#084 約束の答え
「お疲れ様でした。流石でした!」
「おう、GG。ポン。終始追い詰められてたけど、最後は特にヒヤッとさせられたぜ」
試合終了後。再び特設ステージへと転送させられた俺とポンは、二人きりとなった空間で拳をぶつけあう。
ポンの顔からはすっかり迷いが消え失せ、晴れやかな笑顔のみが残っている。少しは彼女の気持ちを晴らすことが出来ただろうか。言葉にはしないが、きっとその通りだろうと信じて、俺はポンに笑いかける。
「やっぱ切り札は【花火】だったか」
「そっちこそ、【
「残念ながらブーメランなんだよなぁ……」
二人でくすくす笑い合う。先ほどまで死闘を繰り広げていた者同士なのに、この切り替わりの速さは長い付き合い故だ。
ひとしきり笑うと、ポンがポツリと呟く。
「あーあ……。【花火】、咲かなかったなぁ……」
「は?いや、撃ってたじゃんがっつり」
「いや、あの炎、最後に起きるはずだった大爆発のおまけなだけで、本体の球が村人君に届く前に撃ちぬかれちゃったんですよ」
「マジかよ……」
おまけであれだけの量の炎が襲い掛かるって凶悪すぎる性能じゃないか?まあ、恐らくボムとかスキルの発動で威力上がりそうな感じだったし、試合中にあれだけボムとかスキル使ってれば威力が跳ね上がっててもおかしくないか……。
もし本体が直撃していたら、と考えると思わず背筋が寒くなる。
「はい、言い訳タイムは終わりです!……負けは負けです。改めて村人君、二回戦進出おめでとうございます」
「ありがとな」
頭を振ってから、ポンは素直に祝福してくれるので笑顔で返す。
初戦から結構ハードだったからしばらく休憩したいんだが……。恐らくもうすぐ次の試合も開始することだろうし、対戦カードが串焼き先輩VS厨二だから気になってるんだよな。
と、その前に一つ大事なイベントがある。
「ところで、約束の件なんだが……」
「うっ」
痛いところを突かれた、と言わんばかりにポンは苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
元々この勝負、この賭け事がメインイベントでもあったような。
まあ、勝ったからには好きに要求させていただこうじゃないか。
唐突に足をこすり合わせながらモジモジし始めたポンは、顔を赤らめ。
「あ、あの……できればそのぉ……。しつこく言うようですが……え、えっちな要求は勘弁願いたいというか……」
「何でも言う事を聞くって言ったよな?」
念には念を、と言わんばかりにポンがそう言うので、俺もヘタレだと思われるのは癪だし、ニヤリと笑いながらそう言うと、両手で顔を抑えて。
「うぅ……。に、煮るなり焼くなり好きにしてください……」
えぇ……これはこれで予想外の反応なんだが……。罪悪感が押し寄せてくるなこれ……。まあ、ポンに嫌われるのは普通に嫌だし、そもそも元々決めていたお願いがあるしな。
「じゃあ、ポン。俺の願いを聞いてもらおうか」
「は、はいっ」
俺がどんな要求をするか、緊張でガチガチになるポン。そんな警戒せずとも、俺の要求は至って簡単なものだ。
と、その前に真面目な話をしよう。
「だが、取り敢えずその前に一つ、聞いておきたいことがある」
「……え?」
俺がそう言うと、ポンは首を傾げた。
「ポンは俺との勝負で、アンチに自身の価値を証明して、変人分隊のメンバーに相応しい存在であると知らしめるために戦い、そして勝利した後はAimsの復帰と、変人分隊として活動していきたい、って願いを言うつもりだった。で、間違いないな?」
「ええと、その……。……はい、その通りです」
ポンが試合最中に言っていた言葉を思い出しながら俺が話し出すと、ポンは静かに肯定する。
その事実を確認してから、俺は言葉を続ける。
