#055 1st TRV WAR 予選 その十一


 洞窟内に入ってから数分が経過した。

 ポンの猛毒によるタイムリミットが刻一刻と近付いていく中、厨二からの接触は未だに無い。

 内心焦りが先行していき、走る足も速くなり始める。


「くそ、厨二の野郎いつになったら接触してくるんだ……!」


 ギリっと歯を食いしばり、洞窟の壁に拳をぶつけると小川の流れる音と足音以外が一切鳴らない静かな洞窟内に打撃音が響き渡った。


「村人、焦る気持ちは分かるが冷静に」


「……ああ、すまん。……確かに洞窟内にプレイヤーがいないとも限らないしな」


 事実、この洞窟内に赤いアイコンがいくつか存在している。そのうちの一つが厨二のアイコンだろうと推測しているが、他にもプレイヤーがいるのかもしれない。音を頼りに寄って来られたら面倒だ。


「……ん?アイコン?」


 ふと、何か引っかかりを覚えて足を止める。何故今まで気付かなかったと慌てて視界端のミニマップを注視すると、拡大表示され、周囲の様子が見やすくなった。


「どうした?」


「……あー……そういうことか…!」


 くそ、本当になんで気付かなかった。この場にあるアイコンは存在している。そのうち四つが俺、ライジン、ポン、串焼きパイセンの物だとしてものだ。

 この場にモンスターを使役出来る系のジョブのプレイヤーはいない。つまりは……。


「この場に居るんだな厨二ィ!」


 俺はすかさず敵から拝借したナイフを懐から抜き取り、この場に存在しない筈のアイコンの位置に向けて投擲する。

 すると、空間が歪むようにして何もない所からナイフが弾かれ、金属音が鳴り響く。


「ずいぶん手荒だねぇ」


 ニヤァ、と言葉の割にはいやらしい笑みを浮かべながら楽しそうに浮かび上がる影。

 そしてゆっくりと影が明確なものとなっていき、そこから顔を出したのは……!


「出たな厨二ィ!お前はいつもいつもカサカサコソコソ動き回って!」


「そんなゴキみたいに言われても困るんだけど……」


 間違いない。ピエロのようなメイクを施した長身の優男。耳に残るようなねっとりとした声音。

 厨二こと卍血の弾丸卍ブラッドバレッド本人である。


「解毒剤渡して死ぬかそのまま一方的に死ぬか選べぇ!」


「どっちにしたって殺す気満々だねぇ!?」


 ヒャッハー日ごろの恨みィ!どうせこいつは良からぬことを企んでる、ならばここで仕留めて薬も強奪して一石二鳥だな!慈悲はねえ!


 俺が弓矢を素早く放つと、厨二はぬるりとした動きで弓矢をつかみ取った。

 げ、マジかよ。避けるかなとは思ったけどつかみ取るとは。


「……おかしいだろ、なんだよ今の速度」


 串焼き先輩も厨二の動きを見て困惑したような声を漏らす。

 確かに驚きだけど、そんなに驚くような事では…。


「やっぱりなんだねぇ。じゃあ行くよ」


「!?」


 続く第二矢を放とうとした瞬間、厨二が地面を踏み込むと、尋常じゃない速度で間合いを詰めてきた。慌てて懐から抜刀したコンバットナイフを振ると、厨二の姿が掻き消える。


「【夢幻の夜明けファントムミラージュ】」


 ブン、という重低音と共に再び厨二の姿が出現する。

 その姿を確認した瞬間、今度は弾道計算を行い、二射分即座に発射する。

 流石にこれは避けきれまい。跳弾によって縦横無尽に動き回る弓矢を、どう回避する?


「ま、一択だよね」


「ッ!?」


 ガギィン!と俺と厨二のナイフが交錯し、高い金属音が鳴り響く。こいつ、攻撃を回避するよりも先に仕留める気か!


「にゃろっ!」


 力任せに思いっきり弾くと、バク転のような動きで即座に距離を取る厨二。そこに、先ほど放った矢が襲来し―――。


「こういう所は流石だねぇ」


 厨二はぽつりと一言呟くと、ナイフを振るう。

 ザンッと切断音が響いたと思えば、続けてカランカランと何かが落ちた音がした。

 視線を音がした方向に向けると厨二に飛来していた二本の矢が地面に転がっていた。


「あいつ跳弾して軌道が分かりにくくなってる弓矢をやがった!?」


「マジかよ……!」


 冷や汗が流れるような思いをしながら厨二との距離を取る。先程の踏み込み加速を見る限り間合いを取ってもすぐに詰められるのは目に見えている。なので、警戒は一切怠らない。


 当の本人はニヤニヤとした笑みを浮かべるばかりで攻撃の挙動を読まさせない。ノーモーションからの攻撃を捌くのはなかなかに至難の技だ。それは奴も分かっている上で行っているのだろう。くそ、相変わらずタチが悪い。


「まあ、及第点って所かなぁ」


 ぼそりと呟いた厨二の言葉に思わず眉を寄せる。相変わらずあいつは煽り性能が高い…!ただ、奴の煽りのいやらしいところが、それが大体事実であるという事。


 厨二が視線を動かし、ポンの方を見ると、表情が変わる。俺もそちらを見ると毒の進行が進み続け、彼女はリミットが訪れそうになっていた。


「厨二!勝負は後だ!頼む、先にポンを」


 俺が懇願するように厨二に向かって叫ぶと、厨二が再び踏み込み、俺の後頭部をナイフの柄で強烈に殴りつけてきた。視界が明滅し、一瞬意識が飛びそうになり、地面に前のめりに倒れ込む。


「く、そ、何を……」


「まあこんな所でしょうもない負け方をするのもつまらないしねぇ。まあこっちの要求を呑んでもらうとしますかねえ」


 パシャっとポーションをポンにかけると、みるみるうちにポンの表情が和らいでいく。

 最初からこうするつもりだったのか。ならなんで俺を殴りつけてきたんだこいつ……!


