#062 1st TRV WAR 予選 その十八
(村人君にどうにかしてこの石を渡さないと……!)
村人Aが加勢して間もなく、ポンはちらりと手に持っている小さな石に視線を向けた。
ぱっと見てこれと言って特徴が無さそうな石だが、先ほどまでこの声が通らない特殊な環境下で、村人Aに声を届けていた石である。
感応石。呼応石と呼ばれる石と合わせると、その石の間で会話が可能になる代物だ。この特殊な石は音吸水晶と言う音を吸収する石の付近でしか生成されない為、滅多にお目にかかれない物だが、壁や地面がほとんど音吸水晶で形成されているこの地下空間には大量に落ちている。
使い方は至ってシンプルで、感応石と呼応石をぶつけると、5分間のみその間での会話が可能になる。だが、5分経過すると自然に感応石が割れてその機能を果たさなくなってしまう。簡単に言えば使い捨ての時間制限付き無線機である。
勿論ポンがその事実に気付いたのはたまたまだ。命からがらこの洞窟に着地してから、村人が目を覚ます前に辺りを散策していて気付いたのだ。
(あれ、この石、光ってる?)
地面に落ちていた二つの石。片方は青く、片方は赤く輝いていた。淡い輝きだったが、確実に何かあると確信したポンは拾い上げたそれを持ち、じっと見つめた。
『なんだろう、これっ!?あれ、声が両方から聞こえる!?』
声を出すと輝きが強くなり、瞬きを繰り返す。驚いた影響で落としそうになり、慌てて握りしめてから掌をそっと開いた。
『えっとこれは……共鳴してる?それに、声が、問題なく通って……』
困惑しながら試しに赤方を近づけ、青く輝く方を耳元に近付ける。
『あ、あー聞こえますかー……わ、声が聞こえる。なんか電話しているみたい』
その後何回か試して、どうやらこの石は石同士で衝撃を与える事で輝く事が分かった。そして、青色を親機だとすると、赤色の子機の方は五つまで同時に接続することが可能だが、輝きが失われる(接続が途切れる)と親機と子機のどちらもが完全に機能を停止する事も判明した。
(これを、村人君の近くに置いて、と)
もし何かがあったら呼び起こせるように。着地の際、無茶をしたせいで気絶してしまった彼の回復は済ませた為、じきに起きるだろうが、
(後、一分……!)
ゴクリ、とポンは刻一刻と進んでいくタイマーを見て唾を呑み込んで喉を鳴らす。一時間を経過した時点で追加ルールがあった。三十分置きというわけではなかったので、おそらく一時間置きごとに追加されるのだろう。
(モンスターが出現するとしたらまず確実に一人だと詰みますよね……)
ちらっと村人の方を見て、手持ちのボムを取り出す。
モンスターの出現が二時間経過と同時なのか、ポップしてくるようになるだけで出現に時間が掛かるのかは分からないが、なんにせよ早めの準備をするに越したことは無い。
と、残り数秒と言う所で辺りの空気が急に変わる。
時折鳴る水滴とマグマの音、風の鳴る音が突如として静まり返った。
(……来る!)
環境音が消えるほどの異常事態、モンスターが出現する前兆だろう。
迫り来るタイムリミットに身構えた次の瞬間。
≪大会開始から二時間が経過しました≫
≪第三
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!!!!』
「!?」
ログに通知が来ると同時にこだまする全身を震え上がらせるほどの大咆哮。荒々しく、それでいて透き通るような高音だが、静かな空間の空気が震え、地鳴りが激しく目の前の空間がブレて見えるほどの衝撃が伝わっているのが分かった。
(一体、何が……!?)
何かが目覚めた事が分かったが、その正体が何なのかは分からない。だが、これだけは分かった。決して今の声の主に近付いてはいけないという事は。
(まさか、粛清の代行者!?)
そんなまさかとは思いつつも、あまりにも強大で恐ろしく感じさせる存在は、あの女騎士を彷彿とさせる。ぞくりと肌が泡立ち、思わず両腕を組んで肌をさする。
(本格的にマズイ、早く村人君に起きて貰わないと……!)
バッと村人の方を見た瞬間、洞窟の奥の方から赤い目が煌めき、こちらに向かってくるのが見えた。
(さっきの咆哮でモンスター達がこっちに逃げてきて……!?)
もうこれは一人でも戦うしかないだろう。蝙蝠型のモンスターは一直線に来ている為、戦闘は避けられないだろう。
「ああもう、今の私がここでどこまで通用するか、試してみますか……!」
これは村人が目覚める二分前の出来事。
◇
初撃の矢を放ち、俺はポンの方へと走り出した。
(まずは意思疎通の回復、ポンの協力を仰がないことには始まらない……!)
先ほど地面に置かれていた謎の石。その正体を知らなければこの空間での戦闘は圧倒的にこちらが不利だ。
(視線でも意図を汲み取れないこともないが、こうも暗いとな……!)
