#056 1st TRV WAR 予選 その十二


「粛清の代行者だぁ……?」


 訝し気に首を傾げて厨二を見る串焼き先輩に対し、口元に薄い笑みを浮かべてこちらを見つめてくる厨二。

 まだこのイベントマップが実装されて間もない今、粛清の代行者という単語はネット掲示板では未だ情報が出回っていない。……いや、正確に言えば出回ってはいるのだが、水着代行者ちゃん実装キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!だの俺ちょっくらPKしてくるわだの物騒な話ばかりだ。……ほんとこのゲームの住人欲にまみれてるな!

 それはさておき、厨二は粛清の代行者という単語が何を示しているのかを把握している上に、中々に聞き逃してはいけない単語まで吐いてきやがった。


「【双壁】……それが、このマップに存在する粛清の代行者の二つ名だと?」


 二つ名クエスト(仮)。このゲームにおけるメインコンテンツと運営が豪語するその実態は明らかにはなっていない。ただ、その二つ名の討伐を行う事により主人公が目指すべき目標が明らかになっていくという設定である以上、その存在は無視できない。

 あの【戦機】……。ヴァルキュリアとやらもそのカテゴリであることから、いつかは戦う事になるのだろう。


「イエスオフコース。海鳴りの洞窟近辺の村に行ってそこの住人に聞き込みをして、海鳴りの洞窟の伝承を確認してフレーバーテキストを隈なくチェックすれば自ずと分かるよ。……君たちこのゲームのやり込み足りて無くない?大丈夫?」


「ぐっ……!くっそ、腹立つけどこいつがここまでこのゲームをやってるって事に驚きを禁じ得ない……!」


 というか厨二、今までAimsに引きこもりっぱなしの超廃人だったじゃねーか。別ゲーやってるのなんて見た事ねえんだけど。そんな人間が別ゲーに手を出して本気でやり込むとこうなるのか、怖え。


「まあそこら辺はおいおい説明するねぇ。ボクの予想だと、実装された粛清の代行者は星海の海岸線の重要ポイントであるこの海鳴りの洞窟に重要フラグがあると睨んでるんだよねぇ。そして、この洞窟がまだ姿のままだとも確信している」


「……ねえ、こいつ本当に少し前までFPS廃人だった人間?」


 思わず串焼き先輩が厨二を指さしながら俺の方を見てくる。串焼き先輩、俺も同感だ。

 

 厨二の言葉にライジンが疑問に思ったのか眉を顰めて。


姿?」


「そう、仮の、ね。一般公開されるにしても、やけにあっさりしすぎていると思わなかったかい?仮にもゲームのメインコンテンツが実装される場所なのに、モンスター無しでフィールドを歩き回ってくれなんてサ」


「確かに、メインコンテンツである以上それ相応の難易度が用意されていておかしくない。そこにたどり着くまでの過程も十分な難易度があっても良いはずだ」


「だからこそボクは怪しいと思うんだよねえ。【双壁】についての伝承が刻まれているこの洞窟が無関係であるはずが無い。つまり、隠されているに違いないってね」


「それを、なんで大会の今そんな事を提案してきたんだ……?」


 別に粛清の代行者を探そうっていう重大な提案なら、大会終了後でもいい筈だろう。むしろ、シャドウによって監視されるという危険性が無いから、メリットはそちらの方があるのではないだろうか。


「傭兵君は気付かなかったかい?運営のバトロワに対するテコ入れの度合いについて」


「ああ、急にマップに追加されたプレイヤーを示す赤点な、あれ殺意バリバリすぎるよな…まてよ」


 ちょっと待て、俺は大事な事を見逃していた。一時間経過だけであれだけきっついルールが追加されたんだ。試合時間はもあるから、あれよりもやばいルールとなると…!


、ですね?」


 猛毒状態が治り、部位欠損も粗方修復されたポンがこちらに歩み寄る。

 やはり、思う事は同じか。


「そうだねぇ。何故わざわざこの大会の場を選んで粛清の代行者探しを決行しようと思ったのはこの大会終了後にモンスターがポップするようになると睨んでいるから、かな」


「モンスターがポップするようになればこの海鳴りの洞窟に隠されている場所の強力なモンスター達と交戦する羽目になって探すどころの話ではなくなるから、という事か」


 俺の言葉に厨二は頷く。そういう事か。確かにそれならこの場で接触してきた理由としては十分だろう。


「まあ、ボクが本当に用があったのはポンだから助けただけなんだけどねえ」


「え、わ、私ですか?」


 厨二が急にポンへと視線を向けたので困惑したようにポンがたじろいだ。


「どうせポンの事だから爆発関連の超火力スキルを持ってるだろうと思ってねえ。ポンの協力を仰ごうと思ってたら死にかけてるし焦ったよ全く」


「確かに火力の出るスキルを持っていますけど……。でもそれなら村人君のスキルの方が火力は高いと思いますけど?」


 ちらりとこちらを見るポン。恐らく彼女は俺の持つ最高火力である【彗星の一矢】を想像しているのだろう。だが、厨二は掌を振り振りと振って。


「確かに傭兵君……今は村人君の方が良いのかナ?のスキルの火力は十分なんだけどねぇ、これからやってほしい作業はちょっとポンの方が都合よくてねぇ」


 ああ、何となく察しはついたぞ、恐らく奴は……。


「この洞窟の現時点での最深部。その床の岩盤をぶち壊してほしいんだ」


「ほえっ!?」


 こいつ本当に躊躇ねーな!この洞窟って近隣の村の大切な洞窟なんだろ!?

