#030 NPCは好感度稼ぎが重要ってそれ


「まあ、見てけや」


 そう言って店主さんは俺とポンを店の中へと案内する。

 一応オキュラスさんが居ないことに気付いた店主さんはすぐに俺達に謝罪してきたが、それでもやはり自身の仕事を貶されたのが不愉快だったのか、少し割り切れない表情をしていた。

 恐らくは【幸せのお裾分け】が働いたのもあるのだろうが、最初に感じた敵意は割と薄れているように感じる。ありがとうシェイラさん、あんた神だよ。また貢ごう。


「うわぁ、凄いですね!」


 ポンが店内に入り、内装を見て口元を綻ばせた。店内は様々な武器や防具が並べられてあった。ショーケースに入れられている物から、壁面に飾ってある物まであり、どれも丁寧に仕上げられていて光を反射するレベルで磨き上げられている。重厚な輝きを鈍く放ちながら、持ち手を待つ武器や防具に少し気圧されながら俺は口を開く。


「これを、一人で?」


「違う、二人で鍛冶屋やってんだ」


 そう言って店主さんが親指を後方に向ける。後ろにはドアがあり、もう一つの部屋があるようだった。耳を澄ますと、先ほど聞いた槌が金属を打つ音が聞こえてくる。恐らくあの先は工房なのだろう。


「弟と二人で切り盛りしててな。片方接客、片方鍛冶で日ごとに分けてんだ」


「それで今日はあなたが接客なんですね」


「ああ、名乗ってなかったか。すまねえな。俺の名前はモーガン。二代目『鈍色の槌』店主だ。それで今奥で武器打ってるのが弟のホーガン。作業中は集中したいから顔出し出来んが」


 申し訳なさそうに頭に手を当てる店長さんことモーガン。それを見て俺は首を振って笑う。


「いえ、その仕事に対する熱意が伝わってきたので十分ですよ。それに店頭に飾られてる武器や、防具を見る限り全ての仕事が丁寧だ、腕の良い職人さんなんだってよく伝わりましたよ」


 その言葉に少し驚いたような表情を浮かべたモーガンは、嬉しそうに頬を緩めた。


「なんだ、あんたは俺の商品を貶したりしないんだな。すまんな、勘違いしていた」


「俺らは別にモーガンさんの作品を使ったことがあるわけではないですしね。言ってしまえば評価はこれから、としか言えませんが、期待出来そうだなとは思えますよ」


「言ってくれるね。良いぜ、あんたらが来たのは見たとこ装備の新調だろう?素材か何か持ってくればそれを元に作るし、金を払えば作製済みの装備を売るぞ」


 よし、取り敢えず第一印象は大丈夫っぽいな。オキュラスさんの発言で機嫌を損ねたのはヒヤッとしたが何とか上機嫌になってくれたようだ。……今度オキュラスさんに今回の件で何か交渉できないかやってみるか。迷惑かけたら何かで償う、これ大事。ヴァルキュリアちゃんも言ってたよ?


「じゃあ、この素材で作ってもらえませんか?」


 そう言って俺が取り出したのはアクアリザードと、レッサーアクアドラゴンの素材。てっきり驚くと思ったが、それなりに加工したことがあるのか眉一つ動かさずに手に取る。


「ほう、水蜥蜴と幼水龍の素材か。最近はあんまりこの素材を使った装備は作ってこなかったが…。取り敢えずあんたがこれを調達できるレベルだっていう事は良く分かった。今の時期はそこそこ市場では値が張るからな」


 モーガンは手に取った鱗をマジマジと観察してから、傷つけないようにそっと置いた。


「そこの嬢ちゃんも同じ素材かな?」


「は、はい。大体同じ物です」


 ポンも同様に素材を取り出して、モーガンに手渡す。ドロップアイテムはプレイヤー別である以上、まったく同じアイテムとまではいかないが、大体は同じアイテムだろう。明らかに尻尾とかはドロップ数少なかったし、ここら辺の数で差が出てくる感じかな?


