#105 1st TRV WAR 本戦 RosaliaVS村人A 終幕


 追い詰められたRosalia氏の最後の切り札、超加速の刺突。その威力はさることながら、圧倒的なのはスピードだ。まさしく神速とも呼べるレベルまでノーモーションから加速するという先ほどのスキルは、反則染みた性能だ。

 ポンのスキルと言い、あれほどまで速度が出るスキルを使用されるとどうしても対処が出来ない。来るタイミングさえ掴めればパリィすることも可能だろうが、それは困難だろう。


(問題はそれがどれぐらいの頻度で撃てるか、という事だが)


 強いスキルは、それなりの代償を伴う。本選のこれまでの試合でも使う様子は無かったが、このタイミングで切ってきたという事は一日一回制限という事は無いだろう。再使用に時間を要するだけではあれほどの加速は出せまい。それなりに代償を負うはずだ。


 顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけたままのRosalia氏の様子を見ていると、何か制限を課していたり、代償を負っているようには思えない。となると、考えられる線は一つ。


(Rosalia氏のスキルが少ない理由……もしかすると、一つのスキルを強力にして、ポイントのをしているのか)


 この試合、彼女が用いたスキルは分身を作成する【ガーディアン・ナイツ】、移動速度の上昇を付与する【疾風の加護】、先ほどの超加速刺突、【神速の刺突ヴァル・レ・トラスト】の三つが主立っていて、残りは彼女のジョブスキルのみ。

 そう考えると、彼女が作成しているスキルは少ない。その分、スキルポイントを一つのスキルに注ぎやすいのだ。


 多くスキルを作り、汎用性に優れさせるか、それとも個を優秀にすることによって自分自身のスタイルを確立し、自分の有利な状況に持っていくか。

 俺は前者、彼女は後者だ。俺のこのゲームのスタイルとしてはいかに相手のペースを崩し、そこに強力な一撃を刺すかを軸に行動しているから、スキルの数がどうしても多くなってしまう。だから、彼女のように思い切ったスキル生成システムの使い方は、素直に尊敬できる。自分のペースに持ち込む事は簡単なように見えて、その実難易度が高いから。


 恐らく先ほどの刺突は進化したスキルだろう。【参照進化】で、恐らくヴァルキュリアのあの一撃に強く憧れを抱いた結果、あのようなスキルになったのだろうが……それにしても強すぎる。跳弾改も進化で火力面での強化はかなり良くなったが、あれほど強力なスキルになったわけではない。……次に作るスキルはポイント多めで作ってみようか。


 修復が始まりつつある左腕をチラ見する。完全に修復が完了されるまでは後十分はかかるだろう。それまで、片手でRosalia氏の相手をしなければならない。

 一つ息を吐き、口元を引き締め、コンバットナイフを強く握る。


「来いよ、Rosalia氏。あんたの全力で、俺を屠りに来い」


「言わずともそうさせてもらうがな!!」


 再び動き出すRosalia氏。先ほどのスキルを発動しない所を見るとまだ再使用に時間が掛かるようだ。

 繰り出される斬撃を片手のナイフでいなしつつ、回避も交えて何とか立ち回る。

 だが、やはり片手だけでは完全にいなしきる事は出来ない。徐々に剣先が被弾していき、俺のHPは少しずつ、少しずつ削られていく。


(くそ、このままじゃジリ貧だ……!)


 精神的に不安定と言えど、その剣筋は衰えていない。恐らくこのゲーム以外でも散々研鑽を積んできたのだろう、レイピアによる怒涛の攻撃に圧倒されつつある。

 彼女は優勢であるにも関わらずその表情は決死の表情そのもの。絶対に俺を屠るという強い信念が宿っているようだ。


「このまま削り切って見せよう!!」


「させるかっての!!」


 指を二本ナイフから離すと、その指の位置で【フラッシュアロー】を生成させる。それを見た彼女はすぐに顔を覆ったのを確認すると、俺はブラフの為に作成した【フラッシュアロー】を消し、強烈な蹴りを叩き込む。


「ぐぅッ!?」


「はぁ、はぁ、くそ、片手だけだと弓みたいに火力が出せねえから決定打に欠ける……!!」


 俺のSTR依存のただの蹴りだけでは、彼女の総HPの一割を削る事が出来たかどうかも怪しい。せめてスキルの効果を乗せた一撃ならばそこそこ火力が出るのかもしれないが、生憎俺は肉弾戦で火力が上がるようなスキルを持ち合わせていない。


 地面を横転したRosalia氏から距離を置くと、ウインドウを操作してHPポーションを取り出す。その中身を飲み干して、ぐい、と口元を拭うと【空中床作成】を使用する。


(今は両手で武器を扱えるようにするのが最善、腕の修復が完了するまで逃げるしかねえ!)


