#111 鬼神


「HHHHHHuuuuuuuusyururururu……」


 ギョロ、と双眸を動かすとライジンの視界に鬼夜叉が映り込む。

 身の内から湧き出る破壊衝動に突き動かされ、ライジンは双剣を放り出して【灼天・鬼神】の効果で生えてきた鋭利な爪で襲い掛かった。


「ほう、得物を投げ捨てるとはどういうつもりだ?」


「GUGAAAAAaaaaaaあああああ!!!」


 鬼夜叉の問いに、ライジンは言葉を失った獣の如く叫び散らす。

 爪と斧が交差する。甲高い金属音を鳴らすと、そのまま火花を散らしながら自然と鍔迫り合いの状態になっていった。


「知能を捨てて獣になり下がったか……」


「ああsouさ、コの状態ニなるト頭が弱クなるカラキッツいんDAよ……!!」


 黒々とした炎をまき散らしながらライジンは顔を歪める。

 鬼夜叉はライジンが応答したことに驚き、目を見開くと笑みを作る。


「……狂って尚、自我を保つか」


「正気をタもたなければマジもんの獣ミタイにナルカラ嫌なんだヨナァァァァアアアア!!!」


 ライジンが吠えながら腕を振るい続け、鬼夜叉の持つ斧ごと後方へと追いやり続ける。

 そして、じわじわと後方へと追いやっていく内に、鬼夜叉は徐々に弾ききれなくなっていく。


(なんだ、この違和感は)


 ライジンが何かしている様子はない。だが、少しずつライジンが振るう腕の力が増していくような、そんな感覚に陥った。

 いや、事実そうなのだ。腕を振るう毎に力が増していっている。


「……何をしている!?」


 ライジンはその問いに答えない。そして無言のまま腕を振るうと、黒炎が燃え上がり、鬼夜叉を焼いた際に自分の身体から力が薄れていきつつあることに鬼夜叉は気付いた。


「……バフを横取りしているのか!?」

 

「ご名答ォォオ!!てめーガ積みニ積んDAバフは俺ガ奪うゼェェェえエEEEE!!!」


 マズイ、と鬼夜叉は後方を振り向くが、すぐ後ろに壁がある事に気付いて息を呑んだ。すかさずライジンは鬼夜叉が積んだバフを根こそぎ奪った状態で再度腕を振ると、その猛烈な一撃を受けきれず鬼夜叉は壁に叩き付けられた。


「グゥッ……!?」


「このまマ押し切らセテ貰uぜェェェェ!!!!!」


 容赦なくその拳は振るわれていく。腕を前に交差させて防御態勢に入る鬼夜叉は、赤いポリゴンをまき散らしながら顔を苦悶の表情に歪める。


(理屈は単純、暴走状態に入る事で制御を効かせない代わりにバカみたいな力を発揮するというシンプル極まりないスキルだ。しかもライジンの身体から噴出するこの黒い炎を浴びると今まで積んできたバフが嘘のように掻き消えてしまう)


 思考する間にも、ライジンの拳の速度はどんどん早くなっていく。防御態勢のまま、まるでサンドバッグのように殴られ続ける鬼夜叉はそのまま吐き捨てるように呟く。


「万事休す、か」


「なーニィ言ってんDA!!まだマダ闘いはこれkaraだろuuuuuuuuu!!!!」


 【灼天・鬼神】の効果で赤く染まった拳が鬼夜叉の身体を痛打し続ける。あまりの一方的な猛攻に、観客側も固唾を呑んで試合の動向を見守っていた。

 だが、腐ってもPVP専門を謳うクランのNo2。絶望的ともいえるこの状況下で降参リザインすることは無く、その眼に闘志を燃やして拳を受け続ける。

 そして、強烈な殴打を浴びながら、鬼夜叉はとある一つの事実に気付いた。


(……な。……そう思わせるようにさせているのか)


 バフが全て吸収され、見るからに満身創痍の鬼夜叉は、ライジンの与えてくる攻撃に違和感を覚えていた。


 HP


 それも、攻撃の速度が増しているのにも関わらずだ。

 先ほど発動したスキル、【獅子奮迅】の効果は戦闘中に一度だけ、自分が今まで受けてきたダメージ分の体力を即座に回復し、その回復した分だけSTRとDEFにバフが盛られる強力なスキルだ。

