#054 1st TRV WAR 予選 その十


 海鳴りの洞窟。



 厨二曰く『蒼碧と純白が織り成す神秘の洞窟』。


 入り口は森林地帯の真ん中に存在し、深部に潜れば潜る程色鮮やかな景色が広がっていくという美しい洞窟だ。

 アップデートが来て既に踏破しているプレイヤーもいるらしいが、それはモンスターが配置されていない今の状態であるだからこそ成し遂げられる事であり、モンスターが配置されれば恐らく高難易度の洞窟になるだろうという噂が飛び交っている。

 現時点で隠し部屋なども見つかっているらしいが、洞窟が広大なのでその全容は未だはっきりしていない。


 因みに深部に進むにつれて古代文字らしき何かや、巨大な生物を示しているだろう壁画がそこかしこに散見できる。

 曰く、この海鳴りの洞窟は近くに存在する漁村ハーリッドが管理し、そこの村に伝わる伝承に登場する守り神様を祀る為の洞窟だという話もあるそうだが……。





「問題は、どうしてこの場所を厨二が指定したのか、という話なんだよな」


 息を切らしながら俺達は目的の場所へと到達した。

 そこは木々に囲まれた森林地帯。この洞窟の近くにプレイヤー達が落とす道具袋が転がっていたので不審に思ったのだが、どうやらライジンが暴れた後、袋からアイテムを補充しないまま爆発音がする方向へと向かったかららしい。

 すげーな、本当にこの人運ゲRTA完遂してるよ。ちょっとそこら辺の運分けてくんね?


「合流しやすいからじゃないのか?」


「いや、あいつの性格を考えるとむしろ激戦区の方を指定してきそうなんだよな…。苦戦している所を見ている方が楽しいし、乱入して場をかき乱すのが楽しいからって」


「趣味悪ッ!?」


 いや実際そうなんだよなぁ……。Aimsの時もあえて敵引っ張ってきて人数不利作って自分はどっかに退散するんだもんなあいつ。大会でも平気でそれしてくるから洒落になんねえ。


「となると、何か打算的な面で俺達に接触してきた、というのが村人の見解?」


「俺は少なくともそう思うかな」


 あえてこんな人があまり近寄らないような洞窟を指定して呼ぶのはポンの事を思ってって訳じゃないだろうし……。本当に、何が目的なんだあの野郎。


「この洞窟に罠とか仕掛けてるんじゃねえの?」


「いやそんなことは……。……あるな。むしろプレイヤーすら引き込んでるまである」


「マジで害悪だな!?」


 でもそんな害悪に頼らなければいけない程状況は切羽詰まってるんだよな。変人分隊が一人も欠けずに本選に出場するには奴の手を借りねばならない。……あーくそ、借り一つとか言われそうで怖え。


「取り敢えず、進まないことには道はない。……急ぐぞ、早く深部に向かわないと」


 ポンのタイムリミットは残すところ後十分といったところか。どこで接触を図ってくるかは分からないが、少なくともリミットまでには接触を図ってくるだろう。だが、奴が最奥で待ち構えているとなれば話は別。少しでも進まなければ遭遇出来ずに詰み、何てことになりかねない。


 ちら、と後ろに視線を向け、再び視線を戻す。


「……追手は来ていない。行くぞ」


「「ああ」」


 ポンを背負いなおし、俺達は洞窟内部へと足を踏み入れた。





「……あぶないあぶない、バレる所だったよ。流石人外スナイパー、ちょっとした気配でも気付きそうになるなんて」


 ゆらりと空間が崩れるようにしてそこからローブを纏った一人の男が出現する。

 楽しそうに微笑む男の眼差しは、先ほど三人が入っていった洞窟に向けられていた。


「ボクが放った従魔もしっかり倒してくれたみたいだね。……むしろあれぐらい倒してもらわなければ困る。これからもっと楽しくなるんだからサ」


 そう言って男がパチンと指を鳴らすと、辺りの木から看板が降りてきて、その看板は全て洞窟の方へと向けられる。


「鬼さんこちら、てね。……【偽装工作エネミー・カム・ヒア】『この先優勝候補が複数人おります、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。優しい森のお兄さんより』」


 男が使ったスキルは、無機物にプレイヤーを示すアイコンを付与するというスキルである。デコイとして用いられるスキルだが、今回の場合は完全に悪意を持ってセッティングされている。プレイヤーの赤点に釣られてやってきた人間が看板を見て、この洞窟に入っていく。そういう筋書きだ。


「まあ疑り深い人間は入らないだろうけど……。でも、面白半分に入っていく人間も、ワンチャン掛けてみたいっていう人間もいるだろうしねぇ。ふっふっふ、面白くなってきたねぇ」


 男の笑みは、これから先に起こる大イベントを想定しての物。もうすぐ大会開始から二時間が経過する。一時間であれだけテコ入れされたのだ。それなら二時間経過で起きるイベントも相当なものだろうと予想している。


「まあ、大方予想はついているけどねぇ。それならそれで、……」


 男が足を洞窟に向け、歩き出すとふと何かを思い出したように「あ、そうだ」と声を漏らす。


「出ておいで、監視役クン?」


主人マスター、それは私の事ですか?』


 男の声に応じて出てきたのは空中に浮遊するロボット、シャドウだった。


「そうだとも、プレイヤー一人一人に付き添うロボット、それこそがこの大会でその視点を通して映像を提供しているのだろう?」


『何を、おっしゃって』


「ああ良いから良いから。ボクの目的は……」


 カッとナイフが放たれ、段々焦点が合わなくなるようにして機能を停止し、地面へと転がるシャドウ。


「ここから先のイベントに関して、君の存在はだ。ボクの推測が正しければここにはが眠っている。それを視聴者諸君に提供するわけにはいかない。これでも一応、ゲーマー、なんでね?」


 ニヤリとした笑みがシャドウに向けられるが返答はない。ゆっくりとその場を去る男は、高笑いしながら洞窟へと入っていった。


「どうせまた復活するんだ、少しばかりの休暇、楽しんでよ」


 男、村人達から厨二と呼ばれる男は、そんな呟きを残して。

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