ポンを含む変人分隊のチームメイトとは長い間パーティを組んできた実績もあり、会話での意思疎通だけでなく、視線だけで意図を汲み取る事が出来る。そうならなければ勝てない試合もあったから、そのレベルまで連携力を鍛えてきた。
だが、そんな磨き上げてきた技術も、環境が違えば通用しないこともある。まさに今この状況で、技術が通用しなくなることを痛感させられている。
(また一から鍛えなおしだ、スパルタ連携力特訓キャンプだな)
粛清の代行者討伐に向けて、連携力は必ず鍛えておかねばならない。入り口の時点でこれなのだから本番はさらに厳しい条件の可能性だってあり得る。この場所で連携力を鍛えておいて損はないだろう。
(まずはポンとの連携力特訓、開始だ)
ピンチという場面は、時として成長の場でもある。このような逆境を乗り越えてこそ人というものは成長するのだろう。気分が昂り弓を持つ手に力が入る。
と、その時ボムを投げた反対の手に赤い光が見えた。そしてすかさずポンの視線がこちらを捉える。
(なんだ、あれ?ポンは何を持っている?こちらに視線を向けた意図は?)
蝙蝠の超音波攻撃を躱しながら、次の矢を装填する。
(あの視線の動かし方は、手持ちの赤い何かをこちらに手渡す、か?)
高速飛行を続ける蝙蝠達に、矢を放ち直撃させるが、大した手ごたえは感じない。やはり、一撃で全てを葬りさらないといけないようだ。軽く舌を鳴らそうとするが、その音すらも吸収されてしまう。
(恐らくあの赤い何かは先ほど会話を可能にした石だろうか。ポンが口パクを続けているが、声は伝わらないから……音を吸う何かが邪魔をしている?)
交戦しながら、冷静に周囲の状況を分析する。周囲を見回すと蝙蝠達の他にその蝙蝠達に関連する物と言えば、やはりあの水晶が目に入った。
(あの水晶が、音を吸う役割を果たしているのか。あそこからエネルギーを供給して飛行している、と。こんなに数があると破壊して回ったらキリが無い。破壊は無理だとするとやはり供給源との供給が途切れた瞬間に射抜くべきか!)
すかさず俺はハンドサインでポンにボムを投げるように指示を出す。それを確認したポンが、ボムと同時に赤い石をこちら側に投げる。
ボムの爆発音が轟き、洞窟の中を揺らした。その爆発の衝撃で赤い石がこちらに向かって加速して飛んできた。
「うおっ、あっぶね!反応出来て良かったって声が聞こえてる!?」
「ようやく渡せました!村人君、指示をお願いします!」
俺が眼前ギリギリで掴み取り驚いていると、ポンがボムを再び取り出してこちらに声を飛ばす。
「恐らくあの蝙蝠は水晶を使って移動、攻撃をしている!ボムを使って水晶との空間を物理的に遮断して動きが鈍くなった瞬間にボムを大量に投げろ!」
「ボムを大量に!?えっと、了解!」
ボムの威力でもあの蝙蝠達はぴんぴんしているから威力自体には期待していない。だが、蝙蝠達が復帰する前の時間稼ぎにはなる。
(はは、やったことないけど試してみる価値はあるな……!)
先ほど不時着した際に一か八かで試して出来たボムにバックショットを当てて跳ね返す荒技。なら、それを彗星の一矢に置き換えて放ってみればいいじゃないか。
移動し続ける物体で跳弾計算をするのは非常に厳しいが、やらなければこの場を突破できない。
(本選では厨二とも戦うし、今の自分を越えなければあいつらに勝てない)
目指すは自由落下する物体に目掛けて複数回の跳弾と、蝙蝠達の複数撃破。
前人未踏の技を開発すべく、俺はにやりと笑みを作った。
────
【補足】
石について要約すると
呼応石が青
感応石が赤
青1に対して赤5まで対応可能だが、赤からは青にしか声が伝達出来ない。
また、最初に衝撃を与え接続した石との接続が切れた瞬間に他の感応石も破壊される。
【音吸水晶】
星海の地下迷宮の深層付近に至る所に生え連なる水晶。マナ因子を持つ生物が発する音を吸収し、溜める性質を持つ。生物などはだれしもが持つマナ因子に反応して吸収するため、環境音などを吸収することはない。また、溜めた音に応じて破壊した際に衝撃を発する。一定量以上の声量の場合吸収しきれない為、結晶の有無にかかわらず会話が可能。(人間の声量では不可能に近い)
【クリスタルバット】
星海の地下迷宮に生息する音吸水晶を身に纏う蝙蝠。身体から生えている水晶からエネルギーを溜め、口から発する超音波を水晶で増幅させて標的に放って攻撃を行う。また、その超音波を吸収した洞窟内に連なる音吸水晶を通じてエネルギーを補給しているため、実質永久機関。暗い環境で生活しているため、眼が退化しているのでその代わりにクリスタルバット自身が持つ水晶と音吸水晶の光の反射で現在位置の把握を行っている。対処方は強い光を浴びせる事で現在位置の混乱と、物理的な空間の遮断でエネルギーの供給を途絶えさせること。また、群れ単位で行動しているので群れに一匹存在しているクリスタルバット・コマンダーを先に処理することで統率が取れなくなり、動きを鈍くすることが出来る。
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