 このままコンバットナイフで耐久戦をしようにも、確実に押し負けてしまう。【彗星の一矢】のような超火力を出せる一撃で彼女を屠るべきだ。

 作成した床を駆け上がり、屋根の上に登ったが、すぐさま俺の後を追うように彼女も跳躍し、壁を駆け上がって屋根の上に登ってくる。


「げっマジかよ壁走りウォールラン出来んのか!!!」


「コツさえ掴めば誰でも出来る!」


 マジかよ、いやでも確かライジンがそんな動画出してたな。今度直接聞いてみるか。


(くそ、腕の回復を待ってられないな)


 壁走りウォールランで屋根上まで上がって来られてしまう以上、【空中床作成】で屋根上という有利ポジを取れない。

 逃げる手段も片腕では限られている。このままでは追い詰められてしまって敗北するのは目に見えている。


(こうなったら――――)


 くるりと姿勢を変え、ナイフを構えたままこちらへと歩いてくる彼女の方へと向く。

 俺の行動に、Rosalia氏は口角を引き上げると。


「どうした、遂に逃げるのを諦めたのか?」


「そうだな。尻尾撒いて逃げても無駄っぽいから……これで終わりにしようぜ」


「ふん、弓も満足に握れない君に何が出来るというのだ?それとも、降参という事か?」


 鼻を鳴らし、俺を嘲笑するRosalia氏に、俺も不敵に笑い返す。

 そんな俺の態度が少し気に障ったのか、眉根を寄せる。


「そうか、ならばこの一撃で終わりにしよう」


 Rosalia氏は先ほど刺突を放った体勢と同じ姿勢でレイピアを構える。

 先ほど使ったあのスキルをまた使うつもりなのだ。次こそは間違いなく俺の腕ではなく、身体を貫き体力を消し飛ばすだろう。


(ああそうさ、確かに俺は矢を放つ事すら不可能だ)


 片手の欠損、弓使いにとってこれほどの痛手は無い。メイン火力である矢を使えない以上、確かに立ち向かおうとしている俺のこの行動は愚策極まりない。

 ――――ある、スキルさえ持っていなければ。


(後は俺の力量と天運に左右される。今までの経験を総動員しろ、彼女の呼吸、仕草、動作を見逃すんじゃない)


「【集中コンセントレーション】!!」


 俺が考えている作戦の成功率を少しでも上げるにはこのスキルが不可欠だ。スキルの効果で思考が加速し、目の前の白い騎士に集中力を全て注ぎ込む。


「《我が身に顕現せよ》!!」


 短い詠唱の後に吹き出す場を制するような威圧感。だが、あの地獄のマラソン大会で得たスキル、【不屈の闘志】の効果によってその威圧感に圧倒される事は無い。


(圧倒的な速度での刺突、直撃すればその部分が消し飛んでもおかしくないほどの威力だ。それほどの速度を出せるというのなら……


 さあ勝負だRosalia氏。あんたが俺を貫けばあんたの勝ち、俺があんたの刺突を見切れればだ。


「【神速の刺突ヴァル・レ・トラスト】!!」


 集中力をフルスロットルし、彼女の動きを凝視する。そしてスキル名を告げる高らかな声の後に再び繰り出される神速の刺突。それに対し、俺は……。


「ここォ!!」


 彼女の動きで到達位置を予測し、出来る限り最小限の動きで、攻撃が当たらない位置でナイフをある一点に振りかぶった。

 スキルを発動し、一度踏み込んだ足は止まらない、

 神速染みた速度を、完璧に制御できると言うのならそれはもう神業だ。相手の知覚速度を超える速度で攻撃すれば関係ないと、甘い考えから生まれた制御しきれない速度が、却って自分の首を絞める事になる!


「ッ!?」


 一瞬の交差。凄まじい速度で彼女と俺の間に赤いポリゴンが舞い散る。


 彼女のスキルは俺の身体に命中することなく、30m程過ぎた所で停止した。

 コンバットナイフに伝わった、確かな手ごたえ。【集中コンセントレーション】のお陰で彼女の姿を見切る事に成功した俺の、反撃の一手。

 攻撃を外し、こちらに慌てて振り向く彼女は、異変に気付き首元を押さえると、そこから赤いポリゴンが勢い良く発生する。


「神速つってもな、人が見切れればそれはもうなんだぜ」


≪【処刑人エクスキューショナー】が発動しました≫


 首元を押さえたまま崩れ行く白い騎士。最後まで足掻いて見せんと手を伸ばすが、やがて指の先からポリゴンとなって掻き消えていく。

 彼女の刺突を完全に見切った俺の反撃が、Rosalia氏の喉首を的確に抉り取ったことで【処刑人エクスキューショナー】の効果、急所命中による即死判定が発生した。


 即死さえ発動してしまえば、彼女の体力を削り切る程の火力など必要ない。単純明快な答えだ。


 抗いようのない、システムの残酷な通知。文字通り一撃で葬りさられた事をようやく自覚したRosalia氏は口元を緩め。


「……見事」


 そう言って残念そうに笑う彼女は、光の粒子となって消えていく。

 コンバットナイフを振り、刀身に付着した赤いポリゴンを払うと。


標的撃破エネミーダウン

 

 大量に飛び散る光の粒子を背景に、コンバットナイフを鞘に納め、静かに空を仰いだ。


『1st TRV WAR本選Aブロック決勝戦!!『村人A』選手VS『Rosalia』選手!!激闘を制し、本選決勝戦へとコマを進めたのはッッ!!』


『『村人A』選手だぁーーーッ!!!』


 実況の声に、一拍遅れて割れんばかりの大歓声が包み込む。


「ここまで来たぞ、ライジン。後はお前が俺と同じ場所まで登ってくるだけだ」


 これで、大会当初にライジンと交わした約束は達成した。

 あれだけ俺に煽っといて準決勝落ちとか、そんな情けない真似はしないでくれよ?


 俺が虚空に向けて笑いかけると、その先でライジンが任せろと言って勝気な笑みで笑った、そんな気がした。



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