旅人達の宴という名の戦争

#034 夏アプデ、到来


 ピンポーン。


 俺がマンションのインターホンを鳴らすと、電子音特有の少し高めな優しい音が響く。

 数秒遅れて中から、少し眠たさを感じる「今出ます~」という声が聞こえてきた。


『はい、どうしました?渚君』


 モニターの電源が入るとポン――紺野唯の声が発せられた。その声を聴いて、俺は笑顔を浮かべて、サムズアップする。


「海、行こうぜ!」


『ええっ!?』


 少し困惑したような声が聞こえてきたが、すぐに、『ああ、なるほど』と言葉を続ける。



 今日はSBOの大規模アップデート、通称『夏アプデ』の実装日である。





「青い空!白い雲!エメラルドブルーの海!そして真夏の快晴!!」


 防波堤に身を乗り出しながら目の前に広がる絶景を眺める。このエリアは夏アプデで実装されたイベントエリア【星海の海岸線】である。ファストトラベルで簡単に訪れる事が出来るが、今現在訪れたことがあるサーデストなどのエリアが存在する本島とはかなり距離が離れているようだ。夏のシーズン終了後は、一応イベントエリアで無くなり一般開放されるらしい。


「うわぁ……すっごく綺麗……!!」


「ここは敵Mobが湧いていないエリアなんだね、プレイヤー多いな」


 俺の後ろをポンとライジンが続いて顔を出す。ちなみに串焼き団子は今日は紫電戦士隊パープルウォーリアーと別のプロゲーミングチームの練習試合があるためインはできないそうだ。プロは忙しい。


「完全にレジャー用マップと化しているけどこれは運営がどういう意図があって作ったのだろうか……」


「普通にプレイヤーが遊ぶために作ったマップじゃないの?」


 ライジンが深く考察しかけているので俺は楽観的にそう言う。別にそこまで意識しているわけじゃないだろ。


「いや、だってこのエリアに【粛清の代行者】が居るんだろ?それならこのエリアに敵Mobが居ないのも違和感ない?」


「確かに言われてみればそうか」


 夏アプデ前に、運営からの事前情報でこのマップ【星海の海岸線】に粛清の代行者が存在する旨の表記がされていたのだ。俺達の中では粛清の代行者=このゲームのメインコンテンツ、そしてプレイヤー自身の記憶を取り戻すために戦わなければならない存在と認識している。

 そうなると討伐しなければならない粛清の代行者が居るマップで戦闘が無いというのは些か違和感があるというものだ。


「海の中で巨大な海洋生物と戦うとか?」


「なんか巨大なイカとかいそうな気はしますよね……」


 陸にモンスターが居なければ水中。海というマップな訳だしそういった点で活かしてくるのもあるのではないのだろうか。


「うーん、確かにその線もあるだろうけど今はお試し期間なんじゃないのかって感じがしてきた」


「どういう事?」


 お試し期間ってどういうことだ?


「まだプレイヤーはこの海という環境に慣れていないにも関わらずメインコンテンツをその場所にぶち込んでくるのはあんまりよくないんじゃないかって思ってね。だから慣らすために敵Mobを配置していないという感じなんじゃないか」


「一理ある」


 なるほど、確かにそうかもな。通常マップはいざ知らず、ここはイベントマップ。しばらくはこのマップでイベントが開催されるので少しでも慣らしておいた方が良いよという運営からのお達しか。


「二日後にPVPイベントもあるし、そのマップがこのエリアだって言われているから散策もしておいた方が良いかもね」


「あ、そういえば串焼き先輩もPVPイベント来るみたいなこと言ってたな。負けるんじゃねえぞ的な事。今思い返してみたら負けフラグだよなぁこの言葉……」


 色々あったしすっかり忘れてた。このゲーム初の対人戦なので少し楽しみにしているイベントだ。


「あれ、でも散策ってどういうこと?狭いエリアで戦うんじゃないのか?」


「割と村人ってそこら辺のイベントの事を調べてないよね……」


 だってイベント以前に色々ありすぎてこっちは手一杯だからな。

 俺が首を傾げていると、ライジンがウインドウを飛ばしてくる。


「えっと、PVPイベントは自由参加形式で、この近くにある町の【セレンティシア】のギルドで参加受付してるんだよ。で、肝心のPVPイベントの形式は予選がバトルロイヤル。上位16人が残るまでひたすら南の島でサバイバルって感じ。だから散策しておくと有利なんだよ。一応このマップそのものがバトルロイヤルの舞台なわけだから。で、本選が多分村人が想像した通りの1on1のガチンコバトル。多分串焼き団子さんはここで戦いたかったから生き残れって言ってたんじゃないかな…」


