#088 嵐の前触れ


「さて、対厨二の考察でもするとしますかね」


 今現在、視界には1st TRV WAR本選の試合の画面が半分、もう半分には厨二の判明している情報が記載されているメモが表示されている。

 エナドリをちびちびと飲みながら、俺はメモをスワイプし、自身のSBOでのステータスを確認する。そして厨二の情報と照らし合わせて、ため息を吐いてからテーブルに肘をついた。


「厨二とのガチマッチは久しぶりな上に、まだあいつの詳細が判明していないからどう立ち回った物か……。ポンみたいに正面衝突してくれれば、多分少しは立ち回りやすくはなると思うんだが、あいつの事だしな……」


 真っ向から勝負を挑んでくれるのならば俺も脳筋でゴリ押す、という強行手段も取れるのだが、あのねちっこくて相手が嫌がるであろうことを最優先する厨二だ。正面からの殴り合いを選択することは無いだろう。


「取り合えずの最優先回避事項は【宵闇のトワイライト怪盗ファントムシーフ】を発動させないことだよなぁ……。発動条件が少しは割れてるのが救いか」


 確か武器を持っていないこと、武器に触れられる事が条件だったか。そのうちの一つでも回避すれば防げるはずだから、奴の動きを警戒しておかないとな。


「ディアライズを奪われたら洒落にならないしな……。【狩人(弓使い)】の恩恵が殆どなくなっちまうし、【彗星の一矢】を放てなくなるのは大きいし……」


 最悪、【彗星の一矢】を厨二に使われてしまう可能性すらある。正直あのスキルは隙が大きいし、扱いにくいのが難点であるのだが、あの厨二の事だ。恐らく楽々あのじゃじゃ馬を使いこなして俺の顔面を盛大に歪ませてくれることだろう。


「あぁ、マジでどうしたもんかなぁ……」


 串焼き先輩に啖呵切ったは良いものの、いざ厨二戦を間近に控えるとなると頭を抱えたくなる気持ちだ。おちょくられた挙句敗北なんてした日には……串焼き先輩に当分ネタにされるだろう。それだけはなんとしても回避しなければならない。


「……ネガティブ思考なんて性に合わねえ!あいつをぶっ倒す作戦だけ考える頭を回し続けりゃ良いんだ、負け筋なんて考えずに勝ち筋だけを考えろ!」


 メモのネガティブ厨二考察欄を雑に全消去、考えられる勝ち筋だけを思考入力していく。その際に及ぶ危険は一切考慮せず排除しよう。その時の俺が全部なんとかしてくれる!!


「『厨二が反応不能な速度で攻撃』、『スキル偽装で厨二の認識をずらして立ち回る』、『新スキル作成で厨二の不意を突く』はっはー俺もやればできるじゃねえか!こんなにポンポン案が思いつくなんてな!」


 思わず気分が良くなり一人で高笑いしながら厨二に対する勝ち筋を書き連ねていく。

 え?そんな簡単に事が進むかって?知らねえよそんなもん。勝負の時ってのはいつもイレギュラーが発生するもんだ。その時の対応力で差が付くんだよ。


「こっから先は厨二との場数の差が物を言う世界だ。俺すら想像しない立ち回りを俺が行う事で奴も混乱……」


 そこまで独り言をつぶやいて俺はぴたりと動きを止める。


「……ん?ちょっと待てよ、俺すら想像しない立ち回り?」


 ふと、さきほど呟いた言葉を復唱する。何か重要なヒントがそこにあるような気がする。そもそも、俺の普段の立ち回りって言うのはどういうものだ?


「厨二の中で、俺の普段のプレイスタイルは完全に染みついているはずだから……。をすることであいつの隙をつくことが出来る?」


 顎に手を添えながら、唐突に思いついた妙案に口角を上げる。

 対応力で言えば、厨二は総合的に見て桁違いに高い。それは今までに積み上げてきた経験によるものだ。

 経験を重ねれば重ねる程、ある種のパターンと言うものを脳内で明確化出来るようになる。FPSで言えば、このポジションで構えていれば強いという事に気付いたり、相手の立ち回りを見て次に顔を覗かせそうな場所はここか、と断定出来たり。

 FPSでの上手いプレイヤーと言うものは、単に撃ち合いが強いというプレイヤーばかりではない。相手の立ち回りに対して、どれだけ自分の立ち回りに活かせるかどうか、という機転の利かせられる応用力も必要になってくる。事実、立ち回りだけで撃ち合いが強いプレイヤーを圧倒するプロも存在する。

 では、逆に考えてみよう。そんな相手の立ち回りを見て対応することが出来る猛者に対しての対抗手段とは?


「……そうか、そういう事だな」


 一つの明確な答えが見えて、俺は思わず目を閉じて天井へと顔を向ける。

 そして思わずため息を吐いて、本当にそれで良いのか、という自問自答をする。


 今思いついた答えは、他人に聞かせたらアホじゃねえの?と一蹴されてしまう可能性を孕んでいる。だが、先ほどまで上げていた案を厨二に通用するかどうか、という事と天秤に掛けたらワンチャンあるかも、という意味で通用する可能性がある。


「一度根付いた意識っつーのはそう簡単に改善されるもんじゃねえ。どんなに立ち回りが上手い人間でも、に咄嗟に反応することは難しい」


 事実、俺がそうだ。ある程度上手いプレイヤーと言うものは、上級者の間で一種のセオリーになっている攻め方を予測し、行動する。何故かって?それがだって上級者の間で完結しているからだよ。

 では、そのセオリーに反した立ち回りというものとはなんなのか。


「……正直いちかばちかだが……。普通に対応されたらそれで俺の負け。少しでも困惑させて隙を突けたら俺の勝ち。……単純な答えだ、やってみる価値しかねえ」


 さて、ここで一つの例え話をしよう。


 ここに猛者が一人いるチームがあります。相手のチームには初心者がいました。猛者はキルレ稼ぎの為に意気揚々と初心者を狩ろうと試合に励みました。その結果、その猛者はその試合中何度か初心者に撃ち負けてしまいました。

 どうしてでしょうか?


 答えは単純明快な物です。


「猛者であればあるほど、そのドツボに嵌る。固定観念のように染みついてるからな。って」


 初心者が格上に撃ち勝てる時ってどういう時だか知ってるか?




 予測付かねえ立ち回り初心者故の謎ムーブ意図せぬ幸運マグレヘッショって相場が決まってんだよ。




「大方オペレーションnoobってとこか、良いぜ燃えてきた」


 『見るに堪えない立ち回りで厨二を翻弄する』作戦の始まりである。


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