「まあ僕が持っていたのは状態異常系を回復する万能ポーションだからねえ、回復は任せたよぉ」


「……どういう風の吹き回しだ?」


 正直なところ、奴が快く協力してくれるとは想定していなかったものだからポンを救ってくれたのは予想外だった。まあ先ほどの発言からして何かしら要求があったのだろうけど、その前に吹っ掛けてしまったという事か。……あれ、これ悪いの俺じゃね?


「別に、ちょっとしたお願いがしたいだけさぁ。なるべく、早めにねえ」


「お願いだと?」


 なんだろう、嫌な予感しかしねえ。ゆっくりと身体を起こしながら厨二の方を見ると指先をこちらに向ける。


。君たちの相棒を出してくれないかい?ああ、もちろんポンも、ライジン君も、……ええっと、串刺し君も」


「串焼きな!?確かに名前的にも団子は串刺しだけどさぁ!?てか覚えてねえのかよ!?」


 串焼き先輩の叫び虚しく、厨二は謝りもせずにそっぽを向く。あ、これ素で間違えた奴だ。


 しかし、何故こいつはこの場でシャドウを要求してきたのだろうか。他人のシャドウは違いがあったりするのだろうか?


「シャドウ、出てきてくれ」


「はい、いつもそばに、主人マスター


 でもまあ断る理由もない。ただ見たいだけなら見せてあげるか。そう思って掌の上に出てきたシャドウを厨二はすかさず…。


「はい、協力ありがとねー」


 にこっと微笑んだ厨二は、目にもとまらぬ動きで俺を含めた四人のシャドウを真っ二つにする。


「「「んなぁッ!?」」」


 まだ復帰して間もないポンを除く三人は厨二の行動に思わず声を上げる。シャドウはいわば主人公の相棒的存在。そんな重要キャラが両断出来る事にも驚きだし第一そんな事をしたらこの先のゲーム展開でどんな悪影響を及ぼすか…!


「なにしやがる厨二!」


「ああ、説明も無くやって悪かったねえ。大丈夫だヨ、この大会が終わる時には復活しているサ」


 焦りに焦った串焼き先輩の姿を見て厨二は心底楽しそうに嗤う。

 殴りかかった串焼き先輩を、ひらりとかわすと彼は再び口を開き、


「ねえ、みんなはこの大会におけるシャドウの役割について知ってるのかなぁ?」


 突然そんな事を言い出した厨二に対し、首を傾げる一同。

 シャドウの役割ってなんだ?ただ連れ添っているだけじゃないのか?


「まあ傭兵君は知ってると思うけどぉ、こういう大会の途中、いわば戦闘の最中でもスキルは作り出せるんだよねぇ」


「なんでお前が戦闘中に作り出せるっていう事に対して俺をわざわざ名指ししたのかは置いておいてやる」


 今の発言で確信した。あの時のゴブジェネ、絶対こいつが出現ポップさせただろ。

 なんとなくタチの悪いMPKだなぁとは思ったが、こいつなら納得だ。

 オッケー、こいつ絶対本選でボコボコにしてやる。


「でも、それだとデメリットだけじゃないか?」


「そう思うだろうと思ったけど、実はそうでもないんだよねえ」


 厨二が首を振り、ウインドウを開く。


「みんなは気付いているかどうか分からないけど、ウインドウの配信ライブストリーミング状態のステータスを確認してごらん?」


 厨二に言われるがまま、ウインドウを開いて確認してみると、オフライン状態になっていた。だが、運営の方針で大会中の配信は出来ない状況である今、これはオフライン状態である方が正しいのではないのだろうか。


「実はこれ、シャドウが生存している状況ではオンラインなんだよねぇ」


「……そうか、配信は個人では出来ないが、が放送する分には構わないのか」


 ライジンが納得したように顎に手を添え、うなずいた。


「ご名答、中にはPVP苦手な人もいるだろうしねぇ。そんなプレイヤーでも大会が見れるように運営が気を配っているんだよねえ」


「確かに公式のお知らせでも生放送をするって書いてあったな。そうか、つまりシャドウはカメラの役割を果たしているのか」


「そうそう。プレイヤー一人一人に分け与えられているから都合も良いしねえ。だから、その根源を絶てばどうなると思う?」


「……ああそうか、そのプレイヤーはカメラに映らなくなる。つまり他のシャドウを連れたプレイヤーと遭遇しない限りは、自分のスキルを隠蔽出来るって事か」


 本選に出るプレイヤーは当然他の本選通過者の予選で使ったスキルを見て対策を立ててくるだろう。それを未然に防げる手段というのはでかい。

 ……だが、俺は【彗星の一矢】という切り札を使ってしまっているが。


「しかし、厨二がそんな気を利かせてくれる人間だとは思いにくいがな」


 俺が思わずそう言うと、厨二はニヤリと笑い。


「えっへへー、まーね。ボクと当たるまで負けてほしくないってのが二割でぇ」


 ……こいつ、言葉の裏で自分が絶対勝つって宣言してやがる。


「残りの八割は?」


 ライジンがそう聞き返すと、笑みばかり浮かべていた厨二の顔が急にまじめな顔に変わり。



「この星海の海岸線に存在する。【双壁】を見つけに行こうじゃないか」



 

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