#029 アクアリザードの素材の有効活用
アクアリザード。
【リバス渓流】に存在する巣穴、清流崖の洞窟に主に生息している。ひんやりとした涼しい環境を好むため、あまり地上に顔を出さないが、時折地上に顔を出して日向ぼっこするような温和な魔物である。
繁殖性がかなり高く、一度住み着けばその場所はたちまちアクアリザードであふれかえる程だ。
基本的にこちらから手を出さない限りは向こうも攻撃してこないため、どうしても必要な場合のみ討伐することになっている。
しかし、アクアリザードの厄介さは異常な繁殖性のみならず、過剰なまでの仲間意識の強さにある。
単体で行動している場合は別だが、周りにアクアリザードがいた場合、一匹でも攻撃されると独特の超音波に似た鳴き声で仲間を呼び、手が付けられないほどまで数を増やして襲い掛かってくる。
そのため、討伐の際には大規模な討伐隊が組まれて殲滅することになるが、危険なので滅多に殲滅戦は行われないそうだ。
結果、殲滅戦直後は市場に大量に出回り価格も安価で手に入りやすいが、時間が経つとアクアリザードの素材の価値は高騰し、それなりの価格で取引される。
ちなみにアクアリザードの素材は、熱に強く、しなやかでありながら頑丈で汎用性に優れる。
鱗や皮などは武器や防具の材料として用いられ、観賞用としてもコレクターが好む真紅の水晶のような目や、一部の美食家から好かれる舌。
全身余すことなく何かしらの用途が存在する金の生る木、それがアクアリザードなのである。
と、ここまでが『オッケーシャドウ、アクアリザードについて教えて』と聞いてみた結果、久々のお役目で上機嫌になりながら解説してくれた内容だ。ロボットなのにウッキウキで解説する姿がなんだか可愛くてほんわかした。ごめんね、いつもライジンやポンに解説させて。
さて、ここからが本題だ。
本来ならば討伐隊を組んでガチの殲滅戦を行う事で手に入るような大量の素材を、偶然とはいえ個人で手に入れてしまったらどうなってしまうか、お分かりだろうか。
◇
「いやこれ普通に運営が想定していないドロップ量だろ……」
シェイラさんという女性NPCの出店で大枚はたいて大量の小物を購入し、少し心もとなくなった所持金を確認し、なんか売れるものは無いかなぁと所持品を見て目ん玉をひん剥いた。
すっかり忘れてた。マラソン大会の結果、落盤、逃走中の攻撃諸々で大量に手に入れたドロップ品があったのだが、あの時は達成感でこの存在が頭から抜け落ちていたのだ。
それでアクアリザードってあれだけいたし割と素材は出回っているのかなあと思いつつシャドウに聞いてみた結果、先ほどのような答えが返ってきたのである。
危ない危ない、またファウストの商人のようにぼったくられるところだったぜ。俺は学習する男、一度犯した過ちは繰り返さないように心がけている。
で、アクアリザードの素材簡単(?)大量入手は運営の想定内なのかな?
