#110 【灼天】の真髄


(【灼天】はその身が燃え尽きるまで効果が切れるこたぁねぇ……!!回復の規制も掛けてないから隙さえありゃ回復は出来る……!)


 【獅子奮迅】の効果で傷が回復した鬼夜叉を見ながら、ライジンは燃え盛る火に身を焦がし、荒く息を吐き出すとそのまま片膝を突いた。

 迸る熱に当てられ、額から零れ落ちる汗を拭いながら、周囲の環境を見回す。


(鬼夜叉のスキルのせいで地盤は滅茶苦茶、火炎を飛ばそうにも抉れた地面が邪魔しやがる……!さっきの一撃、適当に攻撃したように見えて後の事を考えてるな……!)


 ライジンはHPポーションを取り出し、一息に煽ると空になったポーションを投げ捨てた。

 次にすべき行動を考えながら双剣を握る。


「……どうしたライジン、もうギブアップか?」


「馬鹿野郎、この程度で音を上げるわけねえだろうが」


 HPポーションの効果で傷が癒えていくが、その分また放出する熱ですぐさま傷が増えていく。


(タイムリミットはもって後五分と言ったところか)


 ライジンはそう考えると地面を蹴り飛ばし、鬼夜叉へと肉薄する。


「【灼天・ホムラ】ァ!」


 声を上げると一気に火力を上げて火炎を放出する。ゴウ、と唸りを上げて燃え盛る火炎は、鬼夜叉を呑み込まんと襲い掛かる。

 それを見た鬼夜叉はその場から跳躍して火炎をやり過ごし、斧を縦に構えると。


「【兜割り】!」


 重力の流れに従い、加速しながら斧を振るう。ライジンはすぐさま両腕に取り付けたフックショットを飛ばして後方の地面へと突き刺すと、その勢いを殺した。

 無理矢理フックショットで身体が引き留められて仰け反るライジンの身体すれすれを斧が通り過ぎ、地面へと振り下ろされた。

 次の瞬間、大規模な破壊音と共にクレーターが出来上がり、周囲の地面が更に隆起していく。


(野郎、【獅子奮迅】で回復しただけだと思えば更に火力が上がってやがる……!)


 【灼天】の火傷の効果を【災禍転覆】で打ち消し、その分バフが重なっているのだろうが、それにしても火力が上がり過ぎだ。

 空中で回転して勢いを殺してから着地し、片手を地面に添えながら訝し気に鬼夜叉を見ていると。


「私の強化具合に驚いているのか?私の【獅子奮迅】は負った傷の数だけ回復し、その分STRにバフを掛けるスキルだ。……貴様が負わせた傷も、全て私の糧になるのだ」


(そうかい、わざわざ自分のスキルについてネタバレしてくれるなんて余裕なこった)


 まあある程度予想は付いてはいたが、とライジンは苦笑した。


 恐らく真面目な性格故に自白したのだろうが、それでも今の発言は余裕な態度からの煽りとも取れる。本人自体の性格は良いんだからそういう所で勘違いされるんだぞ……とぼやく。


「攻撃は無駄だから黙って殴られてくださいって言われて納得すると思うか?」


「む、そうだな……確かに今の言い方は悪かったかもしれん」


 ライジンの言葉に鬼夜叉は片手で頭を抑え、口をへの字に変える。

 どうやら反省しているようだが……まあ、不器用な人間なのは昔から知っている。


(とはいえ、体力全回復からの仕切り直しは少々厳しいな……!しかもさっきよりもバフが乗っている状態、攻める事も容易じゃない)


 【電光石火】状態から放つ事が出来る高火力スキル【疾風迅雷】は見せた、頼みの綱の【灼天】も状態異常特攻スキルのせいで火力増強の手助けをしてしまう始末。

 だが、かといって攻撃しないわけにはいかない。相手のバフに怯えていてはこのままだと自らの熱に灼かれて死ぬか、攻撃出来ないまま仕留められて終わりだ。


 舌打ちを一つ鳴らし、炎を鞭のように振るって鬼夜叉に攻撃を試みる。


「ここまで強化すればもうスキルは必要ない」


 だが、鬼夜叉が斧を振るうと、その振りで発生した猛烈な風圧に火炎が吹き飛ばされてしまう。


(【灼天】の炎を生身で吹き飛ばせるとかマジかよ……)


