#086 その閃光は駆けてゆく


「よぉし待てお前ら。言いたいことは分かってる。だがな、相手を考えろ。あの厨二だぞ?回避スキルがアホみたいに高い厨二だ。元々化け物スペックのあいつが上級職っつーゲーム的にも有利な立ち位置なんだ。レベルが低い俺が勝てるわけないじゃん」


「言い訳乙」


「だぁああああっ戦争じゃあああああ!!!」


「お、良いぜやろうぜ串焼き先輩、跳弾で遊んでやるからよぉ!」


「お前ら落ち着け、周りの視線が痛い」


 試合後の観客席にて。試合が終わった串焼き先輩が開口一番そんな事を言ってきたので、思ったことをそのまま返したら殴りかかってきた。それをライジンがため息を吐きながら鮮やかに止めると、串焼き先輩はぐぬぬ、と悔しそうな顔に変わる。


「確かに串焼き団子さんはレベル的に厨二とのステータス差があるから厳しいよね……。PSだけでどうしようもない部分が多いのがMMORPGの特徴だし。あくまでステータスありきの動きだから、厨二のAGI振りには追いつけないよ」


「そうか分かってくれるかライジン!俺初めてお前の事を嫌いになってから良い奴かもと思ったかもしれない!」


「いやあの海鳴りの洞窟で助けたのはノーカンですか……」


 ライジンは苦笑しながら頬を掻く。だが、シオンの兄に少しでも好感度を稼ぐことが出来た事が嬉しいのかその表情は柔らかい。

 ……ふむ、そうだな。


「旦那、こいつこの前シオンと二人きりで買い物行くかもとか言ってやしたぜ」


「ぶっ殺!」


「なんで村人は俺に対してそんな辛辣なの?泣くよ?」


 串焼き先輩の微妙に上がった好感度が一瞬でゼロになった瞬間を見て俺は満足気に頷く。何故辛辣かって?それはですねぇ……強いて言うならば、その方が面白そうだから、ですかねぇ……(ゲス顔)

 因みに串焼き先輩の拳は、不可侵エリアのおかげでライジンに届きませんでした。


「ところでライジン、お前いつ試合始まるの?」


「多分Bブロック最初だろうから、まあ後三十分とかそこら辺かなぁ……?どうしたんだ?急に」


「いや、試合始まるまでちょっと厨二の考察してようかと」


「あー……次厨二と当たるの村人だもんな」


 厨二と串焼き先輩の勝敗の結果で、俺と二回戦で当たる相手は、串焼き先輩と厨二の二択で確定していた。どちらの対策も行ってはいたが、どちらかと言えば厨二ではなく串焼き先輩に勝ってほしかった。だって厨二のスキル的にもやり辛いもの。

 ゆっくりとジト目を串焼き先輩に持っていくと盛大にため息を吐く。


「はぁー……」


「いやお前そんな露骨に『なんでお前負けてんだよ次やり辛えだろ』って顔すんな」


「もしかして串焼き先輩ってエスパー持ち?」


 なんでこの人俺が思ったことまんま分かったんですかねぇ……。感情表現エンジンが表現する表情ってそこまで完璧に読み取ってくれてんの?最新の技術ってスゲー!


「まあ負けたもんは仕方ないよなぁ……。串焼き先輩が厨二のスキルをもっと引き出してくれればもう少し次の試合の準備が出来たんだけど……」


「それは悪うございましたね!!!」


 半泣きで串焼き先輩が叫ぶ。串焼き先輩には悪いけど、本当に一方的にやられてたから観戦してても奴のスキルのヒントが何も得られなかったんだよな……。自己蘇生までは期待してなくても、あの【宵闇のトワイライト怪盗ファントムシーフ】っていう武器奪取スキルの全貌が明かせれば大分次の試合でやりやすかったんだが……。


「でも少しは奴のスキルについて分かったことはあるぞ」


「お、やるじゃん串焼き先輩」


「だがお前の態度が気に食わんので却下」


「あーあ、そんな事言うんだ。シオンに言ってやろ、串焼き先輩がいじめるって」


「生来の親友村人君!君に全ての情報を明け渡そうじゃないか!!!」


「だめだこいつら」


 ライジンがあきれ顔を浮かべて、もはや俺達のやり取りを止めやしない。

 つーか串焼き先輩本当にシオン絡みになると弱いよな……。なんならシオンもSBOに呼んだ方が串焼き先輩に対して命令しやすくなるんじゃね?……我ながら名案だな。


「で、何よ分かったことって」


「あいつが武器を奪う条件に恐らく該当するのが、『奴自身が武器を持っていない状態』と『相手の武器に触れる事』だと思う。他にも奪う条件があるのかもしれないが…戦闘の最中にこの二つをやってきたから、この二つは間違いないと思う」


「その二つって【強奪スナッチ】の条件なんだよね」


「だあぁ、それならもう知ってるのかぁ……。くそ、結構自信あって答えたのに」


 残念そうに項垂れる串焼き先輩だったが、ライジンは首を振る。


「だけど、串焼き団子さんのおかげで分かったことがあるね。多分、【宵闇のトワイライト怪盗ファントムシーフ】ってスキルは


「どういうことだ?」


 存在しないって、現にあいつはそう言ってスキルを発動させてるじゃないか。

 俺が訝し気な表情で首を傾けていると、ライジンは指を立てて解説を始める。


「さっきの試合中も言ったけど、スキルの発動に必要なのは、言語化することが絶対条件じゃない。本人の意思が最終的な決定権を持っているから、たとえ別の単語を発していても違うスキルを発動させることは可能だよね」