 ほぼゼロに近い状態からの回復、そのバフの上昇幅はかなりの物だ。

 そこに加えて状態異常を含めたデバフをバフに変えるスキルである【災禍転覆】の効果もある。


 素の状態でもこれほど強烈な一撃を振るっているというのに、自身のバフを根こそぎ奪われてHPが一瞬で飛ばされないはずが無い。


 手を抜いている?いや、それは無いだろう。彼はそういう性格の男ではない。


 という事は、一つのが導かれる。


 黒炎に巻かれ、身体が焼かれて尚、防御姿勢を継続させたまま鬼夜叉は口を開いた。

 

「ライジン、黒炎の効果はバフをんだろう?実際はバフのなだけなのだろう?」


「……よぉく気付いタナAaaa……!」


 鬼夜叉の言葉に、ライジンは楽しそうに笑みを浮かべる。すぐにはっとしたように口を抑えるが既に遅い。


(恐らく攻撃の速度を上げたのはバフを奪ったと錯覚させるためのだったのだろう。……なぜなら私のスキルにはAGIを上げるスキルなどのだから。効果を見誤ったな、ライジン)


 そう、鬼夜叉のスキルはあくまでSTRとDEFに特化しているものであり、単純な物理攻撃力と打たれ強さにブーストを掛けるだけで、AGIに一切影響を及ぼさない。

 それは自分一人でも戦い抜くというプレイヤースタイルの現れであり、そも、AGIに振らずともAGI特化の相手に対応して見せるという強い意思表示でもある。


「……その状態だと理性が追いつかないのか……。それならばもう少し情報を引き出しても良かったかもしれないが……これで終わりだ」

 

 鬼夜叉は少しだけ口を端を吊り上げると、ライジンを残っている力で思い切り突き飛ばした。

 ライジンが吹き飛んだことで生まれた隙に斧を持ち直すと、真っすぐに構える。


「《我が身に如何なる傷を付けられようが》」


 正真正銘、最後の一撃になるという事を鬼夜叉は予感していた。

 自分がこのままだと削り切られてしまって敗北するのは目に見えているからだ。


「《我が闘志は依然として衰える事は無い》」


 だが、はいそうですかと諦める訳にもいかない。

 むしろ、この状況こそ自分が待ち望んでいた千載一遇の好機なのだ。

 【獅子奮迅】のスキルはそれだけ運用するのでも非常に強力だが、この後に繰り出すスキルとのシナジーを産む為に作成したスキルなのだ。


 斧を強く振り上げ、力を込めていくと斧の周囲に引力を発生する磁場を生成する。

 周囲に転がる、崩壊した地盤や鉱石が吸い寄せられていく。


「《仇敵よ、我が一撃の前に塵芥と化せ》」


 ライジンがその場に踏みとどまろうとしたが、その強い引力に吸い込まれていくように地面に跡を残しながら引きずられていく。

 そしてライジンの身体が鬼夜叉のスキルの射程に入った次の瞬間。


「【怒槌どつい】――――ッッッッ!!!!!」


 勢い良く斧を振りかざし、地面に斧を叩き付けた。

 一見、【崩落斧撃クラッシュ・グレイブ】と似て非なるその効果は、触れた箇所からの

 この戦闘で今まで受けてきたダメージを全てこのスキルの威力に変換し、目の前の敵を消し飛ばさんと繰り出されたスキルのその威力は、【獅子奮迅】とのシナジーもあり、実に鬼夜叉の総HPの二ゲージ分の威力。

 叩きつけられた地面から連鎖していくように地盤が粒状にまで粉々に粉砕され、掻き消えていく。

 波紋のようにその衝撃は伝わり、【怒槌】の引力に引き寄せられていたライジンにまでその衝撃波は迫っていく。


(私は決して勝利を手放したわけじゃない。これが最善、勝ちへの一手。故に、それが通じないというのであれば――私の負けだ)


 数瞬、自分が地に伏す姿を幻視する。自分の渾身の一撃が通用せず、ライジンが自分にトドメを刺す姿を。

 だが、それ以上にライジンをこの一撃で消し飛ばすという強い勝利のイメージを思い描き、斧に一層力を込める。


「さあこれをどう対処する?見せてもらうぞライジン!」


 【怒槌】を繰り出して尚依然として笑みを崩さないライジン。

 衝撃波が凪いだ傍から地面が急速に粒子レベルにまで分解されていく中、不可解な事が起きた。


「あーーきつかった」


「ッ!?」


 突如として、ライジンの様子が変わった。

 先ほどまでの理性を飛ばしている姿とは一変して、その瞳に理性が宿ったように映る。


 少し黒炎が揺らぎ、【灼天・鬼神】の効果で変容していた姿が縮んでいく。そしてある程度まで縮むとライジンは大きくため息を吐いた。


(だが強化状態が解けたというのなら好都合!このスキルで奴を消し飛ばせる可能性が更に――!)