「なるほど、バトルロイヤルね。こりゃあ厳しい戦いになりそうだ」


 Aimsでも一応バトルロイヤルモードはあるのでどんな感じの雰囲気かは分かる。FPSでないRPGでのバトルロイヤルってどんな感じなんだろうな、楽しみになってきた。


「あ、ちなみに試合開始直後に飛ばされるけど飛ばされる場所はランダムだから頑張って生き延びような」


「は?」


 え、ちょっと待て、ソロ、ですか?

 いや別にソロでも構わないんだけどライジンのように近接主体じゃないし、ポンのように近接にも応用できるわけじゃない。鏃で殴るか?いや、非効率だな……。うーん、どうしたものか……。


「ある程度待ち合わせ場所を決めて一緒に行動しませんか?」


 俺の心中を察したのかポンがニコリと笑いかけながらそう言ってくる。


「うわあマジポン女神!愛してる!」


「えええええっ!?」


 流石に抱き着くわけにはいかないのでポンの両肩を掴んで感激の視線を送る。いやあ助かるなぁ、本当この子は人の気持ちに寄り添ってくれるいい子じゃあ……。



 顔を真っ赤にして目線を泳がせるポンを見ながら、ライジンは苦笑してぼそりと。


「ここまで分かりやすいのに気づいていないんだから鈍感にも程があるよな……」





 【セレンティシア】。


 イベントマップ、【星海の海岸線】の近くに存在するリゾート地であり、真夏の強い日光を防ぐための白と青を基調とした家が断崖の上にずらりと並んでいる。

 高所にある町であるため、そこから見下ろす一面の水平線は壮観だ。エメラルドブルーに彩られた海を一望できるのはこの島ではここだけだろう。

 観光スポットとしても人気らしく、先ほどからプレイヤーの他にNPCもそれなりの数が往来している。



「すっげ、なんか幻想的だな……」


 遠目に見えてきたそれを見て思わず目を輝かせながら俺は呟いた。青い空に対して建造物の実に鮮やかな事か。調和がとれているって言うのかな?ここまでおしゃれな町を用意されるとただただ感嘆の吐息を漏らすことしか出来ない。


「わぁ、本当だ、素敵……」


 ポンも感動したように胸に手を当てながら満面の笑みを浮かべてセレンティシアを眺める。

 ライジンも「実物を見てみるとまた違うな」と呟いた。


「PVPイベントの受付はギルドに行けばいいんだよな?」


「ああ、あのひと際大きい建物がギルドだよ。一応申込期限は明日までだけど早めに受付を済ませておこうか」


 そう言えばこのゲーム始めてからギルドに行ったことなかったな。RPGといえばっていったらすぐに出てくるような建物なのに。

 まあ利用する用事も特になかったしな……。クエストとか受ければ金策できたのかもしれないけどアクアリザードの素材売るだけで楽々お金稼ぎできたわけだし。


「ギルドって言ったらそういえばクラン申請も出来るようになったんだっけ?」


「あ、そうだったな。ついでにクラン設立も済ませちゃおうか」


 まあ、行動は早いに越したことがないしな。


 うんうんと頷き、もう一度、セレンティシアを眺めて、一言。 


「もうすぐあの町も火で包まれるのか……」

 

「情緒のへったくれもない事言うのやめない?」


 ポンとライジンにジト目で見られました。だってあそこ二日後には戦場じゃん。



 そんなこんなで、俺達はこれからしばらくお世話になることになる、セレンティシアへと足を向けたのだった。

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