#049 1st TRV WAR 予選 その五


「【ガーディアン・ナイツ】!」


「分身技とかありかよ!?」


 Rosaliaと名乗る銀鎧のプレイヤーが開幕スキルを発動すると、その姿が多重にブレて横方面へと広がっていく。全部で六つの分身が出来たかと思うと、一糸乱れぬ動きでレイピアを縦に構える。


「行くぞ」


 ヴァルキュリアを彷彿とさせる刺突の体勢へと変え、足に力が入り込むのが見て取れる。

 どれが本体だろうと関係ない。跳弾で全員仕留めてしまえば良い。


「串焼き先輩!プランB!」


「ok」


 俺の指示に串焼き団子が短く了承すると、矢を引き絞り、高速射出を開始する。

 俺もすかさずすべての分身を含めた跳弾ルートを計算し、矢を放つ。


「無駄だ」


 先ほどまで一糸乱れぬ動きをしていた分身たちが放った矢をレイピアで正確に撃ち落とし始めたのだ。


「完全模倣じゃないのかよ!?」


「残念だがこれは全てだ。ただ、自動オートにしないで並列思考しながらじゃないと動かせないのが難点だがな。次から次へと降って湧いてくる日々の多忙な業務に鍛えられた社会の犬を舐めるなよ」


「恐るべき社畜ウーマン……」


 複数人分の思考を同時にこなすって並大抵の人間には出来ねえことだよなぁ……。尊敬できるけど決して真似したくない奴だな。日ごろの業務で滅茶苦茶ストレスたまってるんだろうなぁ……。

 心なしか汗を額に浮かべたRosaliaは、刺突の体勢のまま固まった本体?の瞳に光を灯すと地面を踏みしめてこちらへと猛進する。


「どうした厄災?君の実力はこの程度の物なのか?」


「るっせ、俺の得意分野は長距離狙撃だっつの!」


 レイピアの側面をコンバットナイフで上手くいなし、『仮定分身A』を後方へと受け流す。

 そのまま無防備となった分身Aに向けて串焼き団子が素早く矢を放ち続けるが、他の分身たちによって阻まれ、矢は全て弾き落された。


「合法チート過ぎて笑えねえ……」


「スキルポイントを100使えば取れるぞ。なんならスキルレシピを教えようか?」


「多分取っても使いこなせそうにないのでいらないかなあ……」


 だって複数人分の思考を一人で制御してるんだろ?俺にはそんな器用な真似出来んわ……。

 まあ、見た感じ流石に本体含めた七人分の同時操作は無理そうだから三人程度同時操作ぐらいが限界っぽいけど。……まじで脳内処理どうなってんだ、普通に処理追いつかなくて脳がオーバーヒートして爆散しそう。とどのつまり、社畜になりたくないね!


「どうする村人?」


「まあプランBは継続で。全部本物って事はダメージ分散かダメージ共有の可能性が高い」


「先ほどからなにやら策を練っているようだが、ねじ伏せて見せよう」


 そう言ってRosaliaが笑みを浮かべる。その刹那弓を構え。


「ハイそこぉ!」


「ぬぅっ!?本物を見破るとはやるなぁ!?」


 いやだって一人しか動いてなかったんだもの。分身だけ笑わせればいいのに本物で笑っちゃうとかこの人もしかして天然?


 ちなみにさっきから言っているプランBのBは『Break』のBである。正面突破でぶち壊せ!…別名、脳筋ともいう。おいそこノープランとか言うな。ノープランならプランNだから。

 矢を避けた本物?が慌てた様子で手を前に突き出す。


「ちょ、ちょっと待て。一度仕切り直さないか?」


「ぼくはきしどうはせいせいどうどうだとおもってます。なのでばれたからといってせんとうちゅうにちゅうだんはありえないとおもいます」


「なんで片言!?」


 はっはー!戦闘に容赦なんて存在しねえ!やるかやられるか、それだけが絶対不変のルール!


「た、確かに騎士は誠実であるべきだよな。うん。よぉしかかってこい!」


「何この人くっそちょろい」


 扱いやすいとも言う。何この漂う残念美人感。


「まあ本物がバレたところで変わりないのだがな。……行くぞ!」


「……ッ!」


 ノーモーションからの急加速刺突が繰り出され、慌ててナイフで弾く。

 だが、分身達も同時に動き出し、捌ききれずに直撃を受け、視界端のHPバーがガリガリ削れていく。


「っぅ……ッ!」


「ようやくその余裕綽々とした態度を崩すことが出来たな。まだまだ止まらないぞ」


 激しい猛攻は止むことが無い。分身含めた合計七人の攻撃は、俺の身体を容赦なく切り裂いていく。


「七人同時は無理なんじゃないのかよ!?」


「単調な動きならオート操作も可能だぞ。さっきも言ったじゃないか」


 あー、言ってたっけ?確かにそんな事言ってたっけなあ。

 まあ、取り敢えず……!


