤーの多数はその手数の多さを活かすスキルを作成し、純粋な火力特化型である傾向があるが、ライジンの場合は、完全にスピード特化。連撃する事で火力を上げるのでは無く、武器が軽量であるという利点を活かしての高速機動での立ち回り。

 結果として、それが確実な攻撃に繋がり、安定した火力に繋がるのだから、それはある種の正解の形ともいえるのであろう。

 加速前提、という条件を戦闘の度毎回満たさないとならない億劫さに耐える事が出来ればの話だが。


「距離を無理に引き離す事は得策じゃねえな……。かと言って射撃しなければライジンに攻撃を加える事が出来ないし……ううむ……」


 あれえ?もしかして俺、完全にライジンからしたらカモでしかない?


「あの、村人君?」


「――――んあ、すまんポン、ライジン戦の考察に没頭してた」


 困惑したようなポンの声に現実に引き戻される。口元に手を添えたままずっとぶつぶつ呟いていたようだ。周囲からしたら不審者極まりないだろう。

 ポンは柔らかく微笑むと。


「ふふ、もう勝つ為の作戦を立て始めてるんですね。村人君らしいです」


「と言っても八方塞がりな感じはするけどな。それほどまでに隙がねえ」


 お手上げだ、と言うようにポーズを取ると、ポンも苦笑を浮かべる。


「確かに、かなり厳しい戦いになりそうですよね」


「かなりなんてもんじゃねえ、それこそ無理ゲーに挑むようなもんだ」


 対遠距離職に特化したような理想の近接職とでもいうべきか。ライジンのスキル構成はそれほどまでに遠距離職を殺しに来ている。

 絶え間ない攻撃が出来るのなら話は別だが、俺の攻撃のタイミングであのスーパーアーマースキルを差し込まれたら奴は防御をすることなく俺に接近できる。

 というわけで跳弾必須の戦法に頼り切る事になるのだが…ううむ、悩みの種が多すぎる。


「……ん?」


 と、その時にピコン、と聞き覚えのある音が聞こえてくる。

 メッセージが届いたことを知らせるSEだ。えーっと、誰が送ってきたんだ……?



 串焼き団子:助けて



 端的なまでのSOSメッセージが届いていた。

 何やってんだあの人…?確かメッセージ飛んできて野暮用っつって抜けたはずだが…。


「……なんであの人清流崖の洞窟に居るんだよ」


 というかフレンドリスト見る限りボス戦闘中って書いてあるんだが。レッサーアクアドラゴン戦中にメッセ送る余裕あるなら火力出しなさいよ。……ええ、パーティメンバー二人?なんであの人縛りゲーしてるわけじゃないのに二人でボス攻略してるんだ…。


「どうしたんですか?」


「いや、串焼き先輩からメッセが。なんかレッサーアクアドラゴンデュオ攻略してる」


「……ええ……」


 俺の言葉にポンも少し引いた様子で苦笑した。

 まあ、俺もポンと二人で攻略したことあるから人の事言えないんだけどさ。

 

「本当だ、でも誰とやってるんですかね……?串焼き団子さんと一緒にプレイしている方のプライバシー設定がオンになってるので名前が見えないんですよね」


「まあ多分串焼き先輩のフレンドだろうな」


 彼自身プロゲーマーだし交友の幅が広いのだろう。まあ、それでレッサーアクアドラゴンをデュオで倒すのと関係があるのかと言えば、関係は無いのだろうが。


「……あ、もしかしてイベントエリアに来るためですかね?」


「あー……そういえばこのエリア来るのにサーデスト到達が条件だったっけ」


 正式サービス開始してまだ少ししか経っていないが、サーデストに到達しているプレイヤーはそれなりに居る。映像だけ見るのであればサーデストに到達せずとも観戦自体は出来るのだが、やはり現地で見たいというプレイヤーは多いらしく、その為、レッサーアクアドラゴン狩りに勤しむプレイヤーも多い。

 恐らく串焼き先輩と一緒にレッサーアクアドラゴンに挑んでいるプレイヤーはまだサーデストに到達していないプレイヤーなのだろう。……なぜ多人数で挑まないのか。


「と言ってもライジンの試合が終わった以上、決勝までの時間ないしメッセ飛ばしとくか」


 あ、そういえば厨二も決勝始まりそうになったらメッセ飛ばしてくれって言ってたな。ついでに送っとくか。


「……よし、そろそろ集中するか」


 観客席から立ち上がると、メニューウインドウを操作する。

 この場で精神を研ぎ澄ますのは難しい。少しリアルの方へ戻って対ライジンの作戦も練らないといけないしな。


『最終試合、ライジン選手VS村人A選手の試合は三十分後に開始します!!観戦される方はそれまでに席にお戻りくださいませ!!』


 お、ちょうどアナウンス入ったな。よし、猶予は三十分。それまでにライジンを倒す為の算段を立てて最後の試合に臨もうじゃないか。


「む、村人君!」


 と、ログアウトしようとしたそのときにポンから声がかかる。

 ウインドウに添えていた指を離し、ゆっくりとポンの方へと振り向く。


「……ん?どうした?」


「その……ええと……私は観客席で見ている事しか出来ませんが…応援しています」


 顔を赤らめて、それでも微笑んでくれる彼女の頭に手を乗せると、歯を見せて笑う。


「おう、ありがとな。あの調子乗ってる面をぶん殴って頂点の座を取ってきてやるよ」


「あ、あの、穏便にですよ?穏便に…」


「本気のPVPに穏便もクソもないっての。ま、あいつにボコボコにされない程度には足掻いてくるさ」


 そう言って俺は今度こそログアウトボタンをタップする。

 自分の身体がポリゴンに変わっていくのを感じながら、俺はゆっくりと意識を手放した。





 俺がライジンと対戦する上で、攻略しなければならない【灼天】というスキル。


 あいつがどこでそれだけスキル生成権を獲得したのか、とかそういった細かい点も気になりはするが…取り敢えず考えなければならないのはその突破口。


 鬼夜叉氏がライジンと交わした会話の中で、ヒントを得る事が出来たのは僥倖だった。そのおかげで、おおよその特徴を把握することが出来た。


 

 ――――【灼天】というスキルの、致命的なまでの弱点も、恐らく。

 



────

【おまけ】


~一方その頃~


串焼き団子「ちょっと待て、決勝始まりそう!?やべえ!!急げ、試合始まっちまうぞ!」


???「…無駄口多い、さっさと倒す」

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