「【彗星の一矢】のフェイクのように、って事か」


「そう。で、もし作成スキルのように見せかける事が可能だとしたら?その単語を使う事で攪乱することは可能だよね?」


「ああ、そうか。確かに一つのスキルにしちゃあ。強力なスキルには高いスキルポイントと、厳しい制限を課す必要があるのに、厨二にはそんな素振りを見せた様子はなかったよな。いや、素振りを見せてないだけであるのかもしれないがそれにしては何もなさすぎる」


「多分だけど、脳内で【宵闇のトワイライト怪盗ファントムシーフ】って単語を使う事で、【強奪スナッチ】と、もう一つ、相手の武器のスキルを発動させるスキルを使って自分自身に認識じこあんじさせているんじゃないかな」


「うわあ回りくどい。でもあいつの事だからやりかねないのが…」


 スキルの名前が気に食わないとか言いそうだし……。あいつ、そこら辺も色々徹底してるもんなぁ……。だが、そうやってスキルの攪乱を行えるのは強みだな。もし【宵闇のトワイライト怪盗ファントムシーフ】でなく、本来のスキル名を言ったら、一瞬判断が遅れてしまうかもしれない。警戒しておくべきか。


「ちょっと色々対策考えてみる」


「それが良いよ」


 ライジンが頷くと、大会アナウンスが流れ出す。


『試合時間が長引く可能性があるため、Bブロックも同時に開始します。出場選手は準備をお願いします』


「あら、Bブロックも始まるのか……」


 確かにポンと俺の試合、結構長引いたもんなぁ……。時間的にも厳しいと判断したのかもしれない。

 ライジンはアナウンスを聞いてゆっくり立ち上がると、身体をぐいっと伸ばす。


「……そろそろウォーミングアップしてくるよ。村人、串焼き団子さん、また後で」


「おう。負けんなよ」


「お前なら勝てるだろうから安心して見てるよ」


「負けるつもりは毛頭ないけどね。……少し、俺も村人とポンの試合の熱に当てられすぎたかな。全力の俺の力を見せつけてやるよ」


 そう言ってライジンは獰猛な笑みを浮かべる。その表情に思わずゾクリ、と肌が泡立つ感覚を覚えた。

 負けじと俺も笑うと、拳を掲げる。


「そういって負けたら盛大に煽り散らしてやるからな」


「上等」


 拳をぶつけると、ライジンはゆっくりと歩き出す。その姿を見送ると、視線を再び試合の方へと戻すのだった。





『1st TRV 本選!Bブロック第一試合、【ライジン】選手VS【納豆ねばねば】選手!予選ではMVPを取得できずも、その戦績は圧倒的!間違いなく統合成績で言えば彼が予選一位と言っても過言ではない!ライジン選手!そして、真っ当な剣技で他プレイヤーとの熾烈な戦いを生き抜いた納豆ねばねば選手!勝利の女神はどちらに微笑むのか!』


 ライジンと納豆ねばねばの試合で選ばれたマップは闘技場。

 ライジンという有名プレイヤーの試合に周りの熱がヒートアップしていくのを感じた納豆ねばねばは、思わず顔を引きつらせる。


(いきなりこの人かよ……さっきの派手な試合もあったからやりづれえ……)


 正直なところ、自分の実力がどこまで彼に通用するか、試してみたい気持ちもあったがそんな気持ちもすぐに霧散した。その理由は、ライジンの表情を見たからだ。


(すげぇ真剣な表情で集中してるけど……俺をとしか見ていねえ)


 彼が見据えるのは頂点、この大会の一位を勝ち取る事しか考えていないのだろう。

 だが、ゲーマーの端くれである納豆ねばねばは深く息を吐き出すと集中する。


(良いぜ、散々持て囃されてるライジンの実力ってのを見せてもらおうじゃないか)


 不安と、それ以上の期待が納豆ねばねばの身体を支配し、高揚感を感じる。

 納刀している剣に手を触れ、試合開始の瞬間を待つ。


『1st TRV WAR 本選、第一回戦!【ライジン】選手VS【納豆ねばねば】選手、開始です!』


 銅鑼の音が鳴り響き、試合が開始した瞬間、ライジンの姿が


「ッ!?」


 慌ててその姿を探そうと視線を動かすが、視界にライジンの姿は映らない。

 いや違う、映ってはいる、だが、のだ。

 地面を疾走してこちらへと距離を詰めてくるライジンに慌てて剣を抜き取り、納豆ねばねばはスキルを発動させる。


「【つるぎの舞】!」


 ライジンの姿が早くて見えずとも、自身の周囲に斬撃を放てば近寄れまい。

 そう確信した納豆ねばねばの認識は正しかったが、間違いでもある。


 本来ならばそれで助かったかもしれないが、


(当たった!)


 振るう剣が、確かにライジンに命中した感触を覚えて納豆ねばねばは安堵する。

 だが、すぐに目の前の光景を見て、目を見開く。


(なん、で、そんな小さい双剣で俺の長剣を……)


 ヌルリ、と表現すべきか。まるで滑るように納豆ねばねばの持つ長剣がライジンの双剣の刀身を滑り、完全に受け流される。

 そして、その双剣は赤い煌めきを放ちながら、正確にこちらの首を刈り取らんと襲い掛かる。


「【エクスブレイド】」


 ザンッ!と鳴り響く斬撃音。一拍置いてどさりと地面を転がる納豆ねばねばの首。

 ライジンはそのまま雷をまき散らしながら地面に焦げたような跡を残し、滑っていく。


「わりいな、最短で終わらせちまって」


 試合時間、十秒。


 あまりにも現実離れした光景に、会場は静まり返り……。そして、次の瞬間には割れんばかりの大歓声に変わった。


『1st TRV WAR 本選、Bブロック第一試合!勝者、『ライジン』選手!!!』


 他の出場選手にその圧倒的な実力を見せつけながら、ライジンは第二回戦へと勝ち進んだ。

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