#042 VSゴブジェネ 終幕
ゴブリンジェネラルの真紅の斧が唸りを上げながら真横を通過していく。
二本に増えたというのに全く苦にもせずに投擲しているものだから恐ろしい。
ゴウ、と通過後に吹き荒れる突風に頬を引くつかせながら、愚痴を漏らす。
「見た感じ完全回復してるけどっ……はあ、もう一周!とか言わないよなぁ……?」
先ほどの【フラッシュアロー】の直撃を受けたゴブリンジェネラルの視覚と聴覚はまだ治っていない。
恐らく部位欠損などと同じで修復に時間がかかるのだろう。今の内に距離を離して逃げるべきなのだろうが、奴の嗅覚も特別製らしく、精度もかなり高い。今は斧を外したが、当たるのも時間の問題だろう。
「にしても発狂モードに突入したって事は……もうすぐ撃破という事で間違いないとは思うんだが……!」
発狂モードは体力が残り少ない時に移行するモードのはずだ。もしかしたら奴はお仕置き用に早めに発狂モードに突入するように設定されているのかもしれないが、少なくとも奴を
「あの様子をっ……見る限り完全回復してそうだよなぁ……!?」
息を乱しながら全力疾走。AGIに結構な数値を振っていて尚且つ装備補正でかなり早くなっているのにもかかわらず、回復によって元気いっぱいになったゴブリンジェネラルはそんな俺と大差ない速度で走り続けている。あんな巨体なのに走るのが早いとか正直悪夢でしかない。
ちらりと横目でゴブリンジェネラルを盗み見ると、手を掲げるゴブリンジェネラル。
その手に吸い寄せられる真紅の二本の斧。くるくると回転しながら不自然にホーミングして、ガシっと確かに掴み取ると、俺を索敵するべく再びスンスンと鼻を動かした。
……次の斧が飛んでくる!
「蛮勇の一撃は前回アウトだったから今回は完全回避の方針で…!」
斧に触れればアウト、その時点でゲームオ-バー確定。状態異常が身体を蝕み、行動を制限したところを悠々と屠る。人によってはトラウマを生みかねんから運営の意地悪さが伺える。
地面を蹴って木々が密集している方へ。斧の切れ味は一瞬で木をなぎ倒すから凄まじい事は分かってはいるが、視覚が回復した時に少しでも障害物で邪魔できるように。
その場に足を止めて力強く踏ん張り、斧を大きく振りかぶるゴブリンジェネラル。
俺は腕の動きを観察し、飛んでくる方向を見極めながらこの隙に距離を離す。
『グルァァアアアアアアアア!!!』
再び空気を切り裂きながら投擲される二本の斧。唸りを上げて迫りくる脅威に、俺は眉を寄せながらスライディングの体勢を取る。
「一応この高さなら頭上30㎝ってとこか…!?」
勢いを損なわないようにスライディングをすると、先ほどの予想が当たり、頭上すれすれで斧が通過していく。ブォン!と耳元で聞こえてくる音に身を震わせながら、すぐに立ち上がって走り出す。
「ああ、くそ。折角の【フラッシュアロー】が完全に意味ねえ!攻撃に転じるチャンスが無い物か!?」
視覚と聴覚を失わせて尚俺を正確に見定める手段を持ち合わせている。そのせいで今は完全に回避のみに徹している状況。なんとかして状況を打開したいものだが……!
「待て、
ふと、頭の中で過去の記憶がちらつく。
何か思い出せそうな気がする。
嗅覚、匂い、悪臭?
欠けていたピースが合わさっていくような感覚を感じて、すぐさまウインドウを開く。
「そうだ…!こいつがあったじゃないか……!」
このアイテムを売ろうと考えたときに、具現化すると周囲に迷惑が掛かりそうだなーとぼんやり思っていたせいで出すに出せなかった物。
「【
二ィ、と笑みを作って【ゴブリンの腰巻】を取り出す。
これは『強烈な悪臭がするので取り扱いには注意』と書いてあったせいであの行商人に売却しなかったアイテムである。
匂いに敏感なら同族の匂いに染めてしまえば良いじゃない、という考えだ。
「うわくっさ!ちょっと待て、これきつすぎるだろ……!?」
思わず鼻を塞ぎながら【ゴブリンの腰巻】を投げ捨てる。生卵が腐った時に放つ異臭を数倍強くしたような臭いでとても長時間嗅いでいられるものじゃない、こんなのつけてられっか!ああ、違う!あれを身に着けないとあいつにロックオンされる……!
「ああもう!嗅覚機能オフにしたいけどそんな事してる余裕はねえ……!」
もう二つ取り出し、泣く泣くそれを身体に巻きつける。この状態で戦闘を続けるのはかなり辛いけどこのまま戦闘を続けるにはこの手段しかない。
斧を再びその手に戻したゴブリンジェネラルを見てみると、俺を見失ったかのように必死に鼻を動かしながら顔を動かし続ける。
『グルアァァァァアアアアアアアアアアアア!!!』
絶対に逃がさないとばかりに怒りの咆哮を周囲にまき散らすゴブリンジェネラル。
あそこまで追い詰めたから当然だろう。こっちも臭すぎて怒りの咆哮を上げたいよ。
「だが完全に見失ったっぽいな……!これが正真正銘ラストチャンス、今の内に準備を…」
矢を装填し、力強く引き絞っていく。
「行くぞゴブジェネ、これがラストショットだ…!」
チャージショット、跳弾改、彗星の一矢コンボ…!早すぎて止められないことは分かってる。バックショットを打ちたいが俺も余裕はない。
俺の全身全霊の一撃、喰らいやがれ!