 その光景を見てライジンは引き攣った笑みで焦りを覚える。

 だが、焦ってはいても攻勢に転じられない。ライジンが纏う猛々しく燃え盛る火炎は、一向に衰える様子も無く、自分の身体を焼き焦がし続け、消耗させ続けていく。

 どうしようもない状況で、ある最後の手札を切るかどうか逡巡する。


(……本当に、だけは切りたくなかったんだが)


 今の鬼夜叉と全力で打ち合いをしても、バフが乗って鬼強化されている状態の彼に押し切られてそのままばっさり切られてしまうだろう。

 そうなってしまうのならば、切らないよりも切るのが最善だ。


(村人の手の内はほぼ全部知っている。なら、俺も隠し事をせずに堂々と見せるべきだ)


 その場で深呼吸。そして、息をゆっくりと吐きだして鬼夜叉を見据えると。


「鬼夜叉。……俺ももう切れる手札が殆どねえ。最後の奥の手を使わせてもらう」


「ほう、この状況をどうにかできると確信した上での発言か?」


 鬼夜叉は眉をぴくりと動かし、面白そうに笑う。

 ライジンはその様子にしかめっ面のままため息を吐くと、言葉を続ける。


「出来れば切りたくなかった。。このスキルは俺の技量が足りてねえから。正真正銘最後の奥の手だ」


 広がっていく炎が収束し、そのままライジンの身体を包み、熱が籠っていく。


(パワーバランスは鬼夜叉の方が圧倒的に上、その圧倒的なパワーに対抗出来るスキルはもうこいつしかない)


 そのままライジンは自身の熱で炭化していく自分の身体を見て、もう一度ため息を吐く。


(このスキルは超強力な分、最悪を晒すハメになる。ああくそ、出来れば使いこなせるようになってから使うか……切るとしても村人との戦いで切りたかったんだがな)


 それでも、このスキルを使わなければならないという状況まで追い詰めた鬼夜叉というプレイヤーに対し敬意を込めて、最後のスキルを口にした。



「【灼天・鬼神キジン】」





「なんだあれ……?」


 俺は思わず、身を乗り出してライジンと鬼夜叉氏の対戦を眺めていた。

 ライジンの炎が急に収束したと思いきや、炭化した部分からが噴出したのだ。


「……凄く禍々しい炎ですね……」


 隣にいるポンも、少し怯えるような表情で対戦を眺めていた。

 確かに、先ほどまで放っていた眩い印象から一転、その眩い光を絵の具で上から塗りつぶすような漆黒。そんな印象を彷彿とさせる炎の色を解き放っていた。

 そして、ライジンは口元が引き裂けんばかりに笑みを作り、黒炎を解き放つと。


「あAAAAAはははははHAHAHAHA!!!!」


 突然、スキルを発動させたライジンが気が狂ったように笑い始めたのだ。

 そして、次の瞬間グロテスクな音を響かせ、ライジンの頭に突如として片角が生え、片腕から飛び出すように棘が生え始め、全身を黒く染め上げていく。

 見ている物が恐怖に怯える程の禍々しすぎる光景。


(身体から武者震いとは違う震え、この状態は……【恐慌】状態って奴か)


 周囲を見回してみると、ライジンのスキルを見た観客たちの反応はみな一様にフリーズしていた。どう考えてもライジンが普段見せないような気が狂った状態に対して硬直したのではない。ゲームのシステムによる状態異常付与が行われているのだろう。現に、HPバーの横にアイコンとして恐慌状態が発現している。

 観ている観客達にまで効果を及ぼす程の広範囲の状態異常付与。まだスキルの真の力は発揮していないのだろうが……この時点で既に強力過ぎる。


(俺は【不屈の闘志】のお陰で効果は薄かったが……初見でこんな事されたら確実に危なかった。それに、対戦前に【恐慌】状態を付与されるという事を事前に知る事が出来たのは大きい)

 

 冷静に状況を分析してはいるが、正直ドン引きしているのはご愛敬。

 だってあれ最終手段か何かだろ絶対。狂戦士バーサーク化ってまーたリスキーなスキル作りおって……。


「ま、やることは一つなんですけどね」


 俺はそのまま夢と希望と愛を込めた指でRECボタンを押して録画スタート!えへへ、面白そうな予感しかしないからこれを材料にライジン君を煽るんだぁ……!


「……村人君、絶対ロクでもない事考えてますよね、今」


 ソンナコトナイヨー!ヤダナーポンチャンオチャメ!!ボクハソンナヨコシマナコトハカンガエテナイノサ!!



 隙を見せたのが悪いんですねえ。


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