#103 1st TRV WAR 本戦 RosaliaVS村人A その三


 どうする、この状況の打開策を考えろ、思考を止めるな。まずは冷静に状況を整理しろ、その上で起こすべき行動を確定させろ!!

 AGIを多く振っている事により、思考加速が発動するのを感じながら、今一度状況を再確認する。

 

 今、背後にいるRosalia氏のレイピアによって腹部が貫通している。下手に動けばレイピアがより深く身体に抉り込み、HPバーが更に減ってしまうのは確実。そのままRosalia氏が耐え切れば俺の負け、情けなく準決勝敗北だ。

 なら打開策は何とかしてRosalia氏を引きはがす事だ。レイピアが刺さっている状況ではジリ貧で敗北する可能性が非常に高い。

 では引きはがすための手段は?振り返って矢で攻撃?駄目だ、そんな事をすれば俺はすぐにHPバーが溶けてポリゴンになってしまう。

 ならばレイピアを突き刺したまま反撃に転じる必要があるな。その条件を満たす上で重要なのは、後ろにいる個体が分身か本体かどうか見分ける必要がある。本体ならばSTRで力負けする可能性もあるが、分身なら話は別だ。分身は本体の完全コピーというわけではないからな。ステータスは本体の下位互換だ。


 今このレイピアを突き刺した個体が本体であるという確証はない、が。先ほどの発言から察するに。


『私はこう見えて慎重に行動する派なんでね』……隙が出来たからと言ってすぐさま本体が飛びつくとは考えにくい。ならば、この個体は分身である可能性が非常に高い。

 分身はかなり高性能に見えて、その実かなり衝撃に脆い。コンバットナイフで顔面に突き立てるだけですぐに霧散、胴体に矢を突き刺すだけでも消えてくれる。それは、今までの戦いで分かっている事だ。


 思考の時間の合計、実に1秒。FPSは瞬時にその場の状況に対しての判断を何度も出していかなければ簡単に負けてしまう。その経験が、この場で本領を発揮する。


 ならば今俺が出来る打開策は―――!!


「んにゃろォ!」


「むッ!?」


 俺が完全に思考に没頭し停止していた事に困惑し、レイピアを握る力が緩んだ隙に。

 レイピアを両手で力強く鷲掴むことで位置を固定すると、前のめりに姿勢を変える。

 分身のSTRよりも俺のSTRが上回り、分身はレイピアを握ったまま宙に浮いた。


「そぉいッ!!」


 その場でし、レイピアを放さない分身は地面に叩きつけられた。その衝撃で分身は霧散し、同時に握っていたレイピアも霧散した。


『あーっと村人A選手、絶体絶命の状況を機転で覆したぁ―――!!!』


 荒い息を吐き出し、驚いたような、感心したような表情で俺を眺めるRosalia氏を睨みつけると。


「はッ、はッ、乗り切ったぞ、次はどう来る!?」


 依然として、事態は好転したわけではないが絶対絶命の状況からは脱した。だが、集中は切らしてはいけない。Rosalia氏がかなり頭がキレると分かった以上、この事態も恐らく想定済みだ。何かしら策を講じている可能性も捨てきれない。