「試合中も言ったけど、変人分隊にいるメンバーは誰一人として役立たずなんていない。ポンはいつも例外なく試合を大きくかき回してくれるから、その分俺らが立ち回りやすくなる。俺は少なくともそう認識しているかな」
「……はい」
俺の言葉を、静かに聞いてくれるポン。その拳に、ギュッと力が入っているのを見て、落ち着いた声音で続ける。
「だから、安易に私は役立たずとか、いらない存在なんて思わないこと。ポンの事を良く知らねえ他人の評価なんて気にすんな。結局、ポンの事を良く知っている俺らが一番ポンの事を評価しているから」
「……はい」
ポンは少し声音を震わせ、心なしか潤んだ瞳を、下に向けた。
俺はそれを見ながら、頭に掌を乗せる。
「ポン、一人でずっと悩み続けて、辛かっただろう。ごめんな、気付いてやれなくて。……ポンが女の子だって事実に気付いた時に、もっと早急に対処すべきだったよな」
確かに、グレポン丸に対するアンチコメント自体には俺らも気づいてはいた。だが、ポンがAimsでプレイしていた時は、成人男性と勘違いしていたから俺ら同様気にせずスルーしている、スルー出来ていると思っていた。
最も、あれだけ大好きだったAimsを引退すると言っていた時点でおかしいと思うべきだったのに。
ゆっくりと労わるように頭を優しく撫でると、ぽつ、ぽつと地面に涙をこぼし始めるポン。
「誰よりも真面目で良い子だから、そりゃあ悪意あるファンメに溢れた世界より自分の事を一切知らない世界に逃げたくなるよな。ポン自身、ゲームが好きだからやめるなんて考えには至らないだろうし」
涙を流していただけが、少しずつ嗚咽へと変わっていく。
俺はその姿を見て、申し訳なく思いながら落ち着くまで撫で続ける。
「俺らも、もっと配慮するべきだったよな。ポンがAimsを引退してこのゲームを始めるときに、俺らと一緒にプレイするべきじゃなかったのかもな」
嫌な世界から逃げて、新しい世界で新しい自分として活動しようとしていたのに、その嫌な世界を思い起こさせるような人間が、彼女と一緒にプレイするべきではなかった。
そう思い、そっと掌を離して、頭を下げようとすると、ポンは俺の手を取った。
「ど、どうした?」
「そ、んな事、ないです」
嗚咽を漏らしながら、ポンは拙い言葉で続ける。
「私は、傭兵君と、ゲームするのが好きだから。凄く、嬉しかった。別にあの世界でなくても、傭兵君と、一緒にゲームが出来るって。だからそんな事、言わないで」
目を赤くして、涙をこぼしながら、嗚咽を漏らしながらも懸命に伝えてくる。
その儚げで、一生懸命に伝えようとしてくる姿を見て――――俺は心臓が掴まれたような感覚に陥った。
これはなんという感情なんだろうか。遠く、遥か昔に忘れてしまった感情。
ズクリと胸の奥が痛んだ、そんな気がした。
「そうか……。それなら、良いんだが……。ポンが、俺らとゲームをすることに少しでも嫌な気持ちを持っていたらの話で」
「そんな事、思ったこと、ないです。傭兵君たちと、楽しくゲームをしている時間が……私の中の、一番幸せな時間です」
そう言い切って、潤んだ瞳はこちらの瞳を正面から捉える。ポンの正直な気持ちに、俺は思わずたじろいでしまい。
「そうか、それなら良かった」
ただそれだけ呟くと、俺はそのまま彼女の頭を撫で続け、泣き止んでくれるのを静かに待ち続けていた。
◇
「落ち着いたか?……よし、ここからは約束の話だ」
これ以上話を続けていたら、ポンじゃなくて俺の方が心が持たなくなりそうだ。
ゆっくり深呼吸してから、キリっとした顔でポンを見て。
「ポン、俺はお前の事が好きだ」
「ふえあっ!?」
先ほどまでの儚さはどこへやら、俺の言葉を聞いたポンは今までで類を見ない程顔を真っ赤に染める。
……ああ、待て、今のは過程を省きすぎた。
「ああ、ごめん。人として、という意味でな?」
「それは、いったい、どういう……」
「あーうん、かけがえのない友達としてって意味」
「ア、ソウデスカ……」