「調子……のんなっ!」


「ぬっ!?」


 自動装填オートリロード+跳弾改発動の矢を乱射すると、分身達が一斉に飛びのく。辺りの瓦礫を反射しながら縦横無尽に暴れまわり、威力を増しながらRosaliaへと襲い掛かる。


「猪口才なっ!?ぐあっ!?」


 オート操作だと粗が出るのか、矢を回避できずに何本か突き刺さって、RosaliaのHPバーを削っていく。それと同時に分身が消え、本体が膝をついた。


「あれ?割とあっさり?」


「はぁ……!はぁ……!」


 まさかの【彗星の一矢】を使わずに分身達を仕留める事が出来るとは思わなかった。思わず呆けてると、苦しそうに息を切らすRosaliaが口を開く。


、本体を、的確に……!」


「は?」


 え、跳弾のダメージでスキルが解除されたんじゃないのか?

 けほけほと苦しそうに息を切らす彼女を見ていると、紫色のエフェクトが出ている事に気付く。


「……?」


「オキュラスか……?いや違う、奴は仲間を連れているはずだから、私のセンサーに触れていてもおかしくない筈……!」


「センサーなんて出してたのか!道理ですぐに気付かれたわけだ」


「あっ」


 うっかり失言したことに気付いた彼女は、慌てて自分の口を押さえる。


 なんで追加ルールでミニマップ上に表示されてすぐに先回りされていたのか疑問に思っていたのだが、そのセンサーとやらで俺達が移動していることに気付いたのか。厄介なスキル持ってやがるな。


 Rosaliaと同じ様に周囲を警戒していると。


「ひぅっ!?」


 突然Rosaliaが顔を青ざめて悲鳴を漏らした。何か聞いたのだろうか、身体を震わせながら何かに怯えるかのように完全に動かなくなってしまった。


「あの、Rosaliaさん?」


「ひぃっ!?」


「……えーと、これ、どうすればいいのかな」


 声を掛けるとRosaliaさんは真っ青な顔でガクガクと震えだしました。…なんで?

 よくわからないけど物凄いチャンスじゃね、これ?完全に無抵抗状態になったんだけど。


「やだ、やだやだやだやだ!怖いよお!誰か、助けてよお!」


「ええ……」


 思わずドン引きしてしまった。さっきまでの騎士ロールプレイの高潔な姿はどこへやら、首をブンブン振りながら耳を抑えて怯え切ってしまっている。

 

「村人、これは一体……」


「圧勝する大チャンス、だけどなんか萎えたなあ……」


 串焼き団子の問いに、俺はため息を吐きながら答える。

 猛者との戦いに心躍っていたのに。残念だけど俺は無抵抗の敵を一方的にいたぶる趣味は持ち合わせていない。はー、誰だよ水差した奴。


 と、その時、鎧を着ている侍らしきプレイヤーがこちらに走ってくるのが見えた。


「あー、見つけましたよ団長。まったく、いつも一人で突っ走るんですから」


 Rosaliaさんと同じ様に鎧を着ているという事はこの人は恐らく黒薔薇なんとかというクランの人だろう。

 俺と串焼き団子の顔を見るなり、ペコペコ頭を下げてくる。


「あ、これはどうも。団長が迷惑かけましたね。すみませんがちょっと団長を倒すのだけは勘弁してもらえませんか?見てのとおりポンコツ状態になった団長はマージで使いもんになんないんで」


「あっハイ」


 勢いよくまくし立ててくるプレイヤーに思わず了承してしまった。

 なんかクラメンらしき人にボロクソに言われてるけど大丈夫なのかこのクラマス。

 ペコペコ頭を下げてくるRosaliaさんのクラメンは、ひょいっと脇にRosaliaさんを抱えると、ぺしぺし頬を叩く。


「ほら行きますよ団長」


「ルゥ、もういない?お化けいない?」


「なにお化け如きにそんなビビってんですか。だから威厳ないポンコツクラマスって言われるんですよ」


「むぅ、威厳あるもん!誇り高き騎士なんだもん!」


「はいはいワロスワロス。あ、では失礼します」


「あっハイ」


 いやもうなんかねえ?イメージと言いますか、いろいろ残念ですわ。というかコレ敗北者の人達も観戦出来るんじゃなかったっけ?……プレイヤー達が見ている中であの痴態が晒されたのか、ご愁傷様。