そう言えばリバス渓流攻略後にアクアリザードの仕様について問い合わせていたのだが、いつの間にか返信が来ていたな。見てみよう。
運営『アクアリザードについてのお問い合わせありがとうございます。アクアリザードが呼ぶ仲間の数はその生態上、仕様となっております。修正予定も今の所ございません』
仕様らしいです。うん、それなら仕方ない。あのドキッ!蜥蜴だらけの大マラソン大会の報酬も仕様という事にしておこう、そうしよう。
手に入っちゃったもんは仕方ないよなぁ……?(ゲス顔)
「ポンも素材持ってるよな?」
「はい、たんまりと」
俺と同じくアクアリザード達との戦闘を経てドロップ素材を大量に所持しているポンも頷く。
これは序盤からとんだボーナスステージを経験してしまったようだ。ただ、大量に素材を売りすぎて金銭感覚狂うのも嫌だし、素材を使って何か作ってみるのも手かもしれないな。
俺もポンも、ファウストからサーデストに訪れるまで装備を変更していない。ポンの場合は革鎧一式だが、俺に至っては初期装備の布切れである。だって攻撃にお金がかかるからね、仕方ないね。
というか良く俺ここまで生きてこられたな。周りのプレイヤーからしたら完全に縛りプレイだろこの状態。初期装備ってなんでか知らんけど耐久度無限だから違う意味では強いけど。
この先も初期装備で行くのは厳しいし、お金の入る目途も立ったからさすがにここらで一新したい。
「装備って防具屋の奴と鍛冶屋の奴だったらどっちが性能良いとかある?」
「基本的には防具屋に売っている高価な防具なら並大抵の防具よりも性能は良いですが値が張りますからね。それに、鍛冶屋や【鍛冶師】のジョブの方が作成した防具の方が安価ですし、作成専用の効果などもありますので今回は鍛冶屋の方に依頼してみましょうか」
うんうん、そうしよう。木の弓先輩も今使っている物で三代目だ。長らく共にしてきた相棒を手放すのも悲しい気もするが、もう少しで耐久度も無くなるし仕方あるまい。まあ実際の所耐久度があまりないからいちいち買いなおすのめんどくさかったんだよね(本音)
「こういうときに伝手があれば良いんだけどなぁ……」
はぁ、と一つため息を吐く。ポンも困ったように苦笑いで眉根をそっと寄せた。
生憎だが俺らはMMORPGの経験が乏しいためこういったゲームの知り合いとかフレンドがいるわけでもない。ライジンなら顔が広いから鍛冶師の知り合いでもいそうだが残念ながら今はいない。
「NPCの店でも行こうか。シャドウ、道案内お願いできる?」
『お任せください!』
俺の呼びかけに即座に答え、ポリゴンが収束して出現する球体型の浮遊ロボット。やっぱりルンルンだな。一応相棒設定なのに出番が少ないのもかわいそうだしもう少し好感度上げておいた方が良いかもなぁ…。
『ここから一番近い鍛冶屋は【鈍色の槌】になりますが、そこまでの音声案内を行いましょうか?』
「車のナビかよ」
いやナビゲーションAIだからそうなんだけどさ。なんかこう、ね?
「じゃあそこで良いか。ポンも良い?」
「私はどこでも。村人君についていきますよ」
「決まりだな。よろしく頼むよシャドウ」
『かしこまりました!』
すいーっと空中を滑らかに移動しだすシャドウ。その後ろをゆっくりと付いていき、俺達は商業区の奥へと歩き出していった。
◇
『到着いたしました。こちらが【鈍色の槌】になります』
「うおおなんかそれっぽい」
俺は眼を輝かせて目の前に構える鍛冶屋を眺めた。煉瓦造りなのは街中に存在していたほかの店と変わらない。しかし、俺が感動したのはそこではない。裏路地にあるというのもあり、薄ぐらい明るさの中、ランタンが煌々と燃えていて視界確保に困らない量の光源は確保している。そして、壁伝いに蔦がところどころに生えているのだが、だらしなく伸ばしているのではなく、きちんと手入れされていて一種の装飾のようにも感じた。
時折聞こえてくる槌の音もポイントが高い。眼を閉じてみると小気味良い音色が奏でられ、自然と気分が高揚する。こう、通しか知らない店、みたいな?そんな感じがあって非常に好みだ。
「早速入るか――」
と、ドアを開けようとしたところで中から金属鎧で身を包んだ若い男が出てきた。
「はーすっからかんだ、足りて良かった……」
男はため息を吐いて、憂鬱そうな表情を浮かべる。少し気になって俺はその男に近寄った。
「もしかしてプレイヤー?」
「あれ、君は……」
向こうは何かしら俺の事を知っていそうな視線を向けるが、残念ながら俺は見覚えが無い。どこかで会ったことがあるのだろうか?いや、でも俺は初期の頃に色々やらかしたから名前だけは知っていられそうだからなぁ……。