 【怒槌】の衝撃波がライジンにまで到達。その衝撃波がライジンに触れるとそのまま残滓も残さずに掻き消えていった。


「取ったッ!!」


 勝利を確信して鬼夜叉は口元を緩める。何が原因でライジンの強化状態が解けたのかはいまいち理解が追いついていなかったが、結果としてそれが勝利につながった。

 宿敵ともいえる存在を葬り去ることが出来た感傷に浸ろうと――。


「こういう時なら多分視覚の情報よりも耳を頼るんだろうな」


 ひやり、と背後から首元に冷気を纏った刃物が添えられる。

 怒槌の発動硬直で身動き一つ取れない鬼夜叉の額から、一筋の汗が零れ落ちる。


「【灼天・陽炎カゲロウ】。お前が見ていたのは熱に浮かされていて見ていた幻影だよ」


 やられた――――。

 さきほど消し飛ばしたライジンは、幻影のライジン。

 本物は既に背後まで迫り来ていて、このスキルの発動硬直が発生するまで待機していたのだ。

 ライジンの言葉に、鬼夜叉は強く歯を噛み締める。


「いつから、入れ変わっていた?」


「お前が蹴り飛ばした直後だ。打撃系の攻撃してたら幻影が消えちまうからな。まーしかし制御が難しい事難しい事。なれない事はするもんじゃねえな全く」


「……先ほどの暴走状態も演技だと?」


「それは違う。あのスキルは制御できていない。ここまで見せる羽目になっちまったのは誤算だったぜ」


「ならば、今のその姿は完全に御しきっている姿であると?」


 鬼夜叉の言葉に、ライジンは目を瞬かせると、笑みを作る。



 鬼夜叉はライジンのその言葉の意味を理解し嘆息すると、ぽつりと呟く。


「そうか――なら、【怒槌】はだったのだな」


「結果としてはそうなるな」


 鬼夜叉は視線を虚空に向ける。

 あとほんの少しでもライジンが双剣を少しでも動かせば首元を切り裂いて敗北するだろう。

 

(ああ、闘いたかった。あの恐ろしいまでに練り上げられた技巧の射撃の名手と)


 鬼夜叉は、その瞳に予選で自分に向けて放たれた村人Aの射撃を映し出す。

 あの場では咄嗟に対応することが出来たが、あれを何発と撃たれていたらどうなっていたか分からない。

 だが、それでこそ強敵との闘いと言うもの。根っからの対人戦狂からしたら、心躍るものでしかない。


(ならば託そう、当たるかもしれなかった宿敵よ。この化け物を止められる可能性を秘めているのは貴殿だけだ)


 目を細めて自分が闘いを待ち望んでいた射撃の名手を思うと、ライジンが口を開く。


「最後に何か言う事はあるか?」


「フッ、決まっているだろう――」


 鬼夜叉は不敵に笑うと。


「『再戦お願いします』、だ」


「――――喜んで」


 ライジンはそのまま【エクス・ブレイド】を発動。鬼夜叉の首が宙を舞い、その姿がポリゴンへと変わっていく。



『ついに決着!1st TRV WAR本選!『ライジン』選手VS『鬼夜叉』選手!最強を決める決勝へと駒を進めたのはッッ!!!』



 ライジンはその場所で高々と勝利のスタンディングポーズを取り。



『『ライジン』選手だぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!』



 

 長く続いた、1st TRV WAR。その最後の対戦カードが決まり、頂点を決める闘いが遂に始まろうとしていた。




────

【補足】


【灼天・陽炎】

その効果は自分自身とまったく同じ姿の幻影を作り出し、自分と同じ動作をするというもの。分かりやすく言えば強化された後のミラージュ。

ライジンの発言通り、このスキルを発動すると本体は透明化するがその足音までは消す事が出来ない。

五感全てに頼る立ち回りをすればすぐにその姿が偽物であると認識でき、その認識が為された瞬間に幻影は消え、本体が現れるリスクを負っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る