「ちょ、ちょっと待て、Rosaliaさんはもうなんか萎えたからいいとしてあんたと戦いたいんだけど」


「ちっ」


「あっ舌打ちされた」


 なにさりげなく逃げようとしてんだ。あんたの頭上に68ptって出てんの見えてんだよ。美味しい獲物を見逃すはずないだろ。


「はぁー、出来れば勝ち残りたいんで戦いたくないんですよねー。うちのクラマスのスキルを初見攻略する人、あんまいないんですよ。絶対強い人じゃないですか、あなた」


「あ、いや、それは……」


 なんか分からんけど勝手に毒状態になって解除されただけで、俺が攻略したわけではないんですが。まあいいか、面白いから勘違いさせとこう。


「それともあれですか。観衆の前で痴態を晒せというんですか、このポンコツクラマスみたいに」


「いやそこまで言ってねえよ!」


「ポンコツじゃないもん!」


 Rosaliaさんは無視。

 いやなんかこの人やりづれえ!ルゥさんって言ったっけ?フルフェイス型の兜してるから詳細は分からんけど声音的に女性なんだよな。……もしかして黒薔薇なんとかってクラン、男子禁制?いや待てそれならなんで俺が誘われた?


 ……あー、顔。


 疑問を自己解決すると、目の前のルゥさんが深くため息を吐いた。


「いやほんと謝るんで勘弁してください。多分うちのクラマスが勝負吹っ掛けたんでしょうけどあなたの勝ちで良いですから。ほら、クラマスもそう言ってください!」


「私負けて無いもん!」


「いい年こいた大人が幼児退行してんじゃねー!」


「ひいっ!?」


 うわ、こえー。いや良いと思いますよ。美人な女性が幼児退行したような姿も。……もしかして、割とRosaliaさんってそっちが素とかあったりする?それはないか。

 ルゥさんがRosaliaさんに一喝すると、眼をはっと見開く。


「はっ!?私は何を!?」


「ようやく戻りましたか。ほら、はやく謝って!」


「うぅ……。い、嫌だ……」


 正気に戻ったらしいRosaliaさんはぷいっとそっぽを向く。


 さっきまで幼児退行していやいや頭振っていた顔が真っ赤に染まっていくのが見えた。恐らく、羞恥によるものだろう。

 ……まあ、ここは男としてフォローしてあげるのがベストな場面なのだが……。

 やることは、勿論、一つだよな?


「威厳あるもん!誇り高き騎士なんだもん!(ぼそっ)」


「ッ!?」


 俺がぼそりと呟くと、ビクッと肩を震わせ、その顔がさらに朱に染まっていく。

 俺の言葉に合わせて串焼き団子もそっと。


「ポンコツじゃないもん!(ぼそっ)」


「や、やめてくれ……」


 顔を掌で覆いながら、言葉を反芻し、思い出すようにして赤みを増していく。

 あ、やべえこれ楽しい。煽りはPVPの基本だよなあ!?


 そして追い打ちをかけるかのようにルゥさんもにこやかに笑い。


「わ た し ま け て な い も ん !」


「いやあああああああああああああああああああああ!!!!??」


 爆発したように大絶叫。ひゃっほー!羞恥心を煽るのは最高だなあ!ねえねえ、今どんな気持ち?

 半分涙目になりながらプルプルと震えるRosaliaさんは、ゆっくりと口を開き……。


「くっ、こ、殺せ……」


「え、なんて?」


 いやしっかり聞き取れたけども。詰まったからやり直し、良いね?


 Rosaliaさんはこれでもかというぐらい羞恥に打ち震えさせながら思いっきり叫ぶ。



「くっ、殺せ!!!」



「女騎士名台詞きたきたきたきたきたきたぁ!!!」


「「いやあんたが喜ぶんかい!?」」


 ルゥさんが物凄い勢いでガッツポーズをするのを見て俺と串焼き団子は突っ込んだ。


 いや確かにその言葉が聞きたかったんだけどさ!ルゥさんが喜ぶのはどうなんだよ!?なんか意外とこの人ノリ良いな!


