#053 1st TRV WAR 予選 その九


 気付くのが遅れてしまった。


 重傷を負っている身であり、自力での回復は厳しいという事に早く気付いて居れば、この状況になっていなかったのかもしれない。

 森林地帯を疾走しながら、背中に担がれた辛そうな表情でぐったりしている少女を、ちらと横目で見る。


「すみ……ません……」


「もう少しだけ耐えてくれよ……!」


 森林地帯を疾走する影が三つ。俺とライジンと串焼き先輩は草木をかき分け、枝を飛び越え、ただひたすらに目的の場所に向けて走り続ける。

 本当にあるかどうかも分からない代物。だがそれが無ければこの少女は試合から退場する羽目になってしまう。


「とんだ置き土産してくれたなオキュラス氏……!」


 この場にいない毒の使い手に恨み言を吐きながら足を必死に動かす。

 油断が産んでしまった慢心が、俺達を勝利の余韻に浸らせる暇も与えず、現実となって襲い掛かる。



 ――――――――――ポンが猛毒で回復不能になるまで、残り二十分。






 気付いたのは、俺がオキュラス氏を屠ってからの事だった。


「あれ?ポンは?」


「そういえば声が聞こえないな」


 ふと違和感を感じて俺が辺りを見回すと、それにつられて他の二人もきょろきょろと周囲を見回し始める。いつもならば何かしら反応を示してくれるポンが反応しなかった。それはつまり―――。


 最悪の事態を思い浮かべ、サアッと血の気が引くような感覚に陥り、慌てて草木をかき分ける。


「くそ、回復が間に合わなかったか!?」


 合流した時には満身創痍の状態だったポン。手持ちにあるだけのありったけのポーションを渡したので安心していたが、もしかしたら自力で動くことすら厳しい状態だったのかもしれない。

 完全に油断しきっていた。合流した段階でポーションの中身だけを投げつけてでも当てて回復させるべきだった。


「ポン、大丈夫か!?しっかりしろ!」


「あ……」


 先ほど倒れていた所に行くと木に寄りかかって苦し気に息を切らしているポンの姿があった。

 まだポリゴンとなってこの大会から永久退場を食らっていなかったので一安心したのも束の間。

 毒の浸食は進み、片足は毒の影響で完全に崩れ落ちており、眼にも焦点が合っていない。


「……おい、ライジン、これ仕様?」


「猛毒になったまま治さずに放置していると思考力低下とかも引き起こすとは聞いていたけどここまでとはね……」


 あまりにも酷過ぎるポンの状態に思わずオキュラス氏がそういう性癖の持ち主なのかと錯覚してしまったがどうやら仕様らしい。


「生き残ったのは良いんだが……悪い知らせだ、村人」


 まだ何かあるのかよ、とライジンの方を見るが、彼の表情はいたって真剣だった。


「猛毒の状態異常を負ってしまった場合、心身機能の低下以上に厄介なのが…なんだ」


「回復の制限……?体力回復が出来なくなるとか?」


「その通りだ。毒が全身に回ってしまうと、回復及び状態異常回復の効果を一切受け付けない状態になってしまう。……今のポンの状態から見て、もって二十五分といったところかな」


「解毒ポーションは無いのか?」


「解毒ポーションならあるんだが、残念ながら猛毒を治せるレベルのポーションじゃない。……もっと高位の解毒ポーションが必要だ」


「……マジかよ」


 HPポーションで試合終了まで回復させる手段も考えたが効果を受け付けないとなると高位の解毒ポーションを探すしか手段が思いつかない。くそ、手っ取り早くそこら辺のメディック脅して状態異常回復系のスキルぶっ放させるか?いや、ポンは既に二百以上ポイントを稼いでる。回復する振りしてキルされました、なんて洒落にならん。


「一度状況を整理するか」


 思考がまとまらないのでパン、と手を合わせて熟考する。


 ライジンは片腕無いし、俺と串焼き先輩も消耗してる。ポンはこんな状態だから完全に戦力外だから……あれ?割とヤバい状況だったりする?

 と、なると目指すべきなのは……。


「セレンティシアに行って勝ち抜きコースがベストか?」


「俺もそれが一番いいと思う」

 

 幸い俺達四人は予選通過を余裕で行えるポイント数を稼いでいる。

 ここからセレンティシアまで走っていけばそこまで時間が掛からない。判定員とやらがどんな判定で勝ち抜け認定してくれるのかは分からないが、恐らく間に合うのではないのだろうか。


「だけどよ、村人のポイント的にギルド前の連中が黙って見過ごすわけねえだろ」


 ちくりと鋭い指摘が串焼き先輩の口から飛び出す。それに対して俺は苦笑いを浮かべ、ライジン達を見ると……。


「やめろお前らそんなポイントMVPの餌を見つけたと言わんばかりの眼光を向けんな!」


「「ちっ!」」


 舌打ちしやがったぞこいつら!確かにバウンティーハンターで密かにオキュラス氏をタゲってたおかげで凄いポイント稼げたけども!!


