#109 閃光と獅子は高らかに吠える


 ライジンがスキルを発動させた途端、観客席までを照らす程の閃光を放った。

 一瞬ではあったがこの席にまで噴出した炎の熱気が伝わり、俺は思わず武者震いする。


「自傷覚悟の強化スキルか……?」


 確かに凄まじい勢いで燃え上がってはいるが、その分明らかに自分にダメージが入っている様子だった。

 あの様子を見るからに、【灼天】と呼んだあのスキルは継続ダメージを負う代わりに身体能力を向上させるスキルなのだろう。


「凄い熱気……!!なるほど、ライジンさんが予選で言ってた奥の手が私を巻き込むかもしれないと言っていたのはこういう事だったんですね……!」


「ああ、多分あの炎も飾りじゃないんだろう。難易度こそ高そうだけど、使い勝手は良さそうだ」


 確かにあのスキルは到底パーティ向けには思えない。完全にソロプレイ専用、しかも限定の状況下でしか活用出来なさそうなスキルだ。

 だが、限定状況下……今のような対人戦のような状況なら無類の強さを発揮するだろう。

 だからこそ、ライジンのスキルを見て違和感を覚えていた。


「だけどライジンにしては珍しいな……?あいつはどちらかと言うと視聴者を気にしてPSに偏ったスキルを作るとは思えなかったんだが」


 超人気配信者だけあって、その分炎上を気にしている節があるから、スキル生成システムで作るスキルも汎用性が高く初心者でも扱いやすいスキルだった。

 先ほど鬼夜叉氏が斧を投擲した際にさりげなく見せたスーパーアーマーのスキルと言い、この【灼天】と言い……初心者には到底扱いにくいと言わざるを得ない。

 そう思いながら俺が首を傾げていると。


「……ライジンさんはきっと、村人君に挑戦したいんだと思います」


 恐らく何かを知っている様子のポンがぽつりと呟いた。

 その言葉にますます訳が分からなくなり、俺はポンの方へと振り向く。


「挑戦?」


「Aimsではライジンさんが村人君に手も足も出なかった事を悔やんでいました。リアフレだからという理由で変人分隊の助っ人として呼ばれてはいたけど、村人君と実力差が離れすぎていてあまりにも自分は力不足だと」


 神妙な顔でポンは言葉を続ける。


「今回の大会は、MMORPGというライジンさんが本領を発揮できる環境だからこそ、全力で村人君に挑みたいんだと思います」


「……なるほどなぁ……」


 ポンも自分の居場所を求めて足掻いていたからこそ、ライジンの感情に共感出来たのだろう。

 俺がもし逆の立場だったとしても、確かに納得できる。


「あいつからしたら手の届かない存在が少ないからこそ、どうしても俺に勝ちたいんだろうな」


 お世辞抜きにしても、ライジンという男のゲームに関する実力と言うのは世界レベルに匹敵する。

 数多くのゲームのRTAでWRワールドレコードを所持し、彼が好んでプレイするMMORPGには上位層に名を連ね、様々なゲームの歴史にその名を刻み込んでいる。

 その実力も評価され、国内外問わず彼は大規模なゲームイベントに招待される事も多い。


 そして、このゲームは今現在国内で注目されているが、海外のゲーマーにも大きく注目されているという話を聞いたことがある。


 彼の人気の理由は国内の視聴者リスナーの大半からはその人気アイドル然としたルックス、聖人染みた優しい性格による物が大きいが、海外の視聴者リスナーの大半はRTAを中心としたゲームに対する高いPSプレイヤースキルを目当てに見ている、と本人から聞いたことがある。

 海外のゲーマーに注目され始めているという事は、彼の視聴者層もそちらに傾き始めているという事でもある。

 そんな彼が、視聴者の目を気にして自分自身の本気の実力を出せない…そんな雁字搦めな縛りに嫌気がさしたのかもしれない。そして視聴者に、自由に振舞い、ゲームを全力で楽しんでいる自分を見せつけるためなのかもしれない。

 

