強き旅人達の祭典

#077 ポンとの約束

 

 あのメッセージを確認した後俺は、ポンからとある場所に呼び出された。その場所とは、セレンティシアの海が一望できる建物の屋上だった。

 見晴らしが良い場所で景色も映えるというのに時間が時間だからか人影も少ない。

 きょろきょろ周りを見回していると、待っていたポンが俺の足音に気付いたのか、こちらに振り向くとぺこりと一礼する。


「すいません、本選が近いのにわざわざ呼び出してしまって……」


「いや別に気にすんな。そんな真剣な表情してて時間稼ぎのために呼び出したんじゃないって事ぐらい分かる」


 頭を下げたポンに手を掲げ、気にすんなと意思表示するが顔を上げたポンの表情は硬い。その後「あれ、そんなに強張ってましたかね?私」と頬をむにむにするポンを見て、思わず笑ってしまう。


「あ!もう、折角真剣な雰囲気を出してたのに……」


「すまんすまん。それで、どうしたんだ?」


 俺が首を傾げると、ポンはえっと……と言葉を選ぶかのように思案を始める。

 何でもお願い聞くとは言ったが、やり過ぎたか?これで明日の大会わざと負けてくださいね(にっこり)なんて言われた日には泣くぞ。


「あー、すまんポン。明日の試合の勝敗に関わるお願いは勘弁してもらえないか?作成するスキルを教えろーだとか試合に負けてくれーだとかそういうの」


「いや私にだってプライドがありますからね!?そこまで酷いお願いじゃないですから!」


 俺は渋々そう言うと、ポンが心外だと言わんばかりに憤慨する。

 まあそうだよな、ポンだってどちらかと言えば真剣勝負を好むタイプの人間だ。これでさっきのお願いをされていたらフレを切りそうになるけどやっぱり切らないぐらいまで行くぞ。結局切らないのかよ。


「えっと、私のお願いは明日の試合で真剣に戦ってほしいんです」


 ポンは至って真剣な表情でそう言うので俺は一瞬ポカンとした後、ハッと笑い。


「おっと、それは俺に対する侮辱と取るが良いか?ポン。お前相手に一度も手を抜いたことはないし、明日の大会でももちろん手加減容赦一切しねえ。リアルを知っているとはいえ、ゲームは別だ」


 ほんの少しだけカチンと来た俺は、思わず語気を強めてそう言うと、ポンが優しく微笑む。


「そう、言ってくれると信じてました……。村人君はいつも勝負事には真剣に当たってくれるから。だから、ここからが本題です」


 予想外のポンの表情に少したじろいでいた俺は、本題?とオウム返しすると、ポンはゆっくり頷く。


「明日の勝負、『負けた人が何でも一つだけ勝った人の言う事を聞く』という賭け事をしませんか?」


 俺はポンの言葉にますます意味不明になり、腕を組んでうーむ?と呟いてしまう。


「いや、ポンはもう俺に何でも一つだけ言う権利を持っているんだぞ?なんでわざわざその権利を行使してまで俺にしかメリットが無い事を?」


 そんな俺の言葉にポンは苦笑し、ぽつりと。


「……、ですから。私が勝った時のお願いはもう決めてあるんです。でも、そのお願いは余りにも虫が良すぎる話なんです。だから、せめてこの勝負でんです。どうか、お願いします」


