#069 1st TRV WAR 予選 その二十五


『トラベラー、聞こえますか?』


 突然聞こえてきた声に困惑しながらも、一言一句聞き逃さないように集中する。透き通るような声音の女性の声。声質的にもかなり若い女性の声だろう。

 浮かび上がった法螺貝は淡く輝き、言葉を続ける。


『私の名前はティーゼ・セレンティシア。……覚えていますか?三千年前に私達の村、ハーリッドで会った一人の村娘です』


 その言葉に目を見開き、厨二が言っていた言葉を思い出す。ティーゼという人物が【双璧】に関わっている鍵である、と。

 まさかその張本人を目の前にするとは思ってもいなかったが。


『ずいぶん永く、私の魂はここで眠り続けました……。あなたの声は残念ながらもう私には届きませんが、あなたとまた会えて凄く嬉しいです』


 柔らかく、包み込むような声。

 永きに渡り眠り続けていたらしい彼女は、古くからの友人との再会の喜びが声音に非常に鮮明に出ていた。

 と、こほんと一つ咳払いすると、まじめな声音で話し出す。


『久しぶりに会っていきなりで申し訳ないのですが、わがままであると承知の上でお願いします。トラベラー、私の望みはあの二人を止めてほしい、ただそれだけです』


 二人?……もしかして、【】の事か?

 疑問に首を傾げていると、法螺貝は再び淡く輝き。


『あの二人は今もきっと私を助けてくれようとしているでしょう……。でも、もう随分永い時が経ってしまいました。……人が、そんなに長生きしてはいけない。もう、私達が生きる時代はとっくに終わっているのです』


 双壁とやらは元を正せば人間だった、という事か?つまり、今は【二つ名】と呼ばれる怪物になってしまっていると。だが、助けるとはいったいどういう事なんだろうか。


『あなたが気に病むことはありません。あなたはただ優しかった。その優しさの結果があのような結末になってしまっただけ』


 また、知らないの話。トラベラーは昔にも存在していた、という事なのだろうか。

 そうなるとプレイヤーは?プレイヤーがトラベラーを操作していたわけではあるまい。

 一体、トラベラーとは何なんだ。


『あの後私が捕われ、帝国の実験材料として使われ……。無理矢理思考を制御され、ただ溢れ出るマナ人形として操られた結果、沢山の人をこの手にかけてしまいました。あの二人がどれだけ足掻いて助けてくれようが、私はもう二人に合わせる顔がありません』


「待て待て待て。情報が多すぎる。いったん整理させてくれ」


 帝国って、いつの話をしているんだ?この少女がトラベラーに会ったのが三千年前だと言っていたから三千年前にあった帝国なんだろうが、現在までその帝国が残っているかどうかという点も気になる。そして、そこで行われた実験とやらの内容も。

 だが、俺の呟きには反応を示さず、そのまま話を進める。


『彼らもあの【粛清者】なる者に良いように操られているだけにすぎません。……もう、あの二人が人を傷つけるのを見たくない。……だから、最後はあなたの手で、葬って』


 また新しい情報ぶっこまれた!【粛清者】ってなんだよ!?くそ、これはライジンに丸投げしよう。取り敢えず今の時点で世界観を整理するには脳内処理が追いつかない!


『それに協力することが私にできる最後の償いです。どうか、お願いします』



≪【二つ名】クエスト【双壁は星を眺め旅人を待つ】を受注しますか?≫


【YES】【No】



「ああもう!勿論、YESだ!」


 半ば自棄になりながらも【YES】と表記された部分に触れる。


 やはり、ここに粛清の代行者に繋がる情報があった。そしてメインコンテンツ【二つ名】討伐の為の受注クエストも。厨二の犠牲は無駄ではなかったという事だ。


『ありがとうございます、それでは、また私は眠ります。星降りの夜に送り笛を鳴らせばきっと……』


≪クエスト進行度に応じて【星降りの贈笛】を手に入れました。この装備は捨てる事は出来ません≫


 光り輝く笛は手中に収まり、やがて光を失う。それを確認した後、俺はすぐにメニューウインドウを開いて録画を停止する。


「あ、録画してたんですね」


「勿論。でないと犠牲になった厨二が文句言いそうなのとこれはライジン案件だろうからな。考察厨に頑張ってもらおうぜ」

 

 まあ実際は今回の大会の様子のキルクリップでも作れたらなあとずっと録画してただけなんですけども。切り取ってライジンに渡せば色々と考察してくれることだろう。

 こっちでも考察してみるには考察してみるが……正直まだストーリーにあまり触れられていないから情報が少なすぎる。このまま粛清の代行者討伐を行ってしまったら確実にストーリーを知らないまま進行してしまって訳が分からなくなってしまうからな。


「クエスト進行は村人君基準なんですね。私の手持ちにはさっきの笛は追加されていないみたいです」


「といっても笛なんて吹けないしなぁ……。なんならリコーダーですらまともに演奏できないぞ。あ、カエルの歌ぐらいならいける」


 俺の言葉に苦笑を浮かべるポン。昔っから演奏のセンスは無いからなぁ……。歌はまだ大丈夫だけど楽器は無理。小学生のがまだ上手く演奏できるだろうな。


「……ん?ポンってピアノ弾けたよな?」


 ふと、この間のライジンとのカフェデートの際、ポンの部屋の前でピアノが流れていた時の事を思い出した。あの時の口ぶりからすると、ポンが演奏していたっぽかったし。


「え?ああ、一応楽器なら一通りは行けますけど……」


「わーおハイスペックゥ」


 なんでこう天は二物も三物も与えるんですかね。ライジンもそうだけど顔が良い人は大体スペック高い、これ俺調べな。


「でも流石に法螺貝は専門外ですねぇ……」


「まあ普通の人生歩んでて法螺貝鳴らす機会なんてそう無いからなぁ……」


 むしろ法螺貝鳴らしたことある人の方が圧倒的に少ないだろ。いや、これ一応装備的には笛判定なのか?うーんよく分かんね。

 そんな雑談をしていると、ポンがあることに気付き、「あ」と声を上げる。


「村人君。そろそろ三時間になりますよ」


「え、マジ?そんな時間経ってたのか」


 ポンに言われて時間を確認すると、大会開始から二時間五十五分が経過していた。これまでの流れからすると恐らく三時間経過でもルールが追加されるだろう。

 対プレイヤーとの対戦の間はひっきりなしに戦っていたから時間の経過が遅く感じたが、まったく遭遇しないとなると時間の進みがかなり早く感じる。


「しかし三時間経過のルール追加かぁ……。ポンはなんだと思う?」


「えっと……私の予想だと全域MAPにプレイヤータグ追加とか?後はMVPの人を重点的に狙えるようになるシステムとか……」


「おお、どれもありそうだな……。ちなみに俺の予想だと生存可能範囲が縮まっていくとかかな?」


「あ、バトロワゲーの定番ですよね!確かにありそうです!」


「だよなー」


 あはははと笑い合う俺らは、段々と声がかすれていき、重大な事に気付く。


「待てよ。もしかして俺ら……」


「村人君が言ったルールだと、もしかして詰むのでは?」


 封鎖された洞窟という置かれた状況の過酷さに。

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