#031 騙し騙され脅し脅され


「げっ、あんたは」


 商人に近付くと露骨に出会っちまったという表情を浮かべた。そのまま退く商人。おうおう、やっぱりぼったくる気があってやってたんだな。よぉし石ころ投げようかな。もうこのゲームの跳弾に慣れたから【鈍色の槌】からここまで跳弾させて当てる自信あるんだからな。

 俺はそのままメンチを切りながら近寄っていくと、商人は突然冷や汗を浮かべながらにこやかに笑った。


「い、いらっしゃいませ。なんの御用で?」


 ほーん、そういう態度取るんだ。前にあったことは無かったことにって?へーふーん、そう。

 それならそれでやりやすいからいいや。


「素材、売りたいんだけど」


「そ、そうですか」


 ほっとしたように胸をなでおろす商人。なんでもう安心しているんだ?安心するにはまだ早いぞ。

 俺はその商人の様子を見ながらウインドウを操作する。


「これを」


 そう言って取り出すのはアクアリザードの素材。商人はそれを見ると、良い金づるが来たとばかりにニヤリと笑いながら口を開く。


「アクアリザードの鱗は一つ500マニーで…」


「あ、ちょっと待て」


「え?」


 俺は学習してんだよ。ウインドウを開き、システム的にアクアリザードの鱗を売却しようとすると現在の市場価格である1000マニーとウインドウに表示された。

 こいつ、5割で吹っ掛けようとしてやがったのか。まーたやってくるとか芸がねえな。

 もういいこいつは救いようがない。

 その他の素材の適正価格を確認してもう一度商人の方へと向くと、冷めた視線を向ける。


「鱗は4000マニーだ、その他の素材もそれ以上の価格でなら売り払う」


「はあっ!?」


 流石に市場の4倍の価格はありえない、馬鹿馬鹿しいとばかりに商人は驚愕の声を上げる。


「あのですねえお客様?流石にそれは交渉の余地もないですよ。ひどすぎるなんてもんじゃない」


「へぇ、10000マニーでスライムの核諸々全て俺のアイテムをかっさらっていった奴がひどすぎる、と?面白い事も言えるんですね」


 そう言うと商人は顔を真っ青にして目に見えて狼狽え始めた。


「な、まさかそれに気付いて……」


「当たり前じゃないか。なんでこんな暴利吹っ掛けてるんだと思います?過去を清算しに来たんですよ商人さん?」


 冷ややかな視線を向けたまま、俺は商人に詰め寄るとニヤァと極悪な笑みを浮かべて俺は矢を矢筒から引き抜く。


「あんたはこれを交渉と勘違いしているが、これは交渉じゃない、脅しだよ。商人ってのはなぁ、基本的に信頼関係で成り立つもんだよ。一度信頼を失った商人を次利用しようと思えるか?信頼を失った分は実績で取り戻す。それを、あんたはしなかった。どころかまたぼったくろうとした。客を良い金づるとしか認識してねえからこうなる」


 口調を荒げると壁にまで追いやり、俺はそのままダンッと商人の真横に矢を突き立てると、商人の目を正面から見据えて鋭く睨みつける。


「別に500マニーで売っても良いぜ?ただし、他の放浪者トラベラーに絶対に利用しないように警告するがな。……なあ、商人さん、今からの損失と、これから先ずっと付きまとう大きな損失。どっちが大きいなんて自明の理だろ?……答えを、聞かせてもらおうか?」


「は、はひ」


 これがAims流脅迫話術の真骨頂である。簡単な交渉よりもこっちのが手っ取り早い。凶器を持って相手に有無を言わせずに迫れば、こんがらがって正常な思考が出来なくなる。そして、そういう状況に陥ればより自分が助かりそうな方を選ぶのが人間の卑しいところだ。


「か、買うっ!高値でもなんでも命だけは!」


「よし、商談成立だな。言い値で買ってもらうぜ」


 パッと離れてにこやかに笑いかける。あんまり脅し過ぎると逃げてしまう可能性がある。半狂乱になった人間はどんな行動を起こすか分からないからな。こうやって緩急付けるのが大事だ。