「走って十分、そこから残り十分ぐらいでギルド前に芋ってる連中を掃討するのは無理だ。…別の方法を考えるしかない」


 刻一刻とポンの猛毒状態は進行し続けている。残された時間は少ない。変人分隊全員で予選を抜けると約束したからには見捨てる訳には行かないしな。


 ポンにHPポーションを振りかけると、心なしか安らいだような表情を浮かべるポン。

 儚げな彼女を見て非常に痛々しく思い、思わず顔を逸らしてしまう。


「だが、どうする?助ける手段を探すと言ったってそう高位の解毒ポーションなんて早々見つかるわけがない。当てはあるのか?」


 ライジンがそう言うのでこくりと頷き返す。


「当てっつーかほんとに運任せなんだが……。……マップにあるっていう支給品サプライBOX。その中から解毒ポーションを探し当てるしか方法は無い」


「……それは……非現実的だな。仮に含まれているBOXがあったとしてもそのBOXを引き当てられる可能性も低い。……ほかに方法は」


 ライジンがそう呟いたその瞬間、急に眼を見開き、上を見る。


「どうした?」


「何かが横切った……!あれは、モンスターか?蝙蝠っぽかったんだが……!」


「モンスターっていないんじゃなかったっけ……?」


 オキュラス氏もモンスター染みてたけど。ある意味化け物モンスターか?


魔物使いテイマー召喚師サモナーの連れのモンスターか?いずれにせよ、敵に認知されるのはマズイ……!」


「えっモンスター連れでこの大会参加出来るなんてぶっ壊れジョブじゃね?」


 バトロワで普通に人数有利取れるとかチートジョブなんだよなぁ…。そこらへんどうなってんの運営さん?あ、でもチーミングも似たようなもんか。なら良いな!!(ゲス)


 俺が関係ない思考をしていると、ライジンは剣を構えて叫ぶ。


「今すぐポンを連れてこの場から離れるぞ!もし仲間がいた場合に連れてこられると処理が厄介だ!」


「オーケイ、すぐに移動するか……!?」


 視界に何か映り、即座に鷹の目を発動させる。高速飛行する蝙蝠が、刃状となった羽を構え、こちらの首を目掛けて突進してきて―――!?


「村人ぉ!?」


「村人!?」


 気付いているさ、平気平気―――!


 俺は腰からコンバットナイフを抜き取り、蝙蝠目掛けて一閃する。


「遅いんだよ!」


『キィッ!!』


 ジャストタイミングで一閃された蝙蝠は真っ二つとなり、ポン!という音と煙と共に霧散した。


「うわっ、なんだこれ!?」


 モンスターの死亡エフェクトじゃないだろコレ!?いや死に際にコミカルになるとかいうネタスキルか!?


 と思ったその直後、蝙蝠がいた空間に紙が出現し、ヒラヒラと落ちてくる。

 それを手に取り、内容を確認するとライジン達も続けてのぞき込んでくる。


『蒼碧と純白が織り成す神秘の洞窟の深淵にて開かれるお茶会に招待するよ。そこで眠りについている白雪姫を連れてくると良い。君たちが望む物を用意して待ってるよ』


「うわ、なんだこれ」


 見るからに胡散臭げな文章に串焼き先輩がしかめっ面になる。

 ライジンも似たような表情を浮かべて何か引っかかるように首を傾げていた。


 蒼碧と純白が織り成す神秘の洞窟の深淵?お茶会に招待?眠りについている白雪姫?


 多分海鳴りの洞窟の奥深くにポンを連れて遊びに来てねって事なんだろうが、一々言い回しが臭すぎる。うん、聞き覚えあるわ。


 ……でこの筆跡。なんか達筆なんだけど無駄にお洒落で凝ってるような独特の筆跡をする人物を俺は今までの人生を歩んで来て、一人しか知らない。


 どうしてこのタイミングでだとか、なんでこのゲームにとか、俺たちの状況をどこで監視してるんだとか、色々言いたいことはある。


 まあ取り敢えず、罠じゃ無い事は分かった。奴の手を借りるのは癪だが、ポンが助かる可能性があるならその手段に縋るしかない。


 俺は紙をくしゃっと握りつぶし、空を見上げる。


 

「一体どういう了見だっつーの、



 どこかでほくそえんでるだろう奴の顔を思い浮かべながら。

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