「加えてこのゲームだ……。スキルで別ゲーの完全再現も可能だから本来の実力がはっきりと出る」


 【跳弾】を始め、Aimsで用いていた技術をSBOという世界に流用出来ているのは、このゲームの特色ともいえる【スキル生成システム】による影響が大きい。

 FPSという俺の得意なジャンルではないものの、【スキル生成システム】のお陰で俺はAimsの世界と同じレベルまで立ち回りやすいと感じている。

 だからこそ、このゲームでどちらが強いか決まれば、ジャンルを超えてが上かがはっきりと出る。…恐らくそういう理由だろう。


「上等じゃねえか……!良いぜライジン。お前の挑戦状、受け取った」


 こちらとしても、ライジンというプレイヤーの本気の実力をこの身で味わってみたかった。向こうからガチでやり合いたいとの事なら、俺も快くそれに応じようじゃないか。

 お前の挑戦に、俺も持てる限りの力を全部使って全力で応えてやる。


 だから。


「……この試合、負けるんじゃねえぞ、ライジン」





 ――――時は少し遡る。



「【灼天】!!」


 ライジンの身体から凄まじい炎が燃え上がり、その身を灼きながら業火を噴出させる。うねり、荒れ狂う炎を制御しながら、ライジンは鬼夜叉へと襲い掛かった。


「それが貴様の奥の手か?……状態異常は悪手だと、悟らなかったのか」


 だが、鬼夜叉はそんなライジンの様子を見ても焦る様子はない。むしろ好機とばかりに目を輝かせた。

 それを見たライジンは、にやりと不敵な笑みを浮かべると高らかに吠える。


「それはどうかな!【灼天・ホムラ】!!」


 ライジンが剣を振るうと、業火が一直線に伸び、鬼夜叉へと迫り来る。

 だが、鬼夜叉は自身に迫り来る業火を見ても冷静に斧を振るい、切り裂こうとした。


「……ッ!?」


 だが、一直線に伸びた炎の塊は斧を避けるように六つに分岐し、鬼夜叉を呑み込んだ。

 耐久力に自信がある鬼夜叉と言えど、炎の塊を浴びて無事では済まない。

 二メートル程もあるその巨体を軽々と呑み込むほどの火炎をその身に一身に浴び、たちまち火だるま状態になる。


「ぐぉおおおおッ!?」


 その目を剥き、業火を浴びた鬼夜叉は苦し気に声を漏らすが、それでもライジンを打ち倒さんとすぐに斧を構えて突撃する。

 だが、ライジンは自分から突撃することは無く、後退しながら火炎を振るい続ける。


(状態異常が無意味?……なら、状態異常の効果を打ち消されてもそれをすぐに上書きしてやればいい)


 ライジンが脳裏に思い浮かぶのは、オキュラスの存在。きっと鬼夜叉はオキュラスの状態異常を用いた攻めのスタイルに散々辛酸を舐めさせられてきたからこそ状態異常特攻のスキルを作成したのだろう。

 だが、そのスキルは状態異常を完全に無効化する物ではない。そこに、必ず穴がある。


「状態異常ハメはオキュラスの専売特許じゃねえ……!俺もRTAで散々手ェ出してきたからなぁ!!」


 その身を灼く炎でHPが削られつつも、命ある限り双剣を振るい続け、文字通り燃やし尽くす勢いで襲い掛かるライジン。

 やがて鬼夜叉とライジンの距離が近くなると、ライジンは双剣を構え。


「【灼天・神楽カグラ】!!」


 ライジンが舞うとその動きに合わせて火炎がライジンの周囲を包み、燃え盛る。

 そのまま回転斬りを繰り出し、斧に向かって双剣を打ち据える。


「オラァ!!」


「ふんッ!!」


 鳴り響く金属音。全力で打ち据えた武器は火花を散らし、猛り燃え盛る火炎は鬼夜叉を再び呑み込んでいく。

 灼熱を浴びて怯んだ一瞬の隙で滑り込ませように双剣で斧をいなしていき、完全に受け流すとそのまま両の刃で鬼夜叉の身体を切り刻んだ。

 そして、切り刻んだ傷口を更に焼くように、火炎は容赦なく鬼夜叉へと燃え移っていく。


「調子に、乗るなぁああああ!!!」


 ブゥン、と鬼夜叉が持つ斧がオーラに包まれ、地面に思い切り叩き付けた。

 

「【崩落斧撃クラッシュ・グレイブ】!!」


 開幕に繰り出した一撃よりも数段強力な力任せの一撃。

 凄まじい破砕音を響かせながら、周囲一帯の地面を粉々に粉砕していく。

 ライジンは流石にこの攻撃に巻き込まれたらマズイと認識し、いったん鬼夜叉との距離を置くために後方へとフックショットを用いて引いていった。

 

「【災禍転覆】!!」


 ライジンが退くのを見た鬼夜叉は即座にスキルを発動し、身体を焼き続ける火炎をその身に覆う事で自らの力へと変える。


「【獅子奮迅】!!」


 そして、また別のスキルを発動させると、鬼夜叉の満身創痍とも言えた身体が急速に癒えていき、戦闘開始前と同じ状態まで傷が回復していった。


「さあ仕切り直しだライジン、戦いを続けよう!」


「勿論だ!!」


 飽くなき闘争本能の赴くままに、両者はその刃を振るい続ける。

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