「ちなみにこれとか使えたりします?」


 そう言って俺が追加で取り出したのは【幼水龍の逆鱗】。ポンからレッサーアクアドラゴンとの戦闘中に受けた説明だと、確か一枚だけ生えている鱗って聞いていたからもしかしたらレア物なんじゃないかと思ったのだが…。

 反応は上々。【幼水龍の逆鱗】を見たモーガンは眼を見開いて口角を上げた。


「こいつぁ……驚いた。滅多に見ねえ代物だぜこれは。俺もこの鍛冶屋で長い事やってきたが、一度しか仕事を請け負ったことがねえ。……もちろん、こいつを使った装備は俺が人生で打ってきた中でも五指に入る程の傑作だったぜ。使えるかどうかじゃねえ、素人同然の職人でもこの素材を使えば良質な装備へと変貌する、それがこの素材なんだよ」


 【幼水龍の逆鱗】を大事そうに手に取ると、饒舌になりながら語る。俺としては少し疑問に思った点があったので。


「見たところ普通の鱗と大差ないんですけどそんなに変わるもんなんです?」


「そうだな……。この逆鱗には異常なほど魔力マナが内包しているんだよ。武器の素材に使えば魔力を帯びた武器に、防具に使えば魔法耐性、今回は幼水龍の素材だから水系統の魔法に強い防具になる。下手な仕事をしたとしてもその結果は変わらねえ。腕利きと素人の差は、その性能をどれだけ引き延ばせるかという所に出てくる」


 なるほど。一応ゲームのご都合上、レア素材だから強い装備が出来るという一種のお約束はそういった点でリカバリーしているってことか。便利だな魔力マナ


「だけどな……。幼水龍はこの逆鱗を滅多に晒すことは無いし、何より魔力が集中して集まっている以上硬い。どうやってこれを手に入れたんだ?」


「矢を持って地上30mから自由落下突き?」


「なんじゃそりゃ」


 いやだって事実そうだもの。確かにあの場にいないと実際どんな感じなのか分からんよなあ。人生初の紐無しバンジーはさすがに背筋が冷えたぜ…。


「はあ、まあ無茶もほどほどにな?いくら放浪者トラベラーのお前らが死なないからってこっちからしたら目の前で死なれたら後味悪いんだからな?」


「これは失敬……。って、え?死なないって……」


 ちょっと待て、なんで死なないって知ってる?いや確かにゲームである以上リスポーンするから死なないんだけども。この事実をNPCが知っているってどういうことなんだ?NPCたちにとってはこの世界が世界の全てだろうから、この世界が偶像の世界だっていうことを把握しているってことなのか?


 俺が困惑しているのを察してか、モーガンは話し出す。


「古い言い伝えでな。時折この世界に人が迷い込んでくる。その人達は記憶を失っているが、非常に強力な力を持ち、決して死なない丈夫さを兼ね備えている。困ったときは彼らを頼ると良い。きっと、彼らはあなた達の力になってくれるから……ってね」


 なるほど?一応体のいい嘘で塗り固められているという事か。死んでも死なないような存在だ、ログインログアウトでパッと現れたり消えたりしてもまあ放浪者トラベラーだしな、の一言で済んでしまうのか……。……なにそれこっわ。


「つか記憶を失っている俺らに頼りなさいって前提もどうなのよって話だけどな……」


「良く考えたらそうだな、どうしてなんだ?」


 呆れて思わず出てきてしまった言葉にモーガンが首を傾げる。あんまりNPCに変な事を教えるのも悪影響及ぼしそうだしやめとこうか。


「まあいいや。えっと、この素材で防具一式と、武器を作るとなるとどれぐらいマニー必要になります?」


「そうだなあ……。素材の希少性と性能云々考えると、30万から40万マニーが妥当ってとこか?……つか、俺の所で良いのか?自信が無いというわけじゃあねえが、逆鱗なんて滅多に手に入らんもんを俺の所で使うのはもったいない気もするんだよ」


 40万!うそだろ、マラソン大会完走二十周分かよ。まあそんぐらい取られるのは当然……なのか?

 なんか初期の頃に木の弓を半泣きで買った記憶が懐かしい。数日しか経ってないけど、この状況を数日前の俺に教えたら卒倒しそう。インフレって怖い。

 でもな、こういう場面ではあえて。


「いや、モーガンさんに頼みました。あなたならきっと素晴らしい装備を作ってくれる」


 まあここまで見せてほかの鍛冶屋に行くのも流石に酷だしな。ガチ勢(推測)のオキュラスさんが腕は良いって言ってたし、ここはお試しという意味で任せてみよう。

 俺の言葉にモーガンは歓喜に打ち震えたように俺を見つめながら身体を震わせる。え、なにこの反応、パーフェクトコミュニケーション?


