#092 1st TRV WAR 本戦 銀翼VS村人A その四


(なんで、早くやる気を出してくれないのかな)


 銀翼――――厨二は、一目散に逃げだした村人Aに視線を向けながら、ぼんやりと思う。


 自分が知っている彼の本気はこんなもんじゃない。ポン戦でも終盤に見せた彼の本気の姿は、見ているだけでも痺れたし、あの状態まで行った村人Aと戦いたいと強く望んだ。


 それが、どうだ。


 至って単調な動きばかり繰り返し、まるでおちょくる(事実おちょくられた)ような立ち回りしかせず、彼が思う自分に対しての勝ち筋というものは、


(ボクが認めた君は、もっと凄かった)


 初めてAimsで相対した時、面白い技術を使う相手だとは思った。

 FPSというジャンルの中でも特に異質で珍しい【跳弾】という技術を使いこなし、あろうことかそれをスナイパーで難なく行う彼の姿は、非常に興味深かった。

 だが、その面白い技術を駆使して挑んでも、自分に及ばない。それでもがむしゃらに自分に挑み続ける彼の姿が堪らなく面白かった。

 そして試合終了間近に興味を失いかけたその瞬間―――赤い光を纏った弾丸がボクを貫き、人生で初めて【敗北】という物を味わった。

 キルカメラを通して見た、目を爛々と輝かせ、ボクの死体を踏みつけて盛大に笑う君の姿は―――何より輝いて見えた。


(ボクは、あの時の君が見たい)


 幼い頃から神童と呼ばれ、自分以外の人間の能力の低さに絶望し、一度は人生を投げ出そうとした身。挫折という物を経験したことが無く、対等に競い合える人間を欲してやまなかった自分の前に突然現れた一筋の光。


(生きる希望を与えてくれた君を、もう一度)


 誰よりも君の事を気に入っているボクだからこそ分かる。

 君はまだ、


 だから、君がやる気になるまで、ボクは待ち続けよう。


(ただし、あんまり待たせ過ぎたら――――本気で行かせてもらうよ)


 いつまで経っても本気で戦わない人間に捧げる時間は無い。

 もって、十分といったところか。それまでにボクは本気になろうじゃないか。


(せいぜい楽しませてくれよ?A





 ガタッ、とポンが観客席から立ち上がり、信じられないような物を見るような視線を銀翼に向ける。

 串焼き団子はそんなポンの様子を訝し気に思い、口を開く。


「どうした?」


「いえ、その――厨二さんの目の色が変わったんです。あの人はどこか達観していて、いつでも余裕を見せているんですが……。その余裕が、少しずつ抜けてきている。もしかしたらあの人が本気で戦うのも近いかな、って」


「あいつ、やっぱり本気で戦ってなかったんだな……。確かに集中している人間が挑発に引っかかるわけないもんな」


 串焼き団子は納得した様子で頷いているが、ライジンはごくり、と生唾を飲みこんだ。


「ただ、厨二が本気を出す場面って相当珍しいんだよね。最後に見たのはいつだったかな……。確か、外鯖で対戦してた時の――――」


「『Hawk moonホークムーン』『snow_menスノーマン』率いる『Hands of Glory』…『HOG』のチームとマッチングした時ですね」


「HOGか……。あそこのプロチームなら納得だな。世界的に見てFPS界隈だとトップレベルのプロチームだもんな……」


 やはり知っていたか、とライジンは思いながら言葉を続ける。


「俺は基本的に助っ人扱いでの変人分隊のメンバーだから、その時はたまたま練習に参加してただけなんだけどね。多分、固定メンバーで試合を回してるポンの方が知ってそうだけど……」


「結果で言えば試合に敗北しましたが……。あの人が最初から最後までフルスロットルで戦っているのを見たのは後にも先にもあの試合しか知りませんね」


「で、厨二の本気の実力ってのはどれぐらいのもんなのよ?」


「HOGの主力と拮抗するレベル、もしくは、一時的とは言え凌駕していたレベルといえばその凄まじさが分かるでしょうか?」


 ポンの言葉に、串焼き団子は驚きを隠せずに目をしばたたかせる。


「……えぇ……?いや、冗談だろ?」


「あの人と村人君のお陰でワンサイドゲームにならずに済んだんですから……。それほどまでにHOGというチームは強敵でした。私は手も足も出せなかったので、よく覚えてます」


