#023 昨日の敵は今日の友
時間は少し遡る。
「
「了解!」
相手の攻撃の飛んでくる方向を見て短く伝える。完全に無駄話がなくなり、必要最低限の情報を伝えるのは本気で俺たちが集中している証拠だ。Aimsの海外ガチ勢とのクラン戦などの場でしか行わないような極限まで研ぎ澄まされた集中力でレッサーアクアドラゴンと攻防を繰り広げていた。
Aims日本大会決勝のようにわいわい楽しくやるのもモチベーションが最高に高まって良いが、
攻撃は先ほどポンが受けた一撃以外、未だに一度も受けていない。相手の攻撃全てを回避し、すぐに攻勢に転じる。その甲斐もあってか着実にダメージを与えているようだ。
「
追尾してくる水弾を矢で撃ち落とし、すぐさま別の攻撃で用いた矢を地面から拾い上げて矢筒に戻す。攻撃が有限である以上、矢の無駄遣いは避けたい。なるべく回収していく方針だ。ポンは水弾をギリギリまで引き寄せてから回避すると地面に当たった水弾は弾けてそのまま消滅した。
ちら、とポンが目くばせしてきたので意図を読み取り、MPポーションを投げるとニコっと微笑んで受け取った。……少しドキッとした、いかん、雑念は排除。
Aims時代から言うと数年単位の付き合いだ、互いに考えていることなど目線と行動を見ていれば大体分かる。言葉を交わさなくても連携できるのは強みだ。VRの場合戦闘中でも会話を聞かれてしまうと作戦が筒抜けだ。今回のように言葉の通じない相手は関係ないが。……あ、でも学習能力は搭載されてるんだっけ?まあ流石に言葉は分からんだろう。
レッサーアクアドラゴンはぐるりと身をねじり、尻尾を自身の身体へと引き寄せた。
「尻尾薙ぎ払い、回避は?」
「余裕ないです!」
なるほど、そうか。なら攻撃に転じやすい角度はっと…。
「バックショットを使う。多少のダメージは覚悟してくれ」
「了解!」
だがHPポーションも有限である以上貴重だ。少しでもアイテムを温存するに越したことは無い。【バックショット】を使用した矢を放つと、壁と地面を反射しながらポンへと飛来する。
「くっ!」
ポンの身体が矢を受けて宙に浮くと、数瞬後にその真下をレッサーアクアドラゴンの尻尾が通過する。そして、そのまま空中で一回転してから体勢を整え、拳にオーラを纏った。
俺はその様子を見ながら尻尾を悠々と後ろにステップして回避する。
「【爆裂アッパー】!!」
ドドン!と洞窟内に響く振動と爆発の音。無防備な腹に直撃を受け、赤いポリゴンを出しながら苦しそうに身じろぎした。
技を繰り出してすぐに反撃されるのを事前に回避したポンが後ろに飛び、MPポーションに口を付ける。
「助かりました!」
「まだまだ、これからだぞ」
はぁ、と一息吐いて矢筒から矢を取り出す。――堅い、その一言に尽きる。俺たちが戦闘を開始してから二十分が経過したのだが、弱っている気配が無い。人数が少ないという理由もあるだろうが相手の攻撃を極力防ぐことなく、攻撃こそ最大の防御とばかりに攻め続けてきた。しかし悲鳴を上げたり苦し気に身を捩らすことはあれど、決定打に至ってはいない。
それに、先ほど貫いた片目の修復が始まっている。ポンのミニボムで焼かれたその周辺の鱗も焼け落ちていたのが少しずつ生え変わってきている。
これ以上戦いを長引かせるのは正直好ましくない。一気に相手を削り切る必要があるな。だが、どうやって?ポンのミニボムもすでに四つ使用した。残りは四つ。俺の矢のストックはまだ八十程あるが追尾してくる水弾破壊なども行わなければならないので攻撃用となるとそこからまた数が減る。この状況でいまだ光明が見えない。長い逃走からの連続戦闘で脳も身体も疲れてきているし、出来る事なら早めに戦闘を終わらせたい。
と、その時レッサーアクアドラゴンが聞き覚えのある奇妙な声で鳴いた。……おいおいマジか。
「増援要求なんてズルいぞ……!」
のそり、のそりと水辺からアクアリザードとその愉快な仲間たちが顔を覗かせる。俺は思わず顔を引きつらせて静かに笑った。
「一気に状況は悪化ってわけね」
「確かに、これは厳しいですね……!」
ポンと失笑しながら背中を合わせ、六方向から等間隔に上ってきたアクアリザード達に対して武器を構える。
「だが、ここで仲間を呼んだってことは奴もそれなりに焦ってるってことだ、今まで以上に気を引き締めていくぞ」
「はい!」
矢を装填し、ギリっと引き絞った所で俺は少し違和感に襲われた。
「……あれ?」
アクアリザード達が登ってきたのだが、彼らはこちらをじっと見つめたまま何もしてこなかったのだ。……まるで、地上でアクアリザード達を攻撃する前のように――。
「……あ」
もしかして。俺はすぐさま攻撃しようとするポンの手を取り、グイっと引き寄せる。
「きゃっ、ど、どうしたんですか?」
「これは、好都合かもしれないぞ……」
俺の考えが正しければ、だけど。顔を赤くして困惑するポンに、俺はニヤリと笑みを向けた――。
◇
「あれ、なんであいつら攻撃しないんだ?」