あれぇ?露骨にがっかりされた気がする。そんなに凹むぅ?友達。
「ええと、ごほん。つまりだな、ポンとこれからも―――変人分隊として、一緒に活動したいと思ってる。今の俺を形成してるのは、変人分隊あっての物だから」
実際、跳弾スナイパーとか言う、ただ一人を除いて類を見ないものを主軸にしようと考えたのも変人分隊のメンバーにそれぞれに突出した分野があったからこそなんだよな。そりゃもう始めたての時は酷かったし、散々ボコボコにされたものだ。
懐かしい初心者時代を思い出し、しみじみと頷きながら。
「俺にとってポンは俺の師匠でもあり……恩人の一人だ。変人分隊として一緒に活動してくれなければ、今の俺は無かったと思う。本当に感謝している」
そう言って俺が頭を下げると、ポンは慌てて胸の前で手を振る。
「そんな、えと、私が恩人だなんて……」
「ポンが自己評価が低いのは分かってる。だけど、俺はポンのことを正当に評価するから。だから、その、だな」
少し小っ恥ずかしくなり、苦笑いの表情になる。そして、頬を搔いてから。
「これからもお前の力が必要なんだ。……ポンさえ良ければ、変人分隊へ戻ってこないか?」
きっと、彼女は変人分隊から抜けてないと言っても強く否定する事だろう。だから、恐らくこれが彼女が望んでいる言葉。
そう確信しながら言うと、彼女は目を閉じて、少し逡巡してから、黙り込む。
沈黙の時間が辛い……。俺が1人で勝手に緊張しながら返答を待っていると、彼女は口を開く。
「私は、すっごくめんどくさい子なんです」
ぽつりと呟いた言葉は、俺の要求に対する答えでは無かった。俺は思わぬ返答に硬直していると、彼女は言葉を続ける。
「勝手に一人で思い詰めて、勝手に自分の心を傷つけて……。こうして心配して、一緒に悩んでくれている友達がいるのに」
だけどすぐに気付く。彼女の言葉を、聞き逃してはいけない。きっと、彼女の本音だろうから。
「だから、もう。私は一人で悩んだりしません。何かあったら村人君に相談します。すごい頼っちゃいます。大問題から些細な事まで何から何までです。覚悟しててください」
「おう、望むところだ」
自信満々なドヤ顔で宣言したポンに微笑み返す。それを見てポンは満足気に吐息を吐くと、頭を下げた。
「ですので……私からもお願いです。変人分隊へもう一度、加入させて下さい」
「喜んで」
もう、彼女が迷う事は無いだろう。いや、迷う事はあるだろうが、俺に、変人分隊の皆に相談してくれるだろう。
俺の返答を聞いて、彼女はパァっと花開くような笑みを見せる。
やはり彼女には笑顔が似合う。つまらない事でこの笑顔を失わせたくないな。
「あ、そうだ。一つ、言い忘れました」
ポンが手を叩くと、ちょこちょこ近づいて、俺の耳の傍で囁くように呟く。
「私も、村人君の事が大好きですよ?」
耳元で囁かれた甘い言葉にゾクリ、と全身が泡立つ。思わず顔が紅潮し、視線をゆっくりポンの方へと向けると、これまた顔を赤くした彼女は悪戯が成功したとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「それは、いったい、どっちの意味で」
「えへへ、どっちでしょうね?……先ほどのお返しです」
先ほどの意趣返しとばかりに笑う彼女。時折こういうことをしてくるから心臓に悪い。俺にそこまでの女性免疫は無いんだ、勘弁してくれ。
くそう、何気無く言ってるから自覚は無かったが、彼女はいつもこんな気分を味わっていたのか……。からかわれないように反省しないと。
「さて!私は一旦落ちてからまた観戦に戻ります!村人君、また後で」
「あ、ああ……また後でな」
緊張で硬直したままの俺は、ポンが落ちた後、しばらくの間身動き一つ取る事が出来なかった。
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