 向こうからすればこちらは不死の怪物だ。そんな奴を本気で怒らせたらどうなるかぐらい分かるだろう。


「ひ、久々に見ましたけどやっぱり怖いですね……」


 ポンがドン引きしながら後ずさる。ロールプレイだロールプレイ。久々の悪人プレイも楽しいもんだなぁ!カルマ値爆上がりしそう。


「取り敢えず鱗は4000マニーな。皮は3500マニー。ほかの素材もそれなりの値段で買ってもらう」


「は、はぃぃぃぃい!!!」


 首を壊れたロボットのようにガクガク振って素材を受け取った商人は早くどっか行けとばかりにマニーの入った袋を投げつける。それを拾い上げると、次の素材を取り出す。


「そんな焦るなって。……素材はまだまだたんまりある」


「ひいいいいいいい!?」


 昼間の路上で、甲高い悲鳴が響いたのは後日話題となるがそれはまた別のお話。





「いやー、かなり儲かったな!!世の中因果応報!!」


「ゲスイですけど目標金額に到達したので良しとするべきか悪人プレイに加担してしまったのを悲しむべきなのか分かりませんね……」


 俺が高らかに笑うとポンが表情に影を落としながらため息を吐いた。終わりよければすべて良しってやつだよポン君。


「なるほどなぁ、こうやってぼったくられる事もあればこっちがその気ならぼったくる事も出来るのか……。これはPKがいるわけだ、普通にプレイするより稼げる」


 そう言って俺は所持金を確認すると、ニヤリと不敵な笑みを作った。


——————————————


PN:村人A 


メインジョブ:狩人(弓使い) Lv.22

スキルポイント残量:104

スキル生成権:3回

ステータスポイント:40

所持金:1637170マニー


HP:50/50

MP:20/20


STR:55

DEF:10

INT:10

MGR:10

AGI:50

DEX:45

VIT:25

LUC:20


スキル:【弓使いLv9】【近接格闘術Lv5】【跳弾Lv10】【鷹の目Lv3】【遠距離命中補正Lv6】【戦線離脱Lv3】【バックショットLv6】【野生の心得Lv1】【チャージショットLv1】【不屈の闘志Lv1】【ランナーLv1】


——————————————



 1627500マニー。それが今回のぼったくりの総額である。元々持っていた金額が9670マニーだったから一気に約168倍にまで膨れ上がった。一応、【水蜥蜴の眼】が高値で希少品っぽかったので2つだけ残して、残りは全て売却した。割と儲かってる商人で良かった、一応全て売却できる分の金を持っていたからな。……まあ、その金が他の人間から騙し取った物と思うと非常に心苦しい感じもするけど。


「最悪ヴァルキュリアが来るかと思ったけど大丈夫だったな」


「カルマ値がヴァルキュリアさんが来る規定値まで行ってないからですかね?」


 まっさらに近かったから大丈夫だったって事か?というか、まっさらに近い状態で尚且つ【幸せのお裾分け】あって騙し取ろうとするとか根っからの悪人じゃねえか。


「何はともあれ余裕で目標金額溜まって良かったな!」


 そう言うと、少し苦笑を浮かべたポンも笑顔で頷く。


 所持金インフレで自惚れてそのまま一気に使いきりそうで怖いが、大事にとっておこう、うん(フラグ)

 






「ふざけるなっ、くそっ、化け物が、調子に乗りやがって……!」


 路地裏で壁を思い切り蹴る音が響く。その音に驚いた鳥たちが、バサバサとその場から離れていった。

 その音を出した人間は舌打ちを一つすると、拳を作って力を込める。

 くるりと後ろを振り返ると顔を一層歪めてそこに立っていた男を睨みつけた。


「なぜ貴様も私が奴らに絡まれてるときにぼーっとしていて助けない!?この無能が!」


「すいませんっ!」


「すいませんで済めば憲兵はいらねえんだよ!!」


「ぐあっ!?」


 そう言って商人見習いの男を力強く殴り飛ばした商人。追い打ちをするように見習いの男に蹴りを入れると、息を荒く吐き出した。


「まあいい、今回の損失は、すぐに取り戻せる。また馬鹿な客を騙して稼げばあっという間に……!」


「次があると思うか?」


 突如後ろから浴びせられた冷ややかな声音。

 美しい声色にも関わらずその声を聴いた時、全身が震えあがるような感覚に陥った商人は、恐る恐る後ろを振り返る。

 そこに立っていたのは――。


「な、なんだお前!?」


 商人の目に映ったのは純白の鎧を身に纏った美女。この世の物と思えない美貌に思わず喉をゴクリと鳴らしながらも身体から震えが止まることは無かった。


対象を著しく阻害する行為……。貴様が放浪者トラベラーでなかろうが関係ない」


 そう呟いた美女はレイピアをすっと抜き取ると、商人に向けて構えた。

 ようやく現状を把握した商人は、頬をひくつかせながらとあることに気付く。


「はは、嘘だ、空想上の存在じゃなかったのか。……純白の鎧にその身を包んだ使


 喉が一気に乾き、死にたくないという感情と今すぐにでも放たれようとするレイピアに恐怖する感情が身体を支配し、身体が硬直した商人。


「我、粛清の代行者」


 美女はたった一言、そう呟くと刺突の体勢へと変える。それを近くで怯えながら震えあがる商人見習いの男を一瞥すると、神速の一撃が放たれる。


「か――――」


 最後に何かを言おうとした商人の首が無残に吹き飛び、一拍遅れて大量の赤いポリゴンが飛び散った。それを一切興味なさげに見ると、レイピアに付着した赤ポリゴンを振り払う。


「貴様」


「はっはい!」


 純白の鎧の粛清の代行者――【戦機】ヴァルキュリアは、商人見習いの男の顔を見ずに呟く。


「今あったことは誰にも告げるな。……告げた場合、次にこうなるのはお前だ」


 その言葉にコクコクコク!!と首を縦に振る見習いの男。それを冷ややかな視線で確認すると、純白の騎士は消えるようにしてこの場から去っていった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る