ふと、観戦していたリキッド侍のパーティメンバーの一人がそんな呟きを漏らした。アクアリザード達が登ってきて賑わっていたが、一向に戦闘を再開せずにレッサーアクアドラゴンの攻撃を避け続けるポンと村人Aに、少なからず動揺していた。
レッサーアクアドラゴンの配下のアクアリザードは数を減らそうと減らさないと時間が経てば無限に六体ずつ湧き続ける。早めに処理してすぐにボスの攻撃を再開するのがセオリーだ。
それなのに目の前の二人組はセオリー通りの動きをしない。むしろその逆、常識外の事をしているのだ。
「……流石にこんだけ戦えば攻撃手段が無くなったのか?それならそれで諦めてデスポーンした方が……」
リキッド侍も困惑しながらそう呟き、周りのパーティメンバーも同様に頷く。時間を掛けても状態異常系のスリップダメージなどでもない限り、倒せる可能性は限りなく低いし、非効率だ。それならレベルを上げて再挑戦した方が効率的だし、普通そっちを選ぶ。
「待って、あれ、
アヌビス丸がそう言ったので、彼らは少し動揺しながら見てみると――。
「……本当だ、あいつら、完全に攻撃の手を止めてる……」
アクアリザードに見守られながら、ひたすら回避し続ける二人組。いや、回避にしてはなんか微妙に違うか。まるで、何かを誘導しているかのような…。
待て、今おかしい事を考えなかったか?とリキッド侍は思案する。
どうして、
その考えの答えは、すぐに目の前に答えとなって現れる。
事態が動いたのはレッサーアクアドラゴンの水ブレスを村人Aが回避して、背後にいたアクアリザードに直撃した時だった。
その瞬間、配下の筈のアクアリザード達がレッサーアクアドラゴンを
◇
「えっと、どういうことですか?」
ポンが俺の好都合という言葉に眉を寄せるが、俺は笑顔を浮かべたまま。
「多分だけど、今はまだタゲ取られてないんだよね」
「えっと……それはアクアリザードにってことですか?」
「
俺はドヤ顔で指を立てながら、レッサーアクアドラゴンの攻撃を回避する。
「そんで、タゲはまだ俺らに向いてない状況、そんでもって今レッサーアクアドラゴンに攻撃を加えたら?」
「
「理解が早くて助かる。で、多分だけど仲間意識が強い分、外れ者には厳しいと思うんだよな。そう、例えば仲良くしている所に突然嫌がらせをしてきた奴を排除するように」
「えっと……?」
「少し話は変わるけど古今東西、
「つまり、レッサーアクアドラゴンとアクアリザードの関係は、村人君で言う野良の関係だと?」
ポンの言葉に頷き、レッサーアクアドラゴンの水弾を撃ち落としてから言葉を続ける。
「そういう事。もう少し噛み砕いて言うと、気が合わない上司みたいなもんかな。働いたことない俺が言うのもなんだけど。自分が傷ついたからと無理矢理出勤させられ、イライラしながら取り敢えず義務的に仕事をこなしている感じかな?で、実際に攻撃を加えたら仕事を開始する感じで、嫌々やっているようにも思える。普通に仲間意識が強くて仲間のピンチだ!バリバリ働くぜ!って感じなら呼ばれた段階で襲い掛かってきてもおかしくないと思うんだよ」
「そこに、別の意図があると考えたんですね?」
「そう、で、ここからは俺の妄想というかまあ出来たら良いなぐらいなんだけど、彼らが来てから俺らはレッサーアクアドラゴンに攻撃していない状況。で、本当に俺らから傷つけられたかどうかも分からん状況下でレッサーアクアドラゴンの攻撃をアクアリザードに当てたら、ギスギス環境出来上がると思わない?」
ニヤッと笑うとポンは少し呆れたような表情をしながらも、口元には薄い笑みが浮かんでいた。
「まーた突拍子もない事を……。……でも、面白そうですね」
「だろ?やってみる価値はあると思わないか?」
「このままだと火力も足り無さそうですしね、やってみますか!」
それが、俺たちが攻撃を回避し続ける流れになった全容である。
◇
「っしゃあ作戦成功ォ!想像通りだったぜ!」
レッサーアクアドラゴンの水ブレスを回避してアクアリザードに直撃した瞬間、血相を変えてアクアリザード達が一斉にレッサーアクアドラゴンに襲い掛かり始めた。それを見て俺は高らかに笑う。
「休日出勤させられてそこにパワハラとなれば怒るよなぁ!いけえ
「村人君本当に働いたことないんですか!?」
いやバイトだってしたことないし。でも彼らの気持ちは何となーく分かるぞ。
「昨日の敵は今日の友だ!アクアリザード諸君、我々も攻撃に加勢するぞぉ!」
「いや昨日というか数十分前なんですが……」
「細かいこたぁきにすんな。なんかさ、こういうかつての敵が味方となって戦うシチュ最高に昂らない?」
「私もそういう展開は好きですね」
さて、最悪の状況かと思ったが一転、好機と化したこの状況で、俺たちは再びレッサーアクアドラゴンに攻撃を開始した。
この調子でいけばストックまでに奴を倒し切れる。そう確信し、ニヤリと笑ってから。
「あ、ポンは攻撃範囲広いからしばらく待機で」
「あっハイ」
だってアクアリザード誤射してタゲこっちに向いたらいやだもの。
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