「いやーいいもん聞けましたわぁ、あ、ここらで失礼」


「なにさりげなく逃げようとしてんだ待てコラ!」


 そこのくっころ騎士を置いて帰んじゃねえ!「もうお嫁にいけない…」って言ってんぞ!いや彼女のメンタル抉ったの俺が一番最初だけども!


「あんまりしつこい男は嫌われますよ?」


「えっ、男だったのか!?」


「えっ、そこから!?」


 ルゥさんがジト目で言うとRosaliaさんがびっくりしたように声を漏らす。やっぱりこの人俺の事女だと勘違いしてたのか!?というかそれならなんで手を出す云々言ってたんだよ!?えっ、もしかしてそっちの気の人?


「はあ、仕方ない、最終兵器を使うか……」


「……ッ!?」


 ルゥさんがため息を吐いて、こちらを鋭く睨みつける。


 な、なにをするつもりだ…!?


 身構える俺達に対し、ゆっくりと指をこちらに向けて……。


「キャー!助けてぇ!男の人に襲われるぅ!」


「人聞きの悪い事言うのやめて貰えませんかね!?」


 つかバトルロイヤルなんだから襲うのは当然の結果なわけで!いや意味深なほうじゃねーよ!

 しかも助けにくるやつなんているわけないだろ!いたとしたらそいつはよほどの正義感に満ち溢れた……。


 と、その時俺の肩に手が置かれた。

 後ろを振り返ると、どこかで見たような紺色っぽい服装に身を包んだプレイヤーがにこやかに笑い。


「署までご同行願えますか?」


「ファッキンポリスメン!」


 これ警察服じゃねーか!なんでゲーム内に警察がいるんだよ!違和感半端ねえ!


「はっはー!後は頼んだぜ国家権力ゥ!」


「あっ畜生待て!」


 驚きのあまり硬直していると、ルゥさんがRosaliaさんを小脇に抱えて高笑いしながら逃走を開始した。追跡しようとするがこの警察?が行く手を阻む。


「あー!もう邪魔!誰だよあんた!?」


「アイアム『おまわりさん』。全幼女、淑女の味方さ!」


「男の人にも味方したげてよぉ!」


 なんだこの私欲全振り国家権力!取り敢えず全国の本物のおまわりさんに謝れ!


「淑女に助けを求められたからには君を倒すまで俺は倒れないぞぐふぉ!?」


 ノータイムでボディブローを放つと錐もみ回転しながら吹っ飛ぶ国家権力。……滅茶苦茶弱くね?

 そのまま情けない悲鳴を漏らして地面に滑り込むと、ピクピクと痙攣させながら。


「ぐ、ぐふ……!不意打ちとはひ、卑怯だぞ……!」


「ああもう逃げられた!」


 慌てておまわりさんの後方を確認するが既にあの二人の女騎士の姿は無かった。


「というか串焼き先輩追ってくれよ!」


「いや、すまん……。ちょっと別の物に気を取られちまって……」


 串焼き団子の方を見ると、茫然としたまま指を指した。別の物?と首を傾げながらそちらを見ると、何やら紫色の巨体が…。


「……何あれ、モンスター?」


「……いやプレイヤーしかいねえだろ、このバトルロイヤルには」


 それもそうかと納得すると、紫色の巨体が居る方向からズン!と凄まじい爆発が発生し、その衝撃によって発生した振動が辺りを揺らす。


「……待て、今の振動……ポンじゃないか?」


 レッサーアクアドラゴン戦の比じゃないが、聞き覚えのある爆発だった。あんだけド派手な爆発を扱うのはポンぐらいしか……。


 ミニマップに意識を集中すると、ミニマップが開く。紫色の巨体がいる場所までは目測全力ダッシュで十分といったところか。……反対方向には逃げる二つの赤点。


「大物の獲物二人か、ポンの加勢か……!」


 あの紫色の巨体が見掛け倒しじゃなさそうなのは俺も理解している。先ほどの爆発を受けて尚動き続けているからな。しかし、MVPを取るならあの二人を倒せばポイントが一気に加算されて一躍ポイントMVPになれる可能性も……。


「あぁー!!」


 ポイントMVPか、ポンの救助か。


 頭をひとしきり掻きむしった後、俺は串焼き団子の方へと向き。


「味方優先!ポンの救助に行くぞ!」


「あいよ!」


「待て逃がさないぞあひんっ!?」


 去り際に蹲っている変態国家権力に矢を放ってから、俺と串焼き団子は紫色の巨体がいる方へと駆け出した。


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