 至って真剣な声音で話し、深々と頭を下げるポン。

 どうやら彼女なりに何かを考えていて、何やら思う所がある、という事か。そのお願いは正直見当付かないんだが……。


「分かった。だが、そう言い切った以上やっぱり無しですなんて駄目だからな?俺が勝った時のリスクについても考えておけよ?」


「それは……えっと、まあ、はい……」


 思わず顔を赤くしながらちらちら見てくるポンに慌てて手を振る。


「ちょっと待て、俺は不埒な事は考えてないからな!?あくまで賭け事の一環、良識の範囲内でしか行動しねえからな!?」


「もう、そんな慌てなくったって分かってますよ。村人君は優しいですから」


 それ言外に俺はヘタレと言ってないか?流石の俺でもそれはへこむぞ……。

 ちょっと、ほんのちょーっと悲しくなり、俺は屋上に設けられている柵まで歩いていくと、白い柵に両腕を置いて海を一望する。

 リアルと同じ様にSBO内の時間軸もたまたま被ったらしく、海の上には夜空が広がっていた。静かな波音に癒されながら満点の星空を見て俺は感嘆の吐息を吐く。


「なんか、ここあの時の場所に似てるな」


「え?」


 ふと、昔の事を思い出して夜空からポンの方へと視線を向けると、俺はポンに笑いかける。


「ほら、Aimsでポンに呼び出された時の奴」


「……ふぇっ」


 ん?なんか今返答がおかしかったような……?と思いながらも俺は言葉を続ける。


「ポンって大事な話があるときってなんだかんだ景色いいところ選ぶよな。凄いセンスあるわほんと」


「え、えっと……!?あ、あの時の事を覚えて……!?」


「いや当たり前だろ、わりかし記憶に残ってるぞあの時の事ぐらい」


 なんか妙にわたわたし始めたポンを見て俺は笑う。あの時の内容は恋愛相談だったもんなぁ。ポンの事を社会人の男性と勘違いしてた頃が懐かしい。今思えば年頃の女の子だし、色恋沙汰の一つや二つあってもおかしくないだろう。


「なんだったっけ?なんかすげー完璧超人だけどゲーム廃人……」


「わー!!わー!!やめましょうその話は!!!!」


 俺の言葉に慌ててポンが駆け寄ってくる。この手の話題は掘り返すとアレか。多分ポンがキャパオーバーしちゃうからやめておくか。


「も、もう。急にびっくりさせないでくださいよ……」


「すまんすまん、ふと思い出したもんでついな」


 ポンが安堵のため息を吐く中、俺は再び視線を夜空に戻して星を眺める。


「……本当に星が綺麗だな」


「……ふふ、そこは月が綺麗ですね、じゃないんですか?」


 ポンがからかうようにそう笑いかけてくるので、俺は苦笑で返す。


「意味分かって言ってるのか……?そういう言葉はキザ過ぎて合わねえ」


「確かに、村人君には合いそうにないですね」


 失敬な、と短く返すとポンがくすくす笑う。時間を確認すると、時刻は19時を回っている。さて、そろそろ準備に戻らないとだな。


「そろそろ時間も無くなっちまうし、ここら辺で解散するか。ポン、明日の本選楽しみにしてるぞ」


「私も絶対に負けませんから!そして……私のお願いを聞いてもらいますからね!」


 勝気な笑みを浮かべて、ポンはこの場を去る。それを見送ってからふと気づく。



(あれ、もしかしてもう飯作りたくないとかそういう事か…!?マズイ、それだけは絶対に阻止せねば……!!食費折半とか提案して最大限譲歩してもらわないと…!)



 と、見当違いな事を考えながら俺は慌てふためいているのだった。





 言った。


 言って、しまった。


「もう、後には引き返せない……!」


 私は、この大会にある思いを持って臨んでいる。


 それは一度言ってしまったからもう引き返せないと決めつけていた約束。

 それをするための理由付け。極めて身勝手であることは承知している。

 だけど、この方法でないと納得できない。

 

 まさか本選の初戦から渚君と当たるなんて想像もしていなかったけど、絶対に彼と戦うまでは勝ち残るつもりだった。

 私は拳をギュッと握り、大きく息を吐き出す。


「ずっと一緒にゲームしたいって言ってくれたから……!無くしてしまった自信を、村人君が勇気づけてくれたから……!だから、私は村人君に勝って……!」



 私にとっての強さの象徴である彼をねじ伏せてこそ。



 私の強さを、を証明できるだろう。


 

 最後にぽつりと呟いた言葉は、ひと際強い波の音にかき消された。


 

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