「【彗星の一矢】ァァアアアアアアアア!!!」
本日三度目の掛け声と共にすさまじい勢いで矢が放たれる。
ゴブリンジェネラルの顔がこちらに向くのも三度目。聴覚が潰れているが、本能的な部分で危機が迫っているのを確認したのかこちらに向かって斧を投擲してくる。
矢が斧と接触し、ギャリギャリと金属質の甲高い音を鳴らし、火花を散らしながら飛んでいく。
「あっ無理かわせねえわこれ!」
寸分違わず飛来した斧を硬直状態の身体でかわすことは出来ず、俺の左腕を難なく吹き飛ばしてそのままはるか後方へと飛んでいく。
左腕があった所から感じる、じんわりとした痺れる感覚。硬直状態の感覚が永続的に続くような、嫌な感覚が身体中を支配していく。斧に付着している液体の効果、【麻痺】の状態異常が発現したのだ。
俺はゆっくりと口を開き、無理矢理笑みを作る。
「ご……ね……!こえで……お……ろ……!(ゴブジェネ……!これで落ちろ……!)」
両膝ついてそのまま前のめりに倒れて無様に突っ伏す。前回と違って俺はまだ諦めていない。
最悪諦めるのは俺の攻撃が終わった後。これで奴が地に伏さなかったら俺の負けだ。
先ほどと同じくして【彗星の一矢】が容赦なく金属鎧を貫くと、そのまま反射して縦横無尽に暴れまわる。お願いだ、どうかこれで削り切ってくれ……!
『グィエアアアアアアアアアアアア!!!』
悲鳴に似た雄たけび。その様子から、奴に少なくないダメージを負わせていることが判断できる。
そして頭部を貫いたが、先ほどのように全て吹き飛ばず、片目を貫通してまだ耐える。
元々手負い、これでトドメに……!
……が、現実はそう甘くない。
『オオオオオオオオオオオオン!!』
突如もう一方の目の修復が完了したらしく開眼し、鋭い眼光を灯した。その眼は高速で飛来する【彗星の一矢】を捉え……。
「……は」
掠れた笑いが漏れる。ズバァン!とおよそ弓矢から発せられるとは思えない音がしたと思えば、その指を数本弾き飛ばしながらも、【彗星の一矢】がその拳に収められていた。
白い煙を立ち昇らせた拳を軽く開き、叩きつけるように地面に投げ捨てるとこちらに顔を向ける。
『グルルァァ』
それは先ほどまでまき散らしていた純粋な殺意ではなくここまで戦い抜いたことを称賛するかのような眼差しだった。
モンスターなのにそんな事を考えるのか、と少し笑いそうになるが不思議と嫌な気持ちじゃない。
ここまで全力を出し抜いて、なお超えられなかった存在。良き
「あー……満足だ。ありがとな」
麻痺の状態異常からは抜けていないが、言葉を話せる程度に回復した。突っ伏した状態でズシンズシンと歩き続ける奴を見据えながら、ふっと微笑む。
すると隻眼の好敵手は俺の顔を見て口元を緩め、ゆっくりと斧を振りかぶった。
『……また会おう、我が好敵手よ』
……!?喋ったぁ!?
≪個体名『ゴブリンジェネラル』が特殊ボスモンスター【
続けてそんなログが視界端に流れた。嘘だろちょっと待てどういう事だ。情報過多で追いつかないよぉ!
≪【
なんかログがさらに流れ始めたんですけど!?あ、夏アプデで追加されたんだっけこの要素。ボスとの戦闘時特殊な行動をすると流れるような感じの奴で……。
あ、ちょっと待って今冷静に分析してるからぁ!斧止めてぇ!
『見事だった。【
真っ赤なオーラを宿した斧がゆっくりと振り下ろされ、そのまま俺の身体を粉砕…。
……することはなく、霧散するようにしてその姿を消した。
「……」
その場に残されたのは突っ伏して口が開いたままポカンとしている俺のみ。
最後の最後で非常に不完全燃焼なまま終わってしまった戦いに、俺は麻痺が解除されて動くようになった身体を起こしてゆっくりと空を仰いだ。
「なんなんだよもおぉぉぉおお!!!」
駄々をこねる子供のような雄たけびがどこまでも澄み切った晴天の空に響いていった。
◇
空に響いていく声を聴きながら、その声の主を遠くから眺める一人の男がいた。
その口元には微笑が添えられ、顎に優しく触れるように片手を持っていく。
「やっぱり彼は面白いねぇ……」
そう呟いてゆっくりと頷く男。実はゴブリンジェネラルを出したのはこの男であり、その目的は村人Aにあの粛清mobと戦わせることだったのだ。一時は彼がこの場を離れて焦っていたが、戻ってくることを信じてゴブリンを狩り続けた男の執着心は、相当な物。
「これはバトルロイヤルが楽しみになってきたね……」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて男はくるっと反転し、ゆっくりと歩き出すと、その姿がやがて消えるようにして薄れていった。
「あ、さっきの特殊ボスが仕様なのかどうか運営に問合せしよっと」
そんな呟きを残してから。
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