#064 1st TRV WAR 予選 その二十
「ちょ、ちょっと待ってほしいっス!?なんでもうそこまで気付いてんスか!?」
不知火はパソコンの前で悲鳴染みた声を上げると、焦燥に駆られた表情でモニターにしがみついた。
(粛清の代行者、【双璧】のイベントフラグがあるのは確かに星海の地下迷宮っスけど……!!まさか、【星海の海岸線】実装間もなくその存在に気付くのは早すぎるっス……!)
荒い呼吸を鎮めようと必死に深呼吸しようとするが、高まってしまっている鼓動の速度は増すばかり。
(なんなんスか一体、この
普段あまり取り乱さない不知火の額に冷や汗が浮かんでいく。若干引き攣った頬を両手で打ち付けて、モニターに注視する。
(ま、まあ確かに初回は粛清の代行者を探しやすいようにモンスターを
いや、そんな事をしたら炎上しかねないだろうと頭を振る不知火。
ただでさえ冴木の胃に穴が開きかねないのに、そんなことをしたら大変な事になる。
「シャドウの監視システムに気付いて、粛清の代行者の存在に気付いて……。これはもしかしなくても近いうちに【
あまりにも早すぎると思ってしまう反面、それ以上の期待が不知火の胸中を支配する。引きつった笑みは、これから起きるイベントを期待しての笑みに変わった。
(……いや、むしろ好都合っス。まだ、粛清の代行者が【二つ名】と気付いているプレイヤーは少ないっスからね、その存在が公になればプレイヤーのモチベーションも上がるはずっス)
導入が導入なだけに正直今のプレイヤー達の目的ははっきりしていない。明確な目標さえあればそれを目指して行動するプレイヤーも増える事だろう。
「それにっスね……」
その場に丁度居合わせたプレイヤーの視点に映る、崩落する地面を見ながら不知火はあくどい笑みを浮かべて、ぽつりと。
「【二つ名レイド】の攻略はオイラにとっての悲願。並大抵のことでクリアできるように設計していないっスから……!」
自信満々に宣言する不知火。その自信は、運営の悪意の集大成として制作された【二つ名】を信じているから湧き上がる物だった。
「見せてほしいっスね、
◇
二時間経過から三十分が経過した。初戦闘の後【野生の心得】を発動させて気配を限りなく薄くした俺は、ポンの手を引きながら静かに歩く。
どうやら【野生の心得】というスキルは、気配を薄くさせる効果を肉体的に接触さえしていれば他人にも付与できるようだ。これもう少し前に気付いてればもうちょっと便利に立ち回れたかもしれないな。
一際広い空間に出ると俺は眼下に広がる地獄絵図を見てうぐ、と声を漏らしそうになる。
(こいつはスルーしないとな)
高台から見下ろせる位置に居る大量のモンスター達の正体はあのにっくきリザード。その上位種族らしき水晶が生えそろっている蜥蜴――クリスタルリザードが寝息を立てて寝ているのを横目で見ながら、ひたすらに歩いていく。
だがこの洞窟、やはりというべきかただでさえ下層にまで落ち、歩き続けているのに底が見えない。粛清の代行者が存在する裏付けにもなる……気がする。
(村人君、村人君)
と、その時ポンが急に立ち止まったのでガクッと引っ張られて転びかける。
(ちょ、ポン!?転んだらあいつらに気付かれ―――!?)
(あれを見てください)
慌てて振り返ると、ポンが何かを指さした。その方向を見ると、何やらあのリザード達の中心に、小さな洞穴があった。
(あそこ、怪しくありませんか?)
アイコンタクトで何となく彼女が言わんとすることは分かる。確かにこの蜥蜴達の大群の中、ぽつんと小さな洞穴があるのは露骨に怪しい気がする。……だが、露骨に怪しいからこそ罠である可能性もある。
(うーん、リスクを負ってまであそこに行くべきか否か……)
実際の所この大会中でなければ、あの洞穴に突入することもありだと思う。無いなら無いで別の所を探せばいいだろうし、諦めだってつく。
(絶対こいつらアクアリザードの上位互換だろうしなぁ……。しつこい性質まで同じだったら行き止まりというだけで詰みになる可能性すらある)
アクアリザードは、岩盤で生き埋めになっても味方の屍を越えてこちらに襲い掛かってきたモンスターだ。それと同じ性質を持っていればポンの爆発で岩盤埋めしても焼け石に水かもしれない。
(じゃ、試しにちょっとやってみるか……)
(ちょ、村人君!?)