 驚いたような表情はこの状況を想定していなかったのだろうか、それとも――――。


「いや、凄いな。そうか、レイピアを無理に動かさずともそれを支点にして分身を無理矢理持ち上げ、地面に叩きつける事で消失させる。なるほど、面白い」


 興味深げに頷く彼女は笑みを作ったまま崩さない。


「だが、その程度で打開出来ていると思ったのなら悪いな。策は二個も三個も講じてこそ策と呼べるのだよ」


 ビリッ、と身体を突き抜けるようにして衝撃が伝わってくる。ゴブジェネと戦って何度も味わったこの感触、この独特の違和感は――。


ッ――!!」


「【状態共有シンクロ】。君が麻痺矢を使ってくる事は想定済みだったからな。分身に状態異常を付与してくれた時点で私の作戦はこの方針に切り替えさせてもらった」


 恐らく状態異常を付与させた相手にも同じ状態異常を付与するスキルなのだろう。分身を作成できるスキルで数を増やせばこのスキルの強さは計り知れない物になる。


 俺の意思に反し、身体が痺れてガクリと膝が折れる。次第に身体は自由が利かなくなり、完全な無防備を晒してしまう事になるだろう。


「く、そ――」


「終わりだ村人A。君との攻防は短かったが楽しかったよ」


 レイピアを深く構え、俺が行動不能になるのを待つRosalia氏。

 俺はその姿を睨みつけながら、迫り来る最後までその姿勢を貫いた。



「ああああああ、まずいですよライジンさん!村人君が負けちゃいますよ!?」


「ポン、分かった、分かったから。揺さぶるのはやめてくれ」


 ポンは思わず立ち上がると、焦燥しきった表情で隣にいるライジンの身体をガクガクと揺さぶる。それに対してライジンは冷静なまま、試合を眺め続ける。

 どこまでも静かなライジンを見て、ポンも少しは落ち着き、再び席に着いた。


「流石に村人がこの状況から抜け出す手段が無いとは考えにくい。自分が状態異常に陥って行動不能になる可能性だって考えてはいるはずだ」


「……つまり、村人君は何か狙っていると?」


「その可能性が高い、かな。ただ、この状況をどうにか出来たとしてもそれを実行できるかどうかは、あいつ次第だろうけどね」


 ライジンはそっと目を閉じ、膝に肘をついて、顔の前で手を組む。


(お前がこんな所で負けるような奴じゃないことは知ってる。見せてもらうぜ村人。Rosaliaを超えて、決勝まで勝ち上がってこい)


 片目を開き、ライジンは静かに戦いの行く末を見守る。

 きっと、村人Aが勝ち上がってくるだろうと半ば確信しながら。





 これが、多分この戦いで最も重要なターニングポイントだ。俺が完全に麻痺に陥ってしまえば敗北は確定してしまう。

 実を言うと、この状況になるかもしれないという事はあらかじめ想定していた。自分の麻痺矢で事故が起きてしまう事も頭に入れていたから、厨二との戦いで着想を得て、今、俺の口内には解毒薬が仕込まれている。

 だが、問題はどのタイミングで麻痺を解除するかどうか、だ。麻痺を解除したところで、すぐにばれてしまえばそのままレイピアで串刺しも考えられる。腹部貫通後間もない今、HPはかなり減ってしまっているからな。それだけは御免だ。


「遅効性の麻痺毒か、初期症状発生から三十秒といったところだな」


 俺の麻痺の通りの悪さに、俺が麻痺矢で用いた毒が遅効性であるという事に気付いたらしい。それならば好都合、余計時間が稼げる。

 麻痺毒の効果時間は先ほど彼女が言った通り、初期症状発生から三十秒程で完全に行動が取れなくなってしまう。逆に言えば、その三十秒は慎重を期して攻撃を行ってこない。その三十秒の隙でこの状況を打開する!


「麻痺で呂律が回らないのが嫌なのか?それとも、戦意喪失したのか?」


 Rosalia氏が何やら問いかけているようだが俺の脳内にはその言葉の意味が入ってこない。それほどまでに、頭を回し続けているから。余計な情報は削ぎ落とし、必要な情報の取捨選択を行う事が大切だ。


 まず彼女の分身が消える条件は、衝撃を与える事は確定だ。その手段は、基本的にダメージを一定量与える事で霧散する。

 だが、その手段をずっと取っていてはキリがない。片っ端から潰した所で、即座に補充されてしまえば無限ループの完成。なにこれクソゲー?

 では、衝撃を与える以外の他の手段とは?情報は断片的ではあるが得る事が出来た、一つずつ整理していこう。


 予選で見た、オート操作の粗。俺が跳弾込みの矢を乱射した際に、彼女は避けきることが出来ずに被弾していた。同時に厨二が妨害を行ったため、目が向けられなかったが、実はあの時に見せた動きの粗は、確実にだった。

 次に、分身が消えた瞬間の状況。本体に対する一定量のダメージ、かもしれないと考えていたが、あの状況から察するに、がある。

 そして、俺が弓矢で直殴りしようとした時に分身の動きが少し鈍くなった事。


 全ての状況を総括して言える事はたった一つ、どれも『Rosalia氏に精神的な面でのダメージを与える事』である。

 一つ目は、跳弾による挙動の予測による脳の過剰負担、二つ目は精神面での焦燥による思考の妨害、三つ目は俺の怪奇行動による困惑。


 そして、Rosalia氏は恐らく三人以上の分身を同時に動かす事が出来ない。それは単純なマルチタスクの限界要領キャパシティであるのだろう。

 つまり、先ほど挙げた例は、精神面でのダメージによるマルチタスクの限界要領キャパシティを超えるような状況だ。


 つまり。マルチタスクの限界要領キャパシティさえ超えてしまえば思考が追いつかなくなり、恐らく分身は消えて無くなる。


 答えが出た事で頭の中の靄が消え、視界がクリアに映る。思考が纏まった、後はこれを実行するのみ。

 

 ――――さぁ、行動に移そうか!!


 歯の裏に仕込んだ解毒薬で麻痺を解除、その際に身体は一切動かさず。

 Rosalia氏が集中を切らさず注視している状況で。



 その目に闘志を燃やし、地面に伏せたまま静かに笑みを作り、反撃の機会を狙い定めていた。

 

 

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