「ああ……!任せろ、俺の最高傑作を作り出して見せる!代金は30万マニーで構わねえ!うおお待ってろ坊主!今すぐ取り掛かるからよ!」


「いや接客しろよ」


 両方鍛冶場に行ってどうする。お客さんは大事にした方が良いぞ。盗まれても困るだろうし。

 というかちゃっかり代金請求してるの強かだね。やる気出たから無償だぜこんちくしょう!みたいな感じよりしっかりしてて好感持てる。

 早速作成に取り掛かろうと素材を持ってドアまで歩いていったモーガンは、ドアノブに手を掛けると何かを思い出したように振り返る。


「あ、そうだ。お前さんの名前を聞いてなかったな。名前は?」


「村人A」


「変な名前だな?」


「うるせえやい」


 自覚してるっての。でも凡人感あふれて好きよ、この名前。





 モーガンに装備作成に大体半日以上かかると言われたので、【鈍色の槌】を出た俺たちは現在資金調達をしに行くところだ。素材は取り敢えず必要な分渡してきたので、実質今の手持ちは極論全て売り払っても構わない。ただ、30万という大金をどうやって稼ぐか、という所が難題だ。

 アクアリザードの素材全売却で届くのだろうか?下手したら届かないんじゃないか、と思ったのだが、分割払いでも構わないと言ってくれた。だが、ここは一つ一括払いで男前に払ってみたいという謎の願望で用意しようと息巻いている。


「素材の売却って行商NPCの所で売れば良いんだよな?」


「そうですね。一度、売ったことあるんですよね?」


「ああ、ぼったくられたぜ」


 見事にしてやられたんだよなぁ…。これは適正価格とにらめっこして向こうからどれだけ搾り取れるか頑張ってみるしかないか。


「確かライジンの話だと普通にウインドウから売却すれば適正価格になってるんだっけ?」


 交渉次第で売却値が上がるかも、と言っていたから先にそっち見てそれよりも高い価格を持ち掛ければいいという事だな。ただ、いきなり高額で吹っ掛けてもNPCがそれに応じてくれない可能性があるしなぁ…。


「手頃にぼったくれる商人がどこかにいないものか……」


「そんな商人いないと思いますけどねぇ……」


 俺の言葉にポンが苦笑いする。なんかこうご都合的にお前良さそうな奴だから高く買い取ってやるよはっはっは!!みたいな奴が居たら良いんだけど。シェイラさん力を貸して…!!(欲望の塊)


 と、歩いていると目の前の出店で馬車から荷下ろししているのが目に入った。あぁー、あの時もあんな感じの露天商でぼったくられてたなぁ…。


「……ん?」


 ふと、何となく既視感を感じて【鷹の目】を発動させる。馬車から降ろされるのはどこかで見たことがあるような壺。重そうにえっちらおっちらおろすものだから、中身が少しこぼれ出る。


 べちょり。


「……んん?」


 これまたどこかで見たことがある粘液が地面に落ちた。


「馬鹿野郎!大事な商品を落とすんじゃねえ!」


「すっすみません!」


 見習いと思われる男が商人に怒鳴られる。商人の男は小太りでいかにもぼったくって来そうな外見をしていて…。


「……んんんん??」


 極めつけに遅れて馬車の中から取り出されたのは大事に布で包まれた球体上の何か。ちらりと布がはだけると赤色に輝く球体が…。



Oh My Godなんてこった



 あれ【スライムの核】じゃねえか。確☆信☆犯。



 ああ、運営よ!あなた様が復讐するチャンスを下さった事に感謝致します!!ええ!!

 俺は【鷹の目】をそっと解除すると、ポンの方へと向き、馬車の方へと指を指す。



「ポン、あの商人だ、あの商人に交渉してぼったくるぞ」


「ええ!?」



 ヘイヘーイ!そこのイカス商人さん?俺をぼったくった罪、償ってもらうぜ?

 

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