「あ、ぶしつけに見てすまないね。僕の名前はオキュラス。以後お見知りおきを」
「オキュラスさんね。俺の名前は村人Aです」
金属鎧をその身に纏う若い見た目の男が手を差し出してきたので俺もそれに応じて握手で返す。やっぱり知らないな。名前も見た目もご存じないです。ハイ。
「うん、さっき見た顔と同じだ。やっぱり本物だね」
「あ、もしかしてライジンの生放送でも見てたりしてました?」
良くも悪くも滅茶苦茶目立ってたからなぁ、無駄にテンションが高い解説みたいなことして。
「そうだね。先のソロ攻略、本当に見事だった。僕も負けてらんないなって思えてね」
「もしかしてあなたもソロ攻略を?」
すげえな。あの生放送の後半の近接武器の不利具合と実際にデュオ攻略経験者の俺からしたらやりたいとは思えないぞ。彼の装備を見る限り、どうやら長剣を使っているようだ。それでもなお挑もうとするのだから思わず感嘆の吐息を吐いた。
「うん。だから鍛冶屋で良い武器を作って貰ったんだけど……」
「だけど?」
オキュラス氏はふっと自嘲気味な笑みを浮かべると、少し悲しそうな声音で。
「十万近くあった所持金が今はたったの120マニー」
「うわあ」
嘘だろ、十万が一瞬で溶けるとか。俺はそれすら満たない所持金で作ってもらおうとしていたのか。これは大量に素材売却するのも視野に入れないとな……。
「まあ、その分性能もそこそこ良いのが出来たから、この店の店主さんの腕は悪くないんだけどね。ただ今の時点ではちょっと高すぎるかなぁって」
「なるほど」
そうぼやきたい気持ちも分かる。あのマラソン大会を経て入手したマニーは20000マニーぐらい。あれだけ苦労して手に入れたのにそれだけしかもらえないのだから、彼が言う十万マニーの重みがどれほどのものか、しっかり理解出来るからな。……あれ?もしかしてオキュラス氏って割とガチ勢の部類だったりする?
「知り合いの鍛冶師もまだジョブスキルが低いからね。NPCの生産品の方が今は高品質なんだよ。だから仕方なくって感じで来たけど予想よりちょっと高かったんだよね」
「鍛冶師の知り合い、いるんですね」
「うん、居るよ。なんなら紹介しようか?今度でもいいならだけど」
「あ、良ければ。フレンド申請送らせていただきますね」
「こちらこそよろしくねー」
ニコニコと笑顔を浮かべて承認ボタンを押すオキュラス氏。フレンドリストにオキュラスの名前が追加されたのを確認すると、俺は後ろにいたポンの方へと顔を向ける。
「ポンもフレ申しといたら?」
「あ、私も良いですか?オキュラスさん」
「えっ!?え、えと、そのあ、う、」
ポンが声を掛けると、急に顔を赤くしだして動揺するオキュラス。……どうしたんだ急に。
オキュラスが俺の耳元に近付くと、手を口元に添えて呟く。
「ごめんね、僕ちょっと女の子に苦手意識持っててさ」
「あらま、そうなんですか」
「申し訳ないけど決心がついてからでいいかな」
「いや俺に言うんじゃなくてポンに言ってくださいよ」
呆れたようにため息を吐くと、オキュラス氏は「ごめんね」ともう一回謝罪の言葉を口にする。
「都合がいい時で良いから連絡してもらえると助かるよ」
「了解。オキュラスさんもソロ討伐頑張って」
そう言ってそそくさとこの場から退散するオキュラス氏。その後ろ姿を見送ってから、ポンは首を傾げた。
「私何か失礼な事しちゃいましたかね……?」
「いや、あれは向こうが単に女性に免疫がないだけだと思われる」
動揺してからの姿が、見覚えないはずなのにどっかで見たことあるなぁと既視感を感じたけど、ポンだな。話す分には問題ないけどスキンシップに免疫が一切ない感じの所が何となく似てる。オキュラス氏の場合は話すのも駄目っぽいけど。
「で、お前らはいつまで俺の店の前で駄弁っているわけ?」
「「え?」」
声のした方向へと顔を向けると無精ひげを生やしたガタイの良い大男がドアを開いてこちらを覗き見していた。
「まあ聞いてれば高いだの性能がそこそこ良いだの。言ってくれるじゃねえか」
「いや俺は言ってないんですけども」
聞かれてたんかい!ちょっとオキュラスさん地雷撒いて帰るのやめてくれます?
「俺の仕事はその持ち主に見合った性能の武器を用意することだ。信念持って武器を打ってるっつうのにそんな言い草だと癪に障るじゃねえか」
青筋をピクピクとしながらへの字に結んだ口元を見ると、確実に機嫌を損ねてしまったらしい。いや、俺が原因じゃないんだけど。
初めての鍛冶屋利用は少々、いやかなりめんどくさい事になってしまったようである。
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