 悔しそうだが、どこか吹っ切れた様子のポンは苦笑を浮かべる。

 それを聞いた串焼き団子は思わず感嘆のため息を吐いた。


「そんな厨二が今、本気を出そうとしている……ってわけね」


「村人の実力を認めているからこそ、手を抜いた試合なんてしたくないんだろう。ポンとは状況は違えど、本気で戦ってほしいという気持ちはポンに負けず劣らずだろうね」


 ライジンはそう言うと、これから起こるであろう激しい戦闘にかなり期待したような表情を浮かべながら、試合を見守る。

 ふと、ポンが何かを思い起こしたように串焼き団子の方へ振り向くと。


「という事は、串焼き団子さんは厨二さんが『厨二』と呼ばれる所以をご存じでないという事で?」


「ん?PNプレイヤーネームが厨二くさいから厨二と呼ばれてるんじゃないのか?てっきりそうかと思ってたんだが」


「確かにそれもありますが――実際の所は少し違います。あの人が本気の状態に入れば多分見れると思いますよ」







 息を荒く吐き出し、廃墟に入り込んで走り続けると広い廊下に出る。

 所々朽ちているため、少し脆そうではあるがこの場所は条件が整っている。厨二を迎え撃つには絶好のポイントだろう。


 後ろから走ってくる厨二の姿を見て、俺は弓矢を装填する。

 そしてすぐさま発射。放たれた矢は壁、天井、地面を跳弾していきながら厨二の方へと向かっていく。

 放つと同時に【自動装填オートリロード】を発動、弓に自動的に矢が装填されるのを確認し、即座に発射。これまた【跳弾・改】を発動させて弓矢は縦横無尽に跳ね返り続ける。


「なあ厨二覚えているか?一時期流行った初心者最強の戦法、『脳死マシンガン』を」


 Aimsで跳弾マガジンが実装されて間もなく。Aimsの対戦環境は一時期跳弾マガジンを使った戦法で溢れかえった。当時、跳弾の限度回数は存在せず、弾が壁にめり込むか勢いが完全に無くなるまで跳弾し続けたというバランス調整がクソだった時代がある。その時にプレイヤーの間で流行ったのが『脳死マシンガン』である。腰打ちマシンガンでただ弾をばら撒くだけで跳弾し続けた弾が敵に命中してキルを取れたので、初心者はそれ以外に頼ろうとしない程大流行した。『撃ち合いなんてクソくらえ、適当にぶっ放せばなんか知らんけどキル取れる』と呼ばれたあの魔の時代は、後世に伝わっている数ある時代の中でも最もAimsがクソゲ―と化していた時代だ。


「多少粗は目立つが、当時の再現をとくと味わってくれよ!」


 矢を装填するたびに即座に発射し続ける。当てる気なんて毛頭ない。いや、それは語弊があるな。当てようと思わずとも当たる、というのが正しいな。

 ただ、これではあまりに芸が無い。あいつの事だ。これでも難なく回避したり弾き続けるだろう。


「まーたつまらない事をするねえ!そんなに試合を早く終わらせたいのかい?」


 厨二が悪態吐きながら短刀で矢を弾き、時には回避しながらもこちらへと歩みを進める。

 だからこそ、適当に射撃しているように見せるのがこの作戦の要なのだ。


「【爆速射撃ニトロ・シュート】!!!」


 時折本命の射撃を混ぜる事で、跳弾し続ける矢に紛れ込ませて厨二を削りに行く。それがこのnoob作戦の本命。初心者っていうのは、たまにではあるが本当に優れた射撃をする。マグレでもなんでもいい、キルを取れればその時点で勝ちだからな。


「それぐらい読めてるさぁ!君の事だ、この跳弾地獄で正確に狙いを定めて射撃出来る事ぐらい知っている!」


 だが、【爆速射撃ニトロ・シュート】を用いた射撃すらも厨二は短刀で弾き返し、そのまま地面を転がる。

 そして、次の瞬間―――が、厨二を深々と貫いた。


「誰がそれをと言ったかな?」


 フェイクにフェイクを重ねた正真正銘、意図せぬ射撃マグレショット。意図しないからこそ生まれる予想もしない位置からの攻撃に厨二は口角を上げる。


「やるねえ、またしてやられたよ」


「どうせ今ので半分も削れてねえんだろ?このまま持久戦と行こうぜ厨二ィ!」


「もう、次は被弾しない。ここからは本気で行かせてもらうよ、村人A!」


 厨二の表情が変わったのを皮切りに、戦闘は更に激化していく。

 




────

【補足】

ゲームである以上、厨二自身チームの結果による敗北という事自体はAimsで何度も経験していますが、最終的な形とはいえ1on1で初めて敗北を喫したのが傭兵Aでした。以来、フレンドとなり競い合う仲となりました。


『Hands of Glory』

アメリカのプロチーム。通称HOG。Aimsを含め、数々のFPSの世界大会で上位入賞、もしくは優勝を勝ち取っている世界的に超有名なチーム。一人一人のPSが他のプロプレイヤーと比べてずば抜けて高く、一人一人が他のプロのリーダー級の実力を持ち合わせている。

Aimsで代表的に上げられるのが『Hawk moon』。天才的なまでの『読み』の精度と、凄まじい反射神経、暴れ馬をほぼ無反動でリコイル制御可能な技術が特徴。

他にも跳弾スナイパーの礎を築き、世界最高峰のAIM力にして超長距離スナイプ世界記録保持者の『snow_men』、全武器種合計キルスコア世界一位『Ashley』など在籍している。

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