その変に転がっていた適当な石を拾い上げて何もない空間に向けて放り投げる。
カツン、と石が地面を転がった次の瞬間、クリスタルリザード達の目が見開かれた。
『『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』』』』
(!?うわぁ……)
あの謎の水晶に声が吸われるはずなのだが蜥蜴達の大合唱はそれすらも上回り、地鳴りを上げながら怒り狂う。
そしてすぐさま石が落ちた所へと足を向けて全力で襲い掛かる。味方を踏みつぶし、睡眠を害された蜥蜴達はただの石に向かって怒りをぶつけ続けた。
しばらくたって怒りが収まったのか、クリスタルリザード達は元の位置に戻ると再び眠り始める。
(……あれ見て、あの洞穴行く?)
(いやいやいや、無理ですってあんなの!?ただの石ころ相手にあんなに殺意まき散らします普通!?)
洞穴を指さすと、ポンは真っ青になって手をブンブン振った。確実にあの水晶が無ければポンは悲鳴を上げていただろう。そうなればあの石ころのようになっていたのは俺達だったかもしれない。
(でもあれだけで目を覚ますという事はやっぱりあそこに何かあるのかもしれないな……)
(む、村人君?)
俺が顎に手を添えて思案していると、ポンが不安気な表情で俺の顔を見る。
厨二だったらあそこに簡単に行けそうだから羨ましいなぁと思いつつ、もう一度石ころを拾い上げる。
(やめておいた方が良いのでは……?いや、やめておいた方が良いですよ、うん、絶対)
(すまんなポン、好奇心には勝てなかったよ……)
(ああああああーー!?)
もう一度、石を投擲すると、再び地面に石が跳ねる音がした。再びクリスタルリザード達が顔を上げると、その視線の先は石ころへと……向くはずが。
(待って、なんでこっち見てるのん?)
地面を跳ねた石ころではなく、投擲した俺へと完全に視線が向いていた。再び安眠を妨害された哀れな蜥蜴達は、怒りに目を血走らせて……。
『『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』』』』
地鳴りを上げながらこちらへと猛進。だがここは高台、やつらが簡単にたどり着ける場所では……。
(あ、やべえ、あいつら
(ほらーーー!!言わんこっちゃないですよ!?どうするんですかーーー!?)
仲間を呼んでしつこく襲い掛かってくる性質にとらわれ過ぎて、根本的な事を見落としていた。単純な種族差の問題だが、蜥蜴は壁すらも地面のように走るので実質高台なんてあってないようなものだ。
俺は懐から先ほどの会話を可能にした石を打ち付け、輝き始めたのを確認してからポンに渡すと、にこやかに笑って。
「ポン」
「はい」
「逃げるぞぉぉぉぉぉおおーーー!?」
「もういやぁぁぁぁあああああ!?」
激しいデジャヴを感じながら、みんな大好き(大嘘)蜥蜴だらけのマラソン大会(追いつかれれば死)が再び幕を開けた。
────
【補足】
音を鳴らした原因を探す個体が地味に紛れているので残念ながら二回目は許されない仕様です。
そうやってたたき起こして味方同士で圧殺させて簡単に攻略させてたまるかよぉ!?(by運営)
【クリスタルリザード】
アクアリザードが特殊な環境で変化した個体。リザード種特有の異常な相手への執着心はそのまま、凶暴性と残虐性を増している。リザード種の中でも特異な存在であり、特殊な環境下でしか進化しないので希少性が高く、研究があまり進んでいない。また一度狙った獲物は骨の髄まで消すまで攻撃することを辞めないので、一度目を付けられたら逃げ切らないとならないのも研究が進んでいない原因に一役買っていたりする。素材としては極めて優秀であるが、通常のリザード種よりも素材が堅いので加工に物凄く手間がかかる。
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