 他のプレイヤーもまだ来ていない人もいるだろうし、もう少し配慮を…!


「わ、分かりました!やってみます!」


「っておいポンも乗り気かよぉ!」


 つーか俺がまだその最深部の壁画を見てねえんだよぉ!なんか代行者に繋がる重要な情報ごとぶち壊しそうで何となく怖え!

 そんな俺のやりきれない気持ちを手でわちゃわちゃ表現していると、両肩に手がポンと置かれて。


「無理だ村人諦めろ」


「村人、気持ちは分かるが時間が無い」


「……ジーザス」


 グッバイ、俺の探究心。





「冴木さん、後三十分で二時間経過ッスね」


 チェアでくつろぎながら大会の生放送を眺める影が二つ。運営開発チームである不知火と冴木は、事務所でコーヒーブレイクしながら大会の模様を眺めていた。


「テコ入れで反発は起きていないだろうか……。うう、胃が痛い」


「なんか冴木さん本当に胃痛酷くなったっスよね?ストレス過多なんじゃないスか?」


「多分そうだと思う……仕事に戻らないと」


 はぁ、と一つため息を吐いてからコーヒーカップに口をつける不知火は、胃薬を取り出す冴木をぼんやりと眺める。


(妙っすね。あんだけバランスバランス言ってた冴木さんが胃痛の影響か大人しい)


 スキル生成システムを司るAIに最新鋭の学習能力を持たせてあるおかげか、極端にバランスを壊してくるようなスキルは生成されることはほとんどなくなった。なので、サービス開始当初からは大分調整関連の仕事は落ち着いてはいる。

 しかし、日々何かしらユーザーの不満はつきもので、その対応に追われている冴木は憂鬱そうな顔で今日もキーボードを鳴らしているのだ。


(まあ、大人しい方がこっちも自分の見たいもんが見れていいっスけど)


 口笛を鳴らしながら、不知火はマウスを動かしてトッププレイヤーのランキングを表示させる。


「うひゃー、Aエース君ダントツぶっちで一位じゃないっすか!続く二位は鬼夜叉、三位はライジン……。なるほどなるほど」


 不知火がAims時代から入れ込んでいる男の名前が一位なのを確認して笑みを浮かべる。

 そんな不知火のつぶやきを聞いた冴木が急に眼を見開いて不知火の方へと振り向き、


「またバランス調整か!?」


「あのー、Aエース君=調整っていう固定観念捨てません?多分すけどバウンティシステムの影響っすよこれ」


「ああ、それなら納得か……」


 冴木は再びパソコンの方へと戻っていき、作業を再開する。


(というかこんなポイント、一体誰を屠ったんすか彼は……)


 少なくともぶっちぎりである以上相当な投票数を持ったプレイヤーをキルしたのだろう。興味の赴くままにポイント履歴を参照して、不知火は驚愕する。


「はぁっ!?オキュラスが脱落っスか!?……マジパネェっスわこの人、優勝候補だと睨んでたんスけどねえ、オキュラス」


 どうせなら屠る瞬間を目撃したかったものだが、まあ後でアーカイブを確認すれば良いかと一人ごちる不知火。


(FPS界隈からしたら有名人っスけどMMORPG界隈からしたら無名の新人っスからね、こいつはとんでもないダークホースっスよ……!)


 不知火はニヤニヤした笑みを崩さないまま、村人Aのカメラへとカーソルを持っていき、シャドウの視界を表示させようと試みるが…。


「………ありゃ、こりゃやられたくさいな」


 No Signal接続無しと表示された画面を見て頭をぽりぽりかくと不知火はため息を吐いた。シャドウの破壊。一応公式としてはそれも一つの手段として用意してはいたが、それなりに代償がデカい。まず確実に大会後はシャドウとの仲は険悪な物になるし、スキルを生成することも大会中は禁じられてしまう。気付いたらやってもいいよぐらいで一応用意してはいたが、まさか気付かれているとは。


(まあマップアイコンは確認できているから良いんすけどね)


 そう思いながら視線を向けると、マップには五人のアイコンが映っていた。


「うわ、ここだけでも本選通過候補者いるじゃないっすか!……あれ、残り一人はポイント少ない……?」


 恐らくチーム単位で動いているだろうから、全員が本選通過のポイントを確保していると思ったが、そうでもないらしい。不知火は疑問に思いながらもマウスを動かしてランキングを再び表示させる。


(まあAエース君にも興味はあるっすけど一人のプレイヤーに肩入れしすぎるのは運営として駄目っすからね。他のプレイヤーも確認しないと)


 不知火は鼻歌を交えながら再び大会の観戦へと戻っていった。



 彼らの思惑に運営サイドが